更紗帆奈の隣の家に住んでいた男の子の話 作:nalnalnalnal
「…あんまり来ないから新鮮だな。確かトワは団地に住んでるんだっけ?」
──大東区。俺の姉ちゃんが教育実習生として出向いていた大東学院という教育機関があり、巨大集合住宅である神浜大東団地がある区だ。
トワからは『色々と面倒な区』と評されている…加えて、大東に対して偏見の目を持つ人間は少なくない。姉ちゃんから東西関係の話を何度も聞いた事があるからそれは分かる。
七海さんから聞いた話によれば、東の魔法少女達とはあまり仲はよろしくならいらしい…この街は魔女も少なく、個人のグリーフシードの取り分を山分けすることも難しい為、争い事も起きることが少なくないそうだ。だから東にもまとめ役の魔法少女がいるそうだ。
──それが俺が今から会う約束をしている『和泉十七夜』さん…和泉さんも姉ちゃんとは会ったことがあるそうで、俺は一度だけ会った記憶がある。
「西のまとめ役の次はいきなり東のまとめ役…心の準備がなぁ〜…」
──何故俺が和泉さんと会う事になったのかというと…安名さんが俺の事を和泉さんに伝えたことが原因だった。
***
俺がチームに組み込まれた二日後。その日は日曜で学校も休みの為昼ぐらいまで溜まりに溜まった課題を消化していた。
七海さん達から色々な説明を昨日にしてもらって、連絡先を交換した。どうやら俺の存在は名前を伏せて徐々に広めていくそうだ。目立ちたくないとはいえ仕方ない事だろうな…変に別の魔法少女と出会ったら争い事になりかねない。
それと…十咎さんから聞いた事なんだけど、俺の隣の席の女の子──『水波レナ』さん。彼女も魔法少女らしいんだと!流石に驚いた…明日顔合わせを昼休みにすると言っていたので色々と緊張している。まぁでも、水波さんは悪い人じゃないのは学校内の生活でよく分かっているから心配は要らない。
「課題多すぎ…それで確認テストもあるってんだから尚更面倒なんだよな。地味ーに成績に影響するのもなぁ…ん?」
毎日のように出される課題の多さに辟易していると、突然スマホから着信音が鳴り、画面には『安名さん』とデカデカと表示されていた。
どうしたんだろうか?何かチーム関係で伝えていないことでもあったのかな?確か安名さんは東の魔法少女だから、それ関係かな?
「もしもし?どうしたの?」
安名さんから『敬語はお堅いからタメ口で大丈夫です!』と言われたので一応そうしている。魔法少女は距離の詰め方が俺とは違うみたいだ…皆んな純粋過ぎて少しは疑ってもいいんじゃないかと思う。
『あっ、ナルさん?あの、ナルさんに会いたいって言っている人がいるんです!』
「…??俺に会いたい人?」
『そうです!『和泉十七夜』さんと言うんですが、東のまとめ役なんですよ!ナルさんの話をしたらすっごい興味を示したんです!
十七夜さんったらボクの肩を急に掴んで『ナル君とは会えないのか?』なんて脅迫みたいに言うんですよ!』
「和泉さん…」
和泉十七夜さん…姉ちゃんの知り合いだ。1年半ぐらい前に会った記憶がある…向こう側がそう言うなら、俺のことも覚えていたんだろう。
和泉さんと会った時はもう一人──『八雲』さんという人もいたが、今は一緒にいるのかな?
『ナルさんは十七夜さんと会ったことあるんです?』
「うん…姉ちゃんと一緒に会った覚えがあるんだよ。東のまとめ役というのは予想外なんだけど…」
東にもまとめ役がいるのは聞いていたのだが、それが和泉さんだとは…姉ちゃんの知り合いは
七海さんから少し姉ちゃんの事を聞いたが、姉ちゃん自体が超大物だったみたいなんだけどさ…
まぁ魔法少女の存在を知らなかったんだから仕方ないが…なんかモヤモヤするというか。
『じゃあ十七夜さんに会えるって伝えてもいいです?』
「うん。俺は殆ど暇だからいつでも大丈夫だって伝えて欲しいな」
『分かったです!早速十七夜さんに連絡します!』
──切れた。行動が早いな安名さんは…
彼女は占い事が好きだそうで、俺も占ってもらおうとしたが何故か七海さんに止められた。学業関係で占ってもらいたかったんだが…最近成績も下降気味だからなぁ。
っと、そんな事はどうでもいいんだ。
「昼ご飯にしよ…朝っぱらから頭使ったからオーバーヒートしそうだ」
まぁ和泉さんの事は一先ず置いておこう。別に今日会おうってんじゃないし…
断片的な思い出だが、和泉さんと初対面の時はかな〜り緊張した覚えがある。彼女の喋り方が当時の俺には合わなくてどもりまくったんだよな…今ちゃんと喋れるのかって聞かれたら明確にはいとは答えられないが。
とりあえず七海さんには一報入れておこうか…仮にも俺は西の魔法少女のチームの一員だ。俺が東との関わりを勝手に持ったのが他の魔法少女に知れ渡ったら七海さん達に火の粉がかかる。
***
「最近同じ料理しか作ってないなぁ…栄養は偏らないようには心がけているんだが。もっとバリエーションが欲しいよなぁ…練習するか」
「とは言ってもやる気面の問題がなぁ…ん?」
自分の料理の腕のなさを嘆きながら昼ご飯を食べていたら、テーブルの上に置いていたスマホから通知音がピロン♪と鳴る。
画面には安名さんの名前が表示されており、メッセージの内容が既に少し見えている──『十七夜さんが今日は会えないのかと聞いてるです!』という内容が……あ?
ん?は?今日?今から会うつもりなの?
「うっそでしょ…行動早過ぎないか…!安名さんとか東の魔法少女行動力ありすぎだろ…」
今日は家から出るつもりなかったのに…でも断るのは忍びない。和泉さんは東のまとめ役なんだから普段はかなり忙しくしているだろう。そんな中でわざわざ俺と会う時間を作ってくれるのだから。
彼女とも話したい気持ちは一応あるからな…
返信しよ…ええっと、『俺は会えるよ。だから会うならどこで待ち合わせするのか聞いておいて欲しいな。』っと…
連絡来るまで筋トレでもしとこ…
***
──と、いうのが詳しい経緯だ。『16時に大東区のカフェで待っているそうです!』と連絡が来たのですぐさま準備を始めて電車を乗り継いでやって来た。歩きだと遠いんだよな…トワはこの距離を毎日歩いているそうだが、どんな体力してんだ…?
と唯一の男友達に想いを馳せながら歩いていたら、いつの間にか待ち合わせ場所のカフェに着いていたようだ。
カフェの扉を通って店内へと足を踏み入れ、目的の人物を探す。どこだ…?記憶の限りでは和泉さんは白髪だった筈。綺麗な顔立ちをしていたから見間違えはしないと思うのだが…そう思うと気が張ってしまうな。
「む…?あの子か!」
「ナルくーん!こっちよこっち!」
「ん…?あっ」
突然死角から俺を呼ぶ声が聞こえ、その方向には二人の女性が既に席についているのが見えた。少し小柄な女性と柔らかな雰囲気を漂わせる女性…間違いない。和泉さんと…八雲さんだろう。
八雲さんも呼んでいたのか。ということは、やはり姉ちゃん関係で聞きたい事があるのだろうか…?七海さん達にすら話せる勇気が出ていない為、話せる事は少ないと思うが。
…八雲さんって、こんなに朗らかな人だったか?記憶の中じゃ少し暗かった気もするんだが。
「和泉さんと八雲さんですよね?お久しぶりです」
「久しいなナル君!息災にしていたか?」
「あらぁ、凄く男前になったわねぇ…!背もこんな短期間で伸びて…楽さんにピッタリくっついてたのが嘘みたいよぉ」
「…あの、それちょっと気にしてるんでやめてもらって良いですか…」
まだ姉ちゃんが健在だった頃の俺は内気で誰と話すにも緊張するような奴だった。例外はいたが…特に当時の俺にはこの二人はちょっぴり怖かった。年上というだけの理由でもあるが、和泉さんの喋り方もあるんだよな。今となってはかっこいいと思える節もあるけどね。
年頃の中学生にはそんな恥ずかしい思い出を掘り起こされるのは中々酷な事だ。久々に会ったから仕方ないんだけどさ…
「ごめんなさいねぇ…?でも、何だか感慨深いのよ。当時のナル君ってあんまり私達に心を開いてくれていなかった気がするから…」
「あ、それはですねぇ…年上の人と会うのは緊張するので自然と身体が硬直するというか」
「だが、今はわざわざ自分達に会いに来てくれて嬉しいぞ。断られると考えていたからな」
昔の俺ってそんな風に映ってたんだな…七海さんと梓さんにも似た様な事を言われたからなぁ。どうやら俺が思ってる以上に俺は内気だったようだ…そう考えると帆奈とは何故すぐに仲良くなれたんだろうな。今考えても無意味な事だが…
「さて、思い出話に花を咲かせよう…とは問屋が卸さないのが悲しいところだな」
「そ、そうですね…」
「ナル君、十七夜から聞いたわよぉ…?魔女と戦っているって」
姉ちゃんの話も聞きたいのは山々なんだろうが、それ以前に聞くべき事が多すぎるよな。俺の存在が東にも少しは知れ渡っている筈だしな…話をつけておかないと色々と面倒事が勃発する可能性がある。
それと、多分この二人も何かしら姉ちゃんに恩があるのかな…?姉ちゃんの事さん付けするぐらいだもんな。だとすれば、恩人の弟が魔女と戦えるとなれば、姉ちゃんに何があったのかを俺が知っていると結論付けるだろう。
それ関係の事も聞かれるとは予想している。
「今は七海達のチームに身を置いているそうだな。一先ず君の身の安全が保証されたのは良かったのだが…単刀直入に聞く。君は何故魔女と戦えるようになったのだ?」
「私達としては楽さんが関係しているって考えてるんだけどぉ…」
「…」
「…沈黙は肯定と見なすぞ?」
やりにくい。凄くやりにくい…見透かされる様な鋭い眼光。喋り方に関しては慣れたが、どうもなぁ…この人、というかこの二人からは姉ちゃんの事を絶対に聞き出したいという気迫を感じる。
何か裏があるのか?姉ちゃん…本当になにしてたんだよ。
「…あの、話を逸らすようで申し訳ないんですが、二人は姉ちゃんとどういう関係だったんですか?」
「楽さんとか?そうだな…」
「…その前に、一つ質問してもいいかしらぁ…?」
「質問…ですか?」
「自分から聞こう。初対面の時に聞く様な質問ではなかったからな…君は、大東に対してどのような印象を持っている?」
「大東に…?」
この質問の意図──なんとなくは分かる。
姉ちゃんが大東に教育実習生として出向いていた時に二人は姉ちゃんと出会ったんだろう。その時に何か言われたのか…
大東への印象…か。姉ちゃんからは理由も無い先入観や偏見は持つなと言われていたが、正直言ってあまり良い印象は無かった。小学校で大東の人間に虐められていたからだ。学校には東西の人間が混在しており、その分問題が絶えなかった。
その一部が俺だ。理由?そんなの知らないよ。大東の奴らが言うには、『その見下している態度が気に食わない』とのこと…当時の俺は内気なせいで人と上手く話せなかった。だから感情を表現する手段が著しく少なく、周囲から見ればツンケンとした態度に見えたのだろう。それが理由なのかは知らん。
だが、俺を虐めていた奴は荒んでいた奴だった。ガキ大将のような奴で…東西の軋轢がまるで当たり前だと考えて、西の奴とは仲良くできないと初めっから割り切っている様な奴だった。
そういう教育を受けているのかはたまた第三者からの入れ知恵なのか…子ども世代まで軋轢は浸透しているようだった。
この経験のせいで大東には少し忌避感を持ってしまった…大東にも悪いところはあるじゃないかと。
虐めってのは潜在化しやすいもので、教師に知れ渡らなければ何も無かったということにされる。
俺が受けていた虐めも結局は教師陣に知れ渡る事はなかった…ただし、姉ちゃんには知られたが。
あの時の姉ちゃんは怖かったなぁ…学校に殴り込みに行こうとしてて。丁度進学の時期であったから流石に止めたんだけどね。
姉ちゃんに問題は起こして欲しくなかったし…夢に突き進んで欲しかったんだよな。でもその日から元気がなくなっちゃったんだけど…
結果からすれば俺の自業自得かもしれないのだが…虐めるくらいなら放っておいて欲しかった。そんな時に出会ったのが帆奈だった。
帆奈と出会った時の状況が、お互い家出だったから本音をぶち撒けられたんだろう。多分、帆奈を見た時に勝手に『俺と同じ』なんていう同情心が芽生えていたんだと思う。
──少し脱線したが、今は別に悪い印象はない。理由は明確だ。
印象については言語化するのは難しいが…
「俺の経験から悪い印象は最近まで少しありました…でも、結局それは環境に対してしか目を向けていなくて個々人を見てないってのを理解しました」
「…苦い経験があったのは楽さんから聞いている」
「まぁはい…でも、俺の唯一の友達が大東の奴なんですよ。厳密に言えば引っ越して来たんですけど、軋轢に対しては『面倒な過去』って一蹴するような奴で」
姉ちゃん、俺の虐めの事二人に伝えていたんだな…まぁ言いふらすような人でもないから大丈夫なのだが。
友達──トワの事だ。数年前に神浜に引っ越して来た奴で、何か軋轢には思うところがあるらしい。あいつは何か一悶着起こしたらしいが、詳しく聞くつもりはない。あいつが嫌な顔しそうだからな。
でも中学でも虐められていた俺を助けてくれた奴だから何があったのかは知りたい。
あいつだって数年は東が置かれていた環境に揉まれた筈だ。本人が大東に住んでいるからというだけで喧嘩を売られたり悪口を言われた事があると明言していたから…
それでもあいつは西出身の俺と仲良くしてくれる。校内では不良だと恐れられているが、学校の行事ではちゃんと手伝う奴だし、人によって態度を変える事もない。
あいつには感謝している。時々感じるモヤモヤのせいで心から楽しめていないんじゃないかと思っているのは申し訳ないのだが。
だから──
「個々人──俺の友達を見れば、大東の人間が皆悪い奴じゃないのは分かりました。一概に嫌うのもお門違いかなって…理由もなく偏見だけで決めつけるのはよくないって、姉ちゃんもよく言ってましたから…友達のおかげで、俺は東をもっと知りたいと思えました」
嘘偽りは全くない。姉ちゃんから聞いていた東西の軋轢の話…それを俺ももっと深く知りたい。そうしたら姉ちゃんに近づける気がするから。
一概に一つの経験だけで嫌な場所だと決めつけてはいけない…あいつのおかげでそう感じた。
「そうか…君からそれを聞けて安心した。やはり楽さんの弟だな…彼女に似た意志を感じる」
「ほんとにねぇ…その友達の子も今度紹介して欲しいわぁ。大東に住んでるなら私達もどこかで会っていたかもしれないわねぇ」
二人は誰かを懐かしむような笑みを浮かべ、それは姉ちゃんだと分かる。そして一息ついた後、和泉さんが口を開く。
「とは言ったものの、悪いのだが…彼女との関係は『
「ごめんなさいねぇ…?その、聞いてて気分の良いものでもないし、私達も話すのには勇気がいるのよぉ…」
「そうなんですね…大丈夫ですよ。俺だってまだ話せる勇気は出ませんから…」
勝手に考察するような真似をするのは申し訳ないのだが、先程の質問で東西の軋轢が絡んでいるのだろうなとは感じる。
…悩みを聞いてもらった、か。姉ちゃん…二人にも姉ちゃんは悩みを話したのかな?だとしたら少し羨ましい…俺は何も知らなかったのだから。いつも『大丈夫だって!』と諭されて俺には本音を吐き出してくれなかった。
かく言う俺も姉ちゃんに本音を吐き出していなかったから何も言えなくなってしまうが。
結局その日は、軽い世間話と東西の魔法少女と中央区の規律を再確認して終わった。俺の事情についても、自分達が話さなかったという理由で問いただされることはなかった。
規律も勿論だが、魔女ともまともに戦えるようにはならないとな。じゃなきゃ意味がないからな…
***
「八雲…久しく会ったナル君はどうだった?」
「どうしたのよぉ藪から棒に…そうねぇ。行儀も良くって立ち振る舞いと凛としていて…彼のお姉ちゃんになったみたいに成長を感じたわねぇ。十七夜もそうなんじゃないの?お互いお姉ちゃんなんだから」
「ふふ。そうだな…初対面の時は自分と目を合わせてくれなかったからな…心に来るものがある」
「…楽さんは、あの子に託したのかしら…?東の人間から迫害されても東の事も知ろうとしてくれるあの子に」
「それは自分には理解し難い…だが、彼女の魔力を感じた…それは無関係ではないだろうな」
「だが…彼女の訃報を聞く直前、我々は聞いてしまったからな…常に堂々たる態度であった彼女から諦めるような言葉を…」
「…あんなに辛そうな顔をしていた楽さんは初めて見たからねぇ…大東にもそんな人間が居るっていう事実と彼女の覇気のない顔を見せられた時は…」
「…」
「私の願いは楽さんの死も関係していたから、余計にあの子は気になっちゃうのよぉ…」
「──だが、あの子は自分で新しい道を見つけている…今日会ってそれが分かったのは大きいのではないか?」
「あの子が言っていた友達の子には感謝しないとねぇ…」
「…あの子のように、自分達も変わるべき時なのかもな…」
「そうねぇ…」
「…そう言えばナル君、楽さんの背景とか色々彼女から聞いていないのかしら…?」
東が偏見を持たれがちだけど、西を忌み嫌う東の人間もいるんじゃないかって。
小学生とかなら虐めの理由なんてフワフワとしたものが多いんじゃないかなという感じ…