第二十八話の終わりより前から始まります。
「どういうつもり?」ポッターたちを追い出した後、グレンジャーが尋ねた。パンジーが混ざったその顔に浮かぶ怒りの表情は、お世辞にも可愛らしいとは言えない。
グレンジャーの計画では、ドラコはただ「何も知らない」と言うだけのはずだったのだ。
しかし、ドラコは父と交渉した時から、ずっとこうするつもりだった。
「別に僕の勝手だ。説明する義務なんか無い。それより、早くロックハートの所に行こう」
ドラコはグレンジャーを急かした。今からロックハートの所に行き、コーディたちに忘却術をかけてもらう予定だ。
「ええ、そうね。でもその前に____考えているうち、怪物に関して分かった事があるの。あなた、ディーン以外の襲撃の共通点が分かる?」
グレンジャーがドラコに質問した。「もちろん分かるわよね?」とでも言いたげだが、悔しいことにドラコは全く分からなかった。
感じが悪い管理人の飼い猫、ドビー、フィンチ-フレッチリーとゴースト……純血の魔法使い以外というのが共通点だが、それはディーン・トーマスも同じだ。いや、ゴーストは生前は純血の魔法使いだったか?
「全員夜なの。ミセス・ノリスは大広間でパーティーをしている時、ドビーは皆が寝静まった後、ジャスティンも消灯時間間近だったわ」
「バジリスクは夜行性なんじゃないか」
もちろん種類にもよるだろうが、昼間にいきいき活動する早起きの蛇なんて、あんまり想像できない。
グレンジャーが呆れたようにため息をついたので、ドラコは慌てて付け加えた。
「見られたら困るからだろう」
「そうね。それに、本来の獲物以外も殺してしまうかもしれないから、人が少ない夜中に襲撃していたんだと思うわ。ちなみに、移動方法はパイプよ。ミセス・ノリスの時、雨でもなかったのに水たまりがあったし、『ホグワーツの歴史』によればホグワーツは城中に太いパイプが……」
ドラコは得意げなグレンジャーに少しウンザリしつつも納得した。
確かに、スリザリンの継承者が純血のスリザリン生を石にするわけにはいかない。
「でも、ディーンだけは真昼だった。真昼なのに、絶対に見られたり、他の人を襲う危険性の低い状況_____つまり、ディーンが襲われた場所が、秘密の部屋のとっても近くだった。そう、三階の女子トイレよ!」
今度はドラコが呆れる番だった。グレンジャーの推理はとても筋が通っていたし、途中まではドラコもとても納得していた。しかし、その推理には致命的な欠陥があった。
「____つまり、君は、サラザール・スリザリンが女子トイレに秘密の部屋を作ったと言いたいんだな?」
これはどうしても聞き捨てならなかった。ドラコの知る限り、サラザール・スリザリンは男だ。教職に就いていた者が女子トイレに入り浸るだって?
「……まあ、何か事情があるはずよ。よく分からないけど」
ドラコは全く納得がいかなかったが、グレンジャーは続けた。
「根拠はそれだけじゃないわ。あなた、もちろん『理事会のお知らせ』は読んでいるわよね?」
そういえば、父が来てからそんな紙が廊下にたくさん貼られていた。
「ダンブルドアは以前も継承者を取り逃した無能教師だと……」
「そこじゃないわよ。以前、秘密の部屋が開かれた時の犠牲者はレイブンクロー生の女子生徒で、トイレで発見されたの」
ドラコからすれば、グリフィンドール生のグレンジャーが、ダンブルドアやあの森番を中傷する内容をきちんと読んでいたほうが驚きだった。
「それで?」
「もう、なんて鈍いの! レイブンクローの女子生徒よ、トイレにいる!」
「はあ?」
それでも分からないドラコに苛立ちながらグレンジャーが言った。
「三階の女子トイレがどうして不人気か分かる? 嘆きのマートルっていうゴーストがいるからよ!」
ドラコはようやく理解した。そして、「普通の男子生徒は女子トイレの事情になんて詳しくないぞ!」と顔をピンク色にして怒鳴った。
「僕は女子トイレになんか絶対に入らない!」とドラコは強く主張したが、グレンジャーは全く聞き入れなかった。
「わざわざ話を聞く必要なんてあるか? 場所も移動方法も分かったんだから、さっさと誰か先生にでも伝えれば良い。魔法省から何人か呼べば、今週中には倒せるだろう」
ホグワーツの教師はごく一部を除いて有能だし、魔法省には危険な魔法生物と戦う職員だって多くいる。もう自分たちのような子どもが動く必要は無いだろう。
それに……ドラコは女子トイレの床を眺めた。水浸しだ。_____どうして僕がこんな場所に! なんて屈辱なんだ! グレンジャーを説得して、一刻も早く出なければ。
「あなた、本当に大人たちを____お父様を信頼出来る?」
グレンジャーが真剣な眼差しでドラコに問いかけた。
少し前なら簡単に答えられる質問だったが、今はそうではなかった。
「大事になれば、ルシウス・マルフォイも勘づくわ。秘密の部屋を永遠に封じることを、彼が許すとは思えないの」
それはドラコが目を背けていた部分だった。
父は“人が死ぬこと”をなんとも思っていない。またいずれ、秘密の部屋は開かれるべきだと考えているだろう。
「でも、じゃあ、どうすれば……まさか、僕らだけで倒すなんて言うなよ。僕は怪物退治なんてごめんだ」
「そう言うと思ってたわ。いいわ、こういうのはグリフィンドール生の役目だもの。あなたはロックハート先生を訪ねて。私は……」
グレンジャーがそう言った瞬間、ポッター達が女子トイレに勢い良く入って来た。_____こいつらは女子トイレに入るっていうのに、なんの躊躇いも無いのか?
そして、ドラコはグレンジャーの考えに気づいた。
ポッターたちと一緒に、バジリスクを倒すつもりなのだ。いくら成績が良いからと言っても、まだたったの二年生なのに。
「_____そうだ! 僕が全部悪いんだ!」
ドラコはグレンジャーの話を遮り、頭を抱えて倒れ込んだ。
「ちょっと、起きてるんでしょ。____あなたって、本当に馬鹿ね」
「馬鹿だと!? 危うく猫になる所だったお前が僕にそれを言うのか!」
グレンジャーを睨みつけながらドラコは立ち上がった。ドラコが気づかなければ、グレンジャーはミリセントの飼い猫の毛をポリジュース薬に入れる所だったのだ。
グレンジャーは返事をする代わりに、ドラコのずぶ濡れのローブに向かって「スコージファイ」と唱えた。
「いつからこうするつもりだったの?」
「父上を脅した時からだ」
ドラコはぽつりぽつりと話し始めた。
秘密の部屋事件を終わらせるには、怪物を倒すだけでは足りない。“継承者”が捕まる必要がある。
怪物が倒されても、被害者たちが目覚めても、ダンブルドアや教師たちは水面下で継承者探しを続けるだろう。過激な純血主義者の上に、怪物を操る実力まである危険極まりない存在だ。
そして、ダンブルドアは真実を突き止めることが出来る人物だ。
だから、ドラコ自身が継承者になる事にした。
コーディたちの記憶を消した後、父から貰ったナイフで腕輪を壊し(「ロックハートに壊してもらった」と言うつもりだった。奴は喜んで引き受けただろう)、適当な教師に名乗り出る予定だった。もちろん、ポッターに告げ口させたって良かった。単に自白だけをするよりも、告発された上での自白の方が説得力があるから。
ドラコはスリザリン生だ。継承者だからといって、誰もドラコを非難しない。寧ろ神聖化し、今以上の地位を得られる。
それに、父は絶対にドラコを監獄行きになんてさせない。
____運悪く、闇の道具に操られてしまいました。
____子どものやったことです。幸い、死者も出ていません。
コーディが継承者ならそうは行かないが、ドラコならそれだけで済む。ハッピーエンドだ、誰も不幸にならない。
ポッター達がやってきたせいで計画が少し狂ったが、大丈夫だ。僕は事件を終わらせられる。
「やっぱりあなた、ダンブルドアの言う通りの人だわ」
グレンジャーが微笑んだので、ドラコは目を逸らした。グレンジャーから褒められるのはあまり居心地が良くない。
「でも、あなたが一人でそんなに背負う必要は無いわ。なにか他の方法を考えない?」
「いいや、これが最良の方法だ。それに、元はと言えば……僕の責任でもある」
父の計画のことをコーディに警告しなかった。
たった一人の友人なのに、異変に気づけなかった。その上、絶対に言ってはいけない事を言ってしまった。
だから、これがドラコに出来る唯一の償いなのだ。
「そんな事ないわ!」
グレンジャーが大きな声でそう言った。その瞬間、女のゴーストが「なあああんて立派なの!」と近寄ってきた。しかし、グレンジャーがレッドキャップのような形相で「黙りなさいマートル!」と怒鳴ったので、ビャアビャアと泣き叫びながらどこかに行ってしまった。
「あなたは悪くないわ、マルフォイ。あなたは優しい人だし、お父様に酷い考えを押し付けられてきたんだもの、仕方ないわ。あなたはまだ、たったの十二歳だもの……」
____そうだ。僕はまだ子どもだし、全部父上が始めたことだ。そもそも、コーディがあっさり闇の道具に引っかかるなんて! どうして僕に相談しなかったんだ? だいたい、ポッター達はなんで気づかなかったんだ? それに、ジョージ・ウィーズリーがさっさと先生に言っていれば良かった。僕は何も悪くない。
グレンジャーに同調して、そう言ってしまいたかった。実際、立派なことを言ったって、心の中にはずっとそんな気持ちがあった。
だが、後戻りは出来ないし、マグル生まれなんかに同意するなんて有り得ない。ドラコは唇を噛んだ。
「父上を侮辱するな。それに、酷い考えだと? _____言っておくが、お前と協力しているのはコーディのためだぞ、この……卑しいマグル生まれ。ロックハートの所に急ぐぞ」
「……そうね。私だって、早くコーディに目覚めて欲しいもの」
グレンジャーがカバンから透明マントを取り出した____ジョージ・ウィーズリーといい、グリフィンドール生はどいつもこいつも透明マントを持ち歩いているのか?
「薬の材料を盗みに行くって話して、ハリーから借りたままだったの」
二人で透明マントに入ると、グレンジャーの顔がとても近くにある。ドラコは“マグル生まれとこんなに近くにいる”ということを出来るだけ考えないようにした。
「ロックハート先生、夜分に申し訳ありません。ハーマイオニー・グレンジャーと、ドラコ・マルフォイです。緊急なんです!」
グレンジャーがノックすると、「え、ええ。どうぞ」とやや震えたロックハートの声が聞こえた。
「ええと、どこから話したら良いんでしょうか……」
グレンジャーが出来るだけコーディが悪者だと思われないよう事件について話しつつ、コーディに忘却術をかけて欲しいと嘆願するのをドラコは途中で遮った。
「ハーマイオニー・グレンジャーはコンコーディア・ロウルの見舞いに行き、僕とウィーズリーの話を聞いてコーディが継承者だと_____僕の父が誤って渡した手帳に操られ、継承者になったと知った」
グレンジャーは「ちょっと! マルフォイ!」と怒鳴ったが、ドラコはそれを無視して続けた。ロックハートは胡散臭い、やや引き攣った笑みを浮かべたままだ。
「それから、僕はグレンジャーの言う通り、手帳を父に返した。僕らは証拠隠滅の方法や、怪物の正体について話し合った。そしてさっき、僕が継承者の罪を被った」
「どういうつもり?」
「_____それらを全て忘れ、“ドラコ・マルフォイは罪悪感と恐怖に耐えられず自白した”、“コーディはマルフォイに呪いをかけられた”。“秘密の部屋に向かったポッターたちに協力するため、バジリスクの更なる知識を求め、ここにやって来た”。そう思い込む」
ドラコがそう言うと、グレンジャーはようやく意図に気付いたらしい。助けを求めるようにロックハートの方を向いた瞬間、杖から閃光が放たれ、グレンジャーを貫いた。
グレンジャーは不思議そうに部屋を見回し、訝しげにドラコを見つめた。
「____あれ、私ったら、どうして……。ああ、ロックハート先生、バジリスクの事なんですが……」
「ミス・グレンジャー。その話はとても興味深かったのですが、私はマクゴナガル先生に呼び出されてしまいましてね。どうやら、秘密の部屋の怪物のことでこの私に力を借りたいようなのです! 私は魔法生物にも詳しいですからね。では、夜は危険ですから、気をつけて」
ロックハートがウインクすると、グレンジャーは顔を真っ赤にして部屋から出て行った。
「いやあ、ほんっと、先生は大天才だ」ロックハートの後ろからジョージ・ウィーズリーが現れた。透明マントを脱いでも、杖はロックハートに向けたままだ。
「ハハ、そんな……」
「忘却術に関してだけだがな。間違っても、俺たちにかけようとなんてするなよ? こいつのパパはとびっきり怖いんだ」
「も、もちろん! もう充分分かってますから……」
ロックハートはそう言っておずおずと立ち上がった。桔梗色のマントの下の方は茶色く汚れている。
「クソ爆弾の在庫が無くなっちまった」とジョージ・ウィーズリーが笑ったので、ドラコは呆れ顔をした。
父からの手紙をすぐに出せば、手荒な真似をせずとも言う事を聞かせられただろうに。
ドラコはジョージ・ウィーズリーの透明マントに入り、三人は真夜中の医務室に向かって歩いた。
「残念だな。俺たち三人、なかなか良いフレンズだったのに」
全て知っていて、止めなかったくせに、ジョージ・ウィーズリーはそう言った。
「この僕とマグル生まれが友達だと? ゾッとするね」
ドラコは前を向いたままそう返した。ロックハートの方は、見回り中だったスプラウトに何やら詰め寄られている。
「俺は結構楽しかったぜ」
「____秘密は出来るだけ知られない方が良いだろう」
それに、ポッターやウィーズリーにこの事を隠し続けるのは辛いだろう……と考えるほどお人好しではない。あのいけ好かないマグル生まれがどんな気持ちでいようと、ドラコには関係ない。そう言ったのはジョージ・ウィーズリーの方だ。
ロックハートが“ルシウス・マルフォイ”と書かれた封筒を見せると、スプラウトは渋々引き下がった。
「秘密の部屋や継承者に関する記憶を消すだけで良いんですよね?」
医務室に着くと、情けなく怯えた声でロックハートが言った。
「ああ、秘密の部屋に関する記憶全部だ。ひとっつも残すんじゃないぞ」
ジョージ・ウィーズリーが杖を突きつけると、ロックハートは「分かりましたよ!」とコーディに杖を向けた。
「終わりました」
ロックハートが泣きべそをかきながらそう言った。ドラコが顎を扉を示すと、急いでそちらに向かって走っていく。
本当に効果があったかは分からないが、コーディの顔色はずいぶん良くなったように見える。もちろん、やせ薬を飲ませるのをやめたからというのもあるだろう。
「それじゃ、俺はディーンたちを毒液でビッシャビシャにしてくるよ」
ジョージ・ウィーズリーが立ち上がるのを、ドラコは袖を引っ張って止めた。
「____お前はこれで良かったのか」
ジョージ・ウィーズリーはコーディの記憶を消すのを少し嫌がっていた。スウーピング・イーブルの毒液を使い、悪い記憶だけを消したがっていた。
「そりゃもちろん、クールが目覚めてくれるなら万々歳さ。前話してた、“手品グッズ”って奴についても聞きたいし……」
ジョージ・ウィーズリーはいつものように笑いながら話し始めたが、ドラコはそんなのお構い無しに続けた。
「秘密の部屋に関する事を全て忘れるって事は、お前がコーディのためにした事も全部忘れるってことだ」
ドラコもグレンジャーも、そしてポッターも、事件が起きている間は誰もコーディの支えになれなかった。
ジョージ・ウィーズリーだけが、継承者だと知った上でコーディを支え続けた。
コーディにとってジョージ・ウィーズリーはもはや、ただの友人以上の存在になっていたはずだ。しかし、その記憶も感情も、全てが強固に秘密の部屋や継承者と結びついている。
「まあ、スネイプの部屋に花火を仕掛けたことを忘れちゃうのは悲しいけどな。あれは傑作だった。_____でも、クールが目覚めたらまたやればいい。それだけだ」
ジョージ・ウィーズリーはそう笑って、今度こそ立ち上がって行ってしまった。
ルシウス・マルフォイは便利。
ただ歩いているだけでハリーたちは「大人には頼れない!」とビビるし、手紙でロックハートを脅迫出来るし、スプラウト先生も渋々納得して引き下がってくれる。