乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第86話 モブ執事は犯行現場に押し入る

 王都の地下に張り巡らされた広大な排水路。

 

 その一部は区画整理によって今はほとんど機能を失った場所も存在し、帳簿や日記を元に割り出した司祭と奴隷商人の取引場所も、そんな人の寄り付かない廃棄された区画の一つであった。

 

 前世(ゲーム)でもシナリオダンジョンの一つとしてこの地下水路は存在していた。時には異常発生した魔獣の駆除、また時には隠しアイテムを求めて──何度も足繫く通った地下水路の地図は脳裏に焼き付いていた。だからこそ、俺は何の憂いもなく地下水路へと突入し、迷いなく取引場所へと駆け抜けてきたのだが──

 

「ったく……あのギャル、一人で勝手に突っ走りやがって──」

 

 水路に反響して聞こえてきた劈くような悲鳴に、一緒についてきた修道女は独断で声のした方へと先行してしまった。

 

 できればある程度の状況を把握して、救出手段を擦り合わせてから突撃したかったのだが……その前に一つ手札が潰されてしまった。

 

『だから私は連れてくのに反対したじゃないか。あの小娘はちょっと感情的すぎる』

 

「……まぁ、状況的に仕方がないだろうさ──」

 

 どこか棘のあるディヴァーデンの言葉をやんわりと宥めつつ、俺は遅れて声のした場所へとたどり着く。

 

「──ッ! クソが……」

 

 瞬間、眼前に飛び込んできた惨たらしい光景に虫唾が走った。

 

 これじゃあ、あの修道女のことを一方的に責めることなんてできない。

 

 一か所に集められた子供たちは身体を寄せ合い恐怖に震え、小太りの男──サミュエル・べスターは半裸で呆然と闖入者を睨みつけている。石畳には気色悪い粘液が滴り、その端には既に使い潰されたのであろう子供が力なく横たわっている。

 

 何よりも、衝撃だったのはソレとは別で、まるで魔獣に食い散らかされたかのように不揃いな死体が転がっていることだ。胸糞悪い光景が広がっている覚悟はしていたが、まさか死体まで見ることになるとは思わなかった。そして、その死体の山を着々と築き上げているのは一人の瘦躯の男だ。

 

「ありゃりゃ、バレちゃってらぁ」

 

 無感情に割って入ってきた銀槍の修道女を見て、ぼんやりと呟くその様は気味が悪い。

 

 ──人間……な、わけねぇな。

 

 十中八九、あの男がべスターの取引相手なのは確定──だが、その身に纏った濃密な魔力と風格はどこか既視感がある。

 

『あの野郎、王都でこんなことしてたのか……』

 

 それと同時に、脳裏で呆れたように悪魔の声が響く。それで答え合わせは十分。一息で睨み合いを続ける修道女の隣に並び立った。

 

「一人で勝手に飛んで行くな。何かあったらどうする」

 

 横目で隣の少女を一瞥する。表面上は毅然とした態度を保っているが、その内心は教会の時よりも滅茶苦茶であろう。不意に隣に現れたこちらを見て、修道女は虚を突かれたように言葉を絞り出した。

 

「──うっさい。早く来なきゃ、もっと被害者が増えるところだったでしょ」

 

「それもそうだな……」

 

 彼女の言葉に頷いていると眼前のべスターが明らかに狼狽えた声を上げる。

 

「ど、どうしてアロガンシアの猟犬までここに……!? これはどういうことだヴェラルタ!!」

 

 その剣幕は実に迫力満点である。……今の奴の恰好が半裸であると言うことを除けばであるが──。

 

 考えようによっては間抜けなその光景に一瞬、場に張り詰めた緊張感が弛緩するが、それは直ぐに奴の隣に並んだ痩躯の男によって塗り替えられた。

 

「そう喚くなよべスター。逆に、今日までバレずにやってこれた事の方が不思議なくらいじゃないか」

 

「エンジェンティア様……ですが──ンガッ!?」

 

「バカちんが、敵さんを前にして間抜けにそっちの方の名前で呼ぶんじゃねぇ」

 

「も、申し訳ございません!!」

 

 ……いや、更に緊張感を薄れさせる奴らのやり取りに俺と彼女は困惑するばかりだった。

 

 ──イカレてやがんな。

 

 くだらない子芝居に、呆れ果てたようにため息を一つ吐いた痩躯の男はぬらりとそのギョロ目をこちらに向けた。

 

「これじゃあ折角のサプライズが台無しじゃねぇかよ──なぁ? ディヴァーデンの飼い主さんよぉ?」

 

「へぇ……どうやらあのレズ悪魔よりは見る目があるらしいな」

 

 呆気なく身体の中の悪魔のことを指摘してきた男に感心する。ミルニナーヴァの時はこっちが開示するまで言い当てられることは無かったが、どうやら眼前の男にはお見通しらしい。

 

 ──これも身体に悪魔の力が馴染んできた弊害か……それともあの百合悪魔がただ間抜けなだけなのか……。

 

 どちらにせよ、今はどうでもいい話には違いなかった。

 

「……?」

 

 隣の修道女は俺と男のやり取りに困惑している様子だったが、今はそれも無視だ。俺はお返しと言わんばかりに痩躯の男に言葉を投げつけた。

 

「お前の方こそ、随分と立派な依り代(かぶりもの)を使ってるみたいじゃないか。人なんか喰ってなければ、どこにでもいる性悪な悪役商人にしか見えないぜ──悪魔……いや、〈聖邪界魔〉エンジェンティアさんよ」

 

 あっさりと正体を言い当てられた痩躯の男に驚きはない。それどころか──

 

「それはディヴァーデンの入れ知恵か?」

 

「不正解。残念ながら自前だ」

 

 余裕たっぷりな表情にムカつきさえする。寧ろ、隣で聞いていた修道女の方が驚いている始末だ。

 

「え──悪魔って……はぁ!?」

 

 けどまぁ、それも仕方がないと思う。何せ、眼前の悪魔は一見すると完璧に人間に擬態できているのだから。

 

『どうするんだいご主人? この前と違って、あいつはちょっと厄介だぞ……』

 

「だな──」

 

 いつになく警戒心を強めるディヴァーデンの声には同意するしかない。

 

 ──さてどうしたものか……。

 

 正直、平静を装って見せてはいるが悪魔がいることは予想外だった。……いや、ここまで遭遇率が高いと寧ろ驚きが薄れて、「まあいるよな……」みたいな感覚になっているのも否めないが……それにしたって面倒なことに変わりない。

 

「それじゃあ楽しい楽しい雑談も程々に……こんなとこを見られて何もせずに帰すわけにもいかない──」

 

 ゆらりと、痩躯の男──エンジェンティアは全身に魔力を滾らせる。

 

 瞬間、俺と修道女の間を隔てるように最高位の神聖術による断絶結界が張り巡らされた。

 

「お前たちにはここで死んでもらう! ──もちろん、ヴェラルタはじっくりと私が楽しんだ後でなぁ!!」

 

 どうやら、お相手さんは一対一(タイマン)をご所望の様子。空間を支配する神聖な力の気配にべスターが気を大きくして喚いた。

 

 悪事が露呈し、開き直った司祭の姿にその修道女は何を思うのか、果たして表情は読み取るまでもない。

 

「これも「試練」の一つだと言うのですかセレネア様──?」

 

 銀槍を握る両手の力がぎゅっと引き絞られた。

 

「胸の中を支配してる感情は無理にでも振り払え。もうお前の望む日常は戻らないんだ──わかるだろ、ヴェラルタ」

 

 懐から取り出した聖なる布帯を拳に巻き付け、体に染みついた構えを取る。

 

 ここからは本当に自己責任。迷いは雑念でしかなく、命を危険に晒すだけだ。だからこそ、敢えて厳しい言葉で隣の少女を鼓舞する。

 

「手助けは必要か?」

 

「ッ──いらないし。アンタこそ、足を引っ張らないでよ──セスナ」

 

 それを受けて修道女──ヴェラルタは憂いを振り払い、魔力を全身に漲らせた。

 

 それが、開戦の合図であった。

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