本当にありがとう…それしか言う言葉が見つからない…
胡蝶しのぶは生まれて初めて死ぬ気で走った。
しのぶは鬼殺隊へ入隊してから死ぬ気で鍛錬をしてきたつもりだ。だが、今回はそれとは違う。
本当に死ぬのだ。自分はいいから姉だけは死なないで欲しいと。
心臓を動かす力も、考える為の力も全て出し尽くすような感覚だった。
「ぜっ、ぜっ、ねえ“っさん“!!!」
速く。速く。速く。速く!
お願い速く!
入り組んだ町の道を右へ左に駆け抜け、カナエがいたとされている現場に到着した。
だがそこには姉の姿は無く、戦いの跡と思わしき破片や建物が広がっていた。
氷漬けになっている邸宅。
地盤沈下のような一点集中の地面の抉れ。
根本から折れた複数の樹木。
晴天の空には似合わない、災害の跡が広がっていた。
彼はその真ん中に正座して座っていた。
「ぜっ、ぜっ、かむっ、なびっ、くん」
「あっ、しのぶちゃん⭐︎花柱は命に別状無い⭐︎煉獄隊士が蝶屋敷まで送っていった⭐︎」
「!!」
神南備は立ち上がりながら水筒をしのぶに渡してそう言った。、
『命に別状無し』
その言葉だけでも心の底から安堵した。
緊張で切り詰めた全身が解けるようだった。
よく彼は知りたい事を先に教えてくれる。
「しのぶちゃんが屋敷から飛び出したっていうから、入れ違いになったら困る⭐︎なので俺はここで報告書を書いて待ってたァ⭐︎」
「っはあ…はあ…神南備くん…怪我はないの?」
「俺絶好調⭐︎煉獄さんもちょっと攻撃を受けただけで超元気⭐︎花柱は右腕が凍傷の疑いありなので治療中⭐︎」
「ちょっと待って、それだけ情報があるなら、なんで烏で教えてくれなかったの!?」
「しのぶちゃんの足が速すぎて烏追いつけない⭐︎」
「あ…」
よく姉さんにも言われてたっけ。思い返せば後ろで烏の声がしたような気がする。
「蝶屋敷に戻る⭐︎」
「そうね。早く戻ろう」
二人は隠に事後処理、神南備は報告書を烏で産屋敷へ届け、蝶屋敷へと向かった。
翌日。
カナエは命に別状無し。
右腕も日常生活をする分には問題はない。
「あらあらしのぶ。私は平気よ」
ベッドで上半身を起こすカナエにしのぶが駆け寄る。
「姉さん!どこも怪我はない!?」
「切り傷くらいよ。このくらいで済んで運が良かったわ」
しのぶは再度安堵し、号泣した。
何度もカナエに擦り寄り、頭を撫でられて。
カナヲは無表情だったが心配はしていた。
(ちっ、入りずれぇなぁ…今見舞いはちょっと渡しにくいよなぁ)
不死川は果物を病室前へこっそり置いて立ち去った。
カナエは右腕凍傷の後遺症の痺れ、感覚麻痺などが残る為、柱としての戦闘は当分禁止された。
また、数少ない上弦と戦った人物として、神南備、杏寿郎二名は産屋敷耀哉の元へ招集がかかった。
「お館様へ呼ばれた!?兄上、本当なのですか!?」
「うむ!上弦と戦って生き残った数少ない生き残りだからな。おそらくは上弦の鬼について再度詳しく話すのだろう」
千寿郎は食卓で叫んでいた。
煉獄家は千寿郎、杏寿郎、神南備の三人で食卓を囲んでいる。
槇寿郎は一人で食べる。勝手に部屋に入ると何故か怒られる。
それもかなりマシになってきた方だが。
「お館様が⭐︎俺をッ⭐︎呼ぶゥ⭐︎」
「うむ!我々が持つ情報を共有しよう!そうすれば、何十人もの隊士の役に立てる!」
「兄上は大丈夫だと思いますが、どうか神南備…」
「なんだ⭐︎」
「粗相は無いように…」
「御意ィ」
神南備、礼儀作法を弁えているのを千寿郎に知られていなかった。
「上弦の鬼と戦った…?杏寿郎達が…?そうだ、怪我はっ…!」
槇寿郎は三人のいる部屋へ手を伸ばす。が、その手は力無く畳に落ちた。
「はっ、今更心配…したのか…なんで…俺は…」
酒樽に手を伸ばし一口飲む。
だが、酔いは回らず頭が冴えたままだった。
彼の目線の先には、部屋の角に立てかけた日輪刀が映っていた。
翌日。煉獄家に迎えの隠が二人来た。
なんでも神南備達二人を背負って運ぶらしい。
お館様の住所を知る隊士は少ない方がいいとの事。
いつどこで鬼側に情報が漏れるか分からないためらしい。
隊員が人質を取られる、鬼にされるなどして位置が鬼舞辻に伝わってしまい、鬼殺隊が壊滅寸前まで追い込まれる過去があったのだという。
そしてお館様の場所を知っているのは鬼殺隊最高位の柱と、一部の選抜された隠しか知らないのだという。
現に迎えにきた隠はその場所を知らない。
二人をバケツ渡しのように運んでいくのだという。
杏寿郎、神南備は隊士の中で周囲の環境の変化に敏感な為、麻酔を打たれて運ばれた。
杏寿郎は眠る時までうるさかった。
神南備は一人でに動くので隠は振り落とされないよう頑張った。
「…おは⭐︎」
気づくと部屋の一室に寝かされていた。
上体を起こすとその部屋がかなり広い事が分かった。
30人以上は寝られそうな部屋に、空いた襖から見える庭はよく手入れされていて綺麗だった。
右横を見ると杏寿郎が寝ており、その奥に白髪の若い女性が正座していた。
神南備は即座に起き上がり正座をする。
おそらくお館様の側近、親族だと謎の第六感で判断した。
「お初にお目にかかります。私は神南備と申します。そちらで休んでいるのは…」
「煉獄杏寿郎隊士…ですね」
「…ご存知で?」
「はい。槇寿郎殿が炎柱の頃にお会いになっています。…立派に育ちましたね」
女性は杏寿郎を見て微笑んでいる。
そういえばこの女性は誰なのだろうか。
「申し遅れました。私は産屋敷あまね。お館様、産屋敷耀哉の妻です」
所作や容姿、全てが美しいと神南備は思った。
恐らくこれから先もこれ程美しい女性と出会う事は無いだろう、思った。
「神南備隊士。烏の知らせでここへ呼ばれた理由を知っているかとは思います。ですが、無理に話す必要はありません。既にあなたから報告書は受け取っています」
「ではなぜ…?…?受け取った…?」
ちょっと待て。遊び心で加えた追伸を…いやまさか。
「もしかして全文閲覧になりましたか…?」
「…はい」
(恥ずかしい⭐︎)
あまねはここで初めて人らしい表情を出した。
「…その…話さなくていい、というのはあなた達の心が心配なのです」
「心ですか」
「はい。鬼殺隊の過去の記録はほとんど抜け落ちているか…あるいは損傷が激しく判別が不可能なものが比較的多いです。ですが、その中で唯一上弦の鬼と戦闘した際の情報がありました」
「…」
「その隊士も、神南備隊士と同じように日が昇る事によって事なきを得ました。しかし、その後隊員は鬼殺の戦意を喪失。ある程度の情報は喋れましたが、このままでは戦闘は不可能と判断し当時の隠へ編入されました」
「そんなことが…」
「編入したのち、その隊員は鬼と関わる事すらも拒んでしまい、次第に日常生活も困難となり隠からも除隊されました」
「上弦の鬼の血鬼術ではないのですか?」
「はい。その鬼は下弦の鬼となり再度現れ、当代岩柱によって討伐されました。その際に精神を破壊するような血鬼術は使わなかったとの報告があります」
「ならばなぜ…」
「心が折れてしまったのです。上弦の鬼には自分では勝てないと悟ったのでしょう。その隊員は当時の水柱でした」
「!?柱…」
「はい。なので私たち産屋敷一同は強引な事情聴取をせず、できるのであれば休息をとる一環で話したいただければ…と思います」
上弦の鬼。圧倒的な強さ。柱でさえ勝てない相手。
だが神南備の心は折れなかった。なぜかというと…
「あまね様。私の心が折れる事はありません。なぜなら…」
「鬼に急所は有効だからです」
「…もう」
そう、首だけでなく股間も有効なのだ。
神南備にとっては勝算しかない。
裏で耀哉はピキピキしつつも笑いをこらえている。
うちの妻のあまねに何しとんじゃいと。
そして杏寿郎は起きるタイミングを見失っていた。