手紙ではなく、札束を!   作:深紫Sιn姉

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4話:メイド・ヴァイオレット

 優しい光が室内に漏れ出し始めるような朝。

 鈴のような凜とした声で、俺は目覚める。

 

「おはようございます。ご主人様」

「ああ、おはよう。”ヴァイオレット”」

 

 長めの裾が、静かに揺れる。

 胸元は白のエプロンで整う。

 ホワイトブリムが額を縁取る。

 碧眼が静かにこちらを見る。

 

 メイド姿の、”原作主人公”が立っていた。

 

「朝食の準備が整っております」

「うんむ」

 

 俺はそんな彼女に生返事を返す。

 ベッドから起き上がり、立ち上がる。

 

「お着替えはこちらです」

 

 差し出された服に腕を通す。

 すると、ヴァイオレットが俺の挙動に合わせて、服の着用の手伝いをしてきた。

 テキパキと、流れるように。

 

「それでは、食堂に向かいましょう」

 

 

 ——廊下を二人で静かに歩く。

 

 数歩、離れた位置で互いに足を進める。

 ふと、彼女がこちらに話しかけてきた。

 

「こちらの標準服は、初めて着ましたが。これはメイドとして、戦闘にも対応したものなのですね」

 

 ヴァイオレットは己のスカートをふわり浮かせると、太ももあたりを見せてくる。

 そこには、短剣が数本忍ばされていた。

 

「ガーターベルトにこのような使い道があるとは、これはいつか役立ちそうです」

「うむ。襲われても不意打ちで抵抗できるからね。まさかメイドが自衛の手段を持っていて、返り討ちに会うとは、誰も思うまい……なんてね?」

「ええ、素晴らしい発想です」

 

 俺と彼女はそんな誰得な会話をする。

 

(いやいや! 待て、冷静になれ俺。何を呑気に『なんてね?』だ。ヴァイオレットは確か元兵士だったよな? ……そうだ、元兵士。冗談が過ぎると返り討ちに会うのはこっちだ)

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼女は。

 

「ご安心ください。必要とあらば非殺傷で敵を止めることも可能です」

 

 さらりと言ってのける。

 

「は、はは……それは頼もしい」

「ええ、ご主人様の身を守ってみせましょう」

 

 そんな物騒なこと、起きないでほしいけどね!

 

 

 ——そして、食堂へと辿り着いた。

 

 横に長ーい机の上には、朝食が置かれている。

 そして俺は、その長い机の端の席に座った。

 

「珈琲を淹れますね」

 

 ヴァイオレットが俺の横に立ち、熱湯をフィルターに注ぎ、すると濃い液体が一滴ずつ落ちていく。

 それが集まった後、彼女はカップに注ぎ直した。

 

「どうぞ、できました」

「ああ、ありがとう。頂くよ」

 

 そして出来上がった珈琲に俺は口を付け——。

 

「苦——っが⁉︎」

 

 そのあまりにも濃厚な風味に、ついむせた。

 

「ご主人様? いかがなさいましたか」

 

 ヴァイオレットが、こちらの顔を心配げに伺い、俺の口元を優しくそっと、拭いてくれる。

 

 そうなんです。

 実は俺、ブラック無理なんです。

 

「ヴァイオレット」

「はい」

「砂糖とミルクを、たんまり混ぜてほしい」

「承知しました」

 

 彼女は言われた通りに、それぞれを溶かしていた。

 

 俺はその間、パンにバターを塗り、一口かじっては、いわゆるお口直しをしていた。

 ほんのりと塩気の効いた味が絶妙だ。

 

「ご主人様、完了しました」

 

 ヴァイオレットが甘々に中和された、もはや乳白色の液体をこちらに差し出してくる。

 

「これだよ、これ」

「失礼いたしました」

「いや謝ることじゃない。誰しも失敗はあるものだ」

 

 まっ、でももう一人のメイドが同じことやってきたら、怒っちゃうけどね!

 

 パンを齧る、珈琲を啜る。

 このワンパターンだ。

 朝はこれくらいがいいってもんよ。

 

 ……それにしても。

 

「ヴァイオレット」

「はい。なんでしょう」

「君は……朝食を食べないのかね?」

 

 そう、俺、今絶賛ボッチ飯の最中だ。

 隣に、ヴァイオレットがいるのに。

 彼女は俺の横に突っ立ったままだ。

 

「私は、慣れていますから。数日程度ならば、食料を補給せずとも任務は続行可能で——」

「いやいや! 一緒に食べようか⁉︎」

 

 ヴァイオレットの断食宣言に、俺は間髪入れず、横の席に座ることを促した。

 

「いえ、ですが」

「いいから、いいから。ホラ座って」

「命令とあらば……了解しました」

 

 ふう、危ねえ。

 あやうくホッジンズに叱られるところだった。

 うちの従業員を雑に扱ったよなあ⁉︎ って。

 

「して、ヴァイオレット」

「はい。ご主人様」

「君も一緒に朝食を食べよう。今は、我が家の一員なのだから」

 

 彼女はこちらの瞳を伺うように覗く。

 そして、ようやっと意味を理解したのか。

 

「——ええ。分かりました」

 

 ともに、朝食を食べる仲となった。

 うむ、実に結構。

 

 

---

 

 

 朝食を済ませたあと。

 

 俺は、ヴァイオレットを従えて街に出かけていた。

 人々のざわめきや、道路から車の音が聞こえる。

 

「一体、何をするのでしょうか?」

 

 彼女が不思議げに尋ねてくる。

 

「街の視察だよ。貴族の嗜みってやつだ」

「そう、ですか……」

 

 ヴァイオレットは未だよくわかっていない顔だ。

 

 そんな少女を引き連れてやってきた場所は——。

 

「いらっしゃいませ。当店にようこそ」

 

 ライデン屈指の宝石店。

 煌びやかで、でもどこか大人しい雰囲気のある。

 

 本来は未成年の子供が入るような場所ではないが……俺は顔パスで何事もなく入れた。

 

「若きグラジオラス卿。本日はお日柄もよく」

「ええ、久しぶりに来ました」

「ごゆるりと、当店をどうかご贔屓に」

 

 ここは、俺がよくパッパに連れてこられた顔馴染みの宝石店である。

 店員・店長とも顔は見知った仲だ。

 よく俺は、ここでジュエリーを買っていた。

 

「今日はいつもと違うお嬢さんですね。お名前は?」

 

 店長が親しげに声をかける。

 ヴァイオレットは、若干緊張した様子を見せつつも、すぐその場に順応すると。

 

「ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」

 

 それはもう見事なまでの挨拶をした。

 

「おお……! 美しい。さすが、グラジオラス卿のお抱えメイドさんですね」

 

 まあ実際は、一週間限定の自動手記人形だけど。

 否定するのも、説明するのも面倒なので、曖昧な笑みを浮かべてその場を流す。

 

「……ご主人様」

「どうした、ヴァイオレット」

「何用でこちらに入られたのでしょうか」

 

 彼女が小声で疑問を投げかけてくる。

 俺は、それに対しそっと静かに答えた。

 

「プレゼントだよ」

「プレゼント……?」

 

 まだ良くわかっていないようだ。

 畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「君へのプレゼントだ」

「……私に、ですか?」

「そうだ。一週間仕えてくれるわけだ。それ相応のご褒美を出すというのが、貴族の礼儀なのだよ」

 

 俺は、ヴァイオレットに手招きをして、宝石コーナーに近寄らせる。

 

「これは……ダイヤモンド、金、プラチナです」

「そうだ。他にもあるぞ」

 

 エメラルド、ルビー、サファイア……etc。

 この店では、無い宝石の方が少ない。

 

「好きなのを選ぶといい」

 

 この言葉を聞いた彼女は、一瞬。

 一瞬だけだが、年相応の少女の顔をした。

 

 だが、ヴァイオレットは固辞しようとする。

 

「ですが、私には勿体ないと思われます」

 

 そんな発言に対して、俺は問う。

 

「いやいや、そんなことない。なら、君の胸についた緑のブローチ。それは勿体ないかい?」

 

 ヴァイオレットは深く思考する様子を見せた。

 それは、彼女にとって”大切な人”から初めてもらった、思い出の品である。

 

「いえ、勿体なくありません……。これは、少佐から頂いた、かけがえのない宝物です」

 

 どこか寂しげに、少女はそっと胸元を握った。

 

「君は女の子だ。それに美しい。宝石の一つや二つ、身につけて自分を輝くように強調するといい」

「ですが——」

 

 この娘、なかなか折れない。

 でも大丈夫、すでに買うものは決まっている。

 彼女が納得するような、立派な一品を。

 

「ほら、ヴァイオレット。こっちにきてごらん」

「はい。承知しました」

 

 俺は、ジュエリーが沢山並ぶガラスのショーケースの一つを指差した。

 

「……これは?」

「これはね、”ブルーダイヤモンド”だよ」

 

 まるで湖面のような淡い水色の宝石。

 それは例えるなら、彼女自身の碧眼そのもの。

 

「君には大切な人がいるんだろう? これは、その人に向けたプレゼントだと思えばいい」

「……」

 

 ヴァイオレットはそれに見惚れていた。

 いや、目を奪われていたとでも言おうか。

 とにかく、お気に召したことは確かだった。

 

「店長ぉ! この宝石、今買うから、取り出してもらえますか?」

「ご、ご主人様……?」

 

 彼女が驚くのも無理はない。

 なんたって、急に購入の手続きへと進んだからだ。

 

「お買い上げありがとうございます、若きグラジオラス卿。お支払いは?」

「うーん、じゃあ小切手で」

「承知しました。では、今開きますね」

 

 店長が直々に、鍵を取り出して、宝石を取り出す。

 ブルーダイヤモンドの指輪が登場した。

 

「ヴァイオレット、それを好きな指につけると良い」

「本当に、いいのですか……?」

「気にするでない。こう見えて、お金持ちなんだ」

「そうですね。……では、有り難く頂戴します」

 

 ヴァイオレットは指輪を右手の薬指にはめた。

 ほんのりと、微笑みを浮かべている。

 

「では小切手を」

「ああ、今書きますね」

 

 これは彼女に知られてはいけないことだが……この商品の価格は、実は二百万ライデンする。

 値札は手で押さえて見えないようにしていた。

 

 車の価格が百五十万ライデンであることを踏まえると——これ以上は、考えてはならない。

 

 札束とは……使える時に使うものだから。

 

「これからもどうぞご贔屓に……」

 

 店長が両手を握って挨拶をしてくる。

 

 そうして、俺たち二人は退店するのであった。

 

 

---

 

 

 買うものは買ったので、邸宅への帰路の途中。

 

 ヴァイオレットは自分の指につけられた宝石をじっと眺めていた。

 そして満足したのか、ふと、声をかけられる。

 

「ご主人様」

「ん? どうしたヴァイオレット」

 

 どこか真剣な表情を浮かべる彼女。

 

「私に、何か一つでもお返しできることがあれば、何なりとお申し付けください」

 

 俺はそんな少女の姿を見て、微笑ましく思った。

 

 邸宅へとだんだん近づいていく。

 俺たちはそこで雑談をする。

 

「ホッジンズ社長が言うには、配達用二輪自動車は一台二十万ライデンするそうです。あれが百台納入されてからは、我が社の配達効率は格段に上がりました」

 

 はえー、ホッジンズさん。ちゃんと資金を有効に活用してるんだなあ。

 

 何となしにそんなことを考えていると、ヴァイオレットが声をかけてきた。

 

「ところで質問なのですが、エレン様とご主人様はどのようなご関係なのですか?」

「……あいつは」

 

 と、そこで俺は押し黙る。

 ヴァイオレットは頭の上にハテナを浮かべてこちらを見てくる。

 

「『……あいつは?』の続きはなんでしょうか」

 

 そこで、俺は天に向かって声をあげた。

 

「あいつは……敵だあああ‼︎」

「て、敵⁉︎ 敵はどこでしょうか! 身を屈めてください‼︎  私が排除します!」

 

 ヴァイオレットが俺の目の前に立ち、身を守るように迅速に行動する。

 

「いやそうじゃなくて」

「敵……敵はどこに?」

「いやそうじゃないんです」

 

 俺はヴァイオレットの誤解を解いた。

 何も、いきなり襲撃者が現れたわけではない。

 

「……どういうことでしょうか?」

 

 つまるところだなあ。

 俺はもう一人のメイドが”敵”である所以を話す。

 

「なるほど……。ご主人様がお酒を飲むと、毎度回収されてしまうから、”敵”とのことですね?」

「その通り!」

 

 ですが……と、ヴァイオレットが続ける。

 

「それは、ご主人様自身に非があるのではないでしょうか?」

「うう”っ!」

 

 正論パンチを喰らう。

 思わずうめき声をあげてしまった。

 

 ヴァイオレット、君は味方じゃないのか?

 

「私は、ご主人様が『清く正しく』生活をできるよう、エレン様から任を与えられていますので……」

「そんなあ!」

 

 どこか気まずそに彼女は俺から目を背ける。

 

 だが、ヴァイオレットは即座に気を切り替えると。

 

「ですがご主人様。エレン様に想いを、手紙を綴れば、少しは何とかなるかもしれません」

「手紙ぃ?」

「ええ、そうです」

 

 そういえば……この娘は自動手記人形であった。

 手紙で人に想いを上手に伝えるのに長けた人だ。

 

「うーん……そうだなあ」

 

 俺は考える。

 

 あの、昔は『ノア”君”』と呼んでくれていた彼女が、俺が頭を蔵で打った日以来、『ノア様』と呼ぶようになってしまった、あのエレンが、もしかすると俺からの手紙を読んだことで、改心してお酒も、呼び方も、全て許して直してくれるかもしれない。

 

「ナイス、アイデアだ」

 

 

「——では、宛名はエレン様で




メイド姿のヴァイオレット成分を補給
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