札束では買えない温度がある。
だからこそ、札束は正しく使う。
そんな当たり前を、俺はようやく学んだ。
つまるところ何が言いたいか?
それはつまり——。
福利厚生・教育・安全に投資しよう!
……そして、ちゃんと儲けよう。
現在ライデン市では乗用車が数多く走っている。
二輪、自動車、馬車、そして無謀な横断者。
混ざり合って、ぶつかり合うのは、道の理。
なので俺は、保険事業に目をつけた。
とはいえ一から事業を立ち上げるのも大変だ。
会社というのは、創るより買う方が速い。
ゆえに俺は、街にくすぶる小さな保険会社を見つけて、割り引かれた債権を札束で拾い集めては、株を取り込み、臨時総会で議長席に座った。
「ということで、今日からこの会社は俺のもん!」
「「「御意」」」
それにあたって社名は変更した。
この会社は『グラジオラス保証』。
乗用車の事故に特化した、保険会社である。
---
貴族主催のパーティーにて。
お酒やら豪華な食材の数々。
参加者たちは飲み食いして、会話をする。
会話といっても、お金に関する話ばかりだが。
もちろん、大人たちの腹の探り合いも含まれている
「若きグラジオラス卿。ご機嫌麗しう」
「うんむ。お招きいただき感謝します」
本来、俺はこういう社交パーティーが苦手なのだが、今日はとある目的のために参加していた。
狙うは政治家たち。
俺は彼らに片っ端から声をかけていく。
「首相、手紙以来ですね」
「おお、ノア君。お父様から君の活躍は聞いているよ。何やら郵便社に一口噛んでいるとか」
「ええ、まあ。趣味みたいなものですよ」
そんな雑談を挟みながら、本題に入る。
「最近ですね。保険事業を始めましてね」
「ほう……それはどのような?」
乗用車が庶民に浸透してきた現在、交通事故が多発するようになってきた。
『グラジオラス保証』は、自賠責保険を主に扱う。
「なるほど? それは良いことだ。国民たちの事故被害に保証を受けさせるのはとても良い案です」
「でしょうでしょう。……それでですね」
俺は、「些細なものですが」と。
首相に紙袋を渡した。
「これは……?」
「甘いお菓子です。首相の口に合えばと思いまして」
「それにしては随分と重たそうですが……」
首相が俺のことをじっと見つめてくる。
想定していた展開だ。
俺はさらに言葉を紡ぐ。
「ああっと! 砂糖菓子の下に”謎の紙”が!」
大袈裟に驚いて見せて、中を見せる。
そこには、何束ものライデン札が入っていた。
「おやおや、ノア君。これはいけない」
「いやぁ……間違えて余計なものが混入を」
首相が目つきを変えて、こちらを見てくる。
「ふむ。随分と”甘そう”なお菓子のようだ」
「ええ、気に入っていただければ嬉しいです」
重い”お菓子”の入った紙袋はそっと手渡された。
「ありがたく受け取りましょう——それで?」
俺はここでようやく本題に入る。
「事故に遭った時、相手が無保険では被害者が救われない……そう思いませんか?」
「確かに、一理ありますね」
「ですから、ここは国家主導で。乗用車に乗る国民には保険の加入を義務付けると良いと思うのです」
首相は考えるそぶりを見せる。
「……なるほど。それは確かに」
「私どもの会社は、”ちょうど”そんな国民の皆様方の助けになるような商品を売っておりまして」
俺は悪い笑みで首相を見る。
首相も、悪い笑みでこちらを見た。
「それは素晴らしい。今すぐにでも、議会でこの内容を討論したいところですな」
「助かります」
首相は紙袋の口を整え、粉砂糖を払うふりで中身の”重み”をもう一度だけ確かめた。
「……よろしい。——やりましょう」
俺と首相は、満面の笑みで互いに握手をした。
——そんなこんなで。
俺はパーティーの全ての時間を、この”茶番”に使い、複数の大物政治家たちに、”甘いお菓子”の入った重い袋をプレゼントするのであった。
---
国会はざわめきの膜を一枚まとっていた。
議長が木槌を軽く鳴らす。
「静粛に。『自動車事故保障法』を議題とします」
野党の弁士が立ち上がる。
紙束を軽く整え、まっすぐに言った。
「単刀直入に。今回の仕組み、特定の一社が得をし続ける——そんな設計じゃありませんね?」
首相は原稿を伏せ、短く答える。
「独占は意図していません」
弁士はうなずき、次を重ねる。
「意図は結構。では現実面。先行している会社の独走をどう止めますか?」
「市場原理に従い、適切な形に収まっていくと思われます」
(中略)
議長が木槌を掲げる。
音は短く、はっきり。
「討論を終結し、採決に入ります」
椅子が一斉に鳴った。
立つ影が面で、座る影は点だ。
勘定は早い。
「起立多数——可決」
---
法案は、あっけないほど簡単に通った。
名は『自動車事故保障法』。
要点はただ一つ——乗用車の所有者は、対人事故に備えて保険加入を義務付ける、である。
翌朝の新聞一面には、大きく見出しが踊った。
『無保険、街道から排除へ——責任と救済の新時代』
記事の片隅には小さく、こうも書かれていた。
『与党内の一部議員、突如の歩調合わせ。背後に“財界の若き顔”の影あり——?』
影って誰のことだろうなあ?(すっとぼけ)
「ノア様」
紙をぱさりと畳んだところで、エレンが湯気の立つカップを置く。
いつもの甘さ、いつもの温度。
唇が少しだけ、勝手に緩む。
「——うまい」
「ありがとうございます。ところで……」
彼女は珍しく、正面から俺を射抜く。
「“お砂糖”は、ほどほどに」
「……砂糖の摂りすぎは健康に悪いからな?」
「そういう意味で申し上げたのではありません」
鋭い、バレている。
とはいえ俺は曖昧な笑みでごまかした。
「まあ、砂糖の楼閣にならないよう、気をつけるよ……なんてね」
渾身のネタはウケなかった、無念。
---
そして暫くが経ち。
『グラジオラス保証』は国内屈指の保険会社へと、一気に駆け上がった。
それもそのはず、国家ぐるみの犯行だからである。
対人事故に備えた保険——自賠責保険。
これは今の所、うちの会社しか取り扱っていない。
故に、一人勝ち。
だから後続の保険会社も、今頃、急いで同様の似た商品を作ろうと、必死になっていることであろう。
「愉快、愉快」
そしてこの『グラジオラス保証』も、株式会社として公開する日は近いだろう。
その時は、またたんまり儲けさせてもらおう。
圧倒的なシェア率を誇る、うちの会社。
その強みはそれだけじゃない。
——何よりも、価格の安さだ。
俺は、掲示板にでかでかと貼られた数字を眺める。
・自家用自動車:一年で五千ライデン。
・二輪自動車:一年で三千ライデン。
さらにこの商品のすごい所は、二年契約となれば、二十パーセント割引となる点だ。
顧客はそれに惹かれて多くがこれを選ぶ。
ただし、途中解約は返戻なしだ。
だからこそ割引率は太くできる。
たとえ、他社が新規参入してきたとしても、うちの会社の商品が揺らぐことはないだろう。
・死亡時の上限:千五百万ライデン。
他にも、傷害だったり後遺障害での保証がある。
とはいえ、これを語り始めると数字ばかりで頭がおかしくなってしまうので、以上とさせてもらおう。
つまりだ。
圧倒的な顧客数で、薄利多売を行っているわけだ。
「金のなる木よ……」
これから乗用車はもっと普及していくだろう。
そしたら更に『グラジオラス保証』の需要は上がっていくに違いない。
長い天下を築き上げることを、心から願おう。
札束で一人でも多くが救われる世界にするんだ。
投資→C.H郵便社
事業→グラジオラス保証
……工事完了です