ホグワーツって本当に最悪だ。
歌う帽子も、動く階段も、うるさい肖像画も、目障りな同級生も。
____何より最悪なのは、マグルの道具が使えないってこと。なんて傲慢で、いけ好かない城なんだろう。
コーディはドスドスと歩いた。いつもの軽薄な様子とは真反対だったので、せっかく一人でいるというのに、生徒たちは呪いをかける気にならなかった。怖かったのだ。
もちろん中には勇敢な者もいたが、
「まーたロニー坊やと喧嘩かい? そろそろハリーの胃が破裂しちまうぜ」
ロンの兄の双子の片割れがコーディに話しかけてきた。双子のうちの一人はコーディとあまり関わらないようにしているのたが、もう一人は時々声をかけてくるのだ。この双子が一心同体でないというのは驚きだった。
「いきなり私たちが仲良くなる方が気持ち悪いよ。それに、今はこの城に蔓延るマグル差別に憤慨してるの」
コーディが真剣に言うと、片割れが「マグル差別!」と心底愉快そうに笑った。許されない問題だというのに!
「そりゃ、
「個人の思想は仕方ないよ。ただね、学校という場所がマグル差別を容認すべきではないと思う」
「死喰い人の娘がマグル差別に
この片割れはコーディを行かせる気はまだまだ無いようだった。それにしても、相方はどこに行ったんだろう。いつも一緒にいるのに。
別に話す気は無いのに、ジョニーにほんの少し似ているから、ぞんざいには扱えないのが悔しい。
「可哀想に。マグルの道具って、本当に面白いんだよ」
「空を飛ばない箒に、動かない写真とかね。最高さ」
「フン、こっちには飛行機があるし、動画だってある。何より自転車! あれは最も優れた移動手段だよ」
「へーえ」
「まあ、そうやってバカにしてればいいよ。私は今からマグル差別に抗議してくるから。バイバイ、ウィーズリー」
「応援してるよ。それから、俺はジョージだよ。弟の方な!」
どうして皆、マグルの道具の素晴らしさが分からないんだろう? あーあ、それもこれもホグワーツでマグルの道具が使えないせいだ。
ウォークマンを見せてあげられたら、ジョージだって泣くほど感動しただろうに。
「クィレル先生、いらっしゃいますか?」
コーディはクィレルの部屋をノックした。すると、数秒経ってからクィレルが顔をのぞかせた。
「ど、どうかしたんですか? ミ、ミ、ミス・ロウル____私はて、てっきり貴方は、この、きょ、きょ、教科にきょ、きょ、興味が無いと……」
「はい、ありません。私がお伺いしたいのは、マグル学の事についてなんです」
クィレルはとびきり驚いた顔をした。もう担当は外れたというのに質問に来る生徒がいるとは思わなかったのだろう。
勿論コーディだって、クィレル
「____い、い、良いでしょう。は、入りなさい」
クィレルの部屋は綺麗に整頓されていた。意外なことに、闇の魔術に関する本が何冊も置いてあった。なぜ吸血鬼の話しかしないんだろうか、知識は沢山ありそうなのに。
一方、マグルに関する本は全く見当たらない。担当を代わる時に全部処分してしまったのだろうか?
「先生、酷いと思いませんか? マグルの道具はとても素晴らしいのに、この学校では一切使えないなんて! これは深刻なマグル差別です」
ソファに座るなり、コーディがそう言うと、クィレルがクスリと笑った。____笑う? 笑うといえば気持ち悪い愛想笑いくらいしか出来ない、あのクィレルが?
「え、ええ……ま、まあ、そ、そ、そう思う生徒もいるでしょうね」
しかし、次の瞬間には、クィレルはまた元のオドオドした情けない教授に戻っていた。
「だって、例えばマグル生まれの生徒が目覚まし時計を持ち込んだとするでしょう? 使えると信じて眠りについたのに、時計は鳴らないんです! こんなのって、マーリ…………あんマーリンです!」
「そ、そ、そうですね。た、確かにそれは面白い視点です」
コーディは、この情けない教授が自分の質問にきちんと答えられるのか不安だったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「で、で、すがね、ミ、ミ、ミス・ロウル。例えば、そ、その目覚まし時計は、あ、朝になると、な、鳴るでしょう?」
クィレルの目は怯えが無くなっているように見えたし、心做しか普段よりもシャッキリとしてカッコ良く見えた。マグルの道具の話をしているからだろうか?
「ル、ルームメイトはその音が不快で、と、止めようとする。し、しかし、残念ながらその生徒はマグル生まれではな い。だから、目覚まし時計をコンフリンゴした____時計の、も、持ち主の生徒は、きっとひどく傷つく。そうは思いませんか?」
吃りがいつもよりマシになっている。
闇の魔術に対する防衛術よりもよっぽどこっちの方が向いているのに、どうして辞めてしまったんだろう。
「でもそれは、ルームメイトの無知が原因です! 魔法界もホグワーツも、純血だけで成り立っているんじゃない。ホグワーツがやるべき事はマグル製品を規制することじゃない。幼いうちから理解を促すことです」
コーディも負けていられない。
マグルの道具が使えないようにするだなんて、酷い話だ。しかも、自分たちが使い方を理解していないからって。
「ええ、た、確かにそ、うですね。ま、魔法界はあまりにも閉鎖的だ____そ、その点は私も同意します。ですが、目覚まし時計くらいならまだしも、も、もしも“持っているだけで持ち主の場所が分かる箱”なんて物を所持する生徒が現れたら?」
「そんなの、有り得ません!」
「今はそうですね。し、しかし、あと数年後には完成するかもしれない。マグルの技術の発展はめざましい。____マグルが“歌う箱”を作るなんて、数十年前の魔法使いなら鼻で笑ったでしょう」
クィレルがコーディの手元をちらりと見た。もうすっかりどもっていなかったが、コーディはそれに気づかなかった。
「いいでしょう。もし、ホグワーツに関する護りの魔法を少し書き換えて、マグルの道具が入って来れるようにする。すると、飛行機やらヘリコプターなんかがジャンジャン迷い込んでくる。暴れ柳に引っかかる? 禁じられた森の奥深くに墜落する? 黒い湖に沈んでしまうかも。それにもし、多くの魔法使いが完璧にマグルの道具を使いこなせるようになったら? ____マグルたちを滅ぼすことなんて、造作も無いでしょうね」
確かに、コーディの考えはとても未熟だった。マグル差別だなんてたいそうなことを言ったけど、結局は“安眠するためにウォークマンを使いたい”だけだ。
「互いの無関心や無理解によって、魔法族もマグルも守られているのですよ____ミス・ロウルの思想は素晴らしいものです。ですが、マグル寄りになるあまり、大事な事を見失ってしまっている」
クィレルはとても穏やかな頬笑みを浮かべていた。
その顔は、よく知っているあの情けない教授と同一人物とは思えない。
「どうしてマグル学の教授をやめてしまったんですか? 三年生で、先生の授業を受けられたら良かったのに」
クィレルははっとした顔をしたので、コーディは自分が聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうと気づいた。
「そ、そ、そういえば、ミ、ミ、ミス・ロウル。し、し、質問は、それだけですか? わ、わ、私と、魔法族とマグルのそ、そ、相互理解について語り合いたかったと?」
そうだ、すっかり忘れていた。
ウォークマンを城で使えるようにするための方法が知りたかったのだ。コーディは手に持っていたウォークマンをクィレルに見せた。ジョニーの髪と同じ、炎みたいな赤色だ。
「これ、どうにか城で使いたいんです」
「え、ええ。で、で、出来ますよ」
「出来るんですか!?」
コーディは目を丸くした。
さっきの様子から、絶対に無理だと思っていたのに。
「ええ。よ、要するに、“電気”で動くからいけないのです。た、た、たとえば、ウォ、ウォ、ウォークマン自体を歌わせるとか、ヘ、ヘッドホンに歌わせる____そ、そういう魔法をかければ問題ありません」
「あー……そうですよね、そうするしかないですよね」
「も、も、勿論、一年生では到底無理な魔法です。…………も、も、もし、私で良ければ……」
コーディは考えた。ホグワーツでもザ・スミスを聞けるようになるのはとても魅力的だ。
でも、ジョニーとの思い出に違うものが侵食してくるような気がする。他のウォークマンなら良いけど、これだけは魔法で弄りたくない。
「ううん、やっぱりいいです。魔法をかけたら私の一番大事なウォークマンじゃ無くなっちゃうし」
「そ、そ、そうですか。も、もし気が変われば、いつでも言ってください」
「ところで、話は変わるんですが、先生はマグルの道具の中で何が一番好きですか?」
クィレルは「ええと……」と、真剣に考えている。
意外とまつ毛が長いんだ、とコーディは思った。
オドオドしているから気付かなかったが、鼻はすっと鼻筋が通っていて高く、薄い唇は形が整っている。輪郭も彫刻のようだ。顎に添えられた指はスラリと長い。
クィレルの顔を観察していると、ツンとした匂いに気づいた。
____げえ、ニンニクだ。
コーディはクィレルのことを一瞬でも素敵だなんて思ったのが恥ずかしくなった。あーあ、ターバンとニンニクさえなければな。
「ありきたりですが、や、やはり飛行機ですかね。ま、魔法も無しに空を飛ぶなんて!! 私たち魔法使いだって、や、や、や、……闇の帝王を除けば、ほ、箒が無ければ空は飛べない。なのに、マ、マグルたちはま、魔法無しでやり遂げた…………」
「やっぱり飛行機はロマンがありますよね! 私も、いつか飛行機に乗ってみたいんです! 噂だと、とっても痛いって聞きました____やっぱり」
二人は興奮して飛行機について語り合った。ヘリコプターも素晴らしいけど、最終的には飛行機の方が美しいという事で話は纏まった。
クィレルの茶色っぽい瞳が、キラキラと輝いている。まるで子供みたいだったので、思わず笑みが溢れる。
「ど、ど、どうかしたのですか?」
「だって先生、まるで私より年下みたいで」
そう言うと、クィレル先生は照れ臭そうにはにかんだ。今日一日だけで知らない表情をたくさん見た気がする。しかし、次の瞬間だった。
クィレル先生は悲痛な悲鳴をあげ、頭を抑えながらのたうち回った。
「ああああああ…………もももも、申し訳ありません____愚かな____マ、マグルのッ……つい、昔を……」
「先生、大丈夫ですか? 医務室に行きますか?」
ただならぬ様子のクィレル先生にコーディは手を差し伸べた。少しするとクィレル先生はそれを握って起き上がった。
「い、いいえ。大丈夫です、す、す、す、少し頭痛が。きょ、きょ、今日はもう帰りなさい、ミス・ロウル____そ、そして、マグル学の質問は、マ、マグル学の教授にするように」
コーディは半ば強引に部屋から追い出されてしまった。
部屋を出る時になって初めて、クィレル先生の机に、飛行機の模型と____あれはなんて言うんだっけ? 球……____確か、昔のマグルが空を飛ぶ時に使っていた道具の置物が置かれていることに気づいた。
クィレルが呼び捨てから先生呼びに昇格。