更紗帆奈の隣の家に住んでいた男の子の話 作:nalnalnalnal
今回はプロローグみたいな感じです。やっと一部開始なので短め。
第28話 はじまりのいろは
私は最近、変な夢を見る事がある。
それは不思議な夢──不気味なくらい一方に偏った家具の配置をしている私の部屋のもう片方に……存在しない筈の誰かが住んでいる夢。ベッドも机も棚も、全部が一緒。私はその誰かを知らない──だって存在しないんだから。
だから不思議になるの。普通なら存在しない筈の子が私の部屋に住んでいたら不気味で仕方がないのに、私はなぜか言い表せようもない安堵感や親しみをその子に感じている……不思議で不思議で、なのにちっとも怖くない。
あの子は誰なんだろう。気になって夢について色々調べてみたけど……どれが本当なのか全然分からなかった。解釈の通りが多すぎて何が何だか……でも、私の部屋に居たって事は、夢の中で仲が良いって事なのかな。
考えても答えなんて出てこない。
その夢に関係しているのかは分からないけど……私は自分が願った事も思い出せない。
魔法少女になる為には、皆んな何かしらの願いを持ってキュゥべぇと契約する──なのに私は自分の願いが思い出せない。キュゥべぇすらも分からないそうで、契約の時に願いの内容を完全に忘れるように願ったんじゃないかとキュゥべぇは言っていた。
でも、そんな事をしてどうなるの……? 願いなら、自分の人生にとって大きな出来事になるよね……何か嫌な思い出があるのかな。
とにかく、最近はずっとモヤモヤしたものが溜まっている気がするの。
お母さんとお父さんも海外出張で居ないし……下宿に入るんだよね。確か。うぅ……いきなり知らない人と共同生活を送るっていうのもハードルが高いよ……上手く話せなかったらどうしよう──
***
「……環さん?」
「──あっ、ごっ、ごめんなさい黒江さん! 少し考え事をしてて……」
「無理もないよ。夢を見てなかったら、ただの噂話に聞こえるだろうから」
「──夢……」
「さっき話したでしょ? 小さい女の子の夢の話」
考えを巡らせ、自分の世界に入り込んでいた少女──
昨日同時刻頃に宝崎市の結界内で出会い、共同戦線を張った黒江に電車内に呼び出されたのも、その話題が原因だ。
その話題とは、黒江を含んだ沢山の魔法少女が噂している夢──小さい女の子が『神浜市で魔法少女は救われる』と告げてくる夢──いろはは最近自分が見る夢とは関係ないかなと考えつつも、その夢について無意識に興味が持っていかれる。
神浜市──国内においても随一の発展速度を見せている新興都市。様々な大企業がその発展速度に目を光らせてオフィスを置いたり、新たな事業を計画したりと、近年報道番組で引っ張りだこであり、国内において知らない人間は余程の事がない限り居ない。
そして当然、そんな都市には様々な話題が多くの世代間で流れている──それは勿論、魔法少女の間においても。
魔法少女専用のSNSでよく持ち上げられている都市の一つであり、昔には『現代最強』と呼ばれた魔法少女が居たという話や、魔力を有する少年──
しかし、今日の話題は夢について──黒江が興味を持ったのも、
「環さんは──って、あっ」
「えっ──あっ」
そんないろはにどう思うかを問おうとした黒江が素っ頓狂な声をあげると同時にいろはも気づく──降りる駅を逃したと。
自分のせいかなと少しの申し訳なさを見せる黒江であったが、話を戻そうとしたいろはの一言によって覚悟を決めた顔を見せる。
「黒江さんはどこの駅まで?」
「──…神浜市」
「えっ」
予想外の一言──まさかこのまま神浜市まで行くつもりなのか。別に駄目な事ではないが、噂については疑心暗鬼の様子のいろはは危険ではないかと危惧する。しかし、黒江の一言によって動いたのはいろはだけではない──
「──!? 乗客の人達が……!」
車内の二人以外の乗客の人間が、突然一点を見つめてユラユラと二人へと歩み寄ってくる。二人が気づいた時には既に、完全に包囲されてしまい、逃げる隙すらも見出せず揉みくちゃにされ始めてしまう。
息苦しい状況の中で、二人は乗客の人間の首にある紋章──魔女の口づけを発見する。そしてそれと同時に先頭車両付近から魔力反応を感知した。
「うぅ……ご、ごめんなさいっ……!」
魔女の仕業である事が確定し、焦り始めていたいろはは必死に乗客を押し除け、先頭車両へと向かう。なんとか気道を確保し、視界が明瞭になった頃には黒江の姿はなく、既に結界へ向かったのだと分かった。
自分の判断力のなさが情けないよ……と不甲斐なさを感じながらも気持ちを切り替えて車掌室の目前にあった結界へと、魔法少女の姿への変身しながら侵入するいろは。
「──球体……?」
結界の中に入ったいろはの視界に映ったのは超巨大な浮遊する球体──鉄柵や鉄格子などとガラクタばかり構成されたもの。同時に球体内から魔女と黒江の反応を感知したいろはは、投げ出された空中で体勢を整えて、球体へと侵入して行く。
「黒江さんっ……! 動きにくい……!」
「環さん……! あんまり激しく動いちゃダメ! この球体、移動してる!」
球体内は水中に居るかのような無重力状態であり、慣れない状況であるため上手く距離感を掴まない二人であったが、黒江は先に侵入していた為危険を察知していた──球体は内部のトカゲの形をした魔女を共に移動していると。球体の隙間から見える景色──宝崎市のビル群から上空へと移り変わる場面がそれを物語っていた。
「きゃぁぁっ!?」
球体は進路を変え、とてつもない速度でどこかへと向かっていく。その速度の反動は球体内に居る二人にも影響し始め、風で身体が煽られ、身動きが更に取りづらくなる。なんとか球体内をスイスイと軽やかに泳ぐ魔女にクロスボウで矢を放ついろはだが、まともに狙う事すらも出来なくなる。
高速で移動する球体──前例がなく対策を練りにくい……と考えていると──突然二人は轟音と共に球体の外殻へと叩きつけられる。
突然の痛みで目を閉じている二人を横目に、球体の対角上の外殻が崩壊し始める──目的地に到着した? 急な痛みで目を閉じていた二人がゆっくりと目を開けると──既に球体型の結界の外殻は崩壊し、景色が移り変わっているのが見えた。
球体型ではなく、固有の領域──砂場が一面に広がる世界が展開されていた。
二重構造? あのトカゲの魔女が元々持っていた結界? 疑問が絶えない中、先程の魔女の反応を背後に感じ、咄嗟に振り向くと──別の女性の姿をした魔女がトカゲの魔女を引きちぎっているのが目に映る。
移動する結界、別の魔女……早い展開に意識が分散させられていたが、すぐに現れた別の魔女へと攻撃を開始する。
いろはのクロスボウから放たられる矢、黒江が魔力で再生成しながら投げつけ、爆裂させるクラブ──絶え間なく連撃を浴びせるが、魔女の巨体には全く効いていない様子だった。
「な、なんかこの魔女……強くない?」
「はい……凄く硬いです……」
宝崎市で戦う魔女とはレベルが違う──ほんの少し傷がついた程度の魔女の身体を見てすぐに理解してしまった現実。しかし彼女らは魔法少女。この程度で諦めるような存在ではない。
何とか急所を突けば……そう考えたいろはの目に、
(キュゥベぇ……? でも小さい……?)
いろはがそのキュゥベぇに気づいた時に、砂場の魔女が矛先を小さいキュゥべぇへと向ける。砂場を介した地中の移動による砂の波が襲い掛かるが、軽やかな身のこなしでそれを避け続ける小さいキュゥべぇ。
凄い……と、つい見惚れていると、小さいキュゥべぇがこちらへと向かって来ているのが見えた。助けを求めてるのかな? そう思ったいろはは小さいキュゥべぇへとこっちへ来てと手で合図し、それに乗ってくる小さいキュゥべぇ。
大きく跳ね上がり、いろはの腕の中へと抱かれるように飛び込んだ小さいキュゥべぇ……であったが、その瞬間にいろはに異変が起こる。
突如として、いろはの脳内に──
余りにも唐突で莫大な記憶の情報にいろはの脳の処理は追いついておらず、戦場であるというのに意識が全てその記憶へと持っていかれる。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が酷くうるさく脳内に響き渡り、鼓動が刻まれる毎に記憶の場面が移り変わる。
もはやいろはの脳内には、黒江や魔女の事など流れてはいなかった。当然棒立ちになったいろはの肩を揺らして意識を覚醒させようとする黒江であったが、未だに流れる記憶には打ち勝てなかった。
当然、黒江同様に魔女もいろはに出来た隙を見逃す筈もなかった。いろはは棒立ちで相手するまでもなく、黒江の攻撃は全く通さない事を先程の連撃で理解している魔女は、速攻で二人を潰そうと地面に潜ろうとする──が。
『○÷<×$々々!!?、!?!?!?』
「──ぁっ」
突然魔女が悲鳴を上げながらその場でジタバタと暴れ始め、その絶叫にいろはの意識が呼び起こされる──というよりは、記憶が一通り流れ終えたのだ。しかしいろはは未だ上の空……しかし魔女は絶叫している。何が何だか分からない状況の中、黒江は見た。
──暴れていた魔女の身体の節々が、内部からの無数の斬撃によって斬り落とされていくのを。腕、足、腹……まるで料理に用いられる食材のように斬り刻まれていく。
時間にしてたったの数秒……その間に、魔女の身体はとうとう細切れにされ、魔女は身動きが取れなくなってしまった。そして──
「──先客が居たのか」
ボロボロに崩壊した魔女の内部から、真紅の刀を携えた少年が現れた。その瞬間にいろはの意識は完全に覚醒し、二人は目の前で起きている有り得ない事実に動揺を隠さないでいた。
──魔力を持っている。二人のソウルジェムが感知した反応がそれを物語っていた。
「悪いね。漁夫の利みたいな真似しちゃって」
魔女の首を斬り落としてそう告げる少年の姿は、とても同い年ぐらいには見えない程強大に映っていた。
彼が完全に機能停止した魔女の身体から降り立った瞬間に結界が消滅し、彼の手元に二つのグリーフシードが落ちてきた。
気がつくと、いろはの腕の中にいた小さいキュゥべぇの姿はいつの間にかなくなり、既に逃げたのだと分かる。記憶が流れ込んだ原因が小さいキュゥべぇだと考えるいろはは、少し落胆した表情を見せる。
「ちょっとナル! 買い物の途中だったんだから置いてかないでよ──って、もう終わってんのね」
少年の背後から急ぎ足で現れたのは、この場に居る三人と殆ど同い年に見える少女──だが、少年と少女の緊張感のない会話は、いろはと黒江にはなかった余裕を見せていた。
***
「へー、宝崎から移動してきたんだ。あっ、これ食べる? あんまん」
「あっ、えっと、ありがとうございます……?」
「珍しい結界に遭遇したね。この街の魔女なんか強いから気をつけなよ?」
「ふごっ」
「なぜあんまんを六倉さんの口の中に……」
「口封じ」
(何の……?)
二人が出会ったのは、六倉ナルと更紗帆奈──現神浜においてトップクラスの実力を有する存在であり、ナルは話題になっている魔法少年その人でもある。また、二人は神浜の魔法少女間においては有名なカップルであり、帆奈が口封じをしたのは余計な事を口走らないようにする為。
そんなナルを神浜で一番強いと豪語する帆奈を見て──なら、あの噂についても知っている筈。神浜の魔法少女周りの情報には聡いよね、と判断した黒江は聞く。
「あの」
「ん?」
「この街で、魔法少女が救われるって聞いたんですけど……本当なんですか?」
「あー……それね「あっふ!!」知ってるよ。それに関係する場所も」
「ほ、本当ですか?」
「嘘は吐かないっての。でも今日は帰った方がいいんじゃないの? もう深夜だし」
「でも……」
「その噂に関係する場所なら案内人を紹介するから。今日は帰りなよ」
連絡先を半ば強引に交換された黒江であったが、目的の噂が実在していることが判明して安堵する。同時に内容は本当なのかと聞こうとした黒江だが、それを見透かされたのか、帆奈にあんまんを口に放り込まれてしまう。
噂について疑心暗鬼のいろはに聞かれたくない内容なのかと、帆奈のアイコンタクトの意味を黒江はそう考え、そのままあんまんを食べ始める。
「最近の神浜は魔境だからね〜。あんまり単独行動はしない方がいいよ?」
「っふー……はぁ、まぁそういう事だから用心はしておいてよ」
最後にいろはが小さいキュゥべぇについてナルと帆奈に聞くと、口を揃えてよく分からない。と言う。
聞けば最近になって神浜に通常の個体のキュゥベぇに代わって現れたのが小さいキュゥべぇであり、原因も正体も全く判明していないようだ。
何か因縁でもあるのかと聞かれるいろはだったが、咄嗟に記憶についてははぐらかす。自分でもまだ整理が追いついていないから。
他にこれといった用事もない二人は、ナルからグリーフシードを受け取る。手柄を横取りして悪かったと。
ナルと帆奈の連絡先を受け取った二人は、終電がなくなる前に宝崎に帰る事にしたが──いろはは車内で再度流れ込んだ記憶について、疑問や安堵を感じていた。
対する黒江は、自らの願いや魔法少女の解放について……お互いがお互いを気にする暇もなく、激動の一日は終わった。