乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする   作:EAT

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第88話 モブ執事は堕天使と対峙する

『私のご主人は随分とお優しいことですわねぇ~』

 

「んなことねぇよ別に……。ただ、あのまま見過ごすのは後味が悪いと思っただけだ」

 

『それがお優しいって言うんですよぉ~。それも、わざわざこっちの負担を大きくしてまで──』

 

 呆れと嫌味、どこか不貞腐れた感情を孕んだディヴァーデンの声に表情はなんとも言えない微妙なものに歪む。

 

 結界……それも神聖術の最高位──教皇級(セイクリッド)の断絶結界とくれば簡単に助太刀もできない。気を配って、ギリギリまで修道女(ヴェラルタ)に任せていたが、あそこまで崩れてしまうと無理をしてでも助けないわけにはいかない。

 

 悪魔と裏切られた司祭のダブルパンチ。逆に、あの状態で精神を崩さず、冷静に戦闘を繰り広げて司祭を打倒する方が異質だ。まだ、彼女は年端もいかない少女に変わりないのだから……。

 

『さて、こっちも第二ラウンド──今の無理くりな次元幽閉でご主人の魔力も結構かつかつだ。それは当然、お分かりだよね?』

 

 依然として、嫌味たらしく脳裏を過る軽薄な声に流されて、俺は決壊寸前の次元の(ゲート)を見遣った。

 

 何とかギリギリのところであの修道女を立ち直らせられたのは良かったが……ディヴァーデンの言葉通り、状況は芳しくない。その理由(ワケ)と言うのが、前世(ゲーム)の時よりも、実際に対峙した〈聖邪界魔〉エンジェンティアが厄介な存在だったからだ。

 

「いやー随分と久しぶりな感覚だったなぁ。……でも強度と構築造詣で言えばお粗末もいいところ──もうちょっと悪魔の主として、飼いならしてる悪魔の力を制御できないといけないんじゃないか?」

 

「余計な世話だな──」

 

 これまた煽りと嫌味をたっぷりと含んだ、腹の立つ声音で次元より帰還した痩躯の男(エンジェンティア)を睨む。

 

 修道女に喝を入れるために急遽行使した次元幽閉の魔術であったが、悔しいことにその練度は奴の言う通りだ。その癖、魔力消費が激しいもんだから、コスパが悪い。

 

 ──これで、少しは消耗してくれれば御の字だったが……そうもいかないよな。

 

 さて、どうしたものか。

 

 互いに、まだ表立った負傷は無いが魔力(リソース)の余裕で言えば断然こちらが不利だ。じりじりと思考を巡らし策を練るが、眼前の悪魔がそれを黙って待ってくれる道理もない。奴は両手を組み、短く、()()

 

「まぁそれはいい。四の五の言わずに続きと行こうか──我、祈る(プレイ)

 

 それは聖なる神の御力の残滓であり、借り物の力。鮮やかな光が悪魔の周囲を舞い、一瞬にして全てを焼き焦がす光線へと成った。

 

 攻撃の予備動作は把握済み。奴が使う攻撃手段の中で、この遠距離攻撃(レーザー)はメインウェポンであり一番の外れ行動だ。なんなら戦闘を通して、この行動しか擦らないこともザラである。

 

「ッ──全くもって違和感しかない光景だなオイッ!!」

 

 発生速度と攻撃の威力は即死に違いなく、咄嗟に前へと飛び込むんで(ローリング)回避する。

 

 全くもって度し難い。女神の御業である神聖術は悪魔を滅する唯一の方法だと言うのに、その天敵であるはずの悪魔がそれを何食わぬ顔で使うなんて、初見で誰が気が付けると言うのか。

 

〈聖邪界魔〉エンジェンティア。

 

 ゲーム『ヘルデイズ』では全シナリオクリア後に解放される〈ボスラッシュ〉で登場する隠しボスである。その能力は前述した通り、悪魔でありながら神聖術を扱い、加えてオマケ程度に精神操作系の魔術まで扱う理不尽ボスである。

 

 ──高火力な神聖術と精神操作魔術で操作キャラの行動を遅延してくるのは流石にやり過ぎじゃないですかねぇ……!

 

 前世の記憶が脳裏を過り、思わず歯噛みする。

 

 そもそも、悪魔である奴がどうして神の御業である神聖術を扱えるのか? その理由はこいつのキャラ背景と設定を見れば納得できる。

 

 設定資料曰く、この悪魔はもともと女神の遣いである「天使」だったとか。それが、甘美な誘惑によって天使にあるまじき欲望に溺れて、仕えていた女神様から見限られ天界を追放される。これに納得できず、憤りを覚えた奴は天使から反転、悪魔へとその存在を変えた。所謂、堕天ってやつだ。ファンタジーの王道、あるあるな設定だが、心内に中学二年生を飼っているプレイヤーはこういうのが大好物。

 

 メインキャラにも引けを取らない端麗な容姿はメインターゲット層である女性プレイヤーにも人気を博した。悪魔・女神の遣い・天使・闇落ち……と属性もりもりで、教会が深く絡んでくるメインシナリオにも登場しても不思議ではないキャラなのだが……どういう訳か本編には微塵も絡んでこない。

 

 それどころかエンドコンテンツで解放されるオマケ要素の隠しボスだ。そんな細かな設定や使ってくる術も把握していても、前述した通りこの堕天使悪魔は厄介でしかなかった。

 

 ……と言うのも──

 

「皮肉なモノだな。その身に悪魔を宿し、時間が経てば経つほどにその身は魔へと近づき、神聖な神の御業すら拒絶することになるなんて──」

 

「黙れこのピカピカ悪魔!!」

 

 悪魔を自分の内から追い出す為に、頑張って悪魔の力を掌握しようとしていたら、身体が悪魔の力に馴染んでしまって、悪魔特攻である神聖術の耐性が恐ろしく低下してしまったのだ。

 

「本末転倒ってもんじゃ済まされないだろコレッ!!」

 

 肝心の悪魔の強制退去の目途は今のところ全く立っていないし、本当にこれは不本意な結果であった。

 

『今ぐちぐちと文句を言っても仕方がないだろ!? いいから集中しろご主人! このままじゃあの悪魔に聖なる光で丸焼きにされるぞッ!!』

 

 脳裏に劈く諸悪の根源(ディヴァーデン)の声を無視して、間断なく飛んでくるレーザーを掻い潜る。圧倒的な相性の悪さによって、次元界魔の効きもイマイチ。次元の穴に捉えたところですぐに脱出される。

 

 ──これじゃあ籠手の効果も発揮できねぇしよぉ……!

 

『無窮の器』の劣化版である〈聖布の籠手〉も折角の初陣だと言うのに活躍の兆しは無い。連撃を重ねるどころか、まともに接近して拳を当てるのも至難の業だ。

 

 光の柱(レーザー)の先に見える堕天使は退屈そうに足元に転がっていた腕を拾って食べ始める始末だ。

 

 ──舐めやがって……!!

 

 その態度が気に入らない。罪のない子供を食い殺すあのクソ悪魔を思い切り殴り飛ばさないとむかっ腹が収まるはずがない。

 

 ──そもそも、あの悪魔はどうしてこんなことをしてるんだ?

 

 前世(ゲーム)ではただの隠しボス。深堀された設定資料でもあの悪魔が人を食うなんて設定は存在しなかった。

 

 ──仕えていた女神を信仰する教会の司祭を拐かして、孤児や信徒の子供を攫っていた理由はなんだ?

 

 思考を巡らしたところで答えは出ない。所詮は悪魔のやることだ理解できるはずもなかった。

 

「心底、理解できないって、顔に書いてあるぜ?」

 

 漸く、光の柱を超えた先で堕天使は嘯いて俺の打ち放った拳撃を躱す。

 

「なんだと?」

 

 まるでこちらの心内を見透かすかのような言葉尻には腹立たしさを覚える。それを気にせず、堕天使は言葉を続けた。

 

「なんだ……? アンタ、思ったより知識に偏りがあるな──冥途の土産に教えてやるよ。悪魔が悪だくみして成し遂げたいことなんて一つしかない──〈災厄の魔女〉を作る為さ」

 

「──は?」

 

 呆気なく明かされた悪魔の真意に、しかし意味が分からず困惑する。

 

〈災厄の魔女〉──それはゲーム『ヘルデイズ』に於いて、ラスボス──悪魔(ディヴァーデン)に精神支配され闇落ちしたアリサ・アロガンシアを指す言葉だ。ならば、眼前の悪魔もディヴァーデンと同じように彼女を依り代として、この世界を滅ぼそうと画策しているのかと思えば──どうやらそれは違うらしい。

 

「これがまあ死ぬほど面倒くさい! 条件が色々とありすぎるんだよなぁ……。だから大量の素材(サンプル)が必要になるわけで、その素材をこうして定期的に卸して貰ってたわけだ。個人的に、素体は神聖術が使えた方が都合がいいしねぇ」

 

 愚痴を零すようなその発言から、それは明白で更に俺の頭を困惑させた。

 

 ──何がどうなっている?

 

 目敏く、動揺したこちらの内心を見抜いた悪魔は楽し気に高笑いした。

 

「ケハハッ! 知ったかぶりの素っ頓狂な顔は実に滑稽で愉快だねぇ!」

 

 上機嫌に笑い声を挙げて、気を良くした悪魔は更なる情報を開示した。

 

「愚かなアンタがかわいそうだからもう少し教えてやるよ。俺たち悪魔が必死こいて〈災厄の魔女〉を作り出そうとしているのは、それが俺ら悪魔にとって悲願であり、目的を達成できる唯一の方法だからだ」

 

「目的……?」

 

「そうだ! このくだらない世界を自由に歩き回る(からだ)が欲しいってのも事実だが、それはオマケに過ぎない。〈魔女〉に成ればこの世界の根源を揺るがす膨大な魔力が手に入り、全知全能な超越者へと至れる。そうすりゃ文字通り、この世界を自由自在に管理できるってわけさ!!」

 

 大仰に両手を広げ、天を仰ぐ悪魔は発狂した気狂いにしか見えない。だが、その身から紡がれた言葉を全て馬鹿馬鹿しいと一蹴するのは──難しかった。

 

「……おい、ディヴァーデン。あの堕天使の言ってることは──本当か?」

 

『あぁ、間違いないよ……ご主人』

 

 簡潔に、発言の整合性を取ってみれば呆気なく答えは返ってくる。実に気弱な悪魔の声に素っ気なく頷く。

 

「そうか──」

 

 前述した通り、前世(ゲーム)に登場する〈災厄の魔女〉にそんな設定は存在しない。

 

 本当に、取って付けたような悪魔へと成り果てたアリサ・アロガンシアの別称でしかない。それが、どうやらこの世界で〈災厄の魔女〉とは別の意味を持つらしい。果たしてそれは、俺と言う不純物が生まれた結果なのか、はたまた元々そういう風に作られていたのかは定かではない。

 

 ──驕っていたつもりは無かったんだがな……。

 

 ただ一つ、確かなことは前世(ゲーム)と酷似したこの世界をゲーム(それ)と全く同じものだと勝手に決めつけ、今までしっかりと情報の精査をしなかった俺の落ち度だ。

 

「チッ──」

 

 気を付けていたつもりではいた。

 

 この世界はゲームじゃなくて現実だと、勘違いしそうになる度にその考えを振り払い、正してきたつもりだった。それでも、深層心理に根付いた認識までは正せなかった。……ただ、それだけの話。

 

「ハァ……」

 

『そ、その、悪かったよ……ご主人ならこれくらい知っていると勝手に勘違いして──』

 

 内に駆け巡る無数の感情を深く息を吐いて、吐き捨てる。すると全くいつもの覇気が消え失せたディヴァーデンの声が脳裏を掠めた。

 

 だが、俺はそれを気にも留めずに軽く弾く。

 

「考えるのは後だ。今はただ俺のサポートに全神経を集中させろ──ディヴァーデン」

 

『わ、わかったッ……!!』

 

 俺の言葉に勢いよく頷いたディヴァーデンと眼前の悪魔が攻撃を再開したのはほぼ同時だった。

 

「さて、お勉強は終いだ。これでまた一つ賢くなれたなぁ、知ったかぶり君?」

 

 隙間を塗り潰すように、何重にも交錯する光の柱と無数の殲滅級属性魔術。それらを被弾覚悟で掻い潜る最中、悪魔を煽る。

 

「熱心なご指導ご鞭撻に痛み入るが……いいのか? そんなに大事なことをぺらぺら喋っても?」

 

「何も問題はないさ。こっちの方が場が盛り上がって楽しいだろ? 俺たち悪魔は何よりも楽しいことを最優先する! ……何より、別に知られたところで困るわけじゃない──だって、アンタはここで死ぬんだからさァ!!」

 

 それに乗ってこない奴ではない。

 

「また随分とありきたりな台詞を……」

 

 前世(ゲーム)の〈ボスラッシュ〉ではその性格まで把握することはできなかったが、この短時間で何となくこの悪魔の本質は見えてきた。

 

 ──おちゃらけて、楽観的、調子に乗りやすくて……それでいて悪魔らしく傲慢。

 

 依然として、神聖術と魔術の激しい弾幕には手を焼く。これを掻い潜って攻撃を加えたところで、常時展開されている神聖術の防御結界でこちらの攻撃は半減される。

 

 全く、厄介で仕方ないが──

 

「付け入る隙は十分すぎるほどにある」

 

 策が無い訳ではない。まぁ、正直に言えば気が進まないが……状況的にそうも言ってられない。

 

 あの酷くムカつく傲慢な顔面を殴り飛ばせるなら、ある程度の出費は容認しよう。だから、俺は悪魔に指示をした。

 

「ディヴァーデン、虚無の次元から()()()を解放しろ」

 

『なッ──!? 正気かいご主人……?』

 

 唐突な、そして予想外なこちらの指示に悪魔は愕然とした様子だ。それを無視して、言葉を続ける。

 

「ああ、それと一応、拘束はしたままで出せよ? 出てきた瞬間、あのレズ悪魔に何をされるかわかったもんじゃないからな」

 

『──ほ、本気なんだな!?』

 

「だから、そう言ってるだろ」

 

 念を押すように確認してくるディヴァーデンに呆れつつ頷く。その淡白な反応で漸くこの悪魔は俺が本気だと言うことを察したらしい。

 

『~~~もうッ!! なにをしようとしてるかわからないけど、どうなっても知らないからね!?』

 

 そうして、不意に頭上に次元の(ゲート)が開く。

 

 穴の行き先は言わずもがな──何も存在しない虚無の次元。そこから一体の悪魔が吐き出された。

 

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