コーディはハリー達のコンパートメントを探して歩いていた。本当はキングス・クロス駅で待ち合わせた方が良かったのだけれど、ブラックの件の影響で出来るだけコソコソする必要があったし、魔法省の職員には会いたくなかったし、何よりウィーズリー夫人に会いたくなかった。
早くハリーの所に行かないと_____英雄プロテゴもドラコプロテゴも無いせいで、さっき「ブラックの手先め!」と襲われるところだった。幸いにも、人を襲う理由が欲しい卑怯なスリザリン生集団だったので、「ドラコに言い付けるぞ」と脅すとすぐに消えた。どうやら、ドラコプロテゴは本人が居なくても有効らしい。
ブラックが一刻も早く吸魂鬼のキスを執行されますように。
「ドラコのコンパートメントを探してるのか?」
見覚えのある生徒が立ちはだかった。_____ええっと、誰だっけ……ドラコとよく一緒にいる、うさぎ顔のスリザリン生の……ああ、セオドール・ノットだ。
マルフォイ家と遜色ない名家の子どもで、成績優秀でクールな一匹狼。キャラは濃いのに、何故か存在感が薄い。
「いや、グリフィンドールの友達に会いに行く途中」
「へーえ、夏中ドラコのご寵愛を受け、新学期はポッターに媚びるのか」
ノットは唇の端だけを吊り上げ、笑顔と言うには随分歪な表情で言った。コーディは「ご寵愛! ゲー!」と吐きたくなるのを堪え、何とか「そんなんじゃないって」と返した。
「ドラコはこの俺やダフネと会う約束を何度もキャンセルしたんだ。その意味が分かるか? 下賎なおまえには分からないだろうな_____“そんなんじゃない”は無理があるんだよ。まあいい、どうせすぐダメになる。いいとこ取りなんて、出来るわけないんだ……ドラコは聡いんだ、すぐに気づくさ」
ノットは悔しそうに吐き捨てて去って行った。
なんだか気取った言い方をしていたが、要するに「ドラコに会えなかった! 悔しい! でもいいし、ドラコは賢いからどうせ俺のところに戻ってくるし!」って事だろう。どうやらドラコは女子だけでなく男子まで虜にしてしまったらしい____継承者信者から攻撃されるのはゴメンだ。そう思いながらコーディは廊下を歩いていった。
「どうも、昨日ぶり____えっと、新入生? それとも死体? ハリー、とうとうおじさんを殺っちゃったの?」
ハリー達のコンパートメントに辿り着くと、随分くたびれた格好の男性が首が心配になる体勢で眠りこけていた。あまりに静かで微動だにしないので、死体かと思うほどだ。
「残念ながら違うよ、まだね」とハリーが笑いながら言ったので、ハーマイオニーが怖い顔で小突いた。
「ルーピン先生よ、闇の魔術に対する防衛術の先生の」
「『ホグワーツの歴史』にはそんなことまで書いてあるの?」
「トランクに書いてあるのよ」
コーディはルーピン先生の隣に腰を下ろした。全く起きる気配は無い。鳶色の髪には白髪が混じっていて、ローブはボロボロだ。ドラコが見たら「僕の家の屋敷しもべみたいな格好だ!」と散々バカにするに違いない。
「ハーマイオニー、残念だね。この先生あんまりハンサムじゃない」
「私がロックハート先生を尊敬しているのは、彼の素晴らしい功績や先進的な考え方や人柄が理由よ!」
「確かにあいつは素晴らしい先生だったよ。僕ら、あいつ仕込みのスウィート・スマイルでバジリスクを倒したんだもんな……そういやハリー、話って?」
ロンが質問すると、ハリーは一気に暗くて真剣な顔になった。おおかたブラック関係だろう、とコーディは思った。
予想は大当たりで、ハリーはブラックが自分を狙っている事と、ウィーズリー氏が「何を聞いても、絶対にブラックを探すな」と警告した事を話した。
コーディは「だろうね」と言おうとしたが、すっかり怯えているロンとハーマイオニーを見て口を閉じた。ウィーズリー氏がハリーに“何を聞いても”と言ったということは、皆ブラックがどんな奴か______友を裏切った事を知らないんだ。そうだ、その方がいいに決まってる。
「まあ、魔法省の皆さんが休日返上で働いてるんだから、いずれ捕まるよ」
コーディは皆を安心させようと、いつかのドラコの言葉を丸パクリした。コーディの屋敷の捜索なんて無駄なことをしている奴らだけど、まあ優秀ではあるんだろう。
「そうね、マグルの警察も」ピーッピーッピーッ!
けたたましい音がハーマイオニーの言葉を遮り、コーディはコンパートメントのドアを押さえた。スニースコープの音だ。噂をすれば何とやら、ブラックがハリーを襲いに来たのかもしれない。
「ゴメン、安物なんだ。エロールじいさんのやつ、運ぶ途中で壊したんだよ」ロンが申し訳なさそうに言い、スニースコープを靴下に押し込んでトランクに突っ込んだ。
「『ダービシュ・アンド・バングズ』なら直してくれると思うよ。ホグズミードにある」
コーディがそう言うと、ハーマイオニーが目を輝かせた。
「あなた、ホグズミードに詳しいの?」
「行ったことはあるけど、詳しくはないよ。ハニーデュークスとかはチンプンカンプン」
すぐにロンとハーマイオニーの知識合戦が始まった。ロンは主にハニーデュークスとゾンコの悪戯専門店について話し、ハーマイオニーは『魔法の史跡』で見た歴史ある建物についてうっとりと話した。
「一六六二年の小鬼の反乱で本部になった宿があるの」
「____ゴキブリゴソゴソ豆板だろ? それから、フィフィ・フィズビー、おっきな炭酸入りキャンディに……」
「私、イギリスで最も恐ろしい幽霊屋敷と言われている『叫びの屋敷』について、ある本を読んだんだけれど」
「……激辛ペッパーは食べると口から煙が出るんだ! でも、一番凄いのは砂糖羽根ペン。授業中に舐めてたってバレないんだ。最高だろ?」
「ちょっと、ロン。そんなのダメよ。授業中にお菓子を食べるなんて、有り得ないわ。それに歯にも悪いわ」
「なんだよ、君、聞いてたのか?」
楽しそうなホグズミードの話を聞いて、ハリーがため息をついたので、二人は慌てて慰めモードに入った。ロンは「フレッドとジョージって隠し通路を何個も知ってるんだ」と魅力的な提案をしたし、ハーマイオニーも「サインしてもらえなくて、寧ろ良かったわ。その方が安全だもの」とややズレた慰め方をした。
「ハニーデュークスにはどうせ『鼻からぼたもち』も売ってないしね。私? もちろん行けないよ。アズカバンに手紙を送るなんてマーリンの髭だもの」
週末に談話室に取り残されるのが自分一人ではないと知ってハリーは少し元気を取り戻した。
コーディがいつものようにルシウスさんからのお小遣いでお菓子を買い占め、ロンが“イリウス”の蛙チョコカード(イリウスが誰かも知らないのにロンは大喜びした)を引き当てた時にそれは起きた。
ロンの食べかすを頬張るスキャバーズを発見し、クルックシャンクスが猛突進したのだ。その素早さと激しさたるや、まさに
「何かトラブルかなあ」コーディがドアから様子を伺うと、他のコンパートメントからも不思議そうな顔が突き出していた。少し離れたところにディーンもいる。
「よう、コーディ。宿題終わった?」
「うん、なんとかね。ねえ、何が起きたか知らない?」
その瞬間、特急がガタンと揺れて完全に停止し、灯りが消えてしまった。コーディは慌ててコンパートメントに引っ込んで「ルーモス!」と唱えたが、何の異変もない。ロンがハーマイオニーの足を踏んづけたくらいだ。
「何がどうなってるの?」
「ハーマイオニーはいる?」
ジニーとネビルが入ってきた。二人とも、ハーマイオニーなら何か分かるに違いないと質問したが、分かったのは“誰も何も知らない”という事だけだった。コーディが、マグルの携帯型“ルーモス”みたいな道具について話し出すと、灯りがもうひとつ付いた。いつの間にか起きていたルーピン先生だ。
「静かに。動かないで。……“何か”いる」
その“何か”が何かはすぐに分かった。ドアの方に巨大な黒いローブが浮かんでいて、死骸のような手がこちらに向かって手を伸ばした______絶対に顔を見てはいけない。絶対に顔を見てはいけない。絶対に顔を見てはいけない。顔を見ちゃダメだぞ。なんたって、アイツの不細工な顔と来たら……
耳元で自転車のベルの音と、シューシューという囁き声が耐えずこだましていてとても不快な気分だ。
女性の金切り声が響き渡った。「……化け物……私だけ……!」
それから手を見ると______みたいな真っ赤な血がべっとりと付いていた。傷つけたくなんてなかった、ただ守ろうと____
ぐわんぐわんと頭が揺れ、コーディは意識を取り戻した。目を開けなくたって灯りが付いた事が分かるくらい眩しく、特急はまた動き始めたようだ。
「大丈夫?」どうやらハーマイオニーが体を揺すっていたらしい。もう誰も殺そうとなんてしてない、追ってきていない、完全に安全だ。
何とか体を起こして目を開けると、目の前には______「よう、やっと起きたか」
「ジ、ジョニー_____ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
コーディが泣きながら、尋常ではない勢いで謝り始めたので、ハリーが慌てて体を引き寄せた。額には冷や汗が流れていて、体は震えていた。
「落ち着いて。食べなさい、気分が良くなる」
ルーピン先生が板チョコを渡してくれたが、コーディは食べるフリをして握った。知らない大人がくれるものを飲んだり食べたりしてはいけない。
少しすると先程の恐ろしい記憶が蘇ってきた____まだ寒気がして、気分が悪い……アレは絶対吸魂鬼だ。吸魂鬼がコーディを探しに来たんだ。ということは、つまり……
「パ……ソーフィン・ロウルが……」
しかし、ルーピン先生はゆっくりと首を横に振り、もう一切れチョコを渡した。
「食べなさい、毒は入ってない……私は君を恨んでいないよ。それに、吸魂鬼はシリウス・ブラックを探しに来たんだ____君のお父さんではない。私は運転士と話してこなければ、失礼……」
恐る恐るチョコをかじると、口の中に甘みが広がった。真実薬の不快な感じなんて全くしなくて、気持ちが落ち着いていく。
そこでようやく、コーディはさっき見たのがジョニーではなくジョージだったことに気づいたが、ジョージはもうコンパートメントから居なくなっていた。
馬車の中はお通夜状態だった。あのハーマイオニーすらほとんど無言で、コーディから「ルーピン先生って、前任の百倍有能だね」と言われても「そうね」としか言わなかったのだ。
六人がスネイプ並に陰気なオーラを漂わせながら馬車を降りると、ドラコがハーマイオニーを肘で突き飛ばしてコーディの手を取った。コーディが「無事だよ。パパ、脱獄してないみたい」と言おうとした瞬間、ノットが二人をじっと見たので、ドラコは慌ててコーディの手を離した。
浮気現場を押さえられた人みたいだ、とコーディは思った。____たぶん、ルシウスさんから「アズカバンの囚人の娘と親しくする様子を見られるな」とでも言われたんだろう。
「そういえば、ポッター、気絶したらしいじゃないか」ノットが意地悪く笑った。
「へーえ? ポッティーは吸魂鬼がそんなに怖いんだ」
「君が持ってた悪趣味な腕輪ほどじゃないよ」
「……ウィーゼル二匹も気絶したのかな? あのこわーい吠えメールを思い出して?」
「失せろ、マルフォイ! 引っ込んでろ!」
「そうよ、アンタなんか庭小人以下のクズよ!」
「マルフォイ、僕、闘うぞ……」
ドラコの煽り、ハリーの嫌味、ロンの怒声、ジニーの罵声、ネビルの震え声。皆もうすっかり元気を取り戻したみたいだ。コーディとハーマイオニーは少し冷たい空気を吸い込んだ。吸魂鬼に効くのはドラコ・マルフォイなのかもしれない。
最終的にドラコは小物臭い捨て台詞を吐き、ノットは腹いせにセストラルを蹴っ飛ばして去って行った。
城に着くとマクゴナガル先生が待ち構えていたようにコーディとハリーとハーマイオニーの三人を呼んだので、コーディは死を覚悟した。レポートをまともにやらなかったのがもうバレてしまったのかもしれない。
「ルーピン先生から聞きました。ポッター、ロウル、汽車の中で気分が悪くなったそうですね」
お叱りではなかったと分かり、コーディはほっと胸をなでおろした。マダム・ポンフリーに脈を測られながら、いかにも「可哀想な子なんです」と震えて見せたが、ハリーの方は安心どころか興奮したようだった。
「僕、大丈夫です。何にもする必要ありません」
「____本当に……吸魂鬼を学校に放つなんて。繊細な者にどれだけ影響を及ぼすか……」
「僕、繊細なんかじゃありません!」
ハリーは全力で医務室を拒否し続け、眠かったコーディだけが医務室に行くことになった。
しかし、いざ医務室のベッドに寝転がるとすっかり眠気は消えてしまって、頭がどんどん冴えていく。
「コーディア……可哀想に」
残念ながら吸魂鬼が見せている幻ではない。本物だ。吸魂鬼による警備に猛反対する理事会が出した条件は子供のメンタルケアだった。ルシウスさんは反対し続けたが、それ以外の理事全員の賛成で“死喰い人の娘をグレさせていない”実績のあるヴェネナタ・ザビニの派遣で手が打たれた。
「本当に、辛かったでしょう?」
ヴェネナタ・ザビニの細い指がコーディの頬を撫でた。その動きはぎこちなくて、ブレーズは母親から撫でられた事なんてないんだろうと何となく思った。
「ねえ、吸魂鬼はあなたに……何か恐ろしいものを見せたんじゃない?」指が止まった。
昔読んだアズカバンについての本曰く、吸魂鬼は“幸福な思い出を吸い取り、代わりに絶望をもたらす生き物。時として、過去のトラウマを思い起こさせる事もある____自身も忘れていたような、深く沈んだ記憶すらも”。
コーディは物心ついてから、あんなに多くの血を見た事がない。ドビーは刃物に触れさせようとはしなかった。
それに、あの自転車のベル。いつから自転車に乗るのが怖くなった? ドラコに殺されかけたのが原因なら、どうして他のマグルの道具は平気なんだ?
一番不可解なのはジョニーの事だ。そりゃもちろん、買い物の仕方が分からなかったりいろんな常識が分からなくて迷惑をかけた。でも泣きながら謝る程じゃない。ジョニーはいなくなってしまったけど、コーディのせいではないし、今もどこかで元気にしているはずだ。
何かおかしい。分からない事が多すぎる_____記憶が消えすぎてる……いや、そんなの有り得ない。
コーディは眉を下げ、秘密の部屋事件の時と同じ台詞を言った。
「何も覚えてないんです」
ヴェネナタが出るとコーディのIQが上がります。
ドラコ「父上に言い付けるぞ!」
コーディ「ドラコに言い付けるぞ!」