「コーディ、その髪型……どうしたの?」
闇の魔術に対する防衛術の教科書を机に置き、ハリーがコーディに尋ねた。
「ジョージがやってくれたんだ」
「ああ、ジニーの時と同じだ」
「残念だなあ。さっきの髪型、日本のコミックに出てくるヒーローみたいでカッコよかったのに」
コーディ、ハリー、ロン、ディーンが日本のコミックについてお喋りしていると、ハーマイオニーがいつの間にか隣に座っていた。相変わらずカバンはパンパンだ。今日の午後はもうこれ以外に授業なんて無いのに。
「えっ、ハーマイオニー、姿あらわしした?」
「何言ってるの、ずっといたじゃない。それに、城の中では姿あらわしは出来ないのよ_____ちょっとあなた、その髪型は……」
ハーマイオニーが何故かコーディを叱りつけようとした瞬間、ルーピン先生がようやく入ってきた。相変わらずみすぼらしく、頼りない笑みを浮かべているが、前会った時よりは健康そうに見えた。ホグワーツの栄養満点の食事のおかげだろうか。
ルーピン先生は皆に教科書を仕舞わせると、杖だけ持って教室を出るように指示した。
「実地練習なんて初めてだよな。あっ、去年もやったか。ロックハート先生様が僕らにピクシー妖精を倒させてくださったんだ」
「あれはとても実験的な授業だったわね」
ルーピン先生が実地練習をすると言うので、皆は楽しみ半分怖さ半分で着いて行った。この先生は今までで一番マトモか、ロックハートコースか、それとも今までで一番イカれているか……まだ予想がつかなかった。
「ルーニ、ルーピ、ルーピン。バーカ、マヌケ、ルーピン。ムーン、ムーニー、夜はオオカミ、ルーピン_____」
ピーブズは歌いながら鍵穴にガムを詰め込み、その後ルーピン先生の周りをグルグル回った。
「夜はオオカミだって!」とシェーマスが吹き出し、ラベンダーとパーバティがクスクス笑った。コーディに言わせれば、ピーブズのギャグは全く面白くないけれど、こういうのが所謂“箸が転んでもおかしい年頃”ってやつなんだろうか。
ルーピン先生は朗らかに忠告したが、ピーブズは言うことを聞かない。だというのに、ルーピン先生は怒る様子もなく杖を取りだした。
「教育の機会を設けてくれてどうも、ピーブズ。皆、とても役に立つ簡単な呪文を教えよう____ワディワジ!」
ガムの塊は勢い良く鍵穴から飛び出し、ピーブズの左の鼻の穴に命中した。ピーブズは綺麗にでんぐり返しした後、コーディに向かって「バカ頭!」と悪態をついて消え失せた。
「ピーブズってほんと、マーリンの髭なやつだよね。もちろん、悪い意味でさ」コーディがそう言うと、ハリーは眉を下げて困ったように笑った。「あー、そうだね」
皆この頃には、ルーピン先生は今までの防衛術教師の中で一番まとも____それどころか、ホグワーツの中でもかなり素晴らしい先生なんじゃないかと思い始めていた。
ルーピン先生について職員室に入ると、スネイプがたった一人、低い肘掛椅子に座っていた。
「今日の授業の課題って、スネイプを倒すことなのかな」
「もしそうなら、今までの先生の中で一番だね」
スネイプは目をギラギラさせ、口元には歪な笑みが浮かんでいる。今からとびきり意地悪な嫌味を言うつもりだと皆が思い、案の定それは大当たりだった。
「忠告してやろう、ルーピン。このクラスにはネビル・ロングボトムがいるから、あまり難しい授業はしない方が良い。それに加え、出しゃばりのミス・グレンジャーの扱いにも、気をつけた方が良かろう」
ロンが「アイツ、なんでここにいるんだよ。地下牢にこもってればいいのに」と言ったのが聞こえたのか、スネイプは素早くこちらを向いた。
「それからロウル、父親譲りの問題児……授業を妨害するふざけた頭なので、グリフィンドールから五点減点」
_____なんて理不尽っぷりだ。コーディは言い返す気力もなかった。しかしルーピン先生は落ち着き払って、相変わらず頼りなく微笑んだまま言った。
「ネビルはきっと、とても上手くやってくれると思いますがね。それから、今は僕の授業時間なんだ、スネイプ先生。コーディの頭は授業妨害に当たりませんよ。良いヘアスタイルだ、コーディ。僕の友人にもそんな子がいてね」
スネイプは不服そうに鼻を鳴らし、唇を捲り上げて立ち去った。ネビルは顔を真っ赤にし、ディーンは「かっこいい! 最高だ!」と叫んだ。今やグリフィンドール生全員が、ディーンと同じ気持ちになっていた。
「私の髪型、別に珍しくないのにね」
コーディは皆に合わせて拍手しながら、ハリーに話しかけた。ロンの方はこの新しい先生にすっかり心を奪われてしまったらしく、拍手し続けている。
「いや、そんなことないと思う」ハリーはコーディの髪を見つめながら言った。
「君の髪の毛……上の方だけ虹色に光ってるし」
パーバティから手鏡を借りると、ハリーの言う通りコーディの頭はてっぺんだけ虹色に光っていた。これは確かに授業妨害、けしからんバカ頭だ。
コーディは恥ずかしくなって手のひらを頭に乗せ、ハリーから少し遠ざかった。もう二度とジョージを信頼なんてしない。
「ハリー、しばらく私の事は見ないで。いいって言うまでね。分かった?」
「もう十分見たよ。ちょっとおかしいけど、そんなに変って訳じゃないよ。魔法薬学の後と比べたら」
コーディは顔を真っ赤にして、ノッポのロンの後ろに隠れた。
それにしても、ルーピン先生の友だちはどんな人なんだろう。頭が光ってるって事は……禿げてるのかな。
ルーピン先生は部屋の奥にある、古い洋箪笥の前に立ち、中にボガートが入っていると説明した。
ボガートは形態模写妖怪で、人がいちばん怖いと思うものに姿を変える_____コーディの場合はマクミランおばあちゃんに。
「僕ん家の屋根裏部屋にもよく出るんだ。双子と探検してる時に会ったことがあるんだけど……」
箪笥の取っ手がガタガタ言い始め、さっきまで最前別にいたシェーマスは慌てて後ろに下がった。
「今は私たちの方が有利な立場にあるが、ハリー、何故か分かるかな?」
「えーと……僕たち、人数がたくさんいるので、まね妖怪はどんな姿に変身すればいいかわからない?」
コーディは何度かボガートに会ったことがあるが、決まって一人だった。初めての時は泣き声に気づいてやってきたドビーが退治してくれた。二回目の時はあまりに怖くて魔力が暴発して、そのせいでジョニーに出会った。三回目になって、やっとリディクラスが出来た。五回目にはもう何とも思わなくなっていた。
最初に指名されたネビルが進み出た。箪笥の取っ手と同じくらいガタガタ震えている。
「よーし、ネビル。ひとつずつ行こうか。君が世界一怖いものはなんだい?」
ルーピン先生は優しく、分かりやすく、ユーモラスに“リディクラス”の方法を教えた。
最後にマクミランおばあちゃん____じゃない、ボガートを倒したのはだいぶ前だ。マクミランおばあちゃんは自転車を上手く乗りこなせずにこけて、ボガートは消えた。
ルーピン先生の指示で、みんな後ろの壁にぴったりとくっついた。ネビルだけが箪笥の前に取り残されている。
ふと隣を見ると、ハリーが小さく震えていた。他の生徒たちも、多くがぎゅっと目をつぶっている。
「ねえハリー、これ見て」コーディは自分の頭を指さした。
「もし例のあの人の頭が虹色に光ってて、お辞儀なんかしたら、すっごく面白いだろうね」
「まあ、すっごく間抜けだろうね」
「リ、リ、リディクラス!」レースで縁取られた古臭い赤いドレスを着て、けばけばしい化粧をしたスネイプが途方に暮れたように立ち止まっていた。ルージュが塗られたピンク色の唇が「あらやだ」と漏らす。
「ハハハッ、これは傑作だ! ネビル、君は才能があるよ!」
続けてパーバティ、シェーマスも呪文を成功させた。もう生徒たちは目を閉じてなんか居なかった。皆、自分の番が来るのをハラハラしながらも待ち望んでいた。
ディーンの番になると、ボガートは窓ガラスに変わった。ディーンは一瞬立ち尽くし、戸惑ったような顔で後ろを見た後、意を決して呪文を唱えた。「リディクラス!」
真ん中に白い星が描かれた、赤と青の盾が窓ガラスを割った。キャプテン・アメリカだ。
「まずは脚をもぎ取って……」ロンがブツブツ言いながら前に進み出た。
きっと大蜘蛛が出るんだろうと皆が思ったが、違った。スラッとした赤いスーツの人が全身から蜘蛛の糸を出し、ロンに向かって四つん這いで近寄った。
「スパイダーマンだ!」コーディとディーンは大喜びした。ロンには申し訳ないけれど、このまま見ていたい気持ちにすらなった。
「リディクラス!」_____残念。スパイダーマンは自分が出した糸にぐるぐる巻きになってしまった。
次はようやくコーディだ。わざわざ考えるまでもない。自転車に乗れなくて三輪車に乗っているマクミランおばあちゃん。ダブルダッチが出来なくてズッコケるマクミランおばあちゃん。ヘッドホンの糸が絡まってイライラするマクミランおばあちゃん_____マクミランおばあちゃんの醜態なんていくらでも思い浮かぶ。コーディはもう、夜にトイレに行くのを怖がるような子供じゃない。
しかし、出てきたのはマクミランおばあちゃんでは無かった。自転車に乗った、恐ろしいほど整った顔立ちをした黒髪の少年だ。
コーディは杖をおろしてしまった。その少年が誰かは分からないのに、何故かとても怖かったし、“攻撃してはいけない”気がしてならなかった。
「こっちだ!」異変に気づいたハリーがコーディの前に出たが、更にその前にルーピン先生が立った。少年はボヤボヤした銀色の玉になり、呪文を唱えるとゴキブリに変わった。
「さあネビル、最後は君の番だ!」
ゴキブリは再びスネイプに姿を変えたが、あの愉快なドレス姿は一瞬しか見られなかった。ネビルが大声で笑ったので、まね妖怪はあっという間に破裂して消え去ってしまったのだ。
間違いなく今までで一番良い授業だった。グリフィンドール生はみんな大興奮して、口々にルーピン先生と授業の素晴らしさについて語り合った。
ただ、コーディとハリーだけが釈然としないまま教室を出て、ロンがスパイダーマンとの対決について興奮しながら語るのを聞いた。
ハリーがようやくその重い口を開こうとした時、ジャラジャラした何かがコーディにぶつかった。スネイプが育ちすぎたコウモリならまさしく、それは育ちすぎた昆虫のようだった。
「曇りなき“心眼”を与えられし者よ……」
育ちすぎた昆虫のように見えるその女性は謝りもせず、何やら意味の分からないことを喋り始めた。コーディは「すみません」とだけ言って立ち去ろうとしたが、女性が折れそうな細い腕でコーディのローブの袖を引っ張った。
「トレローニー先生よ」心底うんざりした声で、ハーマイオニーが囁いた。
「あたくし、あなたが占い学を取らなかったことを非常に残念に思っておりますわ。悲しいことに、生徒たちのほとんどはこれっぽっちも才能がありませんもの……」
ハーマイオニーが不満げに鼻を鳴らした。ロンが慌てて「先生、僕たち急いでて」と言うも、トレローニーはロンなんていないかのように、コーディの方を見つめている。
「あなたにとても素晴らしい能力が備わっていることを、あたくしは分かっておりますの。ええ、何せあなたのソレは産まれる前からの運命_____血によって定められた力ですもの……」
コーディはようやく分かった。ママの占い学の成績がO・優だったから、その事を言っているのだ。
「あー……先生は誤解していると思います。母は確かに占い学だけは出来たけど、多分勘とか当てずっぽうとか、そういうやつだと……」
「母ですって? あなたのお母様……ああ、あのシャーロット! あの子がなんですって? 申し訳ないけど、あの子は全くの俗物よ! 才能なんてこれっぽっちもありませんわ! あたくしが言っているのはユーフェミア・ロウル_____まことに優れた、曇りなき眼を持つ悲運の女性の事ですわ……」
ユーフィおばさんが?
「この人の言うことは何にも信じられないわ」ハーマイオニーが囁いたが、コーディは好奇心を抑えられなかった。
「でも、ユーフィおばさんに本当に才能があったなら、今頃あんな事にはなっていないと思います」
それはコーディがいつも思っていたことだった。占い学の成績がO・優だったママは有毒食虫蔓が送られてくる事を予測出来ずに死んだ。優等生でハンサムだったパパは逃げ切る事も出来ずにアズカバンに送られた。優しかったらしいユーフィおばさんは、聖マンゴの豪華な病室で独り狂っている。
「いいえ、才能があったからこそですわ。あたくし達のように真に才に恵まれた者にはいつも試練が付き纏いますの_____ああ、あの災厄を纏いし闇の下僕! 彼女はあの暗黒に包まれし男の妹として生まれてしまったのが……」
「父が! 父が何かしたんですか?」
コーディは身を乗り出して尋ねた。眼鏡のレンズのお陰で随分大きく見えるトレローニーの目は、今にも語りたくて仕方ないと言うようにキラキラ輝いていた。
「私たち、先生の戯言……あら、失礼! 非常にありがたい与太話を聞いている時間はありませんの!」
ハーマイオニーは強い口調で言い、半ば無理やりコーディの手を引っ張って廊下を進んだ。ハリーとロンも何も言わずに後を追う。
「ちょっと、ハーマイオニー! 何するの!」
「興味を引きたくて、それらしい言葉を並べ立てているだけよ! だって、あの人の言葉、少しでも中身があった? “心眼”“災厄”“才能”“暗黒”……バカバカしい! 伝えたいなら、きっちり分かりやすく話すべきだわ!」
確かに、トレローニー先生は何一つはっきりした情報を与えてはくれなかった。だが、コーディには確信があった。トレローニー先生は何か知っているはずだ。それに、他の大人たちも。
コーディは今まで、ユーフィおばさんについての話____「動物好き」や「優しい」以外の_____を聞いた事がなかった。単に語るほどの個性が無い人物だと思っていたが、両親に関しては得意科目まで教えてくれたナルシッサさんが、ユーフィおばさんについてはそれすら言わなかったのはおかしい。占い学教授から直々に語られるほどの才能があるというのに。
「私、図書館に行ってくる」
ロンが「えーっ!」と言った。コーディが図書館に行きたがるなんて、秘密の部屋騒動の時以来だからだ。
「今日は授業も無いしもう休もう。二人とも、落ち着いて」
非常事態だと思ったハリーがそう言ったが、コーディは聞かなかった。
「ソーフィン・ロウルの事を調べたいの」
パパとユーフィおばさんの間で事件があったなら、きっと裁判記録に載っているはずだ。アズカバンの囚人たちの裁判記録はイギリス魔法界中の本が集まる魔法省の書庫、その次に大きなホグワーツ魔法魔術学校の図書館に保管されている。
調べる方法があると知っていたのに、コーディは今まで逃げてきた。知らないことで、自分は死喰い人の父とは無関係だと責任逃れしようとしていた。時折ルシウスさんやナルシッサさんから聞かされる、甘い思い出にだけ浸っていた。
その結果は?
両親や叔母に関して、他人が知っているような事すら知らない。自分のボガートの正体すら分からない。吸魂鬼に見せられた記憶だって分からない。
「もう、分からない事だらけは嫌なんだよ」
コーディはぎゅっと拳を握って言った。もう逃げたくはなかったのだ。ハリーとロンも、もう何も言わなかった。
「残念だけど、それは無理よ」しかし、ハーマイオニーは首を横に振った。
「あなたのお父さんの裁判記録はホグワーツには無いの。少なくとも、閲覧出来る棚にはね」