更紗帆奈の隣の家に住んでいた男の子の話 作:nalnalnalnal
──それは、なんて事のない友達との日常。少年と少女はお互いに同様の理由で家出を決行し、出会った。
家庭環境は相反する二人だが、少女は少年の曇りなき優しさに、少年は少女の嘘偽りなく、自身の全てを受容する器に惹かれた。お互い自分が大層な人間だとは微塵も考えてはいないが、本音を吐き出せる唯一無二の友人に出会えた事だけは自慢出来ると密かに思っている。
これは長い年月の中の一日に過ぎないお話──
***
「ナル……早く来ないかなぁ」
夕方の公園で一人、更紗帆奈は唯一の友達でありながらも恋焦がれる想い人の六倉ナルを待ちぼうけていた。特に何かを持っている訳でもなく、手ぶらでベンチで腑抜けた笑みを見せながら夕焼けを見つめる。
彼女は想い人と会う瞬間だけは自分を曝け出せる。少し意地悪で意地っ張りな姿を見せようが、彼は笑って許してくれるのだ。
自分の全てを見てくれる──自分が知らなかった感情を教えてくれた。だから帆奈は彼を好きになった。不意に見せる男の子らしい一面や、怪我した時にすぐ手当してくれる優しさや意外な手先の器用さ。全てが好きだった。
娯楽品なんか持たずとも、ただ話しているだけで時間が迅速に流れていく。生き甲斐を見つけられなかった人生の中で初めて見つけた最大限の幸福。初恋。学校で他の連中にこんな一面を見せていて欲しくないと、独占欲が渦巻いてしまう程惹かれてしまっていたのだ。
彼の事を考えるだけで笑みが溢れ、明日も頑張ろうという気持ちになれる。彼がやって来る前までよく朝早くに起床して視聴していたヒーロー番組。ヒーローがナルで、帆奈はそれを支える相棒──そんな想像を何度もしてしまう程だ。勿論、ナルには恥ずかし過ぎて言う事なんて一度もなかったが。
「帆奈! もう来てたんだ」
「あっ、ナル! もう、遅いよ!」
「ごめんごめん。姉ちゃん説得するのに時間かかってさ」
「説得って──ん? それって、カメラ?」
少し息を切らしてようやく到着した想い人が手にしていたものがふと気になった。いつもは手ぶらか何か娯楽品を持って来てくれるのだが、斜め上の物品を今日は持って来たなと疑問に感じる帆奈。
家庭環境も相まって、スマホやカメラなどの電子機器にあまり触れて来なかった為新鮮だったのだ。それと同時に学校の課題かなと結論づけたが、ナルの発言により帆奈の感情はより昂る事になる。
「そうそう。帆奈と写真撮りたいなーって思ってさ」
「──えっ!? しゃ、写真……!?」
「あっ、もしかして苦手だった?」
「いや、あんまり馴染みがないと言うか……」
「そっかぁ……だったら尚更俺は帆奈と撮りたいな!」
「え、えっ、そ、そうなの……?」
「そりゃそうだよ。俺もあんまり撮らないけどさ、記念って事で」
写真──帆奈には縁のなかったモノだ。幼稚園や小学校入学などの行事では指で数える程しか撮らず、それ以降は父親が居座り始めた為撮る機会もなかった。いつの間にかその写真達もどこかに葬られ、結局は自分の脳が記憶している思い出が帆奈の今までの軌跡だった。
ナルとも撮ってみたいと思った事はあるが、小っ恥ずかしくて口には出さないし、カメラなんて持ち出せないから有耶無耶になっていたのだが、ナルからの急な提案で心臓の鼓動が早くなってしまう。
自分の考えを見透かされたような……それに加えて彼からの『記念』という言葉。特に意味はないのだろうが、帆奈にとってナルとの思い出が形になって残る事は至上の幸福だった。ナルもあまり撮る機会がないという言葉にも加えて共通点を見出し、今日という日がお互いにとって記念日になる事がどうしようもなく嬉しかった。
「う、うん! 撮る、撮りたい!」
「ほんとか!?」
「うん……!」
心の底から嬉しがってくれているナルに帆奈は可愛らしさと湧き上がる高揚を感じつつ、二人でどんな写真を撮るか一緒に考え始める。
写真を撮り過ぎても記念という名目にそぐわない気もするし、かと言って格式ばり過ぎても、その場で作った思い出という一番帆奈がナルとの写真で認めたくない事態になってしまう。
帆奈はあくまでナルとの自然な思い出の写真が撮りたいのだ。帆奈が好きなのはナルがいつも見せる笑顔だから。作り笑いで写真なんて以ての外だ。
何か二人でポーズを合わせないかとナルに提案されるも、そうなれば帆奈の脳内にはハートマークを二人で作る場面が形成されてしまう。結局帆奈の羞恥心が勝ってしまい却下。
遊具で遊んでいる様子を撮ろうと考えるも、単純に双方がカメラの使い方に疎く却下。
やはりお互いツーショット写真が良いなと感じている為、中々案が出ずにいた。
「こんなに写真って悩むものなのかな?」
「分かんないね……高校生とかは凄い軽く撮ってるし、凄いよね」
「大人だねそれは──ん?」
「ど、どしたの?」
「軽く撮るってどういう感じ?」
「えっ? 自撮りって言うのかな……二人でピースして──あっ」
「なーんだ。全然悩む事なかったじゃないか」
「あっはは! 変に悩んでたのがバカみたい!」
単純明快な答え──普通にピースしてる写真を撮れば良いという発想が何故今まで出て来なかったのかと笑い合う二人。お互い記念という言葉に振り回されて変に緊張していたのだ。それに気付いたナルは若干の申し訳なさを含みつつ、ベンチに座ってカメラを構える。
操作方法を確認する為、手始めに遊具の写真を撮ってみる。自分でシャッターを押すという経験がなかったナルは初めての経験に目を輝かせる。
「あ、あたしもやってみたい!」
「いいよ! ここのボタン押したら撮れるっぽいよ」
空の写真を撮る瞬間のシャッター音が心地よかった帆奈は操作方法が分かったから早く撮ろうよと急かし始める。ナルも逸る気持ちを抑え、帆奈の手を引いて彼女をベンチに座らせる。
ナルの手の温かみを感じ、肩と肩が触れ合う程の距離感に帆奈は途端に恥ずかしくなるが、ナルが満面の笑みを浮かべているのを見ると不意に笑みが溢れる。
ナルの身体から感じられる温もり──帆奈は再認識する。やはりあたしはナルの事が好きだと。こんな温かい人に思い出を一緒に刻めるなんて、幸せ過ぎると。
そんな帆奈の思いも露知らず、ナルは思い出の一枚を撮る準備段階へと入っていた。
「ほら帆奈! 笑顔笑顔!」
「えっ!? う、うん……」
「じゃあ撮るよー!」
「ハイ、チーズ!!」
そして二人だけの公園内に、思い出が刻まれた。
「うわぁ、あたし変な顔してる……」
「そうかな? 可愛らしいと思うけど」
「かわっ……!?」
「じゃあ明日現像して持って来るよ。二人で見せ合いっこしようよ!」
「う、うん。絶対!」
辺りを見渡せばもう夜になり始めており、帆奈は若干の寂寥感を感じつつも、ナルから当然のように発せられる『明日』という言葉に思わず顔が綻んでしまう。もう既にナルの生活の一部に自分が組み込まれている事が酷く嬉しくて、現像された写真が手元に届くのが楽しみになっていた。
***
「凄い……綺麗って言うか、画質? が良いんだね」
「こっそり調べて現像して来たんだ。姉ちゃんも知らないから俺達二人の秘密だ!」
「ひ、秘密かぁ……」
「?」
そして翌日。約束通りナルが持って来た写真をお互いを見せ合い、自分にとってかけがえのない思い出を大好きな人と刻めた事に深い喜びを感じる帆奈。ナルが居なければ自分は既に生きる意味すらも失ってしたかもしれないから。
不意に写真を覗き込んでくるナルとの距離が縮まる時に思わず飛びつきたくなる衝動が溢れるが何とか堪え、不器用な笑みを浮かべる。
「改めて思うけど、帆奈って髪綺麗だよな。結構毛量多いのに」
「え、そうかな? 小汚いと思うけど……」
「そんな事ないって。サラサラしてるし」
「あんまり自覚ないかも……」
「俺は特にここの抜きん出てるアホ毛がなんか……良いよな」
手を伸ばしてツンツンと自身の特徴的な髪の毛を触れられる感触に心臓の鼓動が早くなると同時に、アホと言われた事に若干の苛立ちを覚える帆奈。本音を吐き出し合う仲だから悪気はないのだと分かるが。
「でも、こういう大事な写真って失くしちゃいそうで怖いよね」
「そういう物程って感じだもんな。そういう時は絶対忘れなくて、尚且つ安全性に長けた場所に置くのがベストなんだぞ?」
「あはっ、お姉さんの受け売り?」
「……バレたか」
ナルが自信満々に豆知識などを披露する時は大体姉の受け売りが多いのだ。ナル本人は帆奈に新しい事を教えたいというのもあるが、凄いところを見せつけたいという理由もある。
「まぁ、無難に写真立てとかでいいんじゃないかな。持ち歩いて落としたら困るし」
「それもそうだね。宝物だから厳重に保管しないと」
「宝物……かぁ。確かにこの一枚だけだもんな」
「そっちの方があたしは良いな。この一枚に写った景色を見るだけでナルと遊んだ事を思い出せるもん」
「あっ、確かにこの写真結構色んなもの写ってる!」
帆奈の言葉により、更に写真の奥行きや深みを感じ取れたナルは、嬉々として写真に写る遊具などについて帆奈に語りかける。
「この砂場らへんだったよね? 俺と帆奈が初めて会ったのって」
「ほんとだ。懐かしいな……」
「この自販機も、帆奈が初めて炭酸飲んだところだ!」
「ちょっとそれ恥ずかしいから──」
「おっ! ここって帆奈が──」
──二人の騒がしい話し声が公園に響き渡り、時間が瞬く間に過ぎていく。
「……ほんと、この一枚だけで今でも思い出せるよ……ナル……」
「……会いたいよ……」