第零話 Take me out tonight
____怖い。怖い怖い怖い怖い。
そこは今まで見た事がないくらいのたくさんの人達でごった返していて、おまけにそれが全員卑しいマグルだと考えるとコーディは怖くて怖くて仕方なかった。一刻も早くウィルトシャーに帰りたい。
コーディはまだたったの五歳だけど、非魔法族がどんなに卑怯で野蛮で醜悪かを完璧に理解していた。そんな生き物と同じ空気を吸っているというだけでもとても耐えられないのに、不幸にも魔法力が暴発してしまったせいでロンドンのど真ん中にやってきてしまったのだ。
少しでも
コーディはずんずん歩いた。周りの人達が「こんなに小さな女の子がどうして夜中に一人で歩いているんだ?」という目で見ているが、コーディは気にしなかった。歩いているうちに、またさっきの暴発が起きてウィルトシャーに帰れるはずだし、そうでなければ屋敷しもべ妖精のドビーがやってくるか、ルシウスさんが見つけてくれるはずだ。
だけど、歩いても歩いても何も起きなかった。もしかしたら、自分は一生誰からも見つけてもらえないのかもしれない。
パパはアズカバンにいるし、ママは死んでしまった。マクミランの家の人達はコーディの事が大嫌いだし、ユーフィおばさんは聖マンゴのヤヌス・シッキー病棟にいる。ルシウスさんもナルシッサさんも、ドラコだって、本当はコーディの事が邪魔なんだろう。
そう思うとコーディは無性に悲しくなって、道端でうずくまってわんわん泣いてしまった。幸いにも、マグル通りの少ない場所だ。
「大丈夫かい?」
頭上から、困惑の混じった暖かい声が聞こえた。
声の主は赤毛の少年で、十三、四歳くらい____少なくともコーディよりはずっと歳上に見える。
「迷子なら警察を呼ぼうか?」
「警察はダメ!」
マグルの警察なんて呼ばれたら、魔法界の事がバレて“国際魔法使い機密保持法”違反で逮捕されてしまうかもしれない。それか、頭のおかしい人間だと思われて閉じ込められてしまうかも。
とにかく、自分で帰る方法を見つけるまでどうにも出来ない。
「そうは言っても、こんな所に一人でいたら危ないよ」
「放っておいて! 迷子じゃないし、貴方よりずっと優れてるから」
少年はそんな失礼なことを言われたにも関わらず、コーディを見てクスクス笑った。
「分かったよ、警察には言わない。その代わり、君がどうしたいのか教えてくれるかな?」
「ウィルトシャーに帰りたいの」
「ほら、やっぱり迷子じゃないか」
「違う! ただ少し____手違いがあっただけ」
「そうか、ウィルトシャーか。君はお金持ちなんだね。でも残念。バスで二時間はかかるし、確か終バスはあと三十分もしないうちに出るはずさ」
確かに今は夜遅い。マグルに襲われていないのは奇跡としか言いようがないような時間だ。
コーディはすっかり絶望してしまった。つまり、朝になるまでウィルトシャーに帰れない!
「タクシーを使う手もあるけど、何百ポンドかかるか……いくらお金持ちだって、そんなに持ってないだろ?」
「“ポンド”?」
「ポンドも知らないのか。君、本当にイギリス人かい?」
コーディは完全に参ってしまった。そのポンドとやらどころか、今はたったの一クヌートすら持っていない。だって、つい数時間前までお屋敷でスヤスヤ寝ていたのだから。トイレに行こうとしたら急にマクミランお祖母さんが現れて、悲鳴をあげた一秒後にはロンドンにいたのだ____今思うと、あれはきっとボガートだったんだ。
「家の電話番号は分かるかい? 君の家族に迎えに来てもらおう」
「“電話”……?」
「なんてこった! 君、本当は宇宙人かなにかだろ?」
「宇宙……? とにかく、れっきとした人間よ。
「
「それだけは困るの!」
コーディがハチミツ色の大きくて丸い目にたくさんの涙を溜めて懇願すると、少年は困った顔をして頭をかいた。それにしても、マグルがこんなに話の通じる生き物だなんて。それに、醜い見た目をしていると聞いていたけど、そんな事ない。
「____分かった。じゃあ一旦今夜は僕の家に泊めてあげるよ。それで、明日の朝にウィルトシャー行きのバスに乗って帰るんだ。いいね?」
「言っておくけど、変な真似をしたら殺すからね。私にはそのくらい出来るんだから」
「ハイハイ。君、晩御飯は食べた? お腹がすいてるなら……」
少年の家は大きな建物の七階にあるとても小さな部屋だった。コーディとママが二人暮らししていた時の家よりも小さい。今のコーディの部屋よりも小さいのが家だなんて、とても信じられない。
しかし、それよりもっと信じられなかったのが、部屋にあるたくさんの道具が全てとっても魅力的な事だった。悔しいけど、コーディはすごくワクワクしてしまった。
「ああ、あったあった。グラタンでいい? 冷凍食品だけど」
少年はコーディにそう尋ねた。“冷凍食品”というのが何かは分からないけど、グラタンは好きなので、コーディはコクコクと頷いた。
少年は大きな縦長の四角い箱から何かを取りだして、今度は小さな横長の四角い箱にそれを入れた。マグルのグラタンの作り方って、変だ。
「僕は……ジョニー。ジョニー・ジョーンズ。君は?」
「コンコーディア・ロウルよ____コーディでも、いいけど。きゃあ、何!?」
さっきジョニーがグラタン(仮)を入れた箱からピー! と音がしたので、コーディは思わず悲鳴を上げた。
「君、電子レンジも知らないのか!? 本当、どこから来たんだい。やだな、そんなに睨むなよ」
「____ウソ! マーリンの髭! こ、これで本当に料理が出来たって言うの!?」
コーディはジョニーが渡してくれたグラタンを食べた。マグルの作ったものだと言うのに、それはとても美味しかった。
コーディとジョニーは色々なことを話した。ジョニーはお母さんと二人暮らしだけど、お母さんは昼も夜も仕事をしているからほとんど一人暮らしみたいなもので、その上、彼は学校に行きながら働いているらしい。
「私もね、ママは死んで、パパも遠くにいて、ドビー____お手伝いさんと二人で暮らしてるの」
「そんなに小さいのに偉いね」
「ううん、ルシウスさんがお金をくれるから、すっごく良い暮らししてる。私のお屋敷にはこのくらいの部屋がたくさんあるの」
「へー、そりゃ羨ましいや」
二人は色々話すうち、すっかり歳の差なんて気にならなくなっていた。ジョニーは沢山のことを教えてくれた。電話という、小さな、これまた四角い箱は、なんと書いてある番号を押すだけで遠く離れた人とも話すことが出来るとか、一ポンドは百ペンスなんだとか、ジョニーは
コーディは今までマグルを嫌っていた事なんてすっかり忘れて、ジョニーの家を満喫した。
特に気に入ったのはとても小さな長方形の箱で(とてもおかしなことに、マグルは四角い箱が大好きらしい)、その箱から伸びている
「“ウォークマン”? 変な名前!」
「ははっ、そうだね。カブトムシと同じくらい変だろ? ___気に入ったなら、それあげるよ。僕はもう新しいのを買ったからね」
コーディは疲れて眠ってしまうまで、その小さな箱から流れる歌を聴いていた。歌詞の意味はよく分からないけど、とても心地の良いメロディだった。
コーディは母が死んで以来、初めて悪夢を見なかった。
「コーディ、こんな目に遭わせてすまなかったね。ドビーは折檻して、“ようふく”にして、今日はダイアゴンにアイスを食べに行こう…………ああ、そのくらいで謝罪になるかな? マグルのなかでも穢らわしい、あんな汚い家に一晩も……」
「ううん、そんなのしなくていいです。ドビーは悪くないし、ドビーの事…………気に入ってるから」
翌朝、ルシウスさんが家に迎えに来てくれたので、コーディはとても安心したけど、ジョニーと離れるのは少し寂しかった。
ルシウスさんはジョニーを軽蔑した目で見つめ、「こんな酷い場所から一刻も早く出ていきたい」という気持ちを隠そうともしていなかった。コーディはジョニーに「また会おうね」と言って家を出た。
たった一晩だったけど、その出会いはコーディの人生をすっかり変えてしまった。
コーディはそれから何度か、こっそりとジョニーの家に遊びに行った。
グリンゴッツでガリオンをポンドに両替して、バスの乗り方もすっかりマスターした。いちいちポンドの計算に戸惑うことも無くなった。
「____ワーオ、最ッ高、マーリンの髭! ザ・スミス以外にもこんなに素晴らしいバンドがいたなんて!」
「その“マーリンの髭”ってなんなんだい? 君って本当に変な子だな」
「ねえ、次こそは地下
「君に地下
しかし、コーディとジョニーが一緒に地下
タイトルはザ・スミスの『There Is a Light That Never Goes Out』の歌詞を引用