乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
額には一本の紫紺の角を携え、背中からは一対の黒曜を連想させる翼をはためかせる。それが、堕天使以外の悪魔に共通した身体的特徴。違うところは顔立ちや身長……そして新緑の髪色だ。久方ぶりに虚無の次元から解放した〈刻視界魔〉ミルニナーヴァは実に呆けた声を上げた。
「──あえ?」
「よう、久しぶりだな──ミルニナーヴァ」
依然として、堕天使から間断なく放たれる弾幕砲撃を凌ぎながら、軽く挨拶をしてみる。
「ッ!? お前は──!! ……え、てか外!? あのクソみたいな虚無の次元じゃない!?」
その反応は上々。数カ月の間、虚無の次元に幽閉されて、無為な時間を過ごしていたと言うのに意外と元気である。
──流石は悪魔と言ったところか。
普通の生物だったら自我を崩壊させて植物状態になってるところが普通に精神を保っている。所謂、ゴキ〇リ並みの生命力というやつである。
「ハァッ!? てかなんか拘束されてるし、なんでエンジェンティアがいんのよ!?」
「ケハハッ! ディヴァーデンを飼ってるのは直ぐにわかったが、こいつは予想外だ。まさか、ミルニナーヴァまで手中に収めてるとは──面白くなってきやがったなぁ!!」
自らが拘束されていることに気づいて発狂しているレズ悪魔に、それを見て爆笑する堕天使。
だが、俺からしてみればそんな感動の再会なんてどうでもよかった。
状況は極限状態。被弾はいつもより少ないのに、一撃一撃が特攻な所為で傷が深い。
手短に話をする必要があった。一頻り驚いて、騒ぎ終わったミルニナーヴァは漸く状況を整理し、傷だらけのこちらを見て困惑した表情を喜色に一転させた。
「……なるほどなるほど──今度はあの堕天使とやり合ってるわけか。全く血の気の多い……こんな短期間に悪魔と戦って、お前は何がしたいんだ?」
「うっせぇ。お前ら悪魔がいっつも予想外の登場をするのが悪いんだろうが──こっちも必死なんでな、無駄口を叩いてる暇もない。手短に済ませるぞ」
嘲笑し、煽ってくるレズ悪魔の言葉を歯牙にも掛けず、俺は回避に全神経を注ぎながら言葉を紡ぐ。
「見て分かる通り、堕天使と戦っている真っ只中だ。そんな状況でお前をわざわざ虚無の次元から解放した理由は一つ──
『ちょっ──はぁ!? 何を言いだすかと思えばこのご主人は──』
「へぇ……」
呼び出された理由を聞いて、二体の悪魔がそれぞれの反応を見せる。
前者の言葉は今は無視、それよりもまだ話を聞く姿勢を崩さない方に意識を割く。
「俺とあの堕天使は相性が悪い、悪魔のお前ならまあ何となく察しが付くだろ。だからお前の力を寄越せ。そうすりゃ勝てる」
言葉足らずな俺の説明にしかしミルニナーヴァは合点が言った様子だ。そして、だからこそ奴は半笑いで嘲笑した。
「おいおい、頼みごとをしようってのにその態度は無いんじゃないか?ましてや悪魔相手に……まぁ、お前なんかに丁寧にお願いされたって、絶対に手伝ってやんないけどね! 誰が自分の夢を邪魔した野郎の手助けなんてするってんだ、バァーカッ! そのまま為す術なく、勝手に死ね! そうすれば自動的に私も解放されるからね!」
最大限、俺の希望の芽を摘むように、ミルニナーヴァは罵詈雑言を尽くす。楽し気ですらあるレズ悪魔のその反応は──
「そうか──」
しかして、実に予想通りであった。
この悪魔と因縁があることなんて分かりきっていたし、恨まれ、嫌われていて当然だ。なんなら、俺だってこの悪魔のことが嫌いだし、こんなこと言いたくない。だが、こっちはもう腹を括ってんだ。
「勘違いしているようだが、お前に選ぶ権利なんてない」
だから、ミルニナーヴァの盛大な勘違いを正す。
「はぁ? なにを言ってるんだ。私の力を使うんだ、それには私の協力が──」
「違うな。お前は俺に力を貸さざるを得ない。だからさっさと契約をしろ──こんな機会、二度とこないかもしれないぞ?」
「戯言を……! 誰がお前みたいなふざけた野郎なんかと契約なんて──」
大仰なこちらの態度に腹を立てたミルニナーヴァは反抗的な意志を見せる。そして、この反応も予想通り。寧ろ、こうなるように生意気な態度を取って、誘導したのだ。
「お前の知り得ることのないダリア・メイクラッドのあんな姿やこんな姿が──」
「……?」
こっちにはこのどこまでも天邪鬼な悪魔を一気に従順にする切り札があった。
「視れると言ったら、お前はどうする?」
「ッ……どういうことだ?」
その切り札にミルニナーヴァは面白いくらい予想通りに食いついてきた。ここで一気に畳みかける。
「言葉の通りだ。俺の頭には無数に師匠の記憶が存在する。その中にはお前が夢見たシチュエーションや、本来なら絶対に拝めない彼女の姿も存在する」
「ざ、戯言だ! そんな証拠も何もない妄言を誰が信じて──」
「ディヴァーデン」
『……わかったよ──』
確実にその心が未知の甘言に揺れているのを感じとり、ディヴァーデンを介して記憶の一部──
次元の穴に疑似的に映し出された記憶を見たミルニナーヴァの気になる反応と言えば──
「そ、そんな……バカな──」
愕然。言い表すならば、まだ無垢な小学生が道端で見つけたエロ本の中身を覗いた時のような興奮に似ていた。
──堕ちたな。
そう確信して、次元の穴を不意に閉じる。それに対してレズ悪魔は抗議の声を上げた。
「あっ、おい! 今いいとこだったのに!」
「続きが見たいなら追加料金だ──わかってるよな?」
「ぐッ──」
煽るように尋ねる。悔し気なミルニナーヴァの表情から効果は覿面、奴はこっちの望む言葉を勝手に吐いてくれた。
「わかった! する! 契約するから!」
「よし、その言葉が聞きたかった。契約の内容は──」
「そんなのどうでもいい! だから早く続きを──」
「……オーケー。それじゃあ
堪えの効かないガキのように喚く悪魔に思わず頬が引き攣る。
堕天使から無尽蔵に湧き出る弾幕砲撃のほんの少しの
何ら違和感なく、すんなりと〈刻視界魔〉は身体の内に収まり、一気に順応していく。〈契約〉とはそういうものだ。互いに同意のうえで、条件を取り決めて、協力関係を結ぶ──
「契約内容はそうだな──ダリア・メイクラッドに関する記憶の無制限閲覧ぐらいは許してやる。だから、お前はこれから俺に絶対服従だ」
もう完全に契約を反故にしないと判断して、完全にこちらに有利な条件で契約を締結させる。
勢い任せの、実に詐欺紛いなやり口であるが、件のミルニナーヴァは既に閲覧可能になった
『うひょー! 何だこの山のようにある彼女の記憶の数々は! 楽園か! もしかしてここが楽園なのか!?』
『クソ! こんな形で同居人が増えることになろうとは……!!』
一際、脳裏に響く声が騒がしくなったのと同時に、今まで敢えて適当な範囲砲撃だけで俺達のやり取りを傍観していた堕天使がいびつな笑みを貼り付ける。
「ケハハハハハッ! こりゃあ傑作だ。悪魔と契約を結ぶだけでも狂ってると言うのに、肝心な契約条件の全権を人側が握るとはなぁ! 面白い! 面白すぎるぞお前!!」
「戦隊ヒーローが変身するときよろしく、ご丁寧に手加減をしてくれていたのには感謝するが……ちょっと傲慢が過ぎるな、
「はぁ?」
「面白さや好奇心を最優先するのは悪魔の悪いところと言える──これで、こっちの勝利の条件は整ったぞ?」
確かな事実。その無感情でさえある味気ない言葉に、堕天使は間抜けな面を晒して動きを止めた。そして、数秒の沈黙の後、奴は静かに笑い始めた。
「ケハハハハ……嗚呼、いいね。最高だ。やっぱりアンタは最高に狂ってる。勝利の条件は整った? おおそうか! それならその条件とやらを見せてくれ! さっきまで俺の神聖術に為す術もなかった半端野郎がどんな理屈で粋がってんのか教えてくれよぉ!!?」
悪魔とは好奇心と欲望に忠実な実に傲慢な存在だ。そして、その根幹には上位存在としての高いプライドが有り、明らかに生物として下等な存在に見下されると我慢ならない。
だから一見、平静を装って楽し気に笑う奴も、その脳裏では瞬間湯沸かし器の如く怒りを爆発させていることだろう。……どうしてそんなことが分かるかって? 理由は簡単。先ほどまでの中途半端に気の抜けた攻撃から、本気でこちら殺しに来ているからだ。
「ははっ──必死乙」
『言ってる場合かい!?』
一瞬にして視界を埋め尽くさんばかりの高威力神聖術──〈
傍から見るとずっと同じ術による遠距離砲撃はワンパターンで芸がないように思えるが、その実、先ほどよりも濃密な弾幕は合理的な選択とも言えた。そもそも、この堕天使は近接攻撃がほぼ皆無で、圧倒的な砲撃の物量と結界や妨害魔術を用いて接近させないことで、プレイヤーを完封するのが本来の戦闘スタイルである。
──精神操作による遅延行為は今は無視していい。
「しっかり次元界魔で防御しておいてくれよ?」
『クソ! どこまでもお供させてもらうよ!!』
後のことは考えない。残り少ない魔力を廻して、弾幕砲撃の中に突っ込む。
勿論、次元界魔で迫りくる砲撃を受け止めるにも限界がある。被弾は免れず、引き裂かれるような熱が全身の至る所から走り抜けた。
「ッ──」
それを無理やり無視して、ひた走る。彼我の距離は約二十メートルと少し。あと数歩、走り込めばこっちの攻撃範囲に入る。
「いくら攻撃を無力化できるとしても、無条件で近づけさせる道理もない。俺が求めるのは圧倒的な勝利なんだよなぁ!!」
しかし、堕天使が
「チッ──」
一瞬、思考が判断を迷う。ここで退けばもう勝ち筋は消え去る。だから、強行突破することにした。
「いつまでサボってるつもりだ。契約通り、さっさとその力を寄越せ──ミルニナーヴァ」
『クソ……いいとこだったのに──はいはい! 畏まりましたー。誠心誠意、お手伝いさせていただきます、ごしゅじんさまー』
脳裏に舐め腐ったレズ悪魔の棒読みが響き渡った。それと同時に、自身の中に内包された時間の概念が加速する。
『──〈
あまりにも物理法則に反した運動速度によって光の柱が地面に直撃する直前で通過──正面突破による無理くりな回避が呆気なく成功した。
「なッ──!!」
予想外の光景に堕天使は呆気に取られた様子。対して、個人的には回避に成功したことよりも、一瞬にして体内に新たに構築された概念──〈刻視界魔〉の使用感に感嘆してしまった。
「へぇ、意外と違和感ないな」
『ふん! 私の超一流な魔術制御に掛かれば、これぐらいお茶の子さいさいだね!!』
脳裏に過る、調子に乗って舐め腐った悪魔の声は無視。自分の中の時間概念を操作するのであれば、デメリットなく自由に可変できる。
──これは使い勝手がいいな……。
今の一連の流れで既にこちらの攻撃範囲。つまり後は全力で
「もう一段階速くしろ。あと残りの魔力は全部、堕天使に〈停止〉を掛けろ」
刻視界魔には時間を操る能力と言う異常な強さからいくつもの制約があるが、たった一回の魔術行使で全てを終わらせれば、そんなデメリットも無意味となる。
『はいはーい。〈
不貞腐れた態度の割にミルニナーヴァはテキパキと指示通りに動く。どうやらしっかりと契約は履行されているらしい。
「十分だ」
具体的な効果時間を聞いてほくそ笑む。いくら同格の悪魔と言えど、なんの対策も無しに固有魔術を防ぐのは不可能。
「ッグ、ソ──」
「さぁ、〈無窮〉の力を存分に味わえ」
拳に巻き切れなかった余分な白布がゆらりと宙に靡く。
軽く息を吐き、素早く身体に染み付いた構えを取って──
「ッ──んぐえ!?」
最速で拳で殴り続ける。
間抜けな声が耳朶を打つが、感触はイマイチ。やはり神聖術の防御耐性で威力の半減と減衰で大したダメージではない。それでも気にする必要はなかった。
「──二秒で70ヒットなら上々」
何せ、神聖術による耐性と不利を覆すほどの力は今この瞬間も蓄積され、跳ね上がり続けているのだから。
時間停止によるサンドバッグ状態と、拳に巻かれた白布の装備効果『攻撃を当て続ける毎に1.01倍率で攻撃力が上昇する』の相性は抜群を通り越して悪魔的と言えた。〈聖布の籠手〉の致命的な欠点を補って余りある。これがミルニナーヴァと契約した理由であり、秘策。ハメ技と高火力による防御を貫くゴリ押し。
「もっと速度上げるぞオラァ!!」
『残り六秒』
〈
残された時間は僅か八秒弱……それでも十分に足りる。思い切り殴る必要はない。残り一秒までは準備──倍率稼ぎでしかない。だから何よりも速度を重要視する。
「まッ、ちょ、む──」
『残り四秒』
ディヴァーデンが律儀にカウントダウンを告げる。
──これなら大台に乗せられる──!!
既に二百のヒット数を超えて、軽く殴っただけでも爆発的な威力が拳越しに伝わってくる。
このまま衰えることなく駆け抜けたいところだが……意外とキツイ。違和感が少ないとはいえ、初めての〈刻視界魔〉の行使は想像以上に身体に負荷が掛かっていた。普段なら十秒程度のスパートなんて息すら上がらないのに、今は肺から締め付けられるほど苦しかった。
「──ッまだ、まだぁあッ!!」
一発、一発、拳を振り抜く毎に鉛のような怠さが全身を襲う。それでも攻撃の手は緩めない。
『残り三秒』
この堕天使はここで滅しきる。
以前のように、なし崩し的に虚無の次元に幽閉するなんてことはしてやらない。これまでに仕出かしたその行為は許されざるべき大罪であり、慈悲を与えるまでもない。それに、この堕天使は悪魔であるが天使でもあるのだ。
「ま、まて! まってくれ俺はまだお前の知らない重要なことを──グガ!?」
『残り二秒』
ボコボコに殴られて猶、眼前の堕天使は器用に命乞いをしようとする。それを無視して殴り続けた。ヒット数は四百を超える。
「ス──ハァ──」
だんだんと感覚が曖昧になる。自分が速いのか、世界が遅いのか、そんな単純な判断もつかなくなるほど余分な思考は削ぎ落され、洗練されていく。
『残り──』
「
『一秒』
すぐに時間が来た。
最後の一秒、その間に蓄積されたヒット回数は実に462回。つまり、次に繰り出されるこの一撃で──
「〈
『零』
463ヒット──効果倍率はちょうど百倍と成ったわけだ。
理論上不可能とされた倍率によって強化された拳の威力は未知数。ともすれば流星の如く、空気を震わせ白光させるその拳は何にも阻まれることなく、眼前の堕天使の顔面を貫いた。
「ッ──ッガ────!!?」
同時に、身体をその場に縫い付けられたような堕天使は勢いよく地下水道の壁へとめり込んだ。爆発でも起きたような激しい衝撃が周囲を揺るがし、水路の水は勢いよく波を上げる。
「はぁ……はぁ……」
構えを解かず、一心不乱に崩壊した壁を見つめて堕天使の行方を探る。
果たして、悪魔にも天使にも成りきれなかった半端者はその依り代を塵へと崩壊させ、その根源である魂は消滅した。
「
数秒ほど呆然として、ゆっくりと構えを解くと背後から司祭と戦っていた
「……終わったな。そんじゃあ、子供たちを連れて帰るぞ」
「その前にお怪我の治療を──」
「そんなの後回しでいい」
「わ、分かりました!」
息を整える間もなく、なんだか様子のおかしい修道女に違和感を覚えながらも、俺はそれを無視して今回の目的であったグラウザー嬢を優しく抱き上げる。
極度の緊張状態から意識を失ってしまっているが、彼女の命に別条はない。それを確認して、俺たちは地下水道を後にする。
これから降りかかるであろう無数の事後処理を考えると憂鬱な気分であるが、今は無事にお嬢様のご学友を救えたことを喜ぼう。