マグル学のすゝめ   作:バナナ牛乳

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第二章
第十四話 不穏な夏休み


 

 聖マンゴ魔法疾患傷害病院。

 外の空気とは真反対に、病院の中は魔法が効いていてとても涼しい。涼しいというより、もはや寒い。患者を殺してしまうつもりなんだろうか。カーディガンを着てきて正解だった。

 受付の魔女は気だるそうに「予約はされてますか」と言ったが、コーディの後ろにいるルシウスさんを見るなり慌てて「申し訳ございません! ヤヌス・シッキー病棟のユーフェミア・ロウルさまにご面会ですね!」と言ってコーディを案内した。ルシウスさんが聖マンゴに多額の寄付をしているおかげだ。

 ____この世は金が全てってか? マーリンの髭だね、まったく。

 

「ユーフィおばさん」コーディは優しく声をかけた。

 ユーフィおばさんはVIPの病室にいるが、その価値は全く理解出来ていないようだった。もっとも、この病棟にいる患者の大半は似たような状態だが。

 髪はコーディや父と同じキャラメル色で、父と同じ青色の瞳は虚ろだ。腕は折れそうなほど細い。

 ベッドの傍らには鳥かごが置いてあって、その中には不吉だと言われている鳥が入っている。コーディは勉強熱心な方ではないので、もちろん名前を知らない。ハーマイオニーに訊けば分かるだろうが、特に興味は無い。

 しかし、この鳥は誰かからのプレゼントだろうか? 叔母の面会に来る人なんて、私以外に誰がいるんだろう。もちろん、仇討ちに来たい人ならたくさんいるだろうけど。

 

「ホグワーツでね、三頭犬に会ったんだよ。それからトロールを倒しちゃった____まあ、やったのはロンだけどね。マーリンの髭だよね」

 

 コーディはソファに座って語りかけるが、ユーフィおばさんは一向にこちらを向こうとしない。ユーフィおばさんは良くなったり悪くなったりの繰り返しだ。

 もう少し前はずーっと寝たきりで、時折酷い痙攣を起こしてうわ言を言うくらいだったから、大人しく鳥を撫でている今の状況はだいぶマシだ。たとえ、コーディの方を見向きもしなくても。

 

「おばさん、ハグリッドがね」コーディが続きを話そうとすると、ユーフィおばさんはゆっくりとコーディの方を向いた。そして、絶叫した。

 

「デルフィーニ!!! あなたは、あなたは…………ここに居てはいけない…………存在してはいけない! 生まれてはいけなかった……」

 

 コーディを誰かと勘違いしているようだ。癒者が駆けつけ、「ああ、最近は少し落ち着いていたのに」と言ってユーフィおばさんを魔法で動けなくさせ、鎮静薬を飲ませた。コーディは病室を出ていった_____きっと、また発作だろう。あの言葉は本心じゃないし、本心だとしてそれがなんだと言うんだ。

 廊下で息を整えていると、「コーディ?」と声をかけられた。

 

「ネビル、久しぶりだね」

「ばあちゃん、この子はね……」

「どのツラを下げてここにいる! この、この……」

 

 隣にいるのはネビルの祖母だろう。闇を憎む人だ、コーディ____いや、ソーフィン・ロウルを憎むのも仕方がない。コーディは会釈をして通り過ぎようとした。しかし、ネビルに腕を掴まれた。振り払えるほどの控えめさで。

 

「ばあちゃん。僕、学年末にみんなの前で点数をもらったって言ったでしょ?」

「ええ。きっと、あの二人が聞いたら誇りに思うでしょう! お前は自慢の孫だよ!」

「……コーディのおかげなんだ。だから、ちょっと一緒に行くところがあるんだ」

 

 ネビルの両親は死喰い人によって拷問され、廃人になった。ユーフィおばさんに面会に行った時、度々ネビルと祖母を見かけた。ネビルが泣いているのを見たこともある。

 死喰い人はネビルから暖かい家庭を奪ったのに、ネビルはコーディを憎んでいない。ネビルのことを情けないと思ったりもしたけど、今は違う。どうしてそんなに良い子なんだろう。やっぱり、おばあちゃんから愛されてきたから? 

 

「ハ、ハハ、マーリンの髭だね! 君、本当変だよ」

「臆病よりも変の方がマシだよ。多分ね。____あのね、コーディ、この病室にいるんだ…………クィレル先生が」

 

 ネビルはたった一年でとても成長したらしかった。丸い顔もぽっちゃりした体型も変わらない。でも、何故かたくましく見える。

 

「君とクィレル先生が、“ホグワーツ自転車同好会”? のメンバーだったって聞いたことがあるんだ」

 

 病室に入ると、確かにそこにはクィレル先生がいた。もうターバンは巻いていなくて、髪も少し生えている。中途半端な髪型で、ちょっと間抜けだ。

 

「先生、私…………」

 

 何を言えば良いか分からなかった。何を言うべきなのか。

 クィレル先生の頬にはほんのり赤みがさしている。もう少ししたら起き上がりそうだ。そうなら良いのに。

 

「ネビル、出よう。お祖母さんが心配しちゃうよ」コーディの声は明らかに震えていたけど、ネビルは何も言わなかった。

 

 

 家に帰るとドビーが出迎えてくれた。

 コーディはドビーの事が好きだ。屋敷しもべ妖精____マグルほどではないけど、とても優れた生き物だと思う____だからじゃなくて、()()()()()()好きなんだ。

 

「お嬢様の大好きなグラタンでございます! それから、お部屋には星をたくさん! ああ、食べ終わったら、自転車に乗りましょう!」

 

 ドビーはやけに多弁だった。ユーフィおばさんに面会に行った後はいつもそうだ。

 コーディは「本当、君って最高だよ」と笑った。ドビーはとても優しくて、少し変わっている。()()()()()

 

 夏休みに入ってから、ハリーから手紙は一通も届いていない。まあ、彼の家庭事情を考えると仕方ないだろう。

 ロンからも届いていない。当たり前だ。

 しかし、ハーマイオニーから届かないのはおかしい。マグルの道具や文化に関してたくさんの質問を送ったのに、まーったく返事が来ないのだ。

 ジョージからも、クリスマス休暇みたいな悪趣味ないたずらグッズは届いていない。____いや、それは別にどうだっていいけど。

 もしかしたら嫌われたのかもしれないと思ったが、何か妙だ。

 最初はあの女___ヴェネナタの仕業だろうと思った。しかし、ドビーに愚痴を言うと、おかしなほど慌て始めたのだ。

 

「ドビー、私、君がいてすごく幸せだよ。ずーっと一緒にいたいな」

「そんな! ドビーこそ、お嬢様の事が大好きでございます___なら、今年はホグワーツには行かれないのですか?」

 

 おまけに、事ある毎にこれだ。マルフォイ邸にコーディの忘れ物を取りに行って以来。

 

 恐らく理由はルシウスさんだろう。

 クリスマスの夕食の時、ルシウスさんはホグワーツの“おぞましい動物”について尋ねた。そして「最早ホグワーツは世界一安全とは言えない……監査を入れる必要がある」と言った。

 ダンブルドア失脚のために何か目論んでいるのだ、ダンブルドア(とハリー)を素晴らしい魔法使いだと崇めるドビーが不安に感じるのも無理はない。

 だが、ドビーに出来ることと言えばせいぜい級友からの手紙を妨害したり、「ホグワーツに行くよりもドビーと自転車に乗って遊びませんか?」とか「ホグワーツに行かないなら、ドビーが“コロコロ”を取ってきて差し上げます! マウンテンバイクにロードバイクも!」と言うくらいだ。うーん、いつの間にそんな汚いやり方を覚えたんだ? 

 _____まあ何にせよ、今年のホグワーツもきっと()()()()()に違いない。三頭犬にトロール、今度はアクロマンチュラでも出るんじゃないか? 

 

 

「まったく、母上は病気にでもかかったのか……」

 

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で、ドラコがナルシッサさんを見ながらため息をついた。ただでさえ、ボージン・アンド・バークスで何も買ってもらえなかった上に、本屋に来てみれば母親がチャラ男に熱狂しているのだ。ため息をつくのも仕方がない。

 

「まあ、ハンサムではあるよね」

「君もか!」

「まあでも、ハリソン・フォードには負けるよね」

「誰なんだそれは」

 

 ロックハートの顔はどう見たって整っていると思う。ただ、ああいういかにもなナルシストはコーディの好みじゃない。もっと儚げで、闇を抱えていそうな人の方が好きだ。あと、ザ・スミスのファンとか。

 ただ、“魔法界と非魔法界のハーモニー”が理想であると言っていたところは素晴らしいと思うし_____パパに似ているから、どちらかといえば好きだ。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは?」突然、ロックハートが言った。_____夏休みって二ヶ月もあるのに、なんで二年連続でダイアゴンでハリーと出くわすんだろう。ハリーとドラコは運命の赤い糸で結ばれているに違いない。

 案の定、ドラコは気に食わない顔をした。

 ロックハートはハリーとツーショットを撮り、著書をプレゼントした後、衝撃的な発表をした。

 

「この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、闇の魔術に対する防衛術の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

 ナルシッサさんは力いっぱい拍手した。目に薄ら感激の涙が浮かんでいる位がするが、見間違いだと信じたい。ルシウスさんがやれやれと溜息をつき、ドラコは「まだマッド-アイの方がマシだ」と呟いたが、コーディはそうは思わなかった。

 ロックハート先生の著書は全て面白いし、何より、やっぱり、“魔法界と非魔法界のハーモニー”! 新学期を迎えたら、これの話を聞きに行こう。

 

 ハリーがロックハート先生から解放されると、ドラコは早速揶揄いに行った。コーディは少し離れたところにいたが(巻き込まれるのはゴメンだった)、ハリーが駆け寄ってきた。「コーディ、久しぶり!」

 ドラコはハリーに嫌味を言っているが、完全に無視されてしまっている。ハリーの後ろには赤毛の大家族____ウィーズリー家がいる、ハーマイオニーとその両親も。

 

「あら、お友達?」とモリー・ウィーズリーが尋ねた。コーディとハリーが口ごもっていると、代わりにジョージが答えた。

 

「コーディって子。グリフィンドールなんだ。なあ、ロン」

「ああ」

「あらあら、息子たちと仲良くしてくれてありがとう」

 

 続けてハーマイオニーがやって来た。「やっぱり、手紙は届いていなかったの?」

 

「やっぱりって?」

「あのね、ハリーの方も____」

 

 ここでルシウスさんが登場した。最悪のタイミングだ。

 

「これはこれはこれは、アーサー・ウィーズリー」

「ルシウス……」

「お役所はお忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査を……勿論、残業代は当然払ってもらっているのでしょうな」

 

 ルシウスさんは恐らくウィーズリー家の末っ子であろう赤毛の女の子の大鍋に手を突っ込み、ボロボロの教科書を引っ張り出した。

 

「なんと、まともに給料も支払われていないのにわざわざ魔法界の面汚しになると!」

「魔法界の面汚しがどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだが」

 

 ____まったく、なんて似た者親子なんだ。

 二人の軽い口論は乱闘にまで発展し、ルシウスさんはウィーズリー氏の胸ぐらにつかみかかっている。純血を誇るなら杖を使えば良いのに、とコーディは思った。

 ロンとドラコはそれぞれ自分の父親に声援を送っている。コーディは尊敬するアーサー・ウィーズリー氏と何年も一緒に過ごしてきたルシウスさん、どちらを応援すれば良いのか迷った末、結局ルシウスさんを応援する事にした。

 

「パパ行け! 鳩尾に食らわしちまえ!」

「ルシウスさん、喧嘩する時は股間を狙うんですよ!」

「父上に向かってなんてことを言うんだ!」

 

 しかし、ハグリッドがやって来て二人の喧嘩をあっという間に制圧してしまったので、ルシウスさんはウィーズリー家の末っ子に体当たりして去って行ってしまった。ドラコとナルシッサさんがそれに続く。

 

「大丈夫?」そう言って手を差し伸べると、末っ子はコーディを睨みつけ、その手を払い除けた。何もしてないし、正体もバレていなさそうなのに、なんでもう嫌われているんだろう? 

 

「もう! ジニーったら……きちんと言って聞かせなくちゃ。ああ、ごめんなさいね。良かったら今度、あなたも遊びに来てちょうだい。せまい家ですけれど」

 

 モリー・ウィーズリーはコーディの手を握って微笑むと、ジニーを追いかけて行った。コーディはまるで、メドゥーサでも見たかのように固まってしまった。____正体を知らないから優しくしてくれるんだ。だって私は____

 

「大丈夫?」ハリーが声をかけてきたので、コーディは我に返った。なんだか、少し会わないうちに随分と背が伸びたみたいだ。

 

「これ、君の? そこに落ちてたよ」

 

 ハリーが何か、古びた黒いノートを持っている。うーん、家にそんな物があったような気がしなくもない。すごく慌てて準備したから、カバンに紛れ込んでしまったのかな。

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