あれ……ここはどこだ? 夢か?
目を開けると、体育館のような広い空間が目に飛び込んできた。両脇と正面には黒服のマッチョマンがぴたりと立ち、無言で俺を見下ろしている。
心臓が妙に落ち着かず、呼吸が浅くなる。
『インフィニット・ストラトスの世界へようこそ』
突然、男とも女ともつかない声が、頭の奥に響いた。
夢にしては出来すぎた演出だ――そう思った矢先、その声はさらに続く。
『君に≪君が選んだ人物より強くなる能力≫を授けた。ただし、この能力が使えるのは五人までだ。こちらから君に頼むことは何もない。だが一つ、忠告しよう――自分の道は自分で決めろ。さもなければ、死ぬ』
能力? 死ぬ? インフィニット・ストラトス?
頭の中で疑問が次々と湧き、混ざり合って渦を巻く。
夢だ……そう思おうとしたが、寝る直前の記憶を探ると、最後の三十分だけが黒く塗りつぶされたみたいに抜け落ちていた。
「では、このISに触れてみてください」
IS。おそらく俺の目の前にある黒いロボットのようなものだろう。触れた瞬間に爆発して死亡・・・とか流石にないよな?
もしそうなるとしても身長2m越えのゴリラに囲まれている俺にその要求を拒む選択肢は残されていない。
「・・・いきます」
意を決してロボットに触れると思わず目を瞑ってしまうほどの眩い光が俺を包み込んだ。光が収まると、両脇の黒服の男たちが同時に無線機を手に取り、どこかへ連絡を取り始めた。
「心苦しいかもしれないが君が織斑一夏に続いて世界で二人目のIS搭乗者であることが判明した」
オリムラ…イチカ? 誰だよソイツ。てかISって結局なんなの?
「君を今から国で保護する。悪いがこれは国の決定事項だ。あまり抵抗しないでいてくれると助かる」
刹那、両脇の男が俺を組み伏せ、俺の腹が冷たい床に叩きつけられた。肺の空気が一気に抜け、呻き声が漏れる。
あ、あれ? これもしかしてまずい? 保護するっていう名目で俺の事処分するとかじゃないよな・・・?
『自分の道は自分で決めろ。さもなければ、死ぬ』
さっき頭に響いたこの言葉を額面通りに受け取ると、なされるがままにこのまま『保護』されたら俺死ぬんじゃないか?
・・・一旦、さっき与えられたらしい≪俺が選んだ人物より強くなる能力≫を試して、それが本当ならここから逃げよう。
見た感じ、一番強そうなのは正面にいる戸愚呂弟みたいなやつだ。こいつだけ頭一つ抜けて体がでかい。加えて顔に無数の傷跡がある。退役軍人と言われても遜色ない。
「これから君を保護施設に送るが何かリクエストしたいものはあるか?」
「・・・貴方のデスマスクを100個くらいご所望します!!」
俺の口から殺害予告ともとれる言葉が漏れた瞬間、黒服たちの拘束が一斉に解かれた。否、俺が振りほどいた。
そのまま、俺は兎のような跳躍力で目の前の男に蹴りを叩き込んだ。これは俺の意志ではない。体が操り人形のように勝手に動いただけ。これが俺の能力?
「な、何だと…!」
俺の攻撃をガードした男の腕はあらぬ方向に曲がっている。あ、やばい。これ殺される奴だ。
俺の攻撃がオートで手加減も全くできない以上、ここで取れる行動はただ一つ。
「お、おい待て!!」
男たちに背を向け、無我夢中で走り抜ける。人殺しにはなりたくないからね。幸い、入口には黒服はおらず、楽にこの体育館から出ることができた。受付の人には怪しまれたけど。
――――――――――――――――――――――――――
「・・・ここまで来れば、だいじょう、ぶ、かな」
息が切れ切れになりながらもなんとか近くの公園に逃げ込むことができた。イかれた身体能力を発揮したのもあの場所から少し離れたところまで。そこから先は俺自身の性能に戻った。てっきり能力の効果は永続だと思ってたけど、対象から一定範囲内だけらしい。
まあ、そうじゃないと5人も選べる意味が薄まっちゃうしね。
それと、この世界の俺の髪はやたらに長い。腰まで届くんじゃないかってくらいだ。しかも緑色。走りにくいのなんのって感じ。ゴムで縛ってるって訳でもないし。
身長は・・・あり得ないくらい低い。前の俺の身長が160cm前半だったけれどそれよりも目線が低くなっている。
女の子なのかな、とも思ったけどしっかりブツの感触がある。所謂おとこの娘ってやつなのかな。鏡ないからわからないけど。
それを加味したらこれは憑依という奴なのかもしれない。特殊な力を与えられて、自分じゃない肉体で第二の世界を生きる。大体こういうのって神様が説明してくれるはずなんだけどね。
元の身体の主の人格はどこに行ったんだろ。俺はこの世界での記憶が全くないから意識が一つに統合した訳でもない。
俺が塗りつぶしたのか・・・? まあ、いいや。人格が消えたならそれを確かめる術もないし。
悩んでいてもしょうがない。
「ねえねえ!!
「ッ・・・!!」
いつの間にか目の前にうさ耳をつけた巨乳の女性がいた。なに一つ音がしなかった。
砥石ミクって俺の名前?
「な、なんで見ず知らずの人に髪なんか渡す必要があるんですか?」
「だーかーらー、君のDNAを解析するんだって!! いっくん以外で唯一男性でISが動かせる君のね!!」
・・・またISという単語が出てきた。もしかしてISってあの謎の声が言っていたインフィニット・ストラトスの頭文字?
でもあいつはインフィニット・ストラトスの世界って言ってたよな。エヴァンゲリオンみたいに機械の名前がアニメになってるのか?
それにしてもいっくん、か。
「まあ、あげないって言われても貰ってくんだけどね~」
いつの間にか彼女の手元には小型の見たこともない機械があり、それに俺のものであろう緑色の髪を数本かざしていた。
どうなってるんだ? なんでさっきからこの人のする行動の気配がないの? もしかして能力者?
「やっぱりおかしいなぁ。DNAはおろか細胞すらないし、サーモグラフィーにも反応しなかったし、君ほんとに人間?」
「・・・冗談ですよね?」
これはあれか? わざと嘘の結果を言って、直したければ自分の研究所に来させて解剖する新手の詐欺的な何かか?
「解剖しようだなんて物騒なこと、この束さんが思ってるわけないじゃない~。ずっと手元に置いて解析し続ける方がずっと合理的だと思わない?」
確かにそれはそうなんだけど。何か引っかかるんだよな。恰好が変なのは置いておくとしても。てかナチュラルに心読まれてるし。
大体国が保護しようとしてたのになんでこの人は別口で来たんだ? 日本に属してる研究者じゃないってこと?
そもそも本当に研究者なのか?
「おっと。私としたことがあまりの興奮に自己紹介を忘れていたね。私は篠ノ之束。ISの開発者で467個目となる最後のコアを製造した後、姿を消し、世界各国から身柄や命を狙われながら、自身が開発した移動式のラボと共に各地を転々として気楽な逃亡生活を続けている天才束さんとは私のことだよ~」
「・・・は?」
こんな変なうさ耳つけてる胸部露出狂があの機械の開発者なの? えぇ... いや、アニメの世界だと考えたら別におかしく・・・おかしくね?
てかISって世界に467個しかないってこと? そのうちの1個があれだったんだ。
やばくね? あのおっさんぶっ飛ばしたときにワンチャン傷ついたかも。
でも僕悪くなくね? いきなり組み伏せられたら反抗するに決まってるじゃんね。
「国の監視から逃れたい君にはうってつけの案件だと思うんだけど、どう?」
「・・・申し訳ありませんが今回は縁がなかったということで」
「は? なんでよ? 君の選択肢は国に保護されるか束さんと逃げるか以外ないんだよ? どこかの機関と繋がりがあるわけじゃないよね? なに考えてるの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「まあ、これからアフリカにでも行こうかなーって」
俺も迷ったけど、現状国にもこのおかしな奴にも保護されないのがベストな気がするんだよね。
あのおっさんとの殴り合いの時に俺が尋常じゃない能力を発揮できたことからあの謎の声の発言はおそらく本当。
『自分の道は自分で決めろ。さもなければ、死ぬ』っていう言葉とこの世界がアニメらしいことから、アニメの展開に関わるとマジで死ぬ気がする。
多分おっさんが言っていたオリムライチカってやつがこの世界の主人公じゃないのかな?
女性しかISが動かせないのに唯一彼だけが男性の中で動かせる。そして専門の機関だったり学校だったりで女子とイチャイチャする。
いかにもありそうな設定じゃない?
それに加えて目の前の変態うさぎは、おそらくこのアニメにがっつり関与してる。オリムライチカのこと、いっくん呼ばわりしてたし。
これらを加味したら真面目に一人で海外逃亡ルートがベストな気がする。そもそもISを起動云々の前に細胞がないだのDNAがないだのって明らかに
「もし仮に日本の捜索を振り切れたとしても、全世界が君を捕獲しようとするはずだよ? それでもいいの?」
「まあ、なんとかやりますよ」
俺には異能力があるし。国も馬鹿正直に二人目のIS候補者の身元が掴めないとは大々的に言えないと思うんだよな。
こういうロボットって軍事利用されるのが常だし、万が一他国に捕縛でもされたら取り返しつかなそうだし。
もしも本当に逃げ切れたなら、2人目の男性のIS操縦者なんてのはなかったことにされるんじゃないのかな。
「ふ~ん。あっそ。じゃあ死ね」
突然、視界の端に黒い影が走った。次の瞬間、拳が俺の顔面めがけて飛んできた。反射的に身をひるがえし、襲いかかる拳の連打を難なくかわす。
危ない・・・ あらかじめ能力使ってなかったら殺されてたぞマジで。
「はぁ? なんでお前みたいな
この人天才で身体能力もやばくてプライドも高いのか...
反則だろ。まじで相手にしたくない。
「男性搭乗者っていう要素で見ればいっくんで事足りる。馬鹿で、下品。挙句の果てには肉体ほとんどすべてが再現性の可能性がない生ごみのくせに!!」
右腕、心臓、すね、左足、頭、喉、腹。
彼女の四肢は刃のように迫り、ありとあらゆる急所を容赦なくえぐり取ろうとしてくる。
一撃でも受ければ、そこで終わり。いくら能力があるとは言え。相手の打撃を受ければ、俺も無事か分からない。
今はとにかく回避に専念して隙を見つけることに尽力するとしよう。
「天才なのに、僕程度の身体も再現できないんですか!? ISってその程度の人でも、作れる機械なんですね!」
「寛大な束・・・さんはお前の小学生みたいな煽りも許してあげる! でも、君自身はダメだよ。束さんには制御しきれない。まあ、そうなったら解体、、、するしかないよね!」
「奇遇ですね。僕も同じことを考えていました。あなたの手足を引きちぎって僕の身の自由と引き替えとして日本に寄付することにします。どうせみんな、あなたの頭脳にしか興味がないんだし。それで構いませんよね?」
「頭脳にすら価値のない君にしてはいい案、だね! 実行不可能な・・・点を除いて!!」
そろそろ頃合いかな。これ以上伸ばしたら国の人たちが来そうだし。
たとえどんなに強い武人でも、人間である以上逃れられない隙がある。たった0.1秒だけ。
それはまばたきだ。目の表面を潤わせるため、生まれつき人間に備わっている機能。
目の前の彼女の場合は、一分間に一回。ありえないほどのドライアイか、あるいは意図的かは分からない。
──それでも一撃で鎮めるなら、うってつけの隙だ。
もう少し……もう少しだ……
――ここだ!!!
「ッ!!!」
「っぐ……! やってくれるじゃない……! まさかこの束さんに、、、金的するなんてねぇ!!」
俺の蹴りは音を置き去りにして、寸分の狂いもなく女の股を狙ったはずだった。
だが束は、両腕でそれを受け止めていた。正気とは思えない。下からの蹴りを二本の腕で受け止めるなんて、普通の人間なら不可能だ。
俺の身体能力は、こいつをベースにした能力で常人を逸脱している。だがそれ以上に、この女の反応速度は化け物じみている。
それでもかなりの痛手を与えることには成功したはずだ。束の両腕はあり得ない方向に曲がっている。
あと一撃。次で終わらせる!!!
「死にさらせぇ!!!」
「……ちーちゃん!!! 来てくれたんだ!!! 私は信じてたよ!」
束の顔がぱっと輝いた瞬間、俺の背中に鋼鉄の塊が突き刺さった。
骨が砕ける感触と同時に肺から空気が抜け、視界が一瞬で暗転する。
何が──来た……?
思考も感覚も途中で途切れ、俺はそのまま闇に沈んだ。
どうしても地の文が多くなってしまう・・・