「____いつまで窓の外を眺めるつもりだい?」
「そっちこそ」
九月一日。
ホグワーツ特急が走り始めてしばらく経っても、コーディとドラコは窓の外の景色を眺めていた。
コーディはホグワーツに行きたくないし、マザコンのドラコはナルシッサさんと別れるのが心細いのだ。
ホグワーツは全然楽しみじゃないけど、キングス・クロス駅とホグワーツ特急は素敵だ。この通学方法を考えた人は素晴らしい人に違いない。
この特急はマグルのと同じ仕組みなんだろうか。それとも、魔法で走っているんだろうか。
ドラコはようやく心の準備が出来たのか、窓の外を見るのをやめてコーディに言った。
「もうそろそろ行こう。クラッブとゴイルに席を取らせてある」
「オーケー」
「なんで僕と反対方向に行こうとするんだ!」
「勿論ドラコと同じコンパートメントに乗りたくないからだよ。……もう、女の子にそんなこと言わせないでよ。照れるなあ」
「何処に照れるところがあるんだ! というか、なんで僕と同じコンパートメントに乗らないんだ。まさか友達がいるだなんて言わないだろう?」
コーディは苦笑いした。
理由はいくつかあるが、出来れば言いたくないものばかりだ。
まず、夏休み中ドラコの箒遊びに付き合わされたのでドラコの顔は見飽きてしまった。箒じゃなくて自転車に乗る練習がしたかったのに!
次に、コーディはクラッブとゴイルが苦手だ。それから、どうせやってくるであろうパンジー・パーキンソンも。
最後に、マグル生まれを探すためだ。何せコーディの父親はあの悪名高い死喰い人のソーフィン・ロウルなので、ホグワーツに入学する前にマグル生まれの子に好印象を植え付けておかなければならない。何より、マグル文化について知りたいし。
「……趣味と実益を兼ね備えた理由だよ」
「分かるように説明してくれ」
「うーん___あ、ハリーと乗る約束をしたんだ! 約束は破れないでしょ? じゃあ、ごめんね! ホグワーツで!」
コーディはまだ何か言いたげなドラコを置いて走って行った。文句なら入学後にたっぷり聞こう、どうせ二人ともスリザリンなのだから。
コンパートメントを見回すが、入れそうなコンパートメントはなかなか無かった。
____げっ、
なんてこった、父に恨みを持っていそうな人間が多すぎる。「ハーイ、相席してもいい?」なんて入った瞬間目の前が血に染まるのは避けたいのに。
「あっ、コーディ!」
「おっ、ハリー!」
言霊というやつだろうか。
ちょうど一人でコンパートメントに座っていたハリーが声をかけてくれたので、コーディは有難く相席させてもらった。
「ウォークマンありがとう。音楽、初めて聴くやつばっかりだった、マグルの世界で育ったのに……僕って知らない事ばっかりだ」
「ぜーんぜん。それよりさ、聞きたいことがあるんだけど」
扇風機と冷房の使い分けについての話を真剣に聞いていると、コンパートメントがノックされ、男の子が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「女の子と乗ってるからやめようと思ったんだけど……他はどこもいっぱいなんだ」
ハリーとコーディは顔を見合せて同時に頷いたので、男の子はハリーの隣に座った。何故か気まずそうに、チラリとハリーを見た後、ぷいと顔を背けた。コーディは「私とハリーが良い感じだ、とか思ってるのかな? もしそうならマーリンの髭だ」なんて呑気に考えていた。
「おいロン」
コンパートメントのドアがガラッと開いたので、そっちを見ると____「ジョニー?」コーディは一瞬そう言いそうになったが、勿論別人だった。ジョニーよりも幼くて明るい雰囲気だ。
「リー・ジョーダンがおっきいタランチュラを……おお」
「ロニー坊やったらもう女の子と相席かい?」
「こりゃママが腰を抜かすぜ」
「ミュリエルおばさんが怒り狂っちまうぞ」
「じゃあ俺たちはさっさと退散するよ。俺がグレッドで」
「俺がフォージさ」
「じゃあな」
「そんなんじゃないったら!」とロンは顔を髪の毛と同じくらい真っ赤にして怒鳴った。
すごく愉快そうな人達だったからホグワーツに入ったら仲良くしたいけど無理だろうな。ああいうタイプはどうせグリフィンドールだ。
「ごめんね、あいつらいつもああなんだ。それより____君、ほんとにハリー・ポッターなの?」
「えっ!?」
コーディは思わず立ち上がりそうになった。この可哀想でみすぼらしい少年があの英雄だって?
どうかロニー坊やの間違いであってくれ、とコーディは祈ったが、ハリーはこっくりと頷き、ロニー坊やに言われるまま傷跡を見せた。____なんてこった、最悪だ!
「マーリンの髭! なんで言ってくれなかったんだ!」
コーディがそう言うとハリーは「ごめん、自己紹介のタイミングを失っちゃって」と言った。
「あ、ほんとだ。そういえば君の名前を聞いてなかった。僕はロン・ウィーズリー、よろしく。さっきのは兄弟で、フレッドとジョージ」
コーディはもう一度「マーリンの髭!」と言いそうになった。こんなことなら、大人しくドラコに着いて行くんだった。
____逃げた方がいいんじゃないか? 本当は正体を知っていて、粛清しようとしているかもしれない。もしそうじゃなくても、いつ何がきっかけでバレるか分からない。何か適当な理由をつけて出て行った方が良い。
コーディは一瞬の間に色々考えたが、結局、自分の中の合理的な意見に逆らってこのコンパートメントに残ることにした。
「あー……コンコーディア。コーディって呼んで」
コーディは敢えて家名を言わなかったが、ハリーもロンも全く疑問に思わなかったらしい。ホグワーツに行けばすぐにバレてしまうけど、少しくらい楽しんだって許されるだろう。
「君らの親戚はみんな魔法使いなの?」
ハリーが不安そうに聞いた。ロンは勿論「ああ……うん、そうだと思う。違うのはママのはとこくらいかな」と答えた。
「私は、ほらパパもママもアレだから……他の親戚のことはよく知らないかな」
「あっ、そうなんだ。てっきり、すごい良い家の子なんだと思ってた」
「全然だよ。それより、さっきの冷房の話なんだけど」
「冷……房? なんだい、それ。君たち、もしかしてもう勉強とかしてるのかい?」
「違うよ、マグルの道具の話をしてたんだ。コーディってば、会った時からその話ばっかりなんだよ____」
それから三人は大いに盛り上がった。ハリーの親戚のマグルの酷さには涙が止まらなかったし(勿論これは誇張表現だ)、ロンの父親のアーサー・ウィーズリー氏があの“マグル製品使用法”を作ったと知った時なんて、マーリンの髭が止まらなかった。あの法律の抜け穴には大いに助けられている。
「コーディはパパと話が合いそうだ。夏休み、うちに遊びにおいでよ。ここだけの話だけど、空飛ぶオンボロ車があるんだ」
「なんだって!? マーリンの髭! 私の家にも今自転車があって、空を飛ばせようと思ってたんだ。もしかして、君のパパなら____」
コーディはあの自転車が空を飛ぶ様子を考えてうっとりした。
だけど、夏休みにロンの家に行くのは絶対に無理だろう。
「車内販売よ。なにか要りませんか?」
ハリーは気前よくお金を払って、たくさんの種類のお菓子を少しづつ買った。さすがポッター家だが、コーディ___いや、ルシウスさんのお小遣いだって負けてない。
コーディはポケットの中でこっそり硬貨を数えた。あと二倍買ったって、上級生にカツアゲされた時用の蓄え分は残っている。
「おばさん、全部ちょうだい!」
「コーディ、君って最高だ!」ロンが拍手しながら言った。
二人は育ちだかりの男の子だけあって、お菓子の箱を次々空にしていく。ハリーは魔法界のお菓子が新鮮なようで、百味ビーンズすら有り難そうに食べている。
「ねえロン、そのコンビーフサンドもらってもいい?」
「勿論。僕、コンビーフって苦手なんだ」
コーディはロンのママが作ったというコンビーフサンドを食べた。そんなに美味しくはないけど、愛情に溢れた味だ。
____いいなあ。こういうの。
「そういえば、ハリーはどの曲が一番好きだった?」
「うーん、王道だろうけど、レッド・ツェッペリンの『Immigrant Song』かなあ。なんかおかしいけど、“今ならダドリーを倒せるかも”って思えた。コーディは?」
「えー……フフ、秘密!」
列車の旅は楽しく、時間はあっという間に過ぎていった。
途中ロングボトムがやってきたり(コーディはこの時慌てて顔を隠した。もしかしたらバレるかもしれないと思ったからだ)、マグル生まれの偉そうな女の子がやってきたりした以外は平和だった。
しかし、平和な時間とは長く続かないものだ。
「ほんとかい? このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話で_____コーディ?」
「……私のことは居ないものとして話を進めて。どうぞ」
「じゃ、遠慮なく。君がハリー・ポッターなのかい?」
コーディは出来るだけ存在感を消してドラコ達の様子を伺っていたが、その必要はなかった。
ロンが“マルフォイ”という言葉を聞いた瞬間笑ったので、彼らはコーディそっちのけで喧嘩を始めたのだ。ロンのねずみがゴイルに噛み付いたので、この喧嘩はドラコ側の敗北に終わった。
そしてようやく、ロンはコーディの存在を思い出したのか、ほとんど怒鳴りつけるように尋ねた。
「コーディ、君、こいつの友達なのか!?」
「いや、なんというか、その、うーん…………私は色々あって生活の援助を受けている身で…………」
その回答はどうやらドラコのお気に召さなかったらしい。
「ああ、純血の名家同士親しいんでね。じゃあ行こうか、
ドラコが弩級の爆弾を放ち、クラッブがコーディの手をぐいぐいと引っ張ってコンパートメントを出ていった。くそ、力だけが取り柄のゴリラめ!
ロンは顎が外れそうなくらい口をポカンと開けている。まだ状況が飲み込めていないみたいだ。
「ドラコってほんと、マーリンの髭だよね」
「そりゃどうも」
「ちなみに、これは悪口の方の“マーリンの髭”だよ」