戦場からは混乱の気配が伝わってきた。
ギレン死亡の報が多くの兵に届いているのだろう。
「……こっちか」
最近になって、意識の拡がりを感じるようになった。ララァと触れ合ったからかもしれない。
センサーに反応。至近距離。ほぼ真横だ。ジオング。
機体がすれ違い、意識が混ざる。
「久しぶりだな。シャア・アズナブル。キャスバル・レム・ダイクン」
「会いたかったぞ、ウィリー・ケンプ。いや、ナギサ・カミシロ……違うな。キョウスケ・カンザキ、それが貴様の本当の名か!」
マジかよ! ニュータイプってそこまで見通せるのか!
「貴様も私と同じだな。だが魂に刻まれた名から逃れることはできん!」
いや、別に逃げているわけではないが……。ニュータイプといえども、すべてまるっとお見通しだ、とはいかないようだ。
「逃れたいのか? ダイクンの呪縛から」
「……なんだと?」
揺さぶっていけ。単純な操縦技術でも、ニュータイプ能力でも、シャアには勝てない。あの時に勝てたのは機体性能の差だ。
ジオングの指から5本のビームが発射される。亜光速のビームは放たれたとほぼ同時に目標物をとらえ、見切ることさえ不可能に近い。また漆黒の宇宙空間では、ビームを発射した端末を目視することも難しく、常人ならなにが起こったのかも理解できずに撃破される。
「ダイクンの息子だというのはただの血統。シャアという名前も、正体を隠すために使っていただけにすぎない。本当のおまえはどこにある? どこにもない」
「……黙れ!」
ビームを回避すると同時に、ジオングの右掌にライフルを放つ。
「はずした!? いや、かわしたのか!」
「当たらんよ、その程度ではな!」
「チィ、ザビ家への復讐だって、本気ではなかっただろうに!」
「聞き捨てならんな。なぜそう思う?」
なぜもなにも……。
「おまえほどの男が、本気で復讐するつもりなら、もうとっくに終わっているからさ」
「ずいぶんと高く評価されたものだな」
こいつホントに能力高いからな。万能型というか、大抵のことはやってのける器用さがある。本気で復讐するつもりだったなら、もう終わってたはずなんだよ。
原作ではガルマとキシリアを殺っているが、綿密な計画を練って殺ったというよりは、機会があったから殺ったって感じだったし。
復讐もせず、ララァを迎えにもいかず、結局なにやってたんだよおまえ!
「いちパイロットのままでどうやってやるつもりだったんだ? ダイクン派はまだ多く残っていたはずだろう。同志を集めて反乱するとか、やりようはいくらでもあったはずだ!」
「ことはそう簡単ではない!」
結局こいつ、担ぎ上げられるのが嫌なんだ。やりたいことしかやりたくないんだよ。原作でもガルマを殺ったあとは、復讐の気が薄れていた。
普通ならもっとテンション上がるはずなんだよ。よし、ひとり殺った! あと4人だ! みたいに。
でもそうはならなかった。気づいたんだろうな。思ってたのと違うって。高揚感も達成感もないし、スカッともしない。キシリアも殺れそうだから殺っとくか、くらいの気持ちだったのだろう。
「問答をする余裕など与えん! 決着をつけるぞ、ガンダム!」
ジオングの両手が縦横無尽に宇宙を駆け巡る。思ったよりも厄介だな。キケロガのそれよりも捉えにくい。
やはり、強い!
……いや、ホントなんでこいつ100万回(仮)も殺されたんだ? アムロが凄すぎるのか? シャアにも個体差があるのか? それにしても……。
「楽しそうだな、シャア!」
「確かに私は高揚している。生き恥を晒した甲斐があった!」
ビームキャノンとミサイルポッドを一斉に放つ。しかしシャアはそれらをすべて回避した。
「見える。見えるぞ。私にも、敵が見える。そこだ!」
「――チィ!」
ビームキャノンに被弾した。誘爆に巻き込まれないためにジェノサイドアーマーをパージする。
殺気がないから逆に軌道が読み辛い。こいつ、俺を殺すつもりではなく、屈服させるつもりだ。
力関係をはっきりさせたいのか? 考え方が若いというか、ヤンキーの考え方だぞ、それ!
この間合いはマズい。距離を詰めなくては。ジオングに近接武装はなかったはずだ。
「貴様は私のプライドを傷つけた。その代償を払ってもらう」
「たった一度の敗北で傷つくような、安いプライドなのだな」
「言ってくれる!」
「情けないヤツ!」
5連装ビーム砲の隙間を進み、機体ごとぶつける。
「この戦い、ジオンの負けだ!」
「だろうな!」
シャアも気づいたのだろう。ア・バオア・クーでジオンが優勢を保ってこられたのは、ギレンの指揮能力が大きかった。このア・バオア・クー全域の戦況を把握して、適切に対処することができるのは、ギレンの頭脳があってのことだ。キシリアの指揮能力は、明らかにギレンより劣っている。
そもそもなんでギレン派の将兵が自分の言うこと聞くと思ったのかね? 自分の都合の良いように考えすぎるな。追い詰められて思考が狭まったのかもしれない。
「兄にできることは自分にもできると思い上がった女の末路だ。ジオンの精兵は雑軍に成り下がった。ザビ家の業に振り回される兵があわれでならんよ」
「傍観者のように語るのだな。やはりおまえは人を導く器ではない。妹がキシリアと戦っているというのに!」
「なに? アルテイシアだと? まさか、叛逆はギレン派ではなくっ!?」
一瞬、ジオングの動きが止まった。ライフルの銃口を胸部に突きつけ、引き金を引く。一条の光芒がジオングを貫いた。
ジオングが爆散する。その白煙に紛れて、ジオングの頭部が射出された。
「最後に言っておく! おまえ、政治家は向いてないぞ! もっと自分の人生を見つめ直せよ! 復讐は否定しないが、戦い続けるだけの人生は虚しいぞ!」
考えてみればこいつ、マグロみたいな生き方してるんだよな。止まったら死ぬみたいな。戦い続けて、指導者を強いられて、誰も休めとは言ってくれない。むしろ止まるんじゃねぇぞって言われる。だから拗らせてアクシズを落としてしまったのかもしれない。
お労しや兄上。そんなんだから兄は鬼子ですとか言われるんだぞ。
一度セイラさんと腹割って話してみろ。やっぱりこいつは裏方に徹して、火消しの風みたいな立ち位置の方が良いような気がする。
返事はなかった。だがまあ、伝わったとは思う。
ふっと一息吐く。
しかしほっとしたのも束の間で、背後から邪気を感じて機体を横に滑らせた。アームクローが通り過ぎていく。
「ビグロか」
放っておくには火力が高すぎる。旋回したビグロがこちらを向く。メガ粒子砲を撃つために口を開いた瞬間を狙ってライフルを撃ち込む。
ビグロは爆散した。
「出てこなければ、やられなかったのに」
友軍機の信号を探す。どうやら全員生き残っているようだ。
ゲルググの小隊が向かってきた。このゲルググを見ると妙に安心する。ゲルググ(ジム)を見た時は頭がバグりそうになったからな。
正面のゲルググはともかく、残りの3機は明らかに動きが悪い。
ライフルを2射。隊長機を狙った1射目は盾によって防がれた。2射目は僚機の右腕を吹き飛ばした。
退かないか。そろそろエネルギーもヤバい。ビームサーベルを抜き、距離を詰める。
怯えて動きを止めた1機の右肩を突き刺す。旋回してもう1機の右腕を斬り飛ばした。
隊長機がビームナギナタを抜いた。
あれもなぁ。見た目はかっこいいんだが、実用性はサーベルに大きく劣る。回転させてビームシールドにできるが、そんな技量を持つパイロットがどれだけいるかって話だ。
鍔迫り合いが発生した瞬間に、脚部からミサイルを発射し、ゲルググの脚部を吹き飛ばした。怯んだ隙を狙って頭部を突き刺す。
ア・バオア・クーの一角で大きな爆発が起こった。
あれは……パープル・ウィドウ。
そうか、やったかシャア。
「――ッ!?」
今、なにかが、誰かが俺の心に触れた。
覚えがある。この、感覚は……。
「
ジオングの前身ともいえる機体だ。しかし機体性能がジオングに大きく劣るというわけではない。大型ロケットエンジンを搭載した機動力は侮れるものではない。
「しかし! サイコミュ操作は素直だな。この
端末のひとつ、左手を撃ち落とし、ショルダータックルをかける。
「アンネローゼ・ローゼンハイン!」
『な、なぜ私の名前を? あ、あなたは……』
「判るはずだ。キミは俺には勝てない」
自分の機体を手足のように操る域に達したパイロットの機体からは、オーラが漂う。タコザクのオーラは微弱だ。ローゼはまだタコザクの全性能を引き出せる領域には達していない。
『だ、だとしてもっ!』
スラスターを噴かしてタコザクが上昇した。
反射的にライフルを構える。そこに、タコザクをかばうようにして、ザクが割って入ってきた。
『ローゼ!』
『アル!? ダメ!』
動きは悪くないが……しかしビームライフルの一撃は、たやすくザクを貫通して後ろのタコザクまで貫いてしまうだろう。
ザクのパイロットの思念が流れ込んでくる。そうか、キミはローゼを……。
「アルバート・ベル! キミの命懸けの行動! 俺は敬意を表する!」
ザクの放ったバズーカを上体逸らしでかわしながら、機体の位置を微調整しつつライフルの引き金を引く。
一筋の光芒は、一撃でザクとタコザクの頭部を貫いた。
『宙域のジオン軍、ならびに連邦軍に告げます。私、アルテイシア・ソム・ダイクンの名の下に、ジオン公国は地球連邦政府に停戦を申し入れます。それに伴い、ジオン公国は現宙域におけるすべての戦闘行為の停止を連邦軍に申し入れます』
オープンチャンネルで凛とした声が響いてきた。
四方から様々な感情が流れてくる。
戸惑い、憤り、そして……安堵。
みんな疲れていたのだ。戦うことに。
セイラさんは演説を続けている。ソーラ・レイの一撃によって艦船の半数を失った連邦軍は、この申し出を受けるだろう。
しかし、アースノイドとスペースノイドの溝が埋まったわけではない。ギレン派とキシリア派も、おとなしく従うとは思えない。
連邦軍の旗艦から、停戦を告げる信号弾が上がった。
戦いは、終わったのだ。