第一話 必要なもの
「あーあ、ホグワーツになんて行きたくないや」
ゆるくウェーブがかったキャラメル色の髪に、キラキラ輝くハチミツ色の丸くて大きな瞳。肌は雪のように白くて、顔のパーツは全て丸みがかっている。とびきりの美少女とは言えないが、可憐で愛らしく、“お嬢様”という言葉が似合う女の子だ。
だがしかし、コンコーディア・ロウルの性格は決して見た目通りではなかった。
「こら、そんなこと言うんじゃない。それになんだ、早くその耳当てを外せ。マルフォイ家に養ってもらっている文無しのくせして、この僕に恥をかかせるのか?」
「耳当てじゃないったら、ヘッドホンだよ」
「そんな事はどうでもいい。外すんだ」
「嫌だね」
「外せったら! おい、こら!」
ヘッドホンをしてダイアゴン横丁を歩きながら、「ホグワーツに行きたくない」だなんてとんでもないことを言うコーディを、幼なじみのドラコ・マルフォイが追いかける。
一ヶ月後のホグワーツ魔法魔術学校の始業式に向けて、二人は一緒にダイアゴン横丁に買い物に来ていて、マダム・マルキンの洋裁店に制服の採寸をしに向かっているのだ。
ルシウスさんは
それにしても、あんなお店の何が楽しいんだろう。コーディは、あのお店に“自転車”より面白いものがあるとは思えなかった。“自転車”は箒よりもよっぽど乗るのが難しい。
____あれが空を飛んだら、きっと素敵だろうなあ。
「何をぼうっとしてるんだ、着いたぞ」
コーディが空飛ぶ自転車に思いを馳せていると、あっという間に洋裁店についた。ドラコが偉そうに名乗ると、マダム・マルキンは急いで二人を中に通した。
巻尺に採寸されながら、コーディは「ホグワーツって、制服のセンスは割と良いな」などと考えていた。ちょっとだけマグルの学校の制服と似ている。
「____これから二人を引っ張って競技用の箒を見に行くんだ。一年生が自分の箒を持っちゃいけないなんて、意味がわからないね……」
カーテン越しにドラコの気取った声が聞こえてきた。どうやら、早速お友達候補を見つけたらしい。
一方、相槌を打つ声は酷く退屈そうだったので、コーディは顔も知らないその子にとても同情した。いきなりドラコの自慢話を聞かされるなんて、可哀想に。
「終わりましたよ」と魔女が言った。コーディはドラコの方に突撃するか悩んで、結局突撃してやる事にした。このまま放っておくと、何かとても失礼なことを言いかねない。
「ドラコ、もう友達を見つけたんだね」
「ああ、もう終わったのか。……こちらは僕の幼なじみのコーディだ。そういえば君の名前を聞いてなかったね。というか、両親はどちらに?」
男の子が一瞬言葉に詰まった。全く、初対面でよくここまで嫌な感じを出せるものだとコーディは呆れた。ドラコはもう少しコミュニケーションについて学んだ方が良い。
それより、男の子の服装! コーディの予想が正しければ、きっとこの子はマグル生まれだ。
「今年のトレンドはオーバーサイズなんだね。君はどこから来たの? ロンドン? ____あっ、そういえば『羊たちの沈黙』は見た? すごく面白いって雑誌に書いてあったから気になってるんだ」
「コーディ、またマグルの雑誌なんて見たのか!? 次やったら父上に言いつけると言っただろう! ___それより、君、話の続きは?」
男の子は目をキラキラさせるコーディと、それを叱りつけるドラコを交互に見た後、ドラコに先に返事をする方が簡単だと思ったようだった。
「両親は死んだよ」
「おや、ごめんなさい。でも、君の両親も僕らと同族なんだろう?」
「魔法使いと魔女だよ。そういう意味で聞いてるんなら」
「私と同じだね。ママも、パパも(社会的には完全に)死んでるし」
コーディがそう言うと、男の子はすごく安心したようだった。
「僕の名前はハリー。それから、あの映画は子どもひとりじゃ観ちゃいけないみたい。あとこの服はトレンドじゃなくて、従弟のおさがりだよ」
子ども一人で見ちゃいけない映画か。そういえばジョニーも「これは君が見るにはまだ早い!」って言って本を隠してた事があったっけ。どんな話なんだろうか。
すると、マダム・マルキンが「さあ、終わりましたよ。マルフォイお坊ちゃま」と言ったので、ドラコは「じゃ、ホグワーツでまた会おう。たぶんね」と言って店を出ていった。
「ホグワーツの皆があんなに嫌な奴ってわけじゃないんだよ。それに、ドラコも感じは悪いけど酷い奴ってわけじゃない」
「本当に? 僕、魔法のことなんて何も知らないから、すごく心配なんだ____きっと一番の劣等生だよ」
そう言うハリーはすごく可哀想に見えた。
親が死んでこんなボロボロの服を着せられている上、魔法界に来てみたらあんな感じ悪い奴に話しかけられるなんて。
コーディは自分よりかわいそうな子を見るのは初めてだったので、ハリーの手を握って励ました。
「大丈夫、マグル生まれの子なんてたくさんいるって。でも怖いのは分かるよ、私もそうだし。…………そんな時何が一番役に立つと思う?」
「____なんだろう。勇気とか、知識とか、何か魔法とか?」
真剣に考えるハリーを見て、コーディはクスッと笑った。
「いいや、ロックだ! 君は魔法界という未知の場所に向かう弱者なんだ。そんな時必要なのはロックンロール! 独善的で閉鎖的なイギリス魔法界、虚飾や陰謀の渦巻く____」
コーディは必死に語ったが、ハリーは特に音楽を聞かないのでよく分からなかった。バーノンおじさんはつまらないニュースが、ペチュニアおばさんはお決まりの恋愛ドラマが、ダドリーは子供向けアニメが好きだった。
「だから君にこれをあげる、ウォークマン! ヘッドホンをして爆音でレッド・ツェッペリンを聴くと本当、“マーリンの髭! ”って感じ。私は古い方が好みだったからもういらないんだ」
ドラコが洋裁店の扉を開けて「コーディ、まだか!」と言ったので、コーディは急いでハリーに手を振って店を出た。
____本当は新しいウォークマンも気に入っていたし(というか、マグルの道具ならなんでも好きだ)、結構頑張って手に入れたのだけど、ドラコが酷いことを言ったお詫びだ。
「まったく、得体も知れない奴と話し込むなんて! あいつ、家名を言わなかった。きっとろくな生まれじゃない」
ドラコはグチグチと文句を言った。まあ確かにハリーはお金持ちではないだろう、とコーディも同意した。さすがに、毛玉だらけのボロ着がトレンドなんて有り得ないだろうし。
「コーディ、ペットショップに行かないか? どうせ友達なんて出来やしないんだから、猫か何か買うべきだと思うよ」
ドラコがそんなことを言うので、コーディはすねを蹴り飛ばそうとしたが、素早く逃げられてしまった。さすが、しょっちゅう箒に乗っているだけあって反射神経が良い。
ルシウスさんとナルシッサさんは既にオリバンダー杖店に到着していた。息子の記念すべき瞬間を絶対に見過ごしたくなかったらしい。
杖を選ぶのは、勿論ドラコが先だ。
ドラコは一本目と二本目の杖で店を散々グチャグチャにした後、三本目の杖に選ばれた。サンザシの木に、芯はユニコーンの毛だという。____そういえば、ユニコーンの毛は闇の魔術に最も感化されにくいんだったか。
ルシウスさんは少しだけ複雑そうな顔をしたあと、ドラコの記念すべき瞬間を写真に収めていた。ナルシッサさんはドラコの成長に感動しているのか涙ぐんでいる。まったく、何だかんだ親バカだ。
オリバンダー老は続いてコーディに杖腕を尋ね、巻尺で何やら測った後、ひとつの箱を取り出した。
「ではまず___そうですな、この杖はきっとあなたに相応しいでしょう。リンボク、芯はドラゴンの心臓の琴線、二十九センチ」
どうかこの杖が自分を選びませんように。
リンボクの杖を持つ闇の魔法使いは多いと聞いたことがあったし、ドラゴンの心臓の琴線が闇の魔術に感化されやすい芯材だというのも有名だった。
軽く杖を振ると、棚に乱雑に突っ込まれていた杖の箱がオリバンダー老の頭に直撃した。ドラコの時とは全然違うので、これが正しいのかはよく分からない。
「見事じゃ。一本目から自身の杖と出会うことが出来るとは……。実に不思議じゃ、リンボクの杖は非常に珍しいが、あなたの父上も同じ杖を使っておった____」
「えっ……本当にこれが私の杖?」
コーディは思わず聞き返した。よりによって最悪なのを渡してくるなんて。この爺さんは耄碌してるんじゃないか?
そもそも、コーディはしょっちゅう亡くなった母の杖を使っていたので、新しい杖を買う必要があるとは思わなかった。
何より、やっぱり闇の魔法使い向きすぎて気に入らない。
「この杖は貴方と様々な困難辛苦を乗り越え、真の絆を築くじゃろう……」
さっきまでオリバンダー老に心の中でありったけの呪詛を唱えていたが、コーディはあっさり思い直した。“真の絆”って、すごくいい響きだ。
店を出た後、ドラコがなんだかモジモジとしていたので「トイレに行きたいの?」と尋ねると顔を真っ赤にして「違う!」と怒鳴られてしまった。今更恥ずかしがることじゃないのに。
「あの、父上。____良かったら、コーディも一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
ドラコのその言葉にコーディは驚いた。
コーディは今まで写真を撮られたことがほとんど無かった。赤ん坊の頃に父が撮った写真が数枚残っているだけだ。
それに、写真はあんまり好きじゃない。
美人じゃないし、写真を見返して思い出を懐かしむ感覚はよく分からない。何より、コーディの写真を撮りたがる人なんていないから、どういう顔をして映ればいいのか分からない。ルシウスさんだって、せっかくの息子の晴れ舞台を汚したくはないに違いない。
コーディは慌てて断ろうとしたが、ルシウスさんは顔色一つ変えずに「ああ。忘れていたよ」と言ってカメラを構えた。ナルシッサさんは「コーディ、素敵ね」と微笑んでくれた。
きっと今、自分は酷く間抜けな顔をしているに違いない。