マグル学のすゝめ   作:バナナ牛乳

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脚注に『オズの魔法使い』のネタバレがあります。


第八話 カンザス

 

 次の日になると、ハリーとロンは昨日の出来事を“素晴らしい大冒険”か何かだと勘違いしてしまったようだったが、コーディは朝食を食べる気になれないほど疲れ切っていたし、グレンジャーは三人に関わらないことを決めたようだった。

 ハリーとロンはあの仕掛け扉の下に何が隠されているのかと議論していた。きっとグリンゴッツから盗み出されるはずだったものに違いない、というのがハリーの推理だった。

 しかし、とんでもないプレゼントが届いたので議論はすぐに中断された。

 

「ニンバス2000だ! 僕、触ったことさえないよ」

「だろうね」

「黙れよ」

 

 一時間目が始まる前に箒を一目見ようと、三人は急いで大広間を出た。ドラコが見たら物凄く怒りそうだなんて思いながら歩いていると、タイミング良くドラコが現れた。

 

「____昨日のことだが……ちょっと待て、それは箒じゃないのか? まあいい、その話は後でしよう。先に昨日の話だ」

 

 驚いたことに、ドラコはハリーが箒の包みを持っているのを後回しにした。いつもならこんな校則違反を見逃すはずがない、喜んで先生に告げ口するはずなのに。

 

「なんだい、まさか()()が何か教えてくれたのかい?」

「____いいや、その逆だ。父上は学校に()()()()がいると知っていたら絶対に僕に忠告するはずだ。手紙でそれとなく聞いてみたが、“極秘のプロジェクトなんて行われていない”と仰っていた……つまり、ダンブルドアは理事会にも内緒で()()を飼ってるんだ」

「あー、よく分からないけど……それってもしかして、すごくマズい? 君の()()が何も知らないってことが?」

「……ああ。理事会に内緒であんな危険生物を飼っているなんて、外部に漏れたらダンブルドアは間違いなく職務停止だ。もしかしたら、ホグワーツが閉鎖されるかもしれない……」

 

 ドラコが声を潜めてそう言ったのでハリーとロンは息を飲んだが、コーディはダンブルドアの職務停止もホグワーツの閉鎖も心底どうでも良かった。どうせ理事会ごときがダンブルドアに対抗出来るわけないのだ。

 しかし、ドラコがこんなに三頭犬に興味があるだなんて意外だった。男の子ってみんな、危険な冒険に惹かれるのかもしれない。三頭犬や魔法のお宝の何がそんなに良いんだろう。

 中にあるのがとても大きな飛び出す絵本とかなら、今すぐ四階の廊下に飛び込むのに。

 

「ホグワーツがなんですって?」ドラコの肘あたりからフリットウィック先生が現れたので、三人は慌てて口をパクパクさせた。

 ドラコが慌てて「先生、ポッターのところに箒が送られてきたんですよ」と話題を変えた。

 

「いやいや、そうらしいね。マクゴナガル先生から聞いたよ。何の箒だい?」

「ニンバス2000です。実は、マルフォイのおかげで買っていただいたんです」

 

 一緒に大冒険をしても、ハリーとドラコはどうしても仲良くなれないようだった。せっかく話題を変えてやったのに、恩を仇で返されたドラコは怒りを隠しきれていなかった。

 

「やっぱりあいつら、大っ嫌いだ!」

「まあまあ、落ち着きなよ」

 

 一緒に魔法薬学の教室に向かいながら、コーディはドラコを励ました。今回ばかりはドラコの怒りは正当かもしれない。

 

「コーディ、あいつらと一緒にいると君の品位まで下がる。____命のためだとか、そんなのは聞きたくないぞ!」

「じゃあ何にも言えないよ。それに、死喰い人の娘なんだから最初っから品位なんて無いしね」

 

 魔法薬学が終わると、ドラコはコーディを置いてさっさと教室を出て行ってしまった。

 この前せっかくなんとか元に戻れたと思ったのに、また喧嘩だ。入ったのがスリザリンだったら、二人の関係が支援者の息子と孤児でなければ、もう少し上手くやれたのだろうか? _____いいや、それならきっとこんなに親しくはなかっただろう。

 

 

 それから夕方になると、ハリーはニンバス2000を持ってクィディッチの練習に、コーディは紙とペンを持ってマグル学教室へ向かった。

 

 マグル学教室は、夢のような場所だった。

 まず目を引くのが赤色の公衆電話。その近くには食器棚がある。壁には喋らない肖像画や動かない写真がびっしり並んでいて、コーディが知っているのよりもっとずっと古い電話や、洗濯機もある。

 残念なことに、コーディがずっと見たかった飛び出す絵本は置いていなかった。

 ホグワーツではマグルの道具が使えないせいで、何に使うのかよく分からないものもあったけど、それでもとても素晴らしい物なのだろうという事は分かった。

 マグルの道具には、ドラコとの不和や三頭犬を忘れさせるほどの力があった。

 

 コーディは冷蔵庫をピカピカに磨き上げた。

 やっぱり冷蔵庫は大好きだ。この中に物を入れておけば勝手に冷たくなってくれるなんて、()()()()()()

 続けて電子レンジを中まで隅々と掃除していると、教室の扉が開いて、クィレル先生が入ってきた。

 

「こんばんは、クィレル先生」

「こ、こんばんは、ミ、ミ、ミス・ロウル。精が出ますね」

 

 クィレル先生はコーディの質問に快く答えてくれた。

 紙がぐるぐる巻き着いた取っ手のある道具は、マグルの世界では“コロコロ”と呼ばれている(なんて可愛い名前なんだ! )、ゴミを簡単に取ることができる掃除道具だと聞いて、コーディはマグルの発想力に感心してしまった。

 あーあ、ルシウスさんがクリスマスプレゼントに“コロコロ”をくれたらいいのに。

 

「こ、こ、この椅子は恐らく拷問器具でしょう……き、きっと脳に電気を流す類の」

「脳に電気を流すなんて! すごく辛そう」

「じ、冗談ですよ。こ、これは恐らく、う、“嘘発見器”というものでしょう」

「もう、先生ったら……マーリンの髭!」

 

 クィレル先生は本当に楽しそうに、でも少し切なそうにマグルの道具たちを見つめていた。もしかしたら、本当はマグル学の教授を辞めたくなかったのかもしれない。

 

「先生は」

「ミ、ミス・ロウルは、どうして、マ、マ、マグルの道具がそんなに好きなんですか? じ、じゅ、純血なのに」

 

 しばらく考えてからコーディは口を開いた。ジョニーの事を話すのは恥ずかしいし、彼のことは上手く隠そう。

 誰かにマグルの世界や道具が好きな理由をきちんと話すのは初めてだから、なんだかすごく緊張する。

 

「うーん……。世界に誰も味方が居ないって思った時、マグルの世界に出会ったんです。マグルの道具は夢や想像力や生命力に溢れていて、すごくカッコよかった。マグルは魔法が使えないから、何をするのも大変なはずなのに、時間と手間をかけて必死に素晴らしいものを作り上げてきたんだって」

 

 言葉にしてみるとすごく照れくさい。こんなに真剣に本心を話してしまうなんて。

 重いものは自分の力で持たなければいけないし、何処へ行くにもいちいち歩かなければいけない。きっと、魔法使いたちが魔法道具を作る何倍も大変な思いをして作ったんだと思うと、とても尊くて神秘的に感じた。

 それに、マグルの世界にはレパロが無いからそのぶん全ての道具が丁寧に作られているようだ。

 もちろん、あの日出会ったのがジョニーじゃなかったらコーディはこんなにもマグルの道具を好きにならなかっただろう。だから半分くらいはジョニーのお陰でもある。

 

「確かに、マグルの道具は神秘的で、ロマンがありますね」

 

 クィレル先生はどうしてマグルの道具が好きなんですか? どうしてマグル学教授を辞めてしまったんですか? 

 聞きたいことはたくさんあったけど、どうしても聞くことが出来なかった。

 

「先生って、すごく素敵な先生」

 

 思わず漏れてしまったそれは、心からの言葉だった。

 

「あ、あ、ありがとうございます。そ、それならもっと、じゅ、授業を……し、真剣に聞いて欲しいですね」

「だって、吸血鬼の話ばっかりじゃないですか! みんな、もう飽き飽きしちゃったって言ってましたよ」

 

 コーディはそう言って、クィレル先生の表情を伺った。先生は何か怪しい。

 マグル学について語る時の理路整然とした口調や、分かりやすい説明、豊かな知識。コーディに対する、落ち着いていて穏やかな大人の態度。

 本棚にあった、様々な闇の魔術に関する本。

 いつもみんなに見せている、いかにもな冴えない教師の姿は、もしかすると演技なんじゃないか。

 ____でも、どうしてそんな事をするんだろう。生徒や他の教師たちからバカにされたい理由でもあるんだろうか? 

 

「ミ、ミ、ミス・ロウル。そ、そういえば以前、“二十世紀で最も素晴らしいマグルの創作”について、た、た、尋ねましたね」

 

 クィレル先生は慌てて話題を変えた。やっぱり怪しいが、よく考えれば、彼が何をしていたってコーディには無関係だ。ただ少し、気になるだけで。

 

 “二十世紀で最も素晴らしいマグルの創作”について、クィレル先生は結局たくさんあるからそんな簡単には決められないと言って子供向けだというアニメーション映画を勧めてくれた。

 映画はジョニーと三回観ただけだ。『スター・ウォーズ』と『ジョーズ』、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』だ。

 どれも作り物だと分かっていても面白くて、マグルの子供たちが魔法に憧れるのはきっとこんな気持ちなのだろうと思った。

 

「わ、私は、『オズの魔法使い』がす、好きなんです」

「『オズの魔法使い』? 映画ですか?」

「も、元は童話ですが映画もあります____お、ミュージカル映画で、と、とても楽しいんですよ」

 

 ミュージカルくらいは知っている。ドラコが家族で観劇してきたとよく自慢していたからだ。

 

「ま、マグルの世界ではとても有名なので、お、お、覚えておくといいですよ____わ、私もきっと……み、み、“緑色のジュース”*1を飲み干せば、偉大になれると、し、信じていました。わ、私にはその、し、資、し、質があると」

「先生?」

「わ、私はもう、か、“カンザス”*2には、かかか、帰れない。ああ……ミ、ミス・ロウル、も、もう遅いから気をつけて……」

 

 クィレル先生はまた頭が痛み始めたようだったので、コーディは大人しくマグル学教室を後にした。持病があるのにホグワーツで働くなんて、きっとすごく大変に違いない。今度、マグルの頭痛薬でも持っていこうかな____あ、ホグワーツではマグルの薬も効果が無いのかな。

 

 “緑色のジュース”ってどんな味なんだろう。“カンザス”ってどこだろう。

 でも、マグルが作る魔法使いの物語なんてとっても面白そうだ。寮に帰ったらハリーに聞こう。そんなに有名な映画なら、ハリーだって知っているはずだ。

*1
『オズの魔法使い』に登場するアイテム。臆病なライオンは魔法使い(を名乗るただのおじさん)から緑色の瓶に入った液体をもらい、勇気を得た。

*2
『オズの魔法使い』の主人公ドロシーはカンザス出身

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