手紙ではなく、札束を!   作:深紫Sιn姉

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5話:人はそれを親愛と呼んだ

 ヴァイオレットに代筆をしてもらう。

 

 そんな約束をしてから五日が経った。

 自動手記人形との契約期間は一週間。

 

 つまるところ、今日がヴァイオレットの帰る日で。

 そして同時に、”エレン”に手紙を渡す日でもある。

 

 文章を練りに練った数日間。

 

 そう、今日はついに出来上がった手紙を渡す日。

 ……なのだが。

 

「うーむ、困ったなあ」

 

 最近のエレンはめっきり機嫌が悪い。

 

 俺が、『おはよう』と声をかけても、彼女は『……』と無言で静かに業務をなしていく。

 

 おかげさまで、ボッチな俺の相手はメイド姿のヴァイオレットただ一人。

 

「どうしたもんじゃい」

 

 エレンは果たして手紙を喜んでくれるだろうか。

 ヴァイオレットと紡いだこれは、幼馴染の彼女に響いてくれるだろうか。

 

「まっ、なるようになれ」

 

 俺は、天に祈りを伝えて。

 手紙を片手に、エレンのいる部屋へと向かった。

 

 ——コンコン。

 

 扉を軽くノックする。

 中からの反応はない。

 

 確かに今、彼女はこの部屋にいるはずなのだが。

 

 ——コン、コンコン。

 

 時刻はすでに午後一時を回っている。

 もしかして……もう寝てるなんてことはないよな?

 

 ——コン、コン。

 

 俺は諦めずに、ノックをし続ける。

 

 なんだ、やろうと思えばヴァイオレットの帰宅を見送る時間まで、ノックし続けてやるぞ。

 

 と、その時。

 部屋の中から静かに声が聞こえた。

 

「……あっちに行ってください」

 

 あっちに、行ってください? どういうことだ。

 

「おーい、開けてくれー!」

「ですから、あっちに行ってください……」

 

 部屋の中から聞こえる彼女の声は、どこか疲れているようで、そして怒りを滲ませている様子だった。

 

 はて、何かエレンの体調が悪いのか、もしくは俺が気にさわるようなことをしてしまったのか。

 

「開けてくれよー!」

 

 手紙を渡すという個人的な任務を遂行するためにも、ここは忍耐強く粘ってみよう。

 

 そう考えていた時、中から一層大きな声が。

 

「ですから! あっちに行ってください‼︎」

 

 あっちってどこだよ。

 

「それは……その、どこかです! 今の私には近寄らない方がいいです。これは、警告ですよ」

 

 警告って……俺はまさか彼女の心の領海に無断侵入しているのだろうか。

 もしくは、女性特有の日であり、それが原因なのかもしれない。

 

 できる男ってのはスマートだ。

 ここは大人しく引くとしよう。

 

 

---

 

 

 ヴァイオレットが帰宅するまで残り五時間。

 

 午後六時に、C.H郵便社からの迎えが、我が邸宅にくる手はずになっている。

 

 俺は、今まさにメイドとして、服を干すという作業をしている、ヴァイオレットに声をかけた。

 

「おーいヴァイオレット」

 

 俺の声に気づいたのか、彼女はこくりと頷くと、こちらに近寄ってきた。

 

「いかがなさいましたか。ご主人様」

 

 その右手の薬指には、数日前に宝石店で買ってプレゼントした、彼女の瞳と同じ色をした指輪が、綺麗にはまっている。

 

「それがだね。聞いて欲しいのだが……手紙をエレンに渡そうとしのだが、部屋の前で門前払いを食らってしまったのだよ」

 

 ヴァイオレットはその言葉を聞くと、不思議そうな顔を浮かべる。

 

「何か……体調が優れないのでしょうか?」

「いや、そうじゃないと思う」

「でしたら、なぜなのでしょう」

「それが分かったら、困らないってものよ」

 

 俺の困った顔に、彼女も考え込む仕草をする。

 

「……申し訳ありませんが、本質的な原因は分かりません」

「そう、だよなあ……」

 

 俺もとうとう諦めかけていた頃。

 ヴァイオレットが口を開く。

 

「ですが、考察することはできます」

 

 考察? なに、参考文献でも必要なやつ?

 

「エレン様と、ご主人様の関係を教えていただければ……答えに繋がるかもしれません」

 

 なるほど、考察ってそういう意味か。

 

 物事を明らかにするらめに、よく考え調べること。

 事実から推論されることを導きだすこと。

 ほとんどの人が同じ結論に至る、客観的なもの。

 

「ふーむ。俺とエレンの関係か」

 

 俺とエレンの関係は、正妻の長男と妾の娘という、何とも複雑な関係でありながら、互いに幼少期を過ごしてきたという、近く、遠い間柄だ。

 

 一言で言うと、姉弟のように育った幼馴染。

 

「なるほど……では、私がエレン様の身になったと仮定して、今の気持ちを考えてみます」

 

 ヴァイオレットは深く考え込む。

 

 暖かな風が、ふわりと彼女の服を揺らす。

 

「——”寂しい”です」

「さみしい?」

 

 何か寂しくさせるような要素はあっただろうか。

 今の今まで一緒に育ってきたというのに。

 

「いえ……もっと近い言葉がきっとあります」

 

 ヴァイオレットはどこか苦しげで、胸の緑のブローチを、ぎゅっと握った。

 

「”愛”……もしかすると、愛なのかもしれません」

「愛って、なによ」

「それは……私にも分かりません。でも! どこか胸がギュッと痛くなるような、そんな感情です」

 

 ヴァイオレットはそう語った。

 すると、少し顔を俯けて言葉を続ける。

 

「もしかすると……私が原因かもしれません」

「と、言いますと?」

「エレン様の機嫌が悪くなられたというのは、私が、ご主人様と近しく交流を続けたからでしょう……」

 

 俺とヴァイオレットはここ最近、毎日、想いの込めた手紙を作り上げるために、一緒に過ごしていた。

 それとこれが、どう関係するかというと。

 

「もし少佐に……私以外の人が親しくしているのを見たら、胸が苦しくなります」

「少佐って……ああ、ヴァイオレットの」

 

 彼女にとって、『愛してる』をくれた人。

 そしてヴァイオレット自身も知らない『愛』。

 

「つまるところ……エレンは、俺とヴァイオレットが親しくしているのを見て、胸が痛くなった。だから、その感情を静めるためにも、俺に強くあたった」

「きっと、恐らく」

 

 ……なるほど。

 

 確かに、自分の身に置き換えてみると、ぼんやりと分かる気がしないでもない。

 

 もし、長年一緒に過ごしてきたエレンの前に、ぽっと出の男が現れて、目の前でイチャイチャ親しくしている姿を見せられたら、ムカムカしてくる気がしないでもない。

 

「きっと……私のせいです」

 

 ヴァイオレットが落ち込んだように、俯く。

 

「いやいや、顔をあげてくれ」

「ですが……私は、エレン様に聞かれたのです」

「一体何をだい?」

「私の、右手の薬指の指輪について……少々」

 

 ああ、そういえばヴァイオレットにはプレゼントとして宝石を買ってあげたのだった。

 

 エレンはこれを聞いてひどく動揺していたらしい。

 ヴァイオレットは「今思い返せば……」と、自責の念か、沈み込んでいる。

 

 でも、これは俺が悪い。

 

 贈り物の選び方が悪手だった。

 よりにもよって“指輪”、しかも右手とはいえ薬指。

 事実としては『任務への謝礼』でも、外見上は『距離の宣言』に見えてしまう。

 

「俺もなんとなく分かったよ。この”気持ち”」

 

 これは、そう——『嫉妬』だ。

 

 

--- 

 

 

 俺はエレンの部屋の前に立っていた。

 

 そして勇気を出して、再び声をかける。

 

「エレン、話がしたい」

 

 答えはもちろん沈黙だ。

 彼女は確かに、この部屋の中にいる。

 でも、意識的に俺を無視している。

 

 いや、心の中から排除している。

 

「エレン、——わかった。今は顔を見せたくないんだな。だったら、せめて“手紙”を受け取ってほしい」

 

 ノブは動かない。

 

 だが、俺は扉の下のわずかな隙間に、手紙をくぐらせて、彼女の部屋へと送った。

 

「今、君の部屋に入れた。扉の前に落ちている」

 

 扉の向こうで、布のすれる小さな気配がした。

 

 次いで、封蝋が爪で割られる、乾いた音。

 沈黙の中、紙のめくられる音が僅かにする。

 

 

『エレンへ

 

 幼い頃からずっと隣にいてくれて、ありがとう。

 従者としては毎日をきっちり回してくれて、友としては、俺が調子に乗れば止めて、転べば手を引いてくれましたね。

 

 朝の一杯の甘さも、髪の乱れも、先に気づいてそっと直してくれる——そんな細かい気配りが、ちゃんと届いています。何度も助かりました。

 

 俺はエレンを家族として一番信頼しています。

 これからも、エレンに恥じない主人でいたい。

 エレンが元気なことが、俺の一番の安心です。

 

 この気持ちを伝えたかった。

 いつもは言えないけど、手紙でなら言える。

 

 ——これからも俺の隣にいてください。

 

 ノアより』

 

 

 部屋の中で、鼻をすする音が聞こえる。

 

 カチリ——、と内鍵の外れる音がした。

 

 扉が指一本ぶん開いて、覗いたのはエレンだった。

 

 目元がすこし紅い。

 手紙を胸に押し当てたまま、廊下に出てくる。

 

 一歩、二歩。

 

 俺の前で止まり、息を整える。

 見上げた瞳が揺れて、唇が動いた——。

 

「……ノア君の」

 

 言葉はそこでいったん切れて、代わりに喉の奥で小さな波が立つ。

 

「——ばか」

 

 

 次の瞬間、彼女の体温が飛び込んできた——。

 

 

---

 

 

 その夕刻、C.H郵便社にて。

 

「任務を完了しました」

「お疲れ様、ヴァイオレットちゃん」

 

 一週間の勤務を終了したヴァイオレットが、社長のホッジンズに敬礼した。

 

「どうだったかい? ノアさんのところは」

 

 少女は答える。

 自分の感じた、『愛』の姿を。

 

「『愛してる』は、とても温かいものでした」




次回こそ事業・投資の話に移ります
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