あれ以来、トムはずっとコーディの心の中にいる。もちろん、手帳を肌身離さず持ち歩いていなくちゃいけないけど、いちいち書く必要が無くなったのでとても楽だ。
「コーディ、また顔色が悪いよ」コーディの皿にソーセージを盛りながらハリーが言った。夢の中でもトムと話しているし、更には箒に乗ったりもしているから、疲れているように見えるんだろう。
「そうかな?」コーディは盛られたソーセージにフォークを突き立てながらこてんと小首を傾げた_____いや、コーディではない。トムだ。
「そうだよ。またあの……変な……」
「ファンクラブ?」
「…………その、
ハリーがそう言い、ロンは気まずそうに目玉焼きを丸呑みしたが、コーディはあまり困っていなかった。ロンがジニーを叱ってくれたおかげか、ファンクラブからの襲撃は前より遥かにマシになったのだ。
「誤解されるのは嫌じゃないよ」
____トム、気持ち悪いよ。マーリンの髭を吐き出しそうなんだけど。
____フン、これだからお子様は。
「え?」とハリーが言い、ロンとハーマイオニーも驚いたような顔をしているにも関わらず、
「それに、何かあってもハリーが守ってくれるじゃない」
「なんて素敵なの。ハリーとロックハート先生の夢の共演だわ!」
闇の魔術に対する防衛術の授業は更に酷いものになっていた。ロックハートは実技を完全に諦め、自分の著書の名場面を再現することに心血を注いでいる。敵役や被害者役には毎回ハリーが指名されていて、今回はシルバニアの田舎っぺだ。
「オラ、お喋りが止まんねえだ。ペチャクチャペチャクチャ……」ハリーが不満を隠そうともせずに棒読みで言った。とんでもなく間抜けなことをさせられている友人を見て「夢の共演だわ!」なんて喜べるハーマイオニーは、何か大事なものが欠けているのかもしれない。主に男を見る目とか。
ハリーともハーマイオニーともロンとも話せなくなってしまったので(ロンは教科書を枕にして眠りこけているだけだけど)、コーディは闇の魔術に対する防衛術の時間はいつもディーンと話している。ちなみにハーマイオニーはたいてい、ラベンダーと一緒にロックハートに歓声を上げている。
「マーリンの髭! ウィンター・ソルジャーの正体はバッキーだったの!?」
「そうなんだ! 実はバッキーは死んでなくて、ソ連に洗脳されちゃってたんだよ」
「最低だ! どうしてそんな事をするんだ!」
バッキーがキャプテン・アメリカの敵になってしまったなんて、そんなの残酷すぎる。親友を倒さなくちゃいけないキャプテンも辛いだろうけど、バッキーが自分の過ちに気づいた時のことを思うと、本当に辛い。
前の席に座っているシェーマスは涙目になりながら、その後二人がどうなるのかを尋ねている。
____ディーンって面白い子だね。
____そうなんだよ。もっと早く仲良くなれてたら良かったのに。
____そうだね。ディーンが君の悪口を言ったりしなければ、もっと仲良くなれてたと思うけど。
「ミスター・トーマス。私の人気に嫉妬して、キャプテン? ナントカ? なんていうホラ話を話すのは感心しませんね」
ロックハートがそう言ってウインクをしたので、ディーンは吐く真似をした。「どうせあいつのだってホラ話のくせに」
今や、ハーマイオニーや一部の女子生徒以外は、ロックハートの話の半分くらいは嘘だと確信していた。もちろん、立派なことをしたのは本当だろうけど、きっと何倍にも盛っているんだろう。
それにしても、キャプテン・アメリカの話ってロックハートの物語の何倍も面白い。マグルって、物語を作るのが本当に上手だ。
「君は本当にマグルのことが好きなんだね」
キャプテン・アメリカと闘って勝利を収めたトムが少し息を荒らげながら言った。あくまでコーディのイメージのキャプテンだからあまり強くないのかもしれない。今度、ディーンにコミックを貸してもらおう。
「トムには悪いけど、そうだね。あんなに素晴らしい物、魔法使いには作れないから」
コーディはこの頃、トムに遠慮してマグルの話をやめることをしなくなった。トムに辛い記憶があるのは分かるけど、マグルの事を全て拒否してしまうのはあまりにも悲しい。
「悲しいよ。僕のことを理解してくれたと思っていた。友達だと」
キャプテンから奪い取ったヴィブラニウムの盾をクルクルと回しながら、トムが悲しげな顔をした。友達だからこそ、マグルの素晴らしさを理解して欲しいと思っているのに。
「マグルは野蛮で恐ろしいし、醜い心を持っている」
「そんな事ないよ、だって____」
「ああ、彼? ほんの少ししか一緒にいなかったのに何が分かるんだい。それに、彼の母親は酷い人だったんだろう。彼の父親は? 彼を捨てて……」
「トム!」
コーディは初めてトムに怒鳴った。そもそも、誰かに怒鳴るなんていつぶりだろう?
「君と友達になりたいんだよ。僕のことを____もっと知って欲しいんだ」
トムが泣きそうな顔でそう言った瞬間、周りの景色が変わった。自転車も箒も無いし、扇風機も飛び出す絵本も無くなってしまった。トムもキャプテン・アメリカもいない。
_____ここはどこなんだろう? とても古びているし、あまり清潔そうじゃない。見慣れないものが沢山ある! マグルの家なのかな? これは……
玩具を拾おうとした瞬間、背中に鈍い痛みが走った。「泥棒!」、意地悪そうな顔をした少年が笑っている。
「失礼だね。そんなこと言ってると、夜中にボガートが出るんだよ」
コーディはそう言ったが、少年は無視した。「泥棒って、犯罪者だろ? 罰を与えないと」_____少年がそう言うと、同い年くらいの子供たちが集まってきた。ここは学校なんだろうか? でも、先生の姿が見えない。
「イタッ! 君」ボールを投げつけられたが、犯人が誰なのかは分からなかった。他の子達も次々に何かを投げつけてくるし、少年たちがコーディに飛びかかって殴ってきたからだ。誰かの蹴りが鳩尾にクリーンヒットした。しかし、攻撃は止まない。
「またおもちゃを盗んだのね、夕飯は抜き! それから、反省部屋に入ってなさい」
背の高い、幻覚そうな女性がそう言ってコーディを部屋に閉じ込めた。____反省部屋? そんなの初めて聞いた。
その部屋はとても汚く、狭く、よく見ると…………足元にゴキブリや何か分からない虫が沢山いる。
「虐待ですよ!」とコーディはドアをどんどんと叩いたが、誰も扉を開けに来ない。ゴキブリが足を這っている____これが本当のゴキブリホイホイだって? 冗談はやめてよ、マーリンの髭。ほんとに、やめてよ……こんなの……
「貴方はこの子を押さえつけてて! 動かしちゃダメ」
「この子の為ですもの____きっと悪魔が……」
何故か大人が三人がかりになってコーディを拘束している。「熱ッ!」目隠しをされているので何も見えないが、腕になにかとても熱い物を当てられたのが分かる。なんでこの人はこんな事をするんだろう? それに、悪魔って?
「今年のホグワーツは寒いなんて言ったけど、これはさすがにホットすぎるよ」
「_____なんでこんなに水をかけるんですか? ホットすぎるって言ったけど、今度は冷たす……」
コーディが何か言っても、誰も返事をしない。殴られ、蹴られ、太腿を虫が這いまわり、焼きごてを押し当てられ、水の中に顔をつけられても、誰も助けてくれない。
そのうちコーディは気付いた。これはトムの記憶なんだと。
それから悪夢は毎日続いた。トムが見せているのか、コーディが勝手に見ているのかは分からない。そのうち眠るのが怖くなり、そしてとうとう起きている間にも何か見えたり聞こえるようになっていた。
____チリン。自転車のベルの音が聞こえて、コーディはびくんと肩を震わせた。
「どうかした?」ディーンが心配そうな表情で尋ねた。ハリーも奇声を上げているが(今回は風邪をひいた雪男の役なのだ)、心配そうにこちらを見ている。
「別に大丈夫」とコーディは答えたが、本当は大丈夫なんかじゃなかった。少し前、夢の中で自転車に乗った少年たちに追いかけ回されたのを思い出したのだ。いいや、自転車なんてあるわけない___だってここはホグワーツなんだから。護りの魔法のおかげで、マグルは入って来られない。そう思うと急に安心して、コーディは眠ってしまった。
コーディはいつものように少年たちから逃げていた。今回は何をされるんだろう。蜂は嫌だ、轢かれるのも嫌だ、それならまだ、殴られた方がマシだ。大人たちも見て見ぬふりをするなんて最低だ____なんで、こんな……どうして誰も
僕のママは? パパは? どうして僕を置いて死んじゃったの、こんな酷いところに一人なんて嫌だ。
「元々はあなたがおかしなことをしたのが悪いんでしょう!」孤児院の職員がそう言って、扉をピシャリと閉めた……ああ、ゴキブリホイホイは嫌だ……。
愛して欲しい。どうして、僕じゃダメなの?
愛して欲しい。どうして、
虫たちが消え、コーディがほっと一安心した瞬間、今度はユーフィおばさんが現れた。
「あなたは生まれてはいけなかった!」
おばさんはルシウスさんに姿を変え、「君が家族? 思い上がりも甚だしい……」と言い、ルシウスさんはドラコに姿を変えた。
「近寄るな。君なんかとこの僕が、友達になれるわけないだろう」
ドラコがジョージに姿を変える。
「君のパパ、僕のおじさんを殺したんだ。最低だ」
ジョージがハリーに姿を変える。
「君と僕は違う。君は永遠に独りだ」
ハリーがクィレル先生に姿を変える。
「君のせいだ____私はカンザスに、もう、永遠に帰れない……」
そして最後にジョニーが現れた。
「君と出会わなければ、僕はずっと幸せだったのに」
コーディは床に思い切り倒れ込んだ。ここがどこなのか、自分の意識があるのかもよく分からない。誰かが「大丈夫か?」と必死に揺すっていて、他の誰かも「コーディ、返事をして!」と言っている。誰かが、誰か、誰か……。
「おやまあ! 僕のチャーミングスマイルに、ミス・ロウルがやられてしまったようだ____ハンサムも楽じゃないんです……」
「先生!」ハリーがロックハートに向かって叫んだ。こんな奴のおべんちゃらを聞いている暇は無いんだ、早く医務室に運ばないと____これはただの風邪なんかじゃない。きっと、すごくストレスが溜まってるんだ。
ハリーはコーディをおぶり、教室のドアを勢いよく開けた。ロックハートが何か言ってるが、知ったこっちゃない。
「ファンレターの返事でも何でもやってやる!」
____僕が助けに来たよ。だって、友達だから。僕はもう、君を絶対に一人にしない。
ハリーだ。黒髪の青年が立っていて、辺りいっぱいに草原が広がっている。そしてその隣には自転車があったが___コーディは乗る気にはなれなかった。ベルの音を聞きたくないし、タイヤを見るのも嫌だ。
コーディが躊躇していると、それはパッと箒に変わり、ハリーが振り向いた____いや、ハリーじゃない。ハリーの目はこんなに真っ黒じゃないし、こんなに冷たい顔つきじゃない。
トムだ。
「僕らは友達だろう? 自転車なんかより、一緒に箒に乗ろう」
それからしばらくすると、コーディはすっかり元気になったが、マダム・ポンフリーは外出を許してはくれなかったので、絶命日パーティーに向かうハリーたちを見送る事しか出来なかった____さらば友よ。君たちの勇姿を忘れない。
ハリーは絶命日パーティーに行くのが相当嫌だったのか、「コーディに付き添う」と言って聞かなかったが、マダム・ポンフリーに追い出されてしまった。
さあ、もう一眠りしよう、トムに会いに……。
「ねえトム、私ったら、何をしてるんだろう?」
「何って、僕のために鶏を絞め殺してくれてるんだろう?」
「そうだった。後で焼き鳥にしちゃおうか」
「ねえトム、ここはどこ?」
「秘密の部屋だよ。君と僕で、素晴らしいショーを始めるのさ」
「そっか、すごく楽しみ」
「ねえトム、今から何をするの?」
「何って、僕らのために、あの穢らわしいスクイブの飼い猫を始末するんだろう?」
「そうだった……でも本当にやらなくちゃダメ? 私、フィルチは嫌いだけど猫は好きなんだよね。犬の方が好きだけどさ」
「僕と君は友達だろう?」
なんだかとてもフワフワしていて、良い気持ちだ。
鶏を絞め殺すのが、あんなに楽しいだなんて! どうして今まで我慢して来たんだろうか?
「それじゃあ早く帰らないとね」
「そうだね、医務室に戻らないと」
コーディは医務室に向かって歩いた。ローブにはペンキがべっとりと着いている。
もうほとんど意識なんてないのに、コーディは鼻歌を歌い、スキップしながら医務室に向かう。
____Oh, please don't drop me home
Because it's not my home, it's their home
And I'm welcome no more……
おかしな歌だ。どこで聴いたんだっけ、忘れちゃった。
なんでだろう、すごく愛おしいな。
ああ、すごくすごく眠い……今日は疲れたから。
「ようクール、ハロウィーンのイタズラと誕生日のお祝いに……」
どうして、ずっと医務室にいたはずのクールのローブに真っ赤なペンキが着いてるんだ? それに鶏の羽はなんだ? 何かいたずらでもしたのか?
「なあ、おい。いたずらするなら俺に言えよな」
クールは返事をしない、完全に眠ってしまっている。口は半分開いていて、頬は薔薇のように色づいている。ジョージは思わず笑った。なんて面白い顔なんだ、あのハリーファンの一年生からカメラを借りてこようか。
それにしても、もうすっかり元気になったみたいだ。ここ最近ずっとおかしかったから___いや、常にちょっと変だけど、そういうのじゃなくて___心配していたけど、ちょっとタチの悪い風邪を引いただけだろう。ロックハートって、本当に大災害だもんな。
ジョージは持ってきたお菓子を傍らのテーブルに置いて、医務室を出た。____医務室を出て廊下を歩いていると、人だかりが出来ていた。
「よう相棒。なあ、見ろよ。とびっきり悪趣味な落書きだ、イタズラにも限度ってモンがあるって思わないか?」
「ああ、こりゃイタズラってより嫌がらせだな」
「まさか、ミセス・ノリスを石にしちまうなんてな。しかも、ダンブルドアもどうにも出来ないと来た。犯人はきっと、フィルチに罰則を食らったことがある奴に違いない」
いつものように軽口を叩く。それにしたって、“秘密の部屋”だなんて。冗談にしてもセンスが悪すぎる_____なんだっけ、あのイカれた寮のイカれた創設者が作ったイカれた部屋だったっけ? いや、ちょっと待て。さっき、フレッドはなんて……。
「ミセス・ノリスを石に?」
「ああ。そこまでやっちまったら冗談にならないぜ、まったく」
クールの服に着いてたのと同じ、真っ赤なペンキ。
それだけならまだ良い、秘密の部屋なんてジョークはセンスが無さすぎてガッカリだが、でも別に良い。
ミセス・ノリスを石にしてしまうなんて_____!
ジョージは医務室に走った。あいつはやってない、絶対にやってない、なにかの誤解だ。きっと俺の勘違いだ。
でも、死喰い人の娘だから絶対に疑われて、下手したらアズカバンに入れられちまう。猫が石になったくらいでも、死喰い人の娘だから、きっとお偉いさんたちはクールをアズカバンに入れるべきだと言うに違いない。
そうなったら、あの
ジョージは急いでベッドのカーテンを開けた。
クールのローブをとびきりカラフルにお絵描きしてやった後、椅子に座ってかぼちゃパイを食べる。いたずら完了!
何事も無かったように、いつものように、ヘラヘラ笑って誤魔化してやれば済む話だ。
「ジョージ・ウィーズリー! 一体いつからそこに!」
寮監としてお見舞いに来たのだろうか、マクゴナガルがコーディのベッドのカーテンを開け、ジョージを見るなり厳しい顔で怒鳴りつけた。
「いつからって、もうずーっと。こんなにイカしたローブが、一瞬で出来上がるなんて! そんなわけないじゃないですか!」
____ギデオン! フェビアン!
違う。違う。違うんだ、ママ!
クールの父親はクソ野郎だけど、クールはそんな奴じゃない。
化け物のかぼちゃヅラにされたって怒らないような奴だ。
ドスドス歩きながらマグル差別に憤慨するような奴だ。
あんなにキラキラした笑顔で自転車の話をして、マグルの事で揶揄ったら丸い頬をフグみたいに膨らませて怒るような、そんな奴なんだ……。
ジョージが引っ張られて行った後、コーディは起き上がり、マクゴナガルによってすっかり綺麗になったローブを見つめた。
_____こんなに面白いことがあるなんて。ローブをスコージファイするのを後回しにして正解だった。
コーディの口角が上がる。しかし、その顔に浮かんだのはいつもの人懐こそうな笑みではなかった。
これのせいで一応残酷な描写タグをつけています。
この前お気に入りが444になってて嬉しかったです!シリアスを書くのは本当に苦手ですが頑張ります!