マグル学のすゝめ   作:バナナ牛乳

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第二十一話 闇の魔術に対する防衛術

 

「コーディ、何だっていいんだ____どんな些細なことでも」

 

「秘密の部屋は開かれたり」と書かれた彼の壁の前で、ハリーがそう言った。ハーマイオニーは天井や壁を調べ、ロンはフィルチが来ないかと見張っている。

 三人は最近、熱心に継承者探しをしていて、ハリーはドラコが犯人だと決め付けている。何も言わないハーマイオニーもきっとそう思っているに違いない。怖いはずなのに、ドラコと親しいコーディを気遣っているのだ。

 

 ドラコの方はそんなことも露知らず、今日も呑気に大広間を闊歩していた。さっきなんてジニーに「調子はどうだい? 継承者さん」なんて言ったために大声で怒鳴られ、情けなく萎縮してしまっていた。

 

「ごめん、本当に何も分からないんだよね。ほら、私って鈍いタイプだからさ」

「まあ、それはそうかもしれないけど……」

 

 ____目の前に犯人がいるのに気づかないなんて。こんなのでどうやって闇の帝王を倒せたんだ? 

 ____トムって友達いなかったでしょ? だからそうやってネチネチネチネチ学生の青春の邪魔をするんだ。

 

 肩を落とすハリーを見て、コーディは小さくため息をついた。

 そんな二人とは正反対に、トムの声はとても弾んでいる。こんなにも腹が立つのに、コーディはトムを憎みきれなかった。

 トムが孤児院で受けてきた酷い仕打ちを見たからというだけではない。今や重大な秘密や罪悪感を抱えるコーディが唯一気兼ねなく話せる相手はトムだけなのだ。皮肉なことに、トムがいるおかげでコーディは孤独ではない。

 

 それに、結局誰も死んでいない。それに、最近のトムはずいぶん穏やかだし、体を乗っ取る“当番制”のルールだって決めた。それに……コーディは心の中でいくつもの言い訳を並び立てた。

 

「ねえ、コーディ。僕は」

 

 ハリーは真剣な顔でコーディの目を見つめ、なにか言おうとしている。コーディは思わず目を逸らした。ハリーの瞳の美しさを、コーディはもう知ってしまっている。

 耐えられずに目を閉じると、頭の上にポンと手が置かれた。こんな事をするのは一人しかいない。

 

「よう、少年探偵団。クールは借りてくぜ」

「ちょっと待ってよジョージ、今大事な話をしてるんだ」

「そりゃスネイプの呼び出しより上か? クール、魔法薬学のレポートを白紙で出したんだってな。あいつカンカンだぞ」

 

 ジョージはハリーを制し、何か言いたげなロンとハーマイオニーに手を振って、コーディを引っ張って行った。助かったけど、どうしてジョージがこんなことをするのか分からない。

 

 ジョージはしばらくコーディを引っ張って行った後、人気の無い廊下で立ち止まった。

 

「私、いくら何でもレポートを白紙で提出するなんてしないよ」

 

 コーディがそう言うと、ジョージは顔の前で手を合わせ、小さく舌を出した。手を合わせてはいるが、悪いなんて微塵も思っていないに違いない。

 

「いやー、ちょっと手伝って欲しくてさ。スネイプの部屋からちーっと材料をくすねたいんだ」

「フレッドは?」

「あー…………アイツ、彼女が出来たみたいなんだよ。それであんまり付き合ってくれなくてさ。頼むよ」

 

 ジョージが眉を下げ、小さくなって両手を擦り合わせながら頼むが、コーディは首を横に振った。ロックハートの部屋を糞爆弾を仕掛けるのと違って、リスクが大きすぎる。

 

「それって最高! ジョージって、本当に面白い。いいよ、一緒に行こう」

 

 しかし、コーディ(トム)は快諾した。クスクス笑いながらジョージの胸を叩いている。女の子らしく笑って頬を染める自分を見ていると、マーリンの髭が鼻から出てきそうだ。

 

 ____あのさ、君が何をしたいのか全く分からなかったけど、同性愛者だったんだ。もちろん差別意識はないよ……ただ、ハリーとジョージって系統が違うから驚いちゃって。トムって節操がないんだね。

 ____違う! 君のことを好きな悪趣味な少年を揶揄って楽しんでいるだけだ。

 ____ジョージはそんなんじゃないよ。トム、恋人いた事ないでしょ? 恋愛ってもっと複雑なんだ。

 ____恋人なんて僕には必要ないさ、みんな僕より格下なんだから……いいさ、君の体はしばらく返さない。僕とジョージがイチャつくのを見てればいい。恋愛なんて簡単さ。

 ____ウゲー、気持ち悪! 

 

 コーディ(トム)がジョージに「ところで、ジョージには彼女はいないの?」とか気持ちの悪いセリフを言うのを、コーディは冷ややかな目で見つめた(いま、コーディの目はトムの物だが)。とてつもなく危険な闇の道具で、生きていれば六十歳を超えるおじいさんなのに、トムはまるでただの少年のように見える。

 

 

「ハリーがあいつを叩き落としちまえば、きっと全部丸く収まって平和になるさ」

 

 競技場に並ぶ選手たちを見ながらロンが言った。ハーマイオニーはやれやれと首を振り、ネビルは「そんなことしたら大怪我しちゃうよ!」と慌てて言った。

 

 レイブンクローやハッフルパフの観客席からも、グリフィンドールを応援する声が聞こえる。どうやら皆、スリザリンが敗北するのを見たくてたまらないらしい。

 スリザリンの日頃の行いが悪いからとはいえ、さすがに少し可哀想な気がする。____ドラコの初試合なのに。

 

「あれ? あのブラッジャー、おかしいぞ!」

 

 コーディがいつものように何も分からず空を見上げていると、ロンが騒ぎ始めた。ジョージ(たぶん)が打ち返したはずのブラッジャーが、向きを変えてまたハリーに突進したのだ。

 ジョージかフレッドが打ち返しても、何度も何度もハリーの頭に向かっていく。

 

「レダクト! ここからじゃダメみたい!」

「それ以前に試合妨害だよ、ハーマイオニー」

「あのブラッジャーこそ試合妨害さ! 僕も___」

「あなたはダメ。危ないもの」

 

 ブラッジャーがハリーだけを執拗に狙い続けるので、みんな気が気でなかった。ハーマイオニーは取り乱してブラッジャーを破壊しようとしているし、ネビルはぎゅっと目を閉じて祈っている。ロンは「またスネイプじゃないか?」と双眼鏡で観客席を見渡している。

 

 _____トム。もうブラッジャーの呪いを解いてよ。みんな怯えてるんだから、満足でしょ? 

 _____僕じゃない。驚いたな、ダンブルドアはあんなバカ球一つ管理できないらしい。僕がホグワーツを支配する日も近いようだ。

 

「スネイプは何もしてないみたいだ」ロンが双眼鏡でしばらく眺めてからそう言った。そういえば、スネイプの冤罪はもう一年も晴れていないんだった。

 ハリーは相変わらずブラッジャーに追いかけ回されている。

 

「コンフリンゴ!」

「ハーマイオニー、それじゃ逆に危ないよ」

 

 ____トム、あのブラッジャー壊せないの? 

 ____嫌だね。愉快だし。あっ、愛しのジョージ・ウィーズリーが活躍しているよ。試合が終わったら褒めてあげよう。

 ____分かった、トムはクィディッチの選手が好みなんだ。

 ____違う! もう許さないぞ! また悪夢を見せてやるからな! 

 ____ええ……もうお辞儀はコリゴリだよ。

 

 グリフィンドールチームはタイムアウトをとったが、それでもブラッジャーは交換されなかった。「マグルのスポーツならこんな事ないだろうに」とは思わなかった。最近、マグルの文化について考える事はもうほとんど無い。

 

「こんなのが真っ当なスポーツと言えるの!?」ハーマイオニーが怒鳴った。ブラッジャーがハリーの肘にぶつかったのだ。骨折しているだろう。

 しかし、次の瞬間ハリーはスニッチを獲得し、箒から転がり落ちた。ドラコが呆気にとられた顔をしているであろうことは、観客席からでも、見なくても分かる。

 地面に倒れ飲んだハリーに、大災害(ロックハート)が近づいている。

 

 ____トム、あいつを殺そう。次はあいつでいいよ。

 ____やだね。彼はマグル生まれじゃないし。

 

「ハーマイオニー、今こそ“レダクト”とか“コンフリンゴ”する時なんじゃなあないかな」

「何言ってるのよ、ロン。先生はハリーの腕を治そうとして……」

 

 三人はグラウンドに降りて行った。コーディは____ハリーの元に駆け寄るか迷い……行かなかった。ハリーの事は心配だけど、コーディには会わなければいけない相手がいる。

 

「ドラコ」コーディは、更衣室で一人ぽつんと座ったままのドラコに声をかけた。

 

「初試合の割に、よくやってたと思うよ」

「でも負けた! こっちの箒は全部ニンバス2001だったのに……」

 

 ドラコの綺麗なプラチナブロンドはすっかり乱れている。チームメイトたちが去った瞬間、悔しくてグシャグシャにしてしまったんだろう。

 

「まあでも、箒の質が全てってわけじゃ……」

「ああそうだね! グリフィンドールチームは純粋に才能で選ばれているんだから。そう言いたいんだろう?」

 

 こんなに怒っているドラコを見るのは久しぶりだった。幼い頃から箒に乗るのが得意だと自負していたドラコにとって、ハリーの方が先にクィディッチチームに入ったのは屈辱だっただろう。

「まぐれだ」と自分に言い聞かせてきたのが、完璧に負けてしまった今、ドラコの自尊心や自信、箒が好きだという純粋な気持ちは全て崩れてしまった。

 

「違うよ、ドラコだって実力はある。いっつも一緒に箒に乗ってたから分かるよ。ただ、ハリーってすごい選手でしょ? あのセドリック・ディゴリーだって勝てなかったんだから。反射神経が良いんだよ。それに」

 

 ハリーの箒に乗る時の姿勢、スニッチを見つける速さ、加速のすごさ、風に揺れる黒い髪、クィディッチについて話す時のキラキラした目____そんな事を思い出しながら話を続けようとすると、ドラコが「もうやめてくれ!」と遮った。

 

「僕はずっと我慢してきた! 君がマグルの道具の話をするのも、あんな奴らと仲良くするのも! なぜか分かるか?」

「さあね、優しいから?」

 

 ドラコは立ち上がり、手に持っていたユニフォームを放り投げた。

 

「君が純血だから! でも、君の価値なんてそれだけだ! バカで惨めな君も、血を裏切るウィーズリーも、穢れた血のグレンジャーも、あの愚かなポッターも、みんな継承者に殺されてしまえばいいんだ!」

 

 いつも通りの幼稚な嫌味だと思った。ちょっとの間そっとしておいて、謝ったり話をそらせば元に戻れる。

 確かにコーディとドラコは友達じゃない。ルシウスさんから生活の援助を受けている以上、二人は対等ではない。でも、「殺されてしまえばいい」なんてドラコが思うはずがない。

 

 ____君はドラコ・マルフォイが本当に優しい人間だと思っているのか? 

 

 トムが悪魔のように囁く。耳馴染みの良い、程よい高さの甘い声だ。

 

 ____僕を君の荷物に紛れ込ませたのは彼の父なんだろう? それに、ドラコが練習の日になんて言ったのか君は忘れてしまったのか? 

 ____「今年のホグワーツは素晴らしいぞ。特にお前たちみたいな、穢れた血にとっては」

 ____そう、彼は何もかも知っていた。それに、いくらでも君の荷物に触れる機会があった……。彼は父親を慕っているんだろう? そして、君は家族でも何でもない存在だ。

 

「そっか。ドラコ、そうだったんだ」

 

 コーディはそう言って、スリザリンの更衣室を後にした。初めて話した時のこと、ウォークマンを見て「父上に言い付けるぞ!」と言ったのに黙ってくれていたこと、魔法力が目覚めた時に皆でお祝いをしたこと、マグルの薬局で買った歯磨き粉をチョコミントのお菓子だと騙して食べさせた時のこと_____ドラコの事を友達だなんて思ったことは一度もなかった。

 ドラコに嫌われたら生きていけなくなるから、ニコニコ笑って楽しく過ごしていただけだ。

 

 ____コーディ。僕は君のことが心配なんだ。僕と同じで、親がいなくて、孤独だから。君のことを本当に思っているのは僕だけだ。

 

 

 その日中、コーディは部屋から一歩も出なかった。ベッドのカーテンを閉め切って、ハーマイオニーの「マルフォイと何かあったの?」も、ラベンダーの「お菓子があるわよ」も、パーバティからの「疲れてるのね。ゆっくり休んでね」も全部無視した。

 トムはコーディをからかわなかった。_____こんな小さな優しさのせいで、コーディはトムを憎めない。なんてバカで惨めなんだろう。

 

「お嬢様! ドビーが……ドビーのせいにございます……ドビーは悪い子!」真夜中、コーディは耳元に響くキーキーとした声で目を覚ました。

 

「ド、ドビー!? ちょっと待って、君は悪い子じゃないから……それに、どうしてホグワーツにいるの」

「ドビーは、お嬢様を助けに参ったのでございます!」

 

 ____実に醜い生き物だ。

 

「ドビー、屋敷に戻って。私は元気だよ」

「ドビーには分かります! 今のお嬢様は、お嬢様ではございません……」

 

 ドビーは大きな瞳いっぱいに涙をためて、コーディを見つめた。小さな肩はワナワナと震えている。ドビーの主人はルシウスさんなのに、彼を裏切ってまでここにやって来てくれたんだ。

 

「ドビーめは、絶対にお嬢様を見捨てません!」

「ドビー、ありがとう。本当、嬉しくってマーリンの髭だよ。ねえ、少し散歩しない?」

 

 ドビーの優しさや勇敢さに感動する間もなく、コーディ(トム)の口が動いた。コーディ(トム)は透明マントを手に取って着ようとした後、床に投げ捨てた。そして、慣れた手つきで目くらまし呪文をかける。

 

 _____どういうつもり? ドビーはどうせ、大した事は出来ないよ。

 _____ホグワーツに姿あらわしできる生き物が大した事は出来ないだって? 君は『ホグワーツの歴史』を読んだことがないのか。嘆かわしいね。

 

「アバダケタブラ!」コーディ(トム)がそう唱えたが、ドビーは生きたままだったので、コーディはほっと胸を撫で下ろした。

 

「所詮純血ってだけの小娘の体じゃ、死の呪いまでは使えないのかな?」

「お嬢様、ドビーめはよく知っております! お嬢様はとてもお優しいお方なのです! あの方を思い出せば、きっと、戻ってくださるに違いないと思って……」

「あの方? ああ、あの貧相なマグルのガキか。ねえ、屋敷しもべ妖精にバジリスクの眼は効くのかな____」

 

 _____トム! トム、こんなの殺したってみんなビビらないよ! 

 

「それは僕が決めることだ」

 

 ドビーはずっとコーディの味方でいてくれた。最初、何も食べなかったコーディのために色々な料理を用意してくれた。ようやくコーディがご飯を食べるようになると大喜びした。

 マグルの道具について話すと、楽しそうに聞いてくれた。

 

 それなのに、コーディはドビーに何も返せない。

 

 排水管を奴が通る音が聞こえる。もうすぐ目の前にやって来る。____(トム)が指示を出しているから。

 

「ドビーめは、お嬢様の事が本当に大好きでございます」ドビーはそう言って、コーディに微笑んだ後、パチンと指を鳴らした。

 ドビーはゴンと音を立てて床に倒れた。幸いにも、死んではいないようだった。石になってしまっただけだ。

 

 _____ケッ、こんな虫ケラが素晴らしい守りの魔法を使えるなんて……。

 

 コーディは石になったドビーを見ても泣かなかった。もう、味方は誰もいなくなってしまった。部屋に帰るとトムはすっかり静かになった。ドビーを石にして、少し満足したのかもしれない。

 

 ベッドの脇に本が置いてある。エメラルド色の表紙に、タイトルは『オズの魔法使い』。どうしてこれがここにあるんだ? だって、これは家に置いてきたはずなのに。

 何故だか分からないが、コーディは読まなければならないという気持ちになり、本を開いた。

 

 読むのは初めてだが、ハリーから聞いたから内容は知っている。アメリカのカンザスから来た少女が竜巻のせいでオズという国に飛ばされ、カカシ、ブリキの木こり、臆病なライオンたちと共に悪い魔女を倒しに行くシンプルなストーリーだ。

 

 ページをめくり続けると、ライオンが魔法使いから“勇気”をもらうページに、小さな便箋が挟まっていた。何度も捨てようとしたかのようにくしゃくしゃだ。

 

 

ミス・ロウル。

私が君に教えられたことはほとんど無かったね。私は良い教師ではなかったから。君がこれを手にする頃、私はもうここにいないかもしれない。

もし君が(そんなことは無いと願いたいが)、とても恐ろしい闇に魅入られてしまったら……愛するものを思い出すんだ。

辛さや苦しみ、悲しみにばかり目を向けてはいけない。

君を照らしてくれるもの、君を信じてくれる人。闇はそういった感情にはとびきり弱い。愛に包まれたものとは、闇は共存出来ないんだ。

私はそれを知っていたのに何も出来なかった。これからまた君を傷つけてしまうんだろう。

これが私の、最初で最後の、闇の魔術に対する防衛術の授業だ。

 

追伸

空飛ぶ自転車を見たいなら『E.T』という映画を見ると良い。とても素晴らしいから。




この頃のトムにはまだ少しだけ子供らしさが残っているはずという願望×話し相手がコーディ×シリアスが嫌 でトムが割とふざけています。
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