乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第87話 裏切られた修道女は希望を見出す

 図らずも、彼が痩躯の男──悪魔と呼ばれた──を、ヴェラルタがいつの間にか佇まいを正した司祭様を相手取る形となった。

 

「そっちはそっちで好きにやれ、べスター」

 

「畏まりました!」

 

 まるで王と家臣のような従順で、遜ったべスターの姿を目の当たりにして、ヴェラルタの頭は状況の理解を反射的に拒む。

 

「予定は狂ったがいずれはこうなる運命だったんだ。精々、楽しませておくれよ──ヴェラルタ?」

 

「ッ──!!」

 

 全身を舐め回すような下卑た視線、欲情に歪んだ締まりのない表情(カオ)、投げかけられた言葉の全てを彼女は知らなかった。

 

「何かの……間違いですよね?」

 

 縋るように、信じたくないと言わんばかりに、ヴェラルタは尋ねた。

 

 果たして、サミュエル・べスターの返答は──

 

「これを見てまだそんなことが聞けるなんてめでたい娘だ──目の前の現実が全てだろうよ」

 

 嘲笑。

 

 気が付けば、服を身に纏い、べスターは両手に携えた斧槍(ハルバード)を構え、石畳を強く蹴った。

 

 一瞬にして距離を詰められ、目の冴えるような鋭い刺突をヴェラルタは反射的に弾き、大きく飛び退く。だが、べスターの勢いは止まらない。

 

「まだまだ行くぞッ!!」

 

「ッく──!!」

 

 刺突、薙ぎ払い、斬り上げ──腹の出た、だらしないその体形からは想像の付かない洗練された槍捌きをヴェラルタはよく知っていた。何せ、べスターは彼女の槍術の師匠でもあるのだから。

 

 ──やっぱり、強い……!!

 

 もっと言えば、ヴェラルタにとってサミュエル・べスターは今の自分を形作る元となった……言わば、親のようなものだった。

 

 まだ自意識もハッキリとしてない赤子の頃、ヴェラルタは教会の前に捨てられていた。それを当時、まだ修道士として見習いであったべスターに拾われたのが出会い。どうして本来の両親は彼女を捨てたのか、その理由は今もハッキリと分かってはいない。分かったところでどうでもいいとさえ、ヴェラルタは思っていた。

 

 豊かに栄光と繁栄を誇る王国と言えど、貧富の格差と言うのものは如実に存在していて、捨て子なんてのはよくある、別に珍しくもない話であった。生活が苦しく、明日食う飯にありつくのも一苦労。口減らしの為に自分は捨てられたのだと、ヴェラルタは勝手にそう結論付けていた。それが当然の思考の帰結であった。

 

 だから、彼女にとって「親」とは自分を拾ってくれたべスターただ一人だった。その実、かの敬虔なる女神の信徒はこの出会いが信仰する女神の思し召しであるとさえ考えて熱心に、そして立派に彼女を育て上げて見せた。

 

 少女は彼から全ての事を学んだ。文字の読み書き、算術、家事、戦い方、人との接し方、セレネア様の教え、祈り方──全部、全部、本当に全て、あの男から生きるということを教えてもらった。

 

 尊敬していた。本当の父のように慕っていた。

 

「私の教えはしっかりと染み付いているようだな──嬉しく思うぞ、ヴェラルタ」

 

「ッ──!!」

 

 だと言うのに、ヴェラルタからすれば眼前の光景はあんまりにも残酷なものに違いなかった。

 

 猛攻は止まない。寧ろ、べスターは彼女の明らかな動揺からくる精彩を欠いた動きに付け込むように攻める。下卑た笑みを崩さず、魔力を惜しみなく発露させる司祭に対し、それでもヴェラルタはまだ現実から目を背ける。

 

「どうして……どうしてこんなことを──!!?」

 

 戦闘になる直前、隣に並び立った公爵令嬢の猟犬には強がってみせた。

 

 ここに来るときも足手まといにならないと豪語した。確実に、今、自分がしていることは無駄、覆りようのない事実の再確認でしかないとわかっていた。時間が経てば経つほど分からなくなって、ヴェラルタは確認せずにはいられなかった。

 

「ちゃんと答えてください!」

 

 それが、義娘としての純粋な願望であったから。

 

「セレネア様がこんなことをお許しになるはずなんてない! そんなの貴方が一番わかっているはずですよね!?」

 

 認めたくなかったのだ、

 

「ならばどんな理由があって罪のない、無垢な子供たちをこんな場所に集め、ましてやあんなむごいことをしたと言うんですかッ!!」

 

 これまでの全てが仮初で、全てが欺瞞と打算に満ちた虚構だったと、

 

「どうなんですか、お義父さ──」

 

 それでも現実は無常で、

 

「はぁ……戦いの最中にぺちゃくちゃと全くもって情けない──そんなの、理由はただ一つだろう?」

 

「……え?」

 

 少女が切望した答えは返ってくるはずもなく、

 

「ただただ、快楽を得る為の手段でしかない。ついでに、使い潰したゴミが売れると言うのなら一石二鳥だ。そうだろ?」

 

 悉くを一切を遠慮なく否定した。

 

 そこに居たのは、醜く、浅ましい、欲に溺れた愚者のみで、少女の脳裏に深く焼き付いた義父の姿など存在しない。

 

「これで満足かな? ならば、もう少し真面目に戦闘(こっち)の方にも集中しなさい。でなければ、すぐにでも片が付いてしまう」

 

「ッ──!!」

 

 答える必要のない問答を答え終えたべスターはそれまで抑え込んでいた箍を外すかのように祈り始める。

 

「天におられぬ我らの母よ、最期に残された限りある恵みを拝借させて戴こう、全てに見放された我らをお許しになる必要もない、我らは愚かな簒奪者であることを認めましょう──」

 

 膨大な魔力量による単純な身体強化。そして紡がれた祝祷による武器への礼装は禍々しくも神々しいドス黒い魔力を垂れ流す。

 

「な、なんでそんな祈りを女神様がお認めに──」

 

 なによりもヴェラルタが違和感を覚えたのはその祝詞だ。

 

「我らも主との同道を排しましょう──聖なる神刃(セイクリッドジール)

 

 到底、一介の司祭が行使するには分不相応、高位に位置する大司教クラスの祝祷礼装だ。紛いなりにも今日まで教会の司祭を務めて、何よりも神聖術の実力に一目置かれていた男だけはある。

 

 その詠唱は朗々としており、正確で、何より速かった。

 

「言葉を重ねるよりも、神聖術(コレ)こそが一番の証拠だな。目の前の光景が全てだ。別に祈りなんてなんの意味も成さない。この世に女神などは居ないんだ──それを理解し、信じていれば力は行使される」

 

 祝祷礼装による強化を完成させたべスターは無情にもそう言い放ち、再びヴェラルタへと突貫する。

 

 斧槍は鈍い銀光を纏う。その一槍は僅か掠っただけでも膨大な神聖力の力によって身を焦がされるだろう。そんなこと、術を見るよりも承知していたヴェラルタはだからこそ焦る。

 

 これまで防戦一方、異常な不信感と不安感が彼女の精彩を欠き、普段の実力の一端すらも発揮できていない。

 

 ──ダメだ……。

 

 既に彼女の戦意は喪失していた。

 

 現実を突きつけられ、これまでの全てが偽りであったと告げられ、信じたものさえ否定された。こんな混迷した精神状態で祈りを捧げたところで、神聖術がまともに行使できるはずもない。

 

 ──こんなに、私は弱かったの?

 

 衝撃的な事の連続であった。信じたくないことの連続であった。それでも、この気持ちは──女神様を想い、信じるこの気持ちは揺るがないものだと自負していた。

 

 だと言うのに──

 

「ぁ……ぁあ──」

 

 祈りの言葉を紡ごうにも、たった一度の絶望でそれができなくなる。

 

 視界がぐらりと揺れて、真っ暗になっていくような。行く先がわからず、迷子になった時のような不安と焦燥が押し寄せてくる。

 

 ──何を……私はいったい、何を信じたらいいの?

 

 わからない。信じていたモノに裏切られて、信じていたモノを否定され、少女は全てが分からなくなる。

 

 唯一の事実は、眼前にまで神々しい斧槍の穂先が迫りくるばかりであり、身動きすら取れなくなった少女は避けることは叶わない。呆然とそれが自身の胸を突くのを待ち受けるしかない。

 

「安心しろ。殺しはしない。それだと、楽しめるものも楽しめなくなるからなぁ!!」

 

 勝利を確信し、醜悪な愚者は下卑た笑みを深めた。瞬き一つ、次の瞬間には全てが終わってしまう。

 

 そう諦めた少女に──

 

「おい」

 

 銀光を纏った一槍が到達することはなかった。気が付けば、白磁の布帯を巻いた拳に呆気なく、べスターの斧槍は弾き飛ばされた。

 

「──え?」

 

 その予想だにしてなかった光景に、ヴェラルタは意表を突かれた。

 

 果たして、視線を上げた先には黒い執事服に身を包んだ同じ年の少年が一人──

 

「手助けはいらないんじゃなかったか?」

 

 煽るような視線を送っていた。

 

 結界による分断、悪魔との直接戦闘、到底、眼前の執事が助けてくれるなんて考えもしなかった。けれど、どういう訳か彼は隔たれた強固な結界を飛び越えて今目の前にいる。

 

 それはべスターにとっても不測の事態であった。

 

「どうして貴様がここにいる!? あのお方は──」

 

「ちょっと無理やり幽閉中だ。まぁ、すぐに出てくるだろうがな……」

 

 忌々し気に呟く彼は依然として呆けている修道女へ言葉を投げた。

 

「この状況も長くは持たない。だから、酷なことを言うようで悪いが、早く立ち直ってくれ」

 

「ッ……わ、わかって──」

 

 何故か、彼を目の前にすると今まで怖気づいていた弱音が打ち消されていく。何故か、彼の真っすぐで迷いない双眸に見られると背筋が伸びて、励まされてしまう。

 

 ──どうして?

 

 最初は気に入らなかった。色々と邪魔をしてきた嫌なヤツだった。

 

 でも、何度か会い、言葉を交わす度に、彼のその為人は決して不快なモノではなくなった。教会の不法侵入を見つけたときは目を疑ったし、意味もなくそんなことをする人物ではないと信頼さえしていた。

 

 ──本当に、どうしてだろう?

 

 不思議な感覚に、ヴェラルタはぼんやりと考える。そこに彼の酷く落ち着く声が耳朶を打った。

 

「信じていた人に裏切られて、信じていたモノを否定されて、どうしようもなく絶望する気持ちは──わかる。俺も何度も味わったことがある。まぁ、アンタの場合はちょっと惨すぎるが……それでも同じ絶望を味わった同士として一つ助言をしよう」

 

「ぅぐ……なんだ!? 急に身動きが──」

 

 理解不能な魔術でべスターを一時的に拘束した彼は言葉を続けた。

 

「人間って言うのは大なり小なり何かに依存して、縋り、信じることでこの残酷で無常な現実(いま)を生きる糧を手に入れる。けど、その信じたモノってのも永遠って訳じゃない。いくつか理由はあれど、それはいつか無くなるものだし、失ってしまうものだ。悲しくて、虚無感を覚えて、悔しくて、苦しいだろう。だけどその経験が人間を強くしてくれる。そして、こんなクソみたいな感情から逃げるには方法は一つしかない」

 

「……方法?」

 

 気が付けば、戦闘の真っただ中だと言うことを忘れてヴェラルタは彼の次の言葉に聞き入っていた。

 

「また信じられるものを探すんだ」

 

「信じられるもの……」

 

「それが人間の根本にある生存本能だからな。なんど裏切られ、なにも信じられないと思っても、藻掻き苦しむ中で新たな希望(しんじられるもの)を見出すんだ。それができるからこそ、人間ってのはここまで繁栄し、種を存続させることができた。──今、アンタの近くに希望と呼べるものは存在するか?」

 

「希……望──」

 

 男性特有の低く安らぎさえ覚える彼の言葉はヴェラルタの脳裏にすんなりと入ってきて、自然と視線を彷徨わせて希望(なにか)を探す。

 

 今も恐怖に震える子供たち、無残に食い殺されバラバラな亡骸、不思議な結界に囚われ苦心する義父──周囲をぐるりと視線を巡らせて、そして彼女の双眸は眼前の彼の姿をソレだと捉えた。

 

 しかし、件の彼は少女の視線の意味を勘違いして受け取り、勝手に一人で納得した。

 

希望(ソレ)が見つかったんなら、それを信じて戦え。安心しろ、また希望(ソレ)に裏切られてたって言うんなら、次も一緒にソレを探してやる」

 

「ほん、とう……に?」

 

「ああ。それだけで、また裏切られても少しは平気だろ──さぁ、時間だ。後は自分で何とかできるな──ヴェラルタ?」

 

「──えぇ、ええ……!!」

 

 ヴェラルタが立ち上がったのと同時にべスターは謎の結界から解放され、目の前にいた彼もその姿をまた隔てられた結界の向こうに移っていた。

 

「余計な横やりを──! あのお方もお遊びが過ぎる! これではまたやり直しではないか!!」

 

 忌々し気に喚くかつての義父を前にして、修道女ヴェラルタは静かに斧槍を構えた。

 

 今まで胸の内を支配していた絶望感は──既に無い。

 

 自身でも驚くほど、霧が晴れたような気分にヴェラルタは自嘲的に笑みを浮かべる。

 

 ──私ってこんなに単純な女だったのね。

 

 けど、その単純さが故に、彼女は今もこの場に立って目の前の絶望と向き合う勇気を手に入れた。今はそのことだけで十分だ。

 

 難しいことは、全て終わった後にゆっくり考えればいい。

 

 だから今は──

 

「第二ラウンドと行きましょうか──背教者サミュエル・べスターッ!!」

 

 過去と完全な決別を果たそう。

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