手紙ではなく、札束を!   作:深紫Sιn姉

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2話:株式会社、C.H郵便社

 海風が心地よく肌を撫でてくるそんな日。

 

 俺は、とある場所に来ていた。

 

「失礼します」

「どうぞ。待っていました、お入りください」

 

 C.H郵便社——。

 

 戦後、元軍人のクラウディア・ホッジンズ氏が立ち上げた、自動手記人形による手紙の代筆と、手紙の運び屋を兼ねた、文字通りの郵便会社である。

 

「ふむ、中々いい建物ですね」

「いえいえ……お先に、どうぞ」

「ああ、それでは失礼して」

 

 ふかふかの革ソファに腰掛ける。

 対面に、社長——ホッジンズも座る。

 

「それでノア”さん”、本日はどのような理由でお見えになられて?」

 

 どこか緊張したような雰囲気で声をかけてくる。

 

「そんなに肩に力を入れなくて大丈夫です。今日はご挨拶と——少し、未来のお話を」

「未来のお話……ですか。いいですね。まずはお茶でもいかがです」

 

 彼は立ち上がり、湯気の立つ湯呑みを持ってきた。

 応接室の真ん中には、木目の太い頑丈な机が。

 そこにそっと、ホッジンズは淹れたばかりの茶を、俺の目の前に出してくる。

 

「ありがとうございます。いい香りだ」

「ええ、そう言ってもらえると嬉しい限りです」 

 

 湯気に指先をかざしながら、俺は部屋を一度ぐるりと見渡した。

 そしてお茶を少し口に含んでみると、ふんわりとした優しい味が口の中に仄かに広がる。

 

「ところで、会社の調子はどうですか」

「おかげさまで。……そうだ、まずはお礼を。最初の出資、あれがなければ今ごろ私はまだ会社を立ち上げられていなかったでしょう」

 

 ホッジンズがこちらに深く頭を下げてくる。

 

「そんな、たいしたことはありませんよ。代筆に郵便業……これからは人と人が、より密接に繋がっていく。そう確信したからこそ、ホッジンズさんの先見の明に乗らせてもらっただけです」

 

 俺の言葉を聞いた彼は、恥ずかしそうに頬を掻く。

 すると、思い出したかのように手を叩いた。

 

「そうだ。ノアさん、そういえばこの前、新聞に名前が載っていましたよね。確か——若きグラジオラス卿……そう呼んだほうが宜しくて?」

「よしてください。あれは恥ずかしい……」

「ははは、ご謙遜を。良い響きじゃないですか」

 

 ホッジンズは笑った。

 俺は苦笑いを浮かべた。

 

「それで、本日はどのようなご用件で?」

 

 ああ、そうだった。

 それを言いに来たんだった。

 

 俺はホッジンズの方を向き、本題に入る。

 

「C.H郵便社を、株式会社にしませんか?」

 

「株式……会社?」

「ええ。今は私の懐一つですが、株式会社になれば、市場からの資金調達が可能となり、このC.H郵便社をより大きくしていくのに役立ちます」

 

 俺の目的は、このC.H郵便社を株式会社に進化させること。

 理由は単純だ。

 伸びていく会社に投資をすることで、その成長性に乗じて”資産”を増やすためである。

 

 いわば、金のなる木に水をやるため……と。

 

「……なるほど、わかりました。ノアさんがおっしゃるのなら、それはきっと、やるべきなのでしょうね」

 

 ホッジンズは深く考え込んだあと頷いた。

 俺はそれを確認してから、言葉を続ける。

 

「まずは三万株の発行からにしましょう。半分は私が、もう半分はホッジンズ社長、あなたの分です」

 

 C.H郵便社は業績も好調で、”記憶”によると、この後目玉商品となるような”人物”も登場する。

 早めに唾をつけておくのは、当然の判断だ。

 

「ということでホッジンズさん。今から、ライデン証券取引所に行きましょうか」

「今から⁉︎」

「ええ勿論! 善は急げ、ですよ」

 

 

---

 

 

 ライデン証券取引所——。

 都市の一等地に建てられた六階建ての楼閣。

 

 いかにもな成金服の姿の人たちの数々が、中に入ったり出たりを繰り返している。

 

 俺とホッジンズの二人組も、それに倣って入る。

 

「予約していたノア・グラジオラスです」

「はいただいま確認します……ええ、確認取れました。中へどうぞ」

 

 受付で名前を告げると、黒服がVIP部屋まで案内してくれた。

 

 小声でホッジンズが俺に言葉をかけてくる。

 

「ノアさん、予約って……いつの間に」

 

 俺はニヤリと悪そうな笑みを浮かべて返した。

 

「先週からすでに取ってましたよ。ホッジンズさんならきっと了承してくれると信じて」

「ちょっとノアさん、先に言っといてくださいよ……もうコッチは心臓ばくばくですよ」

 

 ここ、ライデン証券取引所は俺に取って懐かしの場所というか、もはや第二の故郷である。

 

 なぜなら、先の大戦の時は何度も父からの委託状を手に、債券の売買を繰り返しては、ここで倍々ゲームをして富を成してきたからだ。

 

「失礼します」

 

 ライデン証券取引所の担当がやってきた。

 明らかにエリートといった風貌のおじさんだ。

 

「株式公開について——と伺っております」

「ほら、ホッジンズさん……段取り通りに」

「あ、ええ。そうです、C.H郵便社を株式会社にしようと思いまして」

 

 ホッジンズが切り出すと、担当官は淡々と話した。

 

「提出物は五つです。定款、株主名簿、決算書、事業報告、監査証明」

 

 担当官に従い、ホッジンズは予め準備させられていた書類を全て提出する。

 

「……確かに、受け取りました。では、少々お待ちください」

 

 担当官が去ると、応接の空気がすっと軽くなった。

 代わりに、静かな緊張が残る。

 

「……ノアさん」

「ここからは、あなたの舞台です。私は横で見ているだけに徹しますよ」

 

 ホッジンズは一度、深く息を吐いた。

 机上の紙束を指先で整え、背筋を伸ばす。

 元軍人の顔に、商いの覚悟が宿る。

 

 やがて扉が開き、担当官が戻る。

 

「書類、全て問題ありませんでした。ひとつだけ伺いますが、集めた資金の用途は決めてありますか?」

 

 ホッジンズはすぐに答えた。

 

「まずは設備投資です。二輪自動車の購入費用にあてがい、配達員の快適な配達環境を整えます。次に、自動手記人形たちの更なる雇用です。彼女たちが我が社の動力源と言えますから」

 

 担当官の眉がわずかにほどける。

 

「了解しました。上場日は——来週の市日に合わせましょう。鐘の前に社長さんの挨拶、その後に取引開始でございます。正装でくるようお願いしますね」

 

 短いやりとりだったが、十分だった。

 部屋を出る廊下で、彼は握り拳を作っていた。

 

「ノアさん……やるとなったら、やりますよ」

「ええ、ホッジンズさんには期待してますよ」

 

 

---

 

 

 株式公開まであと数日。

 

 C.H郵便社は、その後の話し合いで、新たに一万株を発行増資することに決まっていた。

 

 その間に俺ができることと言えば……。

 

「父上、知り合いの会社が上場するのですが、知名度が今ひとつ足りません。私もこの計画には一枚噛んでおりまして、助けて欲しいのです」

 

 我がパッパにおねだりすることだった。

 

「何だノア、具体的に言ってみなさい」

「ええ。父上にはその、伝手を使って頂き、新聞各社に私の知り合いの企業……C.H郵便社の宣伝をお願いしてもらいたいのです」

 

 俺のキュルンとした可愛いお願いにパッパは不思議そうな目を浮かべている。

 

「それなら、自分で新聞屋に宣伝費用を払って広告を出してもらえばいいだろう?」

 

 違う、それじゃあダメなんだ。

 

「ええ父上。確かに、その方法は私も考えました。しかしですね、高級新聞はその手に乗ってくれないのです。大衆新聞ならともかく」

 

 そう、いわゆる貴族やインテリが読んでいるライデンの高級新聞には、経済のことなどは書かれど、一企業の宣伝など普通は行ってくれない。

 

「なるほどな。そこで”伝手”というわけか」

「ええ、是非ともよしなに……」

「あいわかった。愛する息子からの願いだ」

 

 我がパッパは顔が広い。

 俺も一応ビジネスフレンドは沢山いるが、まだ社会に影響を与えるほどの年齢には達していない。

 

 だからこそ、頼る必要があったんですね。

 

「ところでノアよ」

「はい、なんでしょう父上」

 

 パッパが微笑みながら、ソファの横からとある瓶を取り出した。

 

「これはなんだね?」

「……何でしょうね?」

 

 度数40パーセント。

 琥珀色の透明な液体の入ったガラスの瓶。

 

「これはな、エレンがお前の部屋から見つけたというのだ。しかも飲んだ形跡のある——」

「すみませんでした‼︎」

 

 ——このあと、めちゃめちゃ怒られた。

 

 

---

 

 

 C.H郵便社、株式公開当日。

 

 朝の取引所は、湯気の立つ台所みたいに忙しい。

 チョークの粉、革靴の音、ざわめき。

 高い天井の下、小さな演台に立つのは——ホッジンズ、ただ一人だ。

 

 担当官が手で合図を送る。

 ざわめきが潮のように引いた。

 

「——クラウディア・ホッジンズ氏です」

 

 呼ばれた彼は息を整え、短く、まっすぐに言った。

 

「戦が終わり、言えなかった言葉が街に満ち溢れています。私たちは、C.H郵便社は、それを運ぶ橋になります。どうか、この橋を一緒に支えてください」

 

 それだけ。

 拍手が大きく広がり、鐘がかんかんと鳴る。

 

 そして、黒板に『CHPO』の文字が刻まれた。

 C.H郵便社の銘柄コードである。

 

 最初の札が交わされる。

 

 公募は一万株、申込は三倍。

 割当を外れた客が、開場と同時に黒板へ殺到した。

 

 数字がぽん、と跳ね、また一段、また一段。

 

 ——まるで階段を上がるみたいに、白の数字が高くなっていく。

 

 隣で誰かが囁く。

 

『あの会社、郊外まで配達を広げるらしいぞ』

『新聞にも出ていましたね。元軍人の社長で、きっちりしていると』

 

 

 午前の部が終わり、午後。

 

 鐘が再び鳴ってからは、数字は、最後にもう一段だけ、気持ちよく背伸びをした。

 

 終値は、最初よりも遥かに高い。

 

 黒板の白が、夕日に少しだけ光って見えた。

 

「お見事です、ホッジンズさん」

「いやいや、ノアさんのおかげですよ」

 

 俺とホッジンズは二人で語り合う。

 

「乾杯しますか」

「いや、ノアさん。君はまだ未成年でしょ」

 

 軽くこちらの肩を叩いて笑うホッジンズ。

 

「まあでも……」

 

 彼は咳払いを一つしてからこう言った。

 

「今、この瞬間は。十分酔うに値します」

「そうですね」

 

 俺も同意する。

 

「ホッジンズさん」

「はい、ノアさん」

 

 

「手紙で、人と人を繋いでください」

 

 俺は、札束で、道を広げますから。




原作に積極的に関わらないと言ったな……アレは嘘だ!
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