かなり短めです。
ドラコは父が使っている教室の前に立っていた。一刻も早く入りたい、用を済ませてしまいたいのに恐怖で足がすくむ。
部屋に入り、父と話してしまえば、全て認める事になる。
父は“絶対”だった。常に冷静沈着で、賢く、狡猾で、抜け目なく、威厳があり、優雅で上品な貴族らしい人物。父より優れていて完璧な人物なんていないとすら思っていた。
そんな父がくだらないミスをして、自分のたった一人の友人を傷つけてしまったという事を、どう受け入れればいいのか分からなかった。
ここに来るまでのジョージ・ウィーズリーとグレンジャーの言葉を思い出す。
「なあ、父親が失敗したからって、お前までそうとは限らない。クールだって、ソーフィン・ロウルとは別の人間だ。俺たちはまだガキだぜ? いくらだって取り返しがつく」
「私、あなたのことは全く好きじゃないわ。今だって、本当は腹が立って仕方がないもの。でも、ダンブルドアがあなたには“素晴らしい友情”があるっておっしゃったから、きっとそうなんでしょう。私はあなたを信じているんじゃないわ、ダンブルドアを信じているのよ____だから、きっとあなたはコーディを救えるわ」
「それってつまり、こいつを信じてるってことじゃないのか?」
「ちょっと、事態をここまで悪化させたジョージ・ウィーズリー? なんですって?」
「君って本当にママにそっくりだよな。今初めてロンに同情したぜ」
「なんですって!?」
「おいおい、もしかしてこれが秘密の部屋の怪物ってやつじゃ……」
「ジョージ・ウィーズリー!」
____後半のは別に思い出さなくて良いやつだった。
今、自分にとって父が完璧かなんて事は重要じゃない。そんなのはいくらだって考える時間がある。僕には___あのダンブルドアの言葉を借りるのは癪だが、“素晴らしい友情”の力があるんだ。そして、これは僕にしかできないことだ。
「父上、入ってもよろしいですか?」ドラコは出来るだけ冷静に、落ち着いてそう言った。みだりに感情を出すものではないというのが父の教えだった。指先が小さく震えている。
「ああ」威厳ある声が聞こえた。
ドラコは静かに扉を開けた。父は椅子に座って紅茶を飲んでいる。
____大丈夫だ。何度も練習したじゃないか。
ドラコはジョージ・ウィーズリーやグレンジャーとの予行演習を思い出したが……ダメだ、ジョージ・ウィーズリーがふざけていた姿しか思い出せない。
最初に「お話があります」と言うんだっけ、手帳を出すんだっけ____クソ、どうしてジョージ・ウィーズリーは少しもまじめにできないんだ!
迷った末、ドラコは「少し手違いがありました」と言って手帳を机に置いた。
「手違いとは? 私はお前にジニー・ウィーズリーの監視を頼んだはずだが?」
父は失望していないだろうか。この期に及んで、そんなことが気になってしまう。
駄目だ、怯えを悟られちゃいけない。父がとても恐ろしいのは、自分が一番わかっているんだから。
「ええ。それが、おかしなことに____そもそもこの手帳はジニー・ウィーズリーの手に渡っていなかったんです」
その瞬間、父の目が丸く見開かれた。あれだけ感情を表に出すなといった父が、分かりやすく驚いている。
「何? そんなはずが……確かにあの時」
「父上は確かにジニー・ウィーズリーのカバンにこれを入れました。僕も見ていましたから、間違いないでしょう」
ドラコはだんだん、自分の気持ちが落ち着いていくのを感じた。____父が感情を出すなといったのは、これが理由だったのだ。感情を露わにすれば、相手を落ち着かせてしまうから。
「しかし、その後までは見ていなかった。あのチビが転んだとか何かで、この手帳はあのカバンから飛び出てしまった」
父は先ほどより冷静さを取り戻していたが、続きを聞きたくてたまらないのが伝わってくる。
「コーディはしばらく、あそこでポッターたちと話していたでしょう」
「まさか!」父は隠す余裕もないほどショックを受けていて、ドラコは少し安心した。____良かった。コーディのことを大事に思っているんだ。
「裏表紙を見てください。デカデカと“ソーフィン・ロウル”と書いてある」
「____では、生ける屍の水薬を飲んだのは……」父は額に手を当て、俯いた。
「ええ。僕が調べたところによると、コーディは聖マンゴに行くつもりだったようです。そこで、闇祓いに身体検査をされることを見越して……ただの古い手帳なら放っておかれるかもしれないから、わざわざ“ソーフィン・ロウル”と書いた」
父は額に手を当てたままだ。父が慌てている姿を見るのはいつぶりだろうか____もしかしたら、これが初めてかもしれない。
ドラコは拳をぎゅっと握った。ここまでは完璧だが、本番はここからだ。
「一連の事件は、全てコーディによるものです。だから皆石化しただけで、一人も死人が出なかった」
「そうか____まあ何にせよ、秘密の部屋は開かれ、アルバス・ダンブルドアはホグワーツを追われた。ウィーズリーを追い出せなかったのは悔やまれるが、手が無いというわけではない」
父はそう言って、手帳を取ろうとした。しかし、その前にドラコが手帳に手を置いた。
「何の真似だ、ドラコ」
「これをジニー・ウィーズリーに渡すつもりかと思いましてね」
____鼓動が早くなる。今から僕は、父を脅すんだ。
「それに何か問題が?」
「もちろん、いくつも。まず、またしても
父は馬鹿にするような口調に少し腹を立てたようで、ドラコは少し胸が痛んだ。
「次に、何らかの方法でジニー・ウィーズリーが一連の事件がコーディによるものだと知る可能性」
「そんな事はあり得ない」
「ええ。この手帳がコーディに渡ることもあり得ませんでしたね」
ドラコはもう、父の目を見る事は出来なかった。失望されているかもしれない、嫌われたかもしれない。余裕のある表情を装って、手帳に視線を移す。
「父上、僕の記憶を消そうとお考えなら……」
ドラコはもちろん、父がそんな事をするなんて思っていなかった。いや、そう信じたかった。しかし、グレンジャーが絶対に言うべきだと言ったセリフを仕方なく口にする。
「それはやめたほうがいいですよ。一連の事件の糸を引いていたのが誰か、屋敷の地下室に何が眠っているか、それがアーサー・ウィーズリーに伝わることになります。____僕の協力者が誰か、父上は絶対にわからないでしょうから、ホグワーツ中の生徒の記憶を消して回る羽目になりますね」
完璧だ。少し言い回しは変えたが、グレンジャーの考えたセリフを言い切った。
「ドラコ……今、お前は、私を脅したのか?」
父の少し尖った歯が剥き出しになった。
ドラコは「ええ」と言った。気を付けたが、その声は少し震えてしまっていたような気がした。父の手がドラコに向かって伸び____殴られるのではないかと怖くなり、ぎゅっと目を閉じた。もちろん、今まで殴られたことなんて一度も無い。
しかし、父は殴らなかった。その手が、ドラコの頭に優しく置かれる。
「素晴らしい。私がいない間に、ずいぶん大人になったようだな、ドラコ」
父はドラコを嫌っていなかった。失望してもいない。こんな状況なのに、ドラコの成長を喜んでくれている。
「心配しなくて良い。これはまた屋敷の地下室に持って帰る____これ以上事が起きれば、ホグワーツが閉鎖されかねない。事件が収束すればダンブルドアも戻って来ようが……まあ良い、ホグワーツに外部の手が入るという前例を作れた」
父はドラコの頭を撫でながらそう言った。大好きだったはずの父の微笑みは、今やとても恐ろしいものに思えた。
「それで、ドラコ。用事はもう済んだか?」
残念ながらまだだった。コーディを無罪にするには、父のコネが必要不可欠なのだ。
「父上に助力を求めたいことがあります」
「証拠の消し方か?」
やはり父には適わない。ドラコの考えそうな事なんてお見通しなのだ。
「はい。恐らく____被害者たちはみんな、コーディの顔を見てしまっています」
ディーン・トーマス、ジャスティン・フィンチ-フレッチリー、グリフィンドールのゴースト、それからホグワーツの屋敷しもべ妖精。
そいつらが一斉に「犯人はコーディだ」と言ってしまえば、すべてが水の泡だ。
「ふむ____実は最近、魔法省の職員から面白い話を聞いた。ドラコ、ギルデロイ・ロックハートがマーリン勲章の何等をもらっていたか、覚えているか?」
ドラコは思わずため息をつきそうになった。あのバカらしい小テストにくだらない寸劇。奴のことは少しも考えたくなかったが……父が言うんだから、何か意味があるんだろう。
「三等だった、と思います」
小テストに皮肉で“勲ゼロ等”と書いてしまったためにロックハートに皆の前で「マルフォイ君はずいぶん不勉強だ」と言われたのを思い出した。_____僕らの学費があんな奴の懐に入っているというのか?
違う、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「ドラコ、覚えておくといい。勲三等は“魔法界の知識や娯楽に貢献した者”に与えられる賞だ。奴の手柄が全て奴自身の物なら、勲二等を授与されていてもおかしくはないが……ところで、つい最近ダンブルドアの古い知人がある時期の記憶を完全に失ってしまったらしい」
ドラコは言葉を失った。父の言うことが本当なら、あの無能教師はただの無能教師というだけでなく、世紀の詐欺師ということになる。もしかして、ダンブルドアはあいつの詐欺のしっぽを掴むために採用したのか?
しかし、ダンブルドアの知人に忘却術をかけるなんて。今までそれを繰り返してバレなかったのなら、奴は本物の無能というわけではないのだろう。これで証拠隠滅のほうも完璧だ。あとは、コーディが目覚めるのを待つだけ_____いや、本当に完璧なのだろうか。
ダンブルドアが、ホグワーツで起きた事件の調査をやめるだろうか? しかも秘密の部屋事件はこれで二度目だ。もしダンブルドアが本気で調べてしまえば……。
「父上」
ドラコはまた口を開いた。ここからは完全にアドリブだ。グレンジャーが考えたセリフも、ジョージ・ウィーズリーとの予行演習も無い。
「____ボージン・アンド・バークスで買った品物を一つ頂きたいんです。いえ、ボージン・アンド・バークスでなくてもいい……いかにも“闇の魔術の道具”といった、人間の精神に影響を及ぼすようなものを」
コーディを救うためには、秘密の部屋事件を完全に終わらせる必要がある。
ルシウス・マルフォイの動かし方難しすぎる。食えない男。
「ダンブルドアの古い知人がある時期の記憶を-」のくだりは、
旧ポタモアのロックハートに関する“ダンブルドアはギルデロイ・ロックハートが生涯の功績を自分のものにした魔法使いのうち二人と知り合い”という箇所を参考にしています。