ここテルシス大陸を二分する戦争が終結した。
南北の資源問題と、東西の宗教問題。
互いの国の利害が一致して起きたこれは、南西の国々の勝利によって幕を閉じた。
まだ戦争の残香が残る中。
人々は平和の再来に喜び湧き立っている。
外では今まさに軍の凱旋パレードが行われている。
『ライデンシャフトリヒ万歳!』
『きゃー! 軍人さんこっち見て〜!』
都心より少し郊外の、湾が見渡せる一等地。
遠くからも、そんな群衆たちの声が聞こえてきた。
「実に結構」
祖国の勝利の美酒に皆は酔っている。
ここは自分も、少しくらい世界の雰囲気に飲まれても、バチは当たるまい。
光の色をした透明な白ブドウ酒をグラスに注ぐ。
ころりと回転させて匂いを楽しむ。
炭酸のポツポツ泡を見守りながら、口に含んだ。
「うむ、美味しい」
アルコールが喉を適度に温める。
湾からの風が、庭の木の葉を擦らせている。
銃剣のきらめきが海の水面に点々と跳ねた。
号外——『戦時公債で巨利、若きグラジオラス卿』
テラスに置かれていた、新聞。
その紙面の角がふわりと持ち上がり、指でそっと押さえた。
「失礼いたします、”ノア”様」
戸の向こうから、メイドが銀盆を抱えて現れた。
盆の上には、封をされた手紙がそっと一枚。
「首相からでございます」
なになに、内容は何だろうか?
丁寧に赤い封蝋を切って手紙の中身を開く。
上質な紙には下記のようなことが記されていた。
『拝啓、時下、終戦の報に接し、いよいよご清栄のこととお慶び申し上げます。戦時公債へのご投資により格別のご支援を賜りましたこと、厚く御礼申し上げます、ノア・グラジオラス卿。(以下略)敬具』
手紙は要するに、礼だ。
これからも投資してね〜と書いてあった、多分。
そう、”俺”は此度の戦争で大金を稼いだ。
いいや、莫大な富を築いたのだ。
「ノア様、お水をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
じゃあどうやって?
そんな貴方の質問、答えます。
---
遡ること……六年前。
当時、十歳だった俺は、邸宅の庭で隠れん坊をしていた……二人だけで。
それにも、わけがある。
貴族の息子として厳格に育てられたこの環境では、俺のご友人といえる友人は、もはや既にビジネスフレンドであり、心の底から友と言える人はいなかったからだ。
ゆえに、生まれた時から従者兼メイドとして働いてくれている、いわゆる妾の子である娘がいて、そんな彼女が、当時の俺にとって唯一信頼のできる友だった。
そんでもって、その娘と遊んでいた俺は、隠れん坊の最中に、蔵の中に駆け込み息を潜めていた。
そこは壺やら彫刻などが入っている倉庫だ。
今か今かと、その娘が見つけてくるのにドキドキしていたことを今でも思い出せる。
……そしてついにハンターが俺の隠れている場所に迫ってきた。
「ノアくん、見いっけ!」
暗闇に隠れていたのだが、その娘は目が良いのか俺を見つけ出した。
隠れん坊なのでそこでお話しは終了……。
と言いたいところだが、ここからが肝だ。
当時の俺は女の子に負けたのが悔しかったので、急遽ルールを変更して、「隠れ鬼だから!」と、その娘がタッチしてくる前に蔵の中を走り回った。
しかしだ。
蔵の中は暗闇に包まれている。
そんな中、一生懸命に逃げた。
その時だ。
——ガシャン!
蔵の棚に俺はぶつかった。
同時に、重い衝撃が頭上を打った。
あの娘の悲鳴が聞こえる。
何が起きたかと、自分の頭を触ろうとし……。
自室のベッドの上で目を覚ました。
「ノアぐぅ”……ん”‼︎ 私が、私がごべんね”え……」
目の前では女の子が泣いている。
「ここは……?」
「お前の部屋だ、ノア。調子はどうだ?」
ふと声のする方を見るとパッパらしき人がいる。
“らしき”と表現したのにも理由がある。
俺には、“自分以外の記憶”があったからだ。
「……大丈夫か?」
「はい……多分、大丈夫だと思います」
この日より、俺は気づく。
“ここは、異世界か?”
自室内にあった辞書や地図を読み漁った。
そうすると俺の疑問は、確信に変わる。
ライデンシャフトリヒ。
ガルダリク帝国。
自動手記人形、オートメモリーズドール。
……ここは、“俺”の知っている世界だ。
間違いない、この世界の名前は——。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
ξ
それから二年後。
次代の存在として、俺は父親の関わる仕事に口を出しまくった。
特に”情報”を得るための”電信”敷設を熱心に語り、説得をした。
あの日の”記憶が顕現”した日以来、人が変わったように動き出したのだ。
そしてその努力が実を結ぶ時がようやく来た。
今自分が住んでいるのはライデンシャフトリヒと名のつく国。
そして、北方にはガルダリク帝国という存在。
世界の文明レベルとしては第一次大戦前程度。
時は、満ちた。
北方のガルダリク帝国による資源地帯への侵攻。
そしてライデンシャフトリヒの債券価格の暴落。
からの、父親を説得しての債券大回収。
そして戦時公債への大規模出資。
戦場へ張り巡らされる電信網の構築に一枚も二枚も噛み、最新の戦時情報が大本営へ送られると同時に、こちら側の邸宅にもその情報を横流ししてもらい、新聞による大本営発表よりも早く情報をキャッチしている我が家は、債券の先読み売買を行い……。
そうして、戦争開始から四年が経ち。
冒頭のシーンへと戻る。
---
「ノア様……?」
メイドのエレンが不思議げにこちらを伺ってくる。
「あ、ああ。少し考え事をしていた」
「左様でございますか」
勘の良い人はもう薄々勘づいているかもしれないが、この娘こそ、例の隠れん坊の少女というわけだ。
当時の事件について、パッパには俺から許しを乞うてこの娘のお咎めをなしにしてもらった。
というか、俺の自業自得だから当たり前だけど。
『戦時公債で巨利、若きグラジオラス卿』
さあ、そんな俺も今じゃ立派な有名人。
十歳から六年が経ち、十六歳になった。
身長も伸びて、身体のガタイもよくなった。
お天道様に何一つ隠すことはございません。
え? お酒飲んでるじゃあないかって?
……それはだね。この国のルール的にOK? なんだよ。多分、きっと、メイビー。
「ノア様、お酒はまだ控えるようお父上がおっしゃっていましたよね?」
前言撤回、本当は未成年飲酒です。
法を犯すのは……やめようね!
グラスは取り上げられ、彼女の手元に収まる。
「エレン君、君の行動は正しい。だが、今日くらいはいいじゃないか。特別な日だ。たまには少しくらい酔ったって構わんと、そうは思わないか?」
俺は情に訴える。
こういうのは得意なんだ。
「いいえ、ノア様。あなた様の従者として、ハッキリと言いますが、ノア様がこっそりと自室にウィスキーを隠し持っているのは、何度も摘発された周知の事実でございます。故に、”たまに”は、通用しません」
でも失敗する時もある、と言い忘れたな。
彼女の、指摘はごもっともだ。
ぐうの音も出ないくらいに……くらいに。
いや、俺は長男だ。
ここで諦めるわけにはいかない。
「確かに、先のお酒を飲んでいたのは私の落ち度だ。認めよう。でもウィスキーに関しては別じゃないか。アレは『生命の水』を意味する由緒正しい、人類のエネルギードリンクだぞ?」
「でも、お酒ですよね」
硬い、固すぎる。
この相手、もしや難敵? ならば……。
「……ん”んっ! 君と私の中じゃないか、幼いときより共に育った。つまりだね、今日くらい見逃してくれたって——」
「ダメです(即答)」
「どうして⁉︎」
「ノア様がまだ成人を迎えていないからですね」
ここライデンシャフトリヒでは成人は十八からと決まっている。
お酒も同様に、この年齢から解禁される。
だが、俺は十六歳……出来ませんでは良心がない。
「ならエレン。どうして君はその私から奪い去った、光る液体を飲んでいるのだね」
「私はもう十八ですから」
「それなら仕方ないね(即落ち)」
くそっ! 何も言い返せねえ。
俺と彼女は二歳差、確かにもう成人済みだ。
この言い合い……工事完了です(敗北)
俺は大人しく渡された水に口をつけ直した。
冷たさで、頭が澄む。
「ふぅ……」
そうだ、話を戻そう。
戦争が、四年にわたる大戦が終わったんだ。
今も遠くからはパレードの音と歓声が聞こえる。
俺は”原作”に積極的に関わっていくつもりはない。
だが、”お金”は稼いでいこうと思う。
今回は戦争という前知識があった。
でも今後は? どうなる?
……間違いなく言えるのは、この世界はこれから飛躍的に進歩していくということだ。
無線はすでに前線で使用された。
乗用車の開発も戦争に従って進んだ。
他にもたくさんの技術の卵が生まれた。
それに、技術だけじゃない。
新たな事業もどんどんと増えている。
そして、俺には”記憶”がある。
「ならば、やってやろうじゃないか」
この世界の青田買いを。
これは手紙で人と人を繋ぐ物語じゃない。
——これは札束で投資と事業を紡ぐ物語だ。
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