ジオングのコクピットで、シャアは出撃の時を待っていた。
ガルマの死をきっかけに、ジオンの情勢は坂道を転げ落ちるように悪化していった。
ギレン総帥は決戦の場を宇宙と定め、多くのジオン兵が宇宙へと上げられた。それは取りも直さず、将兵たちが苦心して手に入れた地球の領土を手放すことに等しかった。
資源は採掘し終えただの、地球に価値はないだのと言ったが、劣勢であることは否めなかった。
ホワイトベースの大気圏突入時に攻撃を仕掛けたシャアであったが、大した戦果は挙げられず、そのままジャブローへの降下を許してしまった。
それを追う形でシャアは地上に降り、ガルマの下に入った。
だがホワイトベースはジャブローに入港してから全く姿を現さなくなった。ようやく姿を現した頃には、シャアはオデッサに回されていた。
その後、北米に戻ったが、水爆使用の件でガルマは市民統制に明け暮れていた。そして、市民の手によって殺害された。
(おそらくは、エッシェンバッハだろうな。娘の方はガルマに入れ込んでいたようだが、父親の方はガルマを疎んでいた。元々、ゲリラと繋がっているなどという噂もあったしな。誤算だったのは、ガルマが思っていた以上に兵から慕われていたということか)
ガルマの死後、エッシェンバッハはその混乱の中でジオン兵に殺されてしまった。統制を失ったジオン兵は、疑わしい者を次々と射殺していったのだ。娘のイセリナもまた、ガルマのあとを追った。
自分が手を下すよりも先に、ガルマは死んだ。そこにシャアは複雑な感情を抱いていた。ザビ家への復讐心と、ガルマとの友情。刃を振り下ろすかどうか迷っている間に、ガルマの命は失われてしまった。
(ガルマ、私はキミの良い友人であったか? 私は本当に、キミを殺したかったのだろうか?)
ガルマが死んでから、一層そんなことを考えるようになった。ガルマの年齢を考えれば、彼がダイクンの暗殺に関与していないのは明らかである。
親の罪は子に及ぶのか。自分は本当にガルマを殺したかったのか。シャアは自問を繰り返していた。
オデッサの戦いの後、シャアは
彼はキケロガのテスト中に、連邦軍のパトロール艦隊に遭遇。随伴のリック・ドムは全滅の憂き目に遭う。キケロガもバーニアに不調が出て撤退となった。
しかしシャアにだけは本当のことを告げた。
ガンダムのパイロットと会話したこと。そして、同志に成り得る存在であること。
その間にも戦局は動いていた。シャアがサイド6に駐留している間に、連邦軍はグラナダを制圧。キシリアはア・バオア・クーに逃げ込んだ。ジオンは立て続けにソロモンを失い、もはや残された要衝は、このア・バオア・クーのみとなった。
「ガンダム……か」
グラナダ攻防戦にも、数機のガンダムが確認されている。シャアもその映像を確認した。簡易量産型ではない。それは確かにガンダムだった。しかし細部が違っているし、動きも違っていた。
「あのパイロットではない」
シャアにとって、ガンダムのパイロットは自分に初めて敗北を与えた相手である。プライドを傷つけた相手だ。機体性能の差など言い訳でしかない。
「同志となるにしても、その力は見極めねばならん」
それは執着だった。
そのために、ギレンに頭を下げてまで、最新鋭機であるジオングを受領したのだ。
「それにしても……ジオングとはな。ふふっ」
不意に笑いがこみ上げてきた。国の名を冠した機体であったが、シャアにとっては父の名を冠した機体だった。そんな機体に自分が乗る。そこに運命めいたものを感じたのだ。
そしてコクピットで出撃を待っている間に、驚くべき通信が入ってきた。
「ギレン総帥が、亡くなられた? 虚報ではないのか?」
「はっ、その、突然のことで詳細はわかりませんが、代わってキシリア様が全権を掌握されたのは、確かなようです。どう、致しましょうか? そのまま、出撃されますか?」
「……当然だ!」
そう言って、シャアは回線を閉じた。
腹の底から笑いがこみ上げてくる。
(謀ったな、キシリア)
グラナダを失陥したキシリアに残された兵力は少ない。親衛隊とグラナダから逃げ延びてきた兵がわずかばかりだ。
(この局面で権力に固執するとは……な)
ギレンが指揮を執っていれば、まだ兵は戦えただろう。突然の指揮権交代は、現場に混乱をもたらす。ましてやこのア・バオア・クーには、ギレンの親衛隊を筆頭に、ギレン信者の兵が多い。彼らをキシリアが掌握できるとはとても思えなかった。
(政治など、戦後にやればよいものを……底が見えたな、キシリア)
シャアは通信回線を開いた。
「技術将校! ジオングのエネルギー充填はまだかかるのか?」
「ハッ、エネルギーの充填は100%です。しかし、追従管制がまだ」
「必要ない。
「は、はい! ソロモンで確認された新型も出ています!」
モニターに映像が表示される。青交じりのガンダムと赤交じりのガンダム。この2機はグラナダで確認されたガンダムだ。これは違う。
続けて、大型のバックパックを背負ったガンダムが表示された。あの時のガンダムではないが、シャアは直感した。パイロットは同じ、あの男だと。
「固定ケーブルを外せ! 発進する!」
ジオングを留めていたケーブルが次々と外されていく。
「シャア・アズナブル、ジオング、出るぞ!」
漆黒の宇宙に、赤い彗星が飛び立つ。
「今までにないほどの、意識の拡がりを感じる。これがニュータイプ専用機……サイコミュというものなのか。感じるぞ、ウィリー・ケンプ。貴様の気配を。私が貴様を感じているように、貴様も私を感じているはずだ」
ジオングのモノアイが妖しく光る。
シャアは自分の感覚がかつてないほどに研ぎ澄まされ、宇宙に拡がっていくのを感じていた。