娘を送り届けた後、私はスーパーでレジ打ちの業務を行っていました。もちろん変なお客様から恨みを買うようなこともなく、いつも通りの平穏な業務だったと記憶しています。
そして午後3時頃。業務の終わりと娘のお迎えが迫る中で軽い眠気を感じていると、突然保育園からの電話がなったのです。
保育士の方の言葉を正確に覚えてはいませんが、娘が見えない何かを怖がり始めたこと。
高熱を疑って熱を測ったが平熱。妄想や幻覚は子供によくある症状のため経過を観察していたが、あまりにも収まらず普通ではないこと。
そして、取り敢えず母親である私が顔を見せた方が良いという趣旨のことをおっしゃっていました。
そのため、その日は早めに業務を切り上げて保育園へと向かいました。
しかし、入り口で待っていても娘の姿は現れません。困った表情を浮かべた保育士に案内されて教室へ入ると……。
部屋の隅で、娘が蹲っていました。
体操座りした娘は両手で顔を覆い、傍らの保育士が優しく背中をさすっていることにも気付かない様子で肩を小刻みに震わせていました。そして、時折「ひっ」と悲鳴を漏らして別の方向を向いて蹲り直すのです。
異常です。それは、電話越しでは到底伝わらない異常な光景でした。
「植物が枯れる悪夢でも見たのかな」そんな甘い予想は一瞬で崩れ去り、私は思わず声を荒げてしまいました。
「どうしたのA(娘の名前)!」
私の声が突然過ぎたのでしょう。娘の肩は跳ね、言葉に詰まった様子で黙り込んでしまいました。
私もここで自分が焦りを見せてはいけないと思い、娘が気分を落ち着けている間に必死に笑顔を取り繕いました。
「ママ?」
そして、笑顔が功を奏したのでしょうか。顔を上げた娘は、私を見て少し安堵したような声を溢しました。
……しかし、その直後でした。娘の視線がふいに教室の壁へ向きます。もちろん、そこには誰もいません。それなのに、何を見たのか、娘の目は異様なほど見開かれ、叫び出す寸前のような表情へと変わりました。
電話で聞いた「見えない何かを怖がる」という話はこのことだったのかと。その瞬間に確信しました。
「ママ……」
掠れ声を上げながら娘は駆け寄ってきて、私のお腹に顔を埋めました。
「大丈夫よ。怖いものなんてすぎになくなります」
もちろん、当時の私が「呪い」などという言葉を思い浮かべるはずもなく、とにかくかかりつけ医へ連れて行こうと考えました。
しかし、娘はその場を動こうとしません。
まるで周囲を取り囲むように何かが現れるようで、私を支柱にしてぐるぐると回り、どこか一方へと背を向けるのです。無理に歩かせようとしても、出口に近づくたび抵抗は強くなっていきました。
この状態の娘を駅まで連れて行くのは無理だと判断し、私はタクシーを呼びました。
タクシーに乗り込んだ直後、娘は足をばたつかせて必死に暴れましたが、保育園が遠ざかるにつれて、身を守るように手足を縮こめながらも、少しずつ落ち着きを取り戻していきました。
当時の私は、その様子から娘が保育園に対して何らかの精神的ストレスを抱えているのだと解釈しましたが、最終的にそれは違うと否定されます。
受診した病院の名前は出せませんが、まずは近所の小さなクリニックを訪れました。娘が幼い頃からお世話になっている先生でしたが、さすがに脳は専門外とのことで簡単な検査にとどまりました。
そして、検査を受けている間も娘は怯え続けていました。
いつもはクスッと笑う先生のジョークにも反応せず、注射の意識すらも逸らす看護士さんの連携も通用せず、観葉植物にも無反応。顔を隠して震える声で怯えるばかりです。
幼稚園にいたときのように明確に何かを怖がっている素振りはありませんでしたが、何か得体の知れない気配を感じているように、落ち着かない様子で周囲を警戒していました。
「……娘さん、かなり難しい状態ですね。突然この調子になったのでしょう?」
「はい。本当に、何が原因なのか、前後関係も全く分からないんです。どうにかならないのでしょうか」
「流石に専門外です。……ただ、繋がりのある精神科の方に何とか予約を開けられるようにお願いしてみます」
そんな娘の様子を見て急を要すると理解していただけたのか、精神科には当日中の紹介状を書いてもらいました。
そして、私たちはその足で精神科へと赴き、そこで受けた診断結果が冒頭にも述べた通り「イマジナリーフレンド」だったのです。
……この診断ですが、今思うと子供と言うことで適当に診断されたようにしか思えません。
「まあイマジナリーフレンドでしょう」
「子供にはよくあることです。起こらない人もいますけどね」
「お子さんが怖がるようなら、真剣に話を聞いてお母さんなりのアドバイスをしてあげてください。イマジナリーフレンドと一人で向き合わせるのではなく、その間にお母さんが入ることで殻に引きこもるのを防ぐことが出来ます」
「放置や否定などのバッドコミュニケーションをしなければ自然と収まります」
「お母さんが気にしすぎなだけですよ」
よく考えれば適当な診断だと分かったのに。適当な診断を信じ込んで、娘の異常行動を成長過程と言うことで納得してしまった。
度重なる移動と心労で疲労が溜まっていた私は、その言葉に安堵して取り敢えず様子を見ようと甘えてしまったんです。
そして、この頃から、娘は会話の中で得体の知れない単語を使い始めるようになりました。
「違う。????(聞き取れない単語)がいるの!私を探してる!」
「そう。でもね、よく考えてみて?それがAに怖いことを出来るのかしら。もっと怖いものはいっぱいあるわ。ほら、病院のお注射とかもっと怖いでしょう?」
「怖い、怖い、怖い!????!近づいてる!ここやだ!帰りたい!!早く!!!」
「大丈夫、大丈夫だから。よく考えてごらん。その怖いものがAの前にいないってことは、タクシーよりも動くのが遅いってことでしょ?そんなの別に大したことないじゃない」
「見られてるバレちゃう追いつかれちゃう!早く、早く、早く!!」
……それは、きっと娘なりの言葉だったのでしょう。迫り来る恐怖に耐えて事態を頑張って言葉にしていたのに、私はそれを妄想と捉えて真実として向き合わなかった。
それが悔いでしかありません。この時に神社を訪れていれば、まだ間に合ったのかも知れないのに。