乙女ゲーのモブ執事に転生してしまったので、今日も俺はわがまま悪役令嬢の無理難題を華麗に攻略してご機嫌取りをする 作:EAT
最近、
何でも、その宗教とやらは「信じれば救われる」だとか「神は平等にあなた方を見守っておられる」だとか、そんな耳障りの良い教えを並べ連ねるのではなく。どこまでも愚直に、生きていく希望を見出すために藻掻き苦しみ、意地汚く足掻こうではないかと言う教えをモットーとする集団らしい。
「なんとも、ふざけた奴らみてぇだな……」
このアウレリスの統治を預かる〈牙の派閥〉──代表代理グレゴリオ・マッシブは最近悩みの種になりつつある集団に対して、どのように対処するか思考を巡らせていた。
まだまだ、アウレリスの一部でカルト的人気を集めている宗教ではあるがその波及力は目を見張るものがある。大抵、この裏社会で何か新事業を始めようものならば、既にこの裏社会に根を張り縄張りを主張する荒くれ者が黙っちゃいない。
出る杭は打たれるというやつで、アウレリスではこういった商売や宗教の展開が凄く難しい。……だと言うのに──
「一月経ってもまだ話を聞く……それどころかその頻度が更に増え始めているたぁ、大したもんだな」
驚嘆するグレゴリオは煙草に火を点けて、深く息を吸う。
燻る紫煙の行方は誰にも予測できず。まるで今の現状を表しているようだった。何よりも気になるのは、そのふざけた宗教の名前だ。
「執着する牙……随分とうちも舐められてんなぁ?」
アウレリスに於いて、そこを縄張りにする者たちの間でいくつかの不文律が存在する。
例えば、統治者が黙認する以上のしのぎや悪事の度を越えてはいけないこと、その組織を象徴する〈言葉〉をむやみやたらと騙ってはいけないなど……。随分と子供臭く感じるかもしれないが、裏社会で生きる者ならば心得ていることであった。
だと言うのに最近、我がもの顔でアウレリスに現れた新参者は厚顔無恥にも、「牙」を騙っている。
「これは一回、きつく仕置きをしてやんないとなぁ?」
「へい!こんな舐められたままじゃ、旦那と姐御に面目が立ちませんぜ!!」
いつの間にか、グレゴリオのいた執務室には彼が以前の派閥からずっと一緒に死線を潜り、心を同じにした同志らが集められていた。
その数、凡そ百と少し。これだけの大人数を引き連れてこれから何をしようと言うのか──そんなの、明白であった。
「行くぞテメェら、カチコミだッ!!」
「「「応ッ!!」」」
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・
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信仰とは何だろう。
信じることか?
縋ることか?
救いを求めることか?
ともすれば、言葉で言い表すには不十分なややこしいことかもしれない。
「イミフって感じぃ~」
私はきっと、ソレに希望を見出していたのだろう。
いつか幸せになれると、いつか心の底から笑えると、いつか生きていて良かったと振り返れるように……。
今生きる自分を肯定してあげたいから、間違っていなかったと胸を張っていたかったから、後悔なんてしたくなかったから、一生懸命にその見たことも存在するかも定かじゃない存在を信じて、尊敬して、祈りをささげてきたんだ。
けど、そうして今まで盲目に信じてきたモノはつい最近になって悉く、完膚なきまでに否定された。これがまぁ、本当に気持ちがいいくらいに、今思えば清々しいくらいに、ぜんぶぜんぶ──本当に全部が偽物だったのだ。
「あれは流石に、キツかったなぁ~」
今まで欺瞞と虚構に満ちた、暖かく絡みつくようなぬるま湯に浸っていた、愚かで本当の穢れを知らない無知な私には酷く堪えた。
実際、何もできず、グダグダと駄々を捏ねて、あのお方に迷惑を掛けてしまった。情けなくて恥ずかしい。もし過去に、あの絶望の瞬間に戻れるのならば、いっそのこと私は私を殺してしまうかもしれない。
そう思えるほど、私は無知で愚かで──つまり、子供だったと言うことだ。
見たい夢しか見ず、信じたいものしか信じず、迫りくる現実にはいちゃもんを付けて遠ざけようとする。これほど、分かりやすいモノはない。
「はぁ……本当に、最っ高に──最悪な気分ね」
鉛色の雲に覆われた天を仰ぎ、肺に溜め込んだ紫煙を口から外へと燻らせる。
最近、この
「まっず」
その気になる服用効果は一時的に神経を興奮させ、五感や魔力感覚が異様に冴えて全能感に浸れると言う……実にありきたりなモノ。
これの良い所は一度、苗床を持ち込んでしまえば簡単に大量生産可能で、服用後の副作用も軽いと言うこと。他に出回っている薬物よりも中毒性は低く、人体を害することもなく、この新物の流通により道端で野垂れ死んでいるアホは少なくなったが──
「ぁぅ……ぁあ──」
それでも、一気に、過度な、常人ならば到底やろうと思わない量を摂取すればその限りではない。
「あちゃ~、こりゃまた派手にぶっ飛んじゃったねぇ……オジサン?」
「ぁが……く、クスリ……なきゃ、しぬ、しぬぅ──」
急に建物の物陰から飛び出て、地面に転がる浮浪者。
それはアウレリウスでは別に驚くべきことではなく。殆どの人が「邪魔だ」と足蹴にして、無視する、存在しないものと同義の存在。けれど、私は行く手を阻み、物乞いする浮浪者の前で立ち止まった。
「くひひ……そんな死にそうな顔しといてまだ欲しーの? しょうがないなぁ……」
今にも死にそうに、喉が引き締められ、肺から鳴るにしては不自然な呼吸がどうにもおかしくて、私は必死に笑うのをこらえながら口に咥えていた煙草を浮浪者の口に咥えさせてやる。
「すぅ──はぁ──生き返る……悪いなぁ、嬢ちゃん」
「ひひっ。困ったときはお互い様、いいってことさオジサン……あー、でももし感謝の気持ちがあるなら、あーしじゃなくて彼にお礼しといてよ」
「……彼?なんだ、愛しの彼でもいるのかい?」
薬を脳髄にキメてハイになったのか、浮浪者はハッキリと言葉を喋れるようになるがその内容は支離滅裂だ。
けれど、別に気にする必要はない──
「うん……まぁ、そんなカンジ。我が主は嘘っぱちな女神セレネアなんかより、よっぽど信用できるよ?」
「そいつあいいや! 最近はあの腐れ教会も風当たりが悪いからなぁ。新しく誰かを祭り上げるならもってこいだな!!」
「だしょ~?」
人助けをした後は善意を笠に着て、勧誘するのは当たり前。
これは昔からいた教会で培い、染み付いた癖のようなもので……ハッキリ言って、あそこで身に付けた全ての事柄は忌々しくあったけど、いつまでもガキみたく不貞腐れてるのも馬鹿らしい。
「もしまた何か困ったら
使えるものは全て使って、意地汚く足掻いて見せなきゃ。そうでもしなきゃ、あのお方に掬ってもらった折角の命が勿体ない。
吹けば飛んでいきそうなほど命の灯火が希薄な浮浪者に手を振って再び歩き出す。懐から取り出した新しい煙草を口に咥えて、適当な炎の属性魔術で火を点けた。
行く当ては……特に考えてなかった。ここに来てからいつもそうだ。当てもなくのらりくらりと風のように渡り歩いて、死にそうで、今にも絶望に押しつぶされそうな人を見つけて恩を売る。それが一番手っ取り早い、信者を増やす効率的な方法だった。
「──でー? さっきからベタベタとやらしー眼光くれてるオジサンたちはあーしになんの用?」
けれど、今日に限ってはどうやら様子が違った。
誘うように人気が皆無な路地裏へと滑り込めば、まんまと堅気じゃない殺気立った集団が釣れる。その中の頭目であろう臙脂色のスーツを着た男が睨みを利かせてくる。
「──テメェが、ここ最近ウチの島で好き勝手やってる宣教師かぁオイ?」
「なんのことぉ~?あーし、そんなの知らなぁーい」
「とぼけるな。ネタは掴んでる。別に俺達はテメェが同志を募ろうが何しようが正直どうでもいいんだ」
「えー?それじゃあそんなに大勢であーしになんの用なのさぁ──〈牙の派閥〉代表代理グレゴリオ・マッシブさぁん?」
「チッ……女狐が──」
どうにも穏やかじゃない雰囲気。目の前のオジサンたち──
「くひひ」
その如何にも頑張って怖がらせようとしてくる彼らが面白くてたまらない。
どうやら、このオジサンたちは大きな勘違いをしているようだ。だから、ちゃんと誤解を解いておこう。
「あーしもオジサンに会いたかったんだよねー。あのお方がこの裏社会を牛耳っているのは知ってたし、それなら貴方たちにもしっかりと私たちの存在を認めてもらわなきゃダメだもの──」
「
「大丈夫、
困惑する彼らを無視して、私は天を仰ぐ。
鉛色の空に吸い込まれるかのように口に咥えた煙草から煙がもくもくと立ち上り──不意に、その灰が首を擡げる様にして地面に落ちた。
「だから、ね? そんな怖い顔しないで、一緒に意地汚く藻掻き苦しんで
脳裏に焼き付いたあの日の光景を反芻する。
きっと、私みたいなクズは二度とあの生温くて、欺瞞と偽善に満ちた世界に戻ることはできない。けれど、別にそれでも構わない。
だって──
「狂信者が──!!」
貴方はこんな浅ましく、穢れに満ちた私みたいな女と一緒にいてくれると言ったから。理由なんて、それだけで十分だった。
「嗚呼……私の身も、心も、この穢れた信仰心すらも、全て、あなた様に捧げます──」
だからどうか、暗く閉ざした私の薄汚れた世界を明るく照らしてくださいませ──私の
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