「新しい先生は誰になるんだろう。きっとまたろくな奴じゃないぞ。スネイプじゃなきゃいいけど」
談話室の暖炉に手をかざしながらロンが言った。十二月のホグワーツは極寒で、外は白い雪に覆われている。
あの事件の後、四階の廊下の封鎖は解除された。学期途中だというのにクィレル先生が退職したということに生徒たちは驚いたが、今は新しい先生が誰かという話題で持ち切りだった。
ハリーが何も言わなかったので、ロンもハーマイオニーもクィレル先生が一連の事件の真犯人だということは知らない。二人は、「廊下が使えるようになって城も無事ということは、宝は元あった場所に返されたのだろう」という結論にたどり着いたようだった。
「スネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の担当になってしまったら、今度は魔法薬学の先生を探さなくっちゃいけなくなるから、ないと思うわ。それで、あなたたち、クリスマス休暇はどうするの?」
「私は家に帰るよ。用事があるからね」
「僕はもちろんホグワーツ。クリスマスにあの家に帰るなんて、考えただけでゾッとするし、あっちもそうだろうから」
「僕もホグワーツさ。ママとパパがルーマニアに旅行する事になったんだ」
ハリーはホグワーツに残るのが自分一人ではないと知って安心したようだった。一方、コーディはニヤリと笑ってロンに話しかけた。
「マーリンの髭! 君ん家、そんなお金あったんだ」
「そういう君はマルフォイとクリスマスパーティーでもするのかい? そりゃもう、トロールとお手手繋いでお散歩するくらい楽しいだろうよ」
ロンはコーディを避けるのをやめたので、コーディも前のように接することにした。
まだコーディを疑っているはずなのに、どういう心境の変化なんだろう。いくらコーディに問題があるとはいえ、嫌ってみたり避けてみたり絡んでみたり、情緒が不安定なやつだ。
ハリーたちとの別れを惜しみつつ、コーディとハーマイオニーはホグワーツ特急に向かった。
特急の前にはなんと、ドラコが一人で待ち構えていた。しかし、コーディの隣にはハーマイオニーがいる。この二人が一緒のコンパートメントで仲良くおしゃべりなんて不可能だ。スネイプがハリーに加点するとか、ネビルがクィディッチ選手になるより有り得ない。
「私、ラベンダーたちと同じコンパートメントに乗るわ。___あなたたち、
ハーマイオニーがそう言ったので、コーディはドラコと同じコンパートメントに乗ることになった。
ドラコは肘をついて窓の外を眺め、コーディの方を見ようとはしない。一ヶ月以上も口をきいていなかったから、少し気まずい。
「____そういえば、ポッターたちとつるむことが品位を下げると言ったけど」
「ああ、うん」
「君もグリフィンドールに入った以上立場があるのは仕方がないことだ。父上も君がグリフィンドールに入った事を残念がってはいたが、怒ってはいなかった。まあ、せいぜい学校生活を楽しむといい。話は済んだから、グレンジャーの元へでもあのポッターの元へでも、どこへでも行けばいい」
____拗ねている。
いつもなら「父上に言い付けるぞ!」だとか「父上がいなきゃ君なんてただの文無しだろう?」だとか「僕の父上のお金で食べる夕食はさぞ美味しいだろうね」だとか「あれ、床に金貨が落ちてるぞ。這いつくばって拾わなくていいのかい?」とかいう怒り方をするくせに、冷静で落ち着いて見えるぶん、かなり怒っている。
マルフォイ家での夕食が気まずくなるのは勘弁して欲しい。せっかくのクリスマス休暇だっていうのに。
「ドーラーコー! わーん!」
「うわっ、なんだ、やめろ!」
コーディは勢い良くドラコに飛びかかった。
「お見舞いに来てくれなかったよね? 私が倒れてるって言うのに……なんで倒れてたか知ってる? ドラコには無視されるし、ロンからは毎日嫌味を言われるし、グリフィンドール生の友達だって出来やしない! マダム・ポンフリーから、心労だって言われた」
コーディの狙い通り、ドラコは少し罪悪感を抱いたようだった。しかし、怒りが根深いのかまたツンとそっぽを向いてしまう。
「誕生日プレゼントのお礼だって、本当は言いに行きたかったんだよ。でも、先輩たちに呪いをかけられて、トイレに籠ってたら今度はトロールが……」
「呪いに……トロール!? 生徒がトロールと戦ったって噂は本当だったのか!」
拗ね続けるのも限界になったのか、ドラコはようやくコーディの方を向いた。青白い肌をほんのりピンクに染めて、怒っているようだ。
ドラコは感じが悪いし、わがままだけど、やっぱり優しい。その純粋さをずっと失わないでいて欲しい。
「許せない……。あの老いぼれ、生徒の命を危険に晒して……父上に言いつけてやる! 三頭犬の話もすれば、きっとホグワーツに監査を入れられる、ああ、でも証拠が無い!」
「ドラコって優しいよね」
「勘違いするな。ホグワーツの将来を憂いているんだ。それと、別に、僕はポッターとつるむことを勧めてる訳じゃない。ただ____僕はマルフォイ家の次期当主だから、冷静な判断を下しただけだ」
「はいはい」
列車の外の景色が、どんどん遠ざかっていく。こうして騒がしくしていると、少しだけ、クィレル先生のことを忘れられるような気がした。
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
「ただいま、ドビー。会いたかったよ!」
自室の扉を開けると、ドビーがそう言って出迎えてくれた。部屋はとびきりカラフルに飾り付けられている。クリスマス仕様だ。特に、天井から垂れ下がっているたくさんのギラギラした星なんて最高だ。コーディはドビーのセンスが結構好きだ。
クリスマス休暇のはじまりは最高だった。ドビーの美味しい料理を食べ、一緒に自転車に乗る練習をした。
クリスマス・イブの日、ドラコは「パーティーなんて煩わしい。まあ、これも名家の責務だからね。ああ、君には分からないか」とかなんとか言っていて、どうやら大変だったらしいが、コーディの方は気ままに過ごしていた。
しかし、クリスマス当日の朝は最悪だった。ハーマイオニーから自転車の補助輪が届いたこと以外は。
「____お嬢様、ザビニ様と付き添いのウィリアムソン様がおいでになりました……」
よりによってクリスマスの朝にやってくるなんて
「
「ええ、とっても!」
チョコレートのような美しい肌をした妖艶な美貌の魔女がコーディに親しげな笑みを見せる。ヴェネナタ・ザビニだ。
「この前、シャフィク様のお家で高級な茶葉を頂いたの。それを飲みながらお話しましょう。……あら、いいのよドビー! 私がやるから、あなたはお休みしててちょうだい」
長髪をポニーテールにし、派手な赤いローブを纏った男____闇祓いのウィリアムソンがヴェネナタを熱っぽい瞳で見つめている。大した家柄でもなく、財力も無い彼ではヴェネナタの次の夫は務まらないだろう。
「ホグワーツはどうだった? 虐められたりはしなかったかしら?」
「あれ、息子さんから聞いてないんですか?」
「____私はそんなスパイみたいな事はしないわよ! もう! ほら、美味しいわよ、飲んで」
コーディはヴェネナタに微笑み、紅茶を飲むふりをして捨てた。
「わあ、すっごく美味しいです! これ! ____正直、ホグワーツでは少しだけ虐められたりもしました。呪いをかけられたり……。でも、先生が庇ってくださったし、友達も出来たので平気です」
「ああ、貴方が二日間も医務室に入院したと
「私のことを心配してくれる大人って、ヴェネナタさんくらい」
コーディが目元を拭うふりをすると、ヴェネナタが白いハンカチを差し出した。隣に座っているウィリアムソンはそれをまるで尊い光景であるかのように見ている。
「それで…………コーディア、私になにか秘密はないかしら?」ヴェネナタの美しい紫色の瞳が蛇のように光った。
「ああ…………でも……」
「何、言ってご覧なさい」
「____恥ずかしいなあ! 私、その……実は、ディーンっていう男の子のことが気になってるんですけど、彼、マグル生まれだから……」
コーディが恥ずかしそうな顔でそう言うと、ヴェネナタはほんの一瞬あからさまに失望した顔をしたが、その後はコーディの架空の恋愛話に親身に相談に乗った。
ウィリアムソンは目を潤ませながらその様子を見ている。多分、可哀想な少女と心優しい女性の美しい交流に見えているんだろう。まったく、おめでたい奴め。出世は出来なさそうだ。
「___コーディ、パーティの準備に……ああすまない、ミス・ザビニ。
「いえいえ、こちらこそ! 今日はクリスマスだっていうのに、配慮が足りなかったわ。私、コーディアの事を家族のように思っているものだから」
「相変わらずお優しい。君にとっては魔法族全員が家族のようなものだろう……」
ヴェネナタはルシウスさんととても
ヴェネナタ・ザビニはコーディのカウンセラーだ。ホグワーツに入学する前は月に一度、入学後は休暇の度に彼女と面談する義務がある。
母の死後、本来であればコーディは闇祓いの監視の下生活するはずだったし、実際母が死ぬまでは闇祓いとコーディの三人暮らしだった。しかし、ルシウスさんがそれをひどい人権侵害だと訴えた。闇祓いがコーディを口実に、マルフォイ邸の調査をすることを恐れたのだろう。
ヴェネナタ・ザビニ___いや、当時はヴェネナタ・キケロだったか____はそこにするりと入ってきた。
「コンコーディア・ロウルは哀れな戦災孤児です! 彼女に必要なのは監視よりも寧ろ、
祖父だか祖母だかがマグル生まれだという彼女はマグルの世界にある“心理カウンセラー”という概念を持ち込み、それはあっという間に上流の魔法使いたちの間に浸透していった。どこかきな臭い、というルシウスさんの予想通り、ヴェネナタは面談の度にコーディに真実薬を盛っている。
ルシウスさんに覚えさせられた匂いだ。
「コーディ、
「いや、いつも通り。真実薬を盛って、大好きとか味方よとか言うだけですよ」
「そうか、なら良い____このまま我が家に来るかね? ナルシッサが君の顔を見たくてうずうずしているのでね」
「いえ、ほんの少──し用事を済ませてから。私もナルシッサさんにすぐに会いたいから、超特急で頑張ります」
ルシウスさんが暖炉から帰った後、コーディはドビーを呼んだ。ドビーは気遣わしそうな目をコーディに向けている、ドビーはルシウスさんもヴェネナタも好きではないのだ。
「ねえドビー、お願いがあるんだ。ぎゅって、してくれないかな」
実は、クリスマスにマルフォイ邸に招かれるのは今回が初めてだった。コーディは家族ではないから、一緒に夕食を食べたり、プレゼントを渡されるのはいつも二十六日だった。
「ドラコがどうしてもコーディと一緒が良いって言うんですもの」
「は、母上! ご冗談を……ハハハ」
「でもね、実は私もこうするのが一番だと思っていたの。ああ、本当、シャルを思い出すわ」
ルシウスさんたちからのクリスマスプレゼントは、蛇を催したシルバーのブレスレットだった。
父が母にプレゼントした物らしいが、闇の呪いの疑いをかけられて、つい最近まで魔法省に管理されていたのをルシウスさんが取り返してきたらしい。
「それで、学校生活はどうだったかね? グリフィンドールでの暮らしは」
「あ、あー……」
「いやいや、全く怒っているわけではないんだ。もちろんドラコと一緒でないのは残念だったが____実はソーフィンは組み分け困難者でね。グリフィンドールと迷われたと本人が言っていたよ」
ルシウスさんたちは時々両親の事を話してくれるけど、いつもなんだか不思議な感じがする。母のことはそれなりに覚えていたけど、父のことは____コーディが三歳になるまで逃亡していて、その間に何度か会った事もあるみたいだけど、何も覚えていない。
ルシウスさんの話に出てくる父は、“イカれた死喰い人”というよりただの明るくて快活な青年のようだった。
「そういえば、ドラコから手紙をもらったのだが、今年のホグワーツは随分危険だったようだね。
ルシウスさんはさっきのヴェネナタと同じ目をしていた。
「ええと……確かに、そうですね。三頭犬はいましたけど……でも、もう証拠はありませんよ」
JKローリング曰く、
「そのような感情は家族や親しい友人といった限られた人以外には表に出すべきではないと、慎重に諭されていた」「ドラコの振る舞いの多くは、父親を模倣したものだった」そうです。
だから内心ブチ切れていても頑張ればかなり冷静に振る舞える説。