「もうハロウィーン・パーティーだ。二ヶ月も経つなんて信じられないよ!」
城中にパンプキンパイの甘い匂いが漂っていて、みんなすっかり浮かれている。
しかも、今日の授業は魔法史と妖精の呪文なので、グリフィンドールの一年生は特に元気だった。ビンズは生徒が居眠りしていても何も言わないし、妖精の呪文ではようやく魔法が使えると噂だった。
クィディッチの練習と宿題に押しつぶされそうになっていたハリーも、クィディッチの練習も無いくせに宿題に押しつぶされていたコーディとロンも、今日ばかりは完璧に元気を取り戻していた。
「コーディ」
グリフィンドールのテーブルにドラコがやって来た。 話すのは久しぶりだ。あれ以来なんだか気まずかったし、コーディのそばにはハリーたちが、ドラコの周りにはパンジーたちがいたからだ。
「お、ドラコ。久しぶり」
「やめてくれ、イタズラにしてはキツいよ。君の存在は“嫌がらせ”だぜ」
軽口を叩くロンをドラコが睨んだが、言い返しはしなかった。
「……誕生日、おめでとう」
ドラコはいつも、誕生日の朝はそう言ってくれる。いや、いつかは喧嘩していて口をきいてくれなかったけど、それ以外は毎年祝ってくれている。
「ありがとう、お礼に熱烈なキスはどう?」
「勘弁してくれ」
そう言うと、ドラコはさっさとスリザリンのテーブルに帰ってしまった。ハリーもロンも(ロンはとても嫌そうだったが)、「おめでとう」とお祝いしてくれた。その後すぐ、フクロウがコーディにプレゼントを運んできてくれた。
それはドラコからで、なんと、大きな包みを開けると……飛び出す絵本が入っていた! 表紙にはドラコみたいな金髪の少年が描かれていてとても綺麗だ。真ん中に『ほしのおうじさま』と書いてある。小さな便箋には「屋敷しもべに探させたんだ。
誰かから誕生日プレゼントをもらうのは初めてだったし、それがまさか、一番欲しかった飛び出す絵本だなんて!
「飛び出す絵本だ、飛び出す絵本! マーリンの髭! 鼻毛! 猿股!」
「飛び出すって、ただのマグルの絵本だろ?」
「君って本当に風情がないよ、ロニー坊や」
「僕それ知ってる。『ほしのおうじさま』って、すごく有名なんだ。学校で劇を見たよ」
コーディは薬草学の授業中も鼻歌を歌っていた。ハッフルパフの生徒たちから悪口を言われても全く気にならない。
だって、今日は人生で一番素晴らしい誕生日なんだから。まさかあのドラコが、マグルの物を、それもコーディがずっと欲しかっていた飛び出す絵本をプレゼントしてくれるなんて! 飛び出す絵本! なんて素敵なんだろう。明日早速クィレル先生に見せよう。
「ちょっと違うよ、ロングボトム」
妖精の呪文の時間も、コーディは上機嫌だった。
ハリーからもフィネガンからも見捨てられたロングボトムと率先してペアを組み、彼の腕を掴んで正しい杖の振り方を教えてやった。
「ウィン・ガー・ディアム レヴィ・オー・サ。ほら、言ってみて。大丈夫、君なら出来る。リラックスだよ」
コーディは意地悪ではないけれど、誰にでも世話を焼くタイプでもないので、周りの生徒たちはとても気味悪いものを見るかのようにコーディを見ていた。当のロングボトムが一番怖がっていた。失敗したら殺されちゃうんじゃないか? だって彼女は……。
「ええと、ウィンガーディアム レヴィオーサ!」
フリットウィック先生はキーキー喜び、「素晴らしい! 成功させたロングボトムくんに一点。それから、素晴らしい指導をしたロウルさんに一点!」と言った。ロングボトムは顔を真っ赤にしている。何せ、加点されたのは初めてだったのだ。
「ネビルに出来るなら、僕にだって出来るさ」ロンがそう言って、酷い発音で杖を振り回したので、グレンジャーが注意した。そしてグレンジャーがとびきり高く羽を浮かせたので、フリットウィック先生はまたグリフィンドールに一点加点した。
ちなみに、ハリーとペアのシェーマス・フィネガンは羽を燃やしてしまっていた。
授業が終わると、コーディはロングボトムからのお礼も聞かないうちに呪文学教室を飛び出して行った。早く『ほしのおうじさま』を読んで、ドラコにお礼の手紙を書かないと。
急いで中庭を横切っていると上級生たちのグループにぶつかってしまった。一人は、始業式でハリーに酷いことを言ったあのグリフィンドール生だ。
「あー、すみません。急い」コーディが最後まで言い切る前に、上級生が揃って杖を向けた。いくつかの呪いが混じった。上級生が笑いながら走り去っていく。「ハッピー・ハロウィーン!」
「あー、絶対酷い顔になってる」
顔を触ってみると、前歯はビーバーみたいに大きくなり、顔中から触手が生えている状態だ。誰かがかぼちゃ頭の呪文を唱えたのが聞こえたから、肌はオレンジ色になっているだろう。
コーディはローブのフードをしっかり被って俯きながら歩いた。いつもならやり返してやる所だったが、何せ今日は素晴らしい飛び出す絵本を持っているから、そんな気にはならなかった。取り敢えず、医務室に行くのは絵本を全部読み終わってからでいいだろう。
誰にも邪魔されずに飛び出す絵本を楽しむため、女子トイレに向かっていると、勢い良く誰かがぶつかってきた。____今日はやたら人にぶつかる日だな。
「うわっ、ごめん!」
ウィーズリーの双子だ。ぶつかった相手がコーディだと気づくと、片方が「あー、俺はパースのお茶に“戯言薬”を仕込んでくるぜ」と足早に去っていった。たぶんフレッドの方だろう。
ジョージ(たぶん)がコーディの顔をのぞき込み、目をキラキラさせて言った。
「すごい手の込んだ仮装だ! どうやったんだ?」
「一瞬だったから分からなかったけど、たぶん、クラゲ足にできもの、歯呪い、かぼちゃ頭って所だと思うよ。確かに____ほんとだ、ハロウィーンにぴったりだ!」
そう思うと腹が立つどころか寧ろ嬉しい。絵本を読み終わったら、ハリーとロン、それからドラコを驚かせてやろう。
「あー、ごめん。俺が悪かったよ」
「なんで? ウィーズリーが言ってくれなきゃ、この顔が最高にマーリンの髭ってことに気づけなかった……。うん、ちょっとトイレに行きたいからどいてくれるかな」
「いや、そんなに見てないから大丈夫だ。医務室に行こう」
コーディは別に何とも思っていないし、寧ろこの顔もそんなに悪くないなと思い始めているし、何より早く『ほしのおうじさま』を読みたいのに、ジョージは何か勘違いしているようだった。
「あーもう、面倒臭いな! 見て、これ。何か分かる?」
「ええっと、ご立派な監督生の兄貴がよく持ってる分厚い本?」
「これはマグルの飛び出す絵本だよ! マグルが開発した、最も素晴らしいものの一つ。ハロウィーンの騒ぎに巻き込まれずにこれを読みたいから、今からトイレに行くの。顔なんかどうだっていいよ」
「____驚きだ。君、本当に女の子かい?」
ジョージは呆気にとられている。ああ、もう! どうして皆飛び出す絵本の素晴らしさが分からないんだろう? こんなにロマンチックで美しいのに。
「そういえば、君をそんな顔にしちまったイカした奴は誰だい?」
「確か、始業式の日にハリーに絡んでた人。闇の魔法使いがなんとかって____なんで?」
「いやあ、あまりにセンスが良いからさ。それとさ、君のこと“クール”って呼んでもいいかい? コーディってより、クールの方が似合うぜ」
「ん、まあ好きにしてよ」
ジョージがようやくよけてくれたので、コーディはトイレに急いだ。
「なんて、なんて素晴らしいんだ……! マーリンの髭……」
『ほしのおうじさま』は、今まで読んだどんな物語よりも感動的だった。一度読んだら大広間に行くつもりだったけど、あまりにも素晴らしかったので何度も何度も読み返してしまった。
よく分からない所がたくさんあったけど、それを差し引いても感動的で芸術的で素晴らしかった。マグルの子どもたちは、みんなこんな崇高な本を読むのだろうか? やっぱりマグルって、とびきり知的だ。
「あなたも泣いてるの?」
コーディがもう一度『ほしのおうじさま』を開こうとすると、隣の個室からすすり泣く声が聞こえてきた。
_____グレンジャー? どうしてハロウィーン・パーティーの真っ只中にこんなところに居るんだろう。ああ、友達がいないからか。
「ウン」コーディは出来る限り声を低くしてそう言った。
「私、みんなから嫌われてるの。お節介で偉そうだから、みんなどんどん離れていくの…………少し、仲良くなれそうな子がいたんだけど、避けちゃったし…………私って、本当にバカだわ! 本当、悪夢みたいな奴なのよ」
そう言って、グレンジャーはますます泣き始めた。
_____僕はもう、言葉が見つからなかった。自分がひどく不器用に思えた。どうやったら彼の心に届くのか、どこに行けば気持ちを取り戻せるのか……。わからないことだらけだ*1
_____彼女の言うことじゃなくて、することで判断しなきゃいけなかったんだ。彼女はぼくを香りで包んでくれた、照らしてくれた。逃げ出すべきじゃなかったんだ! あざとさに隠れた彼女のやさしさに気づいてあげるべきだった。*2
コーディは、グレンジャーが“カップヌードル”について教えてくれたり、ウォークマンを直すために夜中にわざわざ起きてくれたことを思い出した。ちょっと鬱陶しいし、かなりお節介だけど、優しい子なんだ。
「えーっと……ウェへン、でも、それって君の優しさでしょう? だからきっと、皆分かってくれるよ。今日はハロウィーンだし、マーリンの髭なイタズラをかませば___」
「ロウルね」
グレンジャーは泣くのをやめてそう言った。
「あー、ごめん」
「いいわよ。別に、怒ってなんかないわ……出てきてよ、話しましょう?」
確かに、グレンジャーを驚かせてみるのも良いかもしれない。コーディとグレンジャーは同時に扉を開けた。
「きゃーっ!」グレンジャーが大きな悲鳴を上げたのでコーディは満足した。
「トロールだわ!」え、なんだって?
後ろを振り向くと、そこには確かにトロールがいた。
さすがホグワーツだ! 臭さの再現まで完璧だなんて、信じられない。
「これはさすがにマーリンの髭だね、仮装大賞は私だと思ったのになあ」
「何を言ってるの! これ、本物のトロールよ!」
「まさか、そんなのがホグワーツに……」
いるわけない、と言いかけたが、そうとは言えなかった。だって、三頭犬なんてものを飼ってるくらいだ。トロールを隠していたって何もおかしくない。
トロールはコーディの顔を見るなり棍棒を振り回して暴れ始めたので、二人は必死にトイレを逃げ回った。
「どうしましょう! 早く先生を呼ばなくちゃ!」
「どうやって逃げるんだよ! なにか呪いを____ああっ、でも、下手を打ったら怒らせちゃうかもしれないし、そもそもデカすぎてなかなか効かないし……エイビス! サーペンソーティア!」
コーディは取り敢えず、鳥や蛇を出してトロールの注意を逸らし続けた。「グレンジャー、今のうちに逃げて先生を呼んで! 私が怒らせて引きつける。ロコモーター・モルティス! ペトリフィカス・トタルス!」
狙い通り、トロールはコーディに向かって棍棒を振り回してきた。グレンジャーが屈んで走っていく。
いつ死んでもおかしくない状況だ。だというのに、何故か少し楽しい。間違いなく自分は、
コーディが逃げながら呪文を乱射していると、「ウィンガーディアムレビオーサ!」と聞き覚えのある声が聞こえた。棍棒がトロールの頭に直撃した。
「良い所を持ってってごめんよ____うっわあ、酷い仮装。マーリンの髭って感じ」
それから少しして、グレンジャーがマクゴナガル先生とスネイプを連れて戻ってきた。マクゴナガル先生はコーディの酷い顔面を見て眉をひそめ、スネイプはいつも以上に険しい表情をしている。よく見てみると、脚に怪我をしているみたいだ。
「ミス・ロウル、パーティーだというのに大広間から遠く離れたトイレにいるとは……なんとも奇妙ですな」
「セブルス! _____可哀想に。友人たちを心配させないよう、トイレで泣いていたんでしょう……本当に、誰がこんな事を……」
マクゴナガル先生はどうやら、コーディがすっかり傷ついてトイレで泣いていたと勘違いしたようだった。そんなわけは無いのだが、その方が都合が良いのでコクコクと頷いておいた。
「一人五点ずつあげましょう。大人の野生トロールと戦える一年生はそうそういません_____ミス・ロウルは、医務室に。着いてきなさい」
せっかく良い雰囲気で、今日は最高の誕生日なのに、医務室で寝ることになるなんて最悪だ! マーリンの髭!
「先生、僕も行きます。コーディに食べさせてあげようと思って、お菓子を取ってあるんです」
「私も行きます。話したいことがいっぱいあるんです!」
「……あー、じゃあ、僕も」
ハリーたちが真剣な顔をしてマクゴナガル先生に訴えたので、マクゴナガル先生は渋々三人が着いてくることを許した。
すごく嬉しい気持ちなのに、コーディの心はなぜか、少しだけ曇った。
_____お互いに飼い慣らし合ってしまったら、少し泣いてしまうかもしれないんだ……。*3
原作ではハリーとロンが良かれと思って女子トイレにトロールを封じ込めるんですが、映画版の方(なんか勝手に女子トイレに入ってきた)を採用しました。
また、ハーマイオニーが「私が捕まえようとしたんです……」と言わなかったため減点されていません。