手紙ではなく、札束を!   作:深紫Sιn姉

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3話:紫羅蘭少女との仕事

 C.H郵便社が上場してから、一年弱が過ぎた。

 

「ふんふん〜」

 

 俺は今日はとても上機嫌である。

 

 なぜなら、今日がC.H郵便社が上場して以来初の、年に一度行われる『配当日』だからである。

 

 決算資料に目を通す。

 

「うむ。一株あたり、百ライデンの配当金……っと」

 

 俺の持ち株は一万五千株なので、ざっと計算してみると、配当金の合計額は百五十万ライデンとなった。

 

「ふむ、自動車一台くらいなら買えるな」

 

 C.H郵便社が公募で一万株発行して、会社に資金として流入した金額は三千万ライデン。

 つまり、公募価格は一株あたり三千ライデンだ。

 

 そして現在の『CHPO』の一株は約五千ライデン。

 

「となると……現在の配当利回りはおおよそ二パーセント、といったところか」

 

 公募価格を基準に見積もれば、俺の含み益は現在、三千万ライデン近くは儲けたことになる。

 

 これは、郊外なら上等な家が一つ、都心なら洒落た家が一つは買える数字だ。

 十六歳の子供が持っていて良い値段ではない。

 

「とはいえ、だ。戦争の時に公債でたんまり稼いだ金額に比べると雀の涙よ……ふははは!」

 

 ——コンコン。

 

 悦に浸っていると、自室の扉がノックされた。

 

 俺はベッドの上で寝転んでいた姿から、姿勢を正し、部屋に置かれたリッチなソファに座る。

 

「入って、どうぞ」

「失礼します」

 

 メイドのエレンが静かに部屋に入ってくる。

 そしてその手元には一枚の紙が。

 

「ノア様。こちら、ホッジンズ氏からの手紙です」

「うむ、感謝する」

 

 俺は彼女に礼を言って受け取る。

 

 C.H郵便社の赤い封蝋を切り、封を開けた。

 シーリングワックスがするりと剥ける。

 

「なになに……?」

 

『拝啓 ノア・グラジオラス卿。

 突然のお便り、失礼いたします。

 C.H郵便社 自動手記人形 ヴァイオレット・エヴァーガーデンと申します。

 社長クラウディア・ホッジンズの依頼で、ノア様の身の回りの作業をお手伝いする任を拝命しました。

 明日午後三時、ご邸宅へご挨拶に伺います。

 勤務期間は一週間ほどを予定しております。よろしくお願いいたします。

 敬具

 C.H郵便社 自動手記人形

 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』

 

 丁寧に書かれた透明な水のような文章。

 

「そういえば……そんなことお願いしていたような、していなかったような」

 

 以前、ホッジンズにあった時。

 俺は『仕事できる子派遣してくれない……ない?』と、そんな感じのことを言った気がする。

 

 もしやこれは彼が、律儀にも俺の要望に答えてくれたということだろうか?

 

「——いやいや! 待て!」

 

 俺は慌てて姿勢を正した。

 

 手紙をもう一度、しっかりと見直す。

 特に、名前のところを凝視する。

 

『C.H郵便社 自動手記人形

 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』

 

 何度見直しても、刻まれた文字は変わらない。

 

「……これは、夢か?」

 

 ほっぺをぐーっと引っ張ってみる。

 

「痛いな……これはつまり」

「現実です、ノア様」

 

 エレンが即答した。

 

 

---

 

 

 翌日、午後三時の五分前。

 

 玄関の向こうから、細い影が降りた。

 

 まっすぐな背筋。

 太陽に照らされ輝く金髪。

 湖面のような碧の瞳。

 

「お客様がお望みなら、どこでも駆けつけます。自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」

 

 片足を軽く曲げ、背筋を伸ばして挨拶をする。

 見事なカーテシを披露する少女の姿があった。

 

 原作に深入りはしない——そう決めたはずなのに、”主人公”が玄関に立っている。

 

 じんわりと緊張しつつも、相手に返答する。

 

「私は、ノア・グラジオラス。ようこそ」

「お招きありがとうございます」

 

 ぺこりとヴァイオレットが頭を下げた。

 

 彼女の声はとても澄んでいる。

 機械のように正確で、礼儀の温度が丁度いい。

 

「では中に入ろうか」

「はい、了解しました。グラジオラス卿」

 

 グラジオラス卿……硬いな。

 

「私のことはノアでいい。気軽にそう呼んでくれ」

 

 だが彼女は困ったような顔を浮かべる。

 

「ですが、ホッジンズ社長の恩人であるグラジオラス卿にそのような対応では、申し訳が立ちません……」

 

 うーむ、これは手厳しい。

 

 でも確かに、自分のところの社長の知り合いに、気軽に下の名前で呼んでくれと言われたら、誰だって困惑するだろう。

 

 じゃあ代案は? ノア様? いやいや、もう既にそれは耳にたこができるほど聞いている。

 

 わからん、全然わからん!

 ならばここは、ヴァイオレット自身に任せよう。

 

「なんか……他にいい感じの呼び方で頼むよ」

 

 彼女は数瞬、考えるようなそぶりを見せると。

 

「承知いたしました。では——”ご主人様”と」

 

 ご主人様⁉︎ そんなまるで貴族のボンボンみたいな……って俺、貴族のボンボンだったわ(自己解決)

 

「う、うぅん。じゃあ、それでいこうか。うん」

「ええ、ご主人様。」

 

 こうして、俺のヴァイオレットからの呼び方は、無事に話し合いで、なんとか着地することとなった。

 

「それじゃあ、まずは家の中に入ろうか」

 

 

---

 

 

 さて、俺の仕事とは主に、会計に関することだ。

 

 手伝いに来てくれたヴァイオレットには、俺の口から発した言葉を、資料に入力してもらう作業をする。

 

「まずは、この配当の振り分け表からにしようか。三つに分ける。運転資金、投資、寄付——」

 

 俺が語り始めるとすでに、両手の義手を構えて、彼女は入力の戦闘体制を整えていた。

 

 カチ、カチ、カチ。

 

 銀色のタイプライターが小気味よく音を奏で、紙は一枚、また一枚と吐き出される。

 

「次は礼状の雛形を三種ね。堅め、柔らかめ。社名を差し替えれば使い回せる体裁でお願い」

「了解しました」

 

 カチ、カチカチ。

 

 

 ——この作業が夕方まで続き。

 

「これで最後だね……」

 

「はい。全ての作業は完了いたしました。追加として、日次台帳・来客簿・支払承認書のテンプレートを三種ずつ用意しました。見出しは差し替え可能です」

 

 差し出された紙束は、項目だけで美しい。

 誰が見ても迷わない順番で並んでいる。

 数字が勝手に歩き出しそうだ。

 

「早い、正確、読みやすい。パーフェクトだ」

「ありがとうございます」

 

 ……おいおい、一週間かかる予定だった仕事が、たったの一日で終わってしまったぞ。

 

「それで、ヴァイオレット君」

「はい。いかがしましたか? ご主人様」

 

 彼女の目は吸い込まれるような美しい宝石だ。

 

「その……だね。もう仕事全部終わっちゃったんだ」

「はい、素晴らしい戦果です」

 

 ヴァイオレットはどこか軍人風の表現を使う。

 

 いや確かに、一週間かかる予定の仕事が、もう終わってしまったのは大戦果だろう。

 ……だが、困るのは。

 

「あとの六日、どうしようかね」

「契約では一週間となっております。ご主人様」

 

 仕事はもう済んだ。

 彼女にも彼女なりの時間があるだろう。

 

「君の本職はC.H郵便社だろう? 仕事は片付いた。もう戻ってもらって構わないよ」

 

 俺はそう提案する。

 が、しかし。

 

「任務ですので、それはできません」

 

 即答される。

 碧眼が微動だにしない。

 

「私は、ご主人様の身の回りの世話をするよう任務を受けています。契約にもそう記されています」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「……じゃあ、余った時間は、えっと」

 

 ——コンコン。

 

 その時、扉が開き、メイドのエレンが現れた。

 

「ああエレン、どうした」

「ノア様、先ほどの会話聞かせていただきました」

「おい、普通に盗み聞きをするんじゃない」

 

 俺の指摘にも意に介さず、エレンが続ける。

 

「私からの提案ですが、ヴァイオレット様には、ノア様の身辺のお世話をして頂くのでいかがでしょう?」

 

 身辺の……お世話?

 

「ええ、ヴァイオレット様には”標準服”を貸与いたします。当家の規律に従い、ノア様が清く正しく生活できるよう、お世話をお願いします」

 

 ヴァイオレットは首を傾げていた。

 だが、その意味を理解すると。

 

 バシッ! と見事なまでの敬礼をした。

 

「承りました。ヴァイオレット・エヴァーガーデン。これから一週間。ご主人様の”お世話任務”を遂行いたします」

 

 おいおい、それってアリなのか?

 てか待てよ、お世話任務って、俺は子供か!

 ……まだ子供だったわ(自己解決)

 

「ヴァイオレット様、では早速”お着替え”に移りましょう。部屋はあちらです。私についてきてください」

「了解しました」

 

 

こうして、ヴァイオレットのメイド生活が始まった。




なぜだ。札束がヴァイオレットをメイド服姿に!
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