『B級最強(ただし縛り中)』 ―防衛任務では本気出す変わり者攻撃手― 作:天使
夜風が倉庫街を撫でていく。
戦闘の痕跡はほとんど消え、パトライトの明かりだけが時折、空に点滅している。
京也は、倉庫の屋根に腰を下ろしながら、昨夜と今日の戦闘記録を頭の中で反芻していた。
双月改を仕舞った後の身体には、まだ戦闘の残像がこびりついている。
「……縛り、か」
ふと、誰かの声がして振り向くと、綾辻遥がランプの光に照らされて立っていた。
彼女はバッグを肩にかけ、手には熱い缶コーヒーを持っている。渡すように差し出された缶を京也は受け取った。
「ありがとう」京也は無造作に蓋を開け、一口飲む。
「で、聞きたいことがあるんだけど――あなたがそんなことする理由を、本当に教えてくれないの?」綾辻の目は、真っ直ぐに彼を見据えている。
京也はしばらく黙った。夜の風が倉庫の鉄板を震わせる音だけが二人の間で鳴っていた。
「話して意味があるかどうか、俺にもわからない」彼はやや掠れた声で言った。「ただ、一つだけ――あの時、ああしなきゃよかったって思ったことがある」
綾辻は息を呑んだ。問い詰めるでもなく、ただ待つ。京也は視線を街の向こうに向けた。
彼の中で、過去の断片がゆっくりと形を成していく。
——その日は夜だった。市街地の橋梁付近での出動命令。
対人戦闘ではなかったはずだ。だが現場は予想外の混乱に包まれ、ネイバーの挙動は凶暴化していた。京也はその時、焦りという単純な感情に飲み込まれていた。
味方が抑えきれず、被害が拡大していく。彼は瞬間的に「速攻で終わらせる」選択肢を取った。全力を出せば確実に終わる──そう思ったのだ。
しかし、全力は全てを壊した。橋の支柱が崩れ落ち、近くにいた一般人の一団が巻き込まれた。
助けられたはずの命が奪われる光景を、彼は忘れられない。味方の悲鳴、瓦礫の音、そして自分が放った攻撃の残響。
誰かの手を掴もうとした記憶が、指先で空を滑ったまま終わった感触だけが残った。
「その日、俺は――守るべきものを守れなかった」京也は低く呟いた。「だから、それ以降、力を全て出すことにブレーキをかけるようになった。無差別に壊すのが怖いんだ。だから、ルールで自分を縛る」
綾辻は手元の缶をぎゅっと握った。
「……それで、縛りは罰なの?」彼女の声は柔らかかったが、確かに尋ねていた。
「罰でもあるし、訓練でもある」京也は顔を上げる。「縛りを設けることで、条件を限定して戦術を磨ける。力だけで終わらせないやり方を探す。そうすれば、同じことは繰り返さない──少なくとも偶然で起きる破滅は防げる」
綾辻はしばらく沈黙した後、静かに笑った。
「変わってるわね。だけど……あなたが守ろうとしてるものがあるなら、どこかでそれが力になるのかもしれない」
京也はその言葉に、わずかに肩の力を抜いた。
「あの夜のことは、本部の誰にも詳しくは話してない。自分でも言葉にしたくなかったから」彼は付け加える。「でもな、縛りがあるからって、いつでもそれを守るわけじゃない。今回みたいに人が直接危ない時は解除する。縛りは自分の抑止と、最後の歯止めのためのものだ」
綾辻は屋根先に腰を下ろし、夜景を見渡した。
「それで、昨日みたいに二段を使ったと。あれは解除のひとつ、ってこと?」
「そう。だけど、解除するたびに――疲れるんだよ」京也は小さく笑ったが、その笑顔には影が差していた。
「疲れる」という言葉の裏には、責任と代償の重みがある。
綾辻は彼の肩に軽く触れた。温度は人のものだった。
「無理しすぎないでね。あなただって、誰かの側にいていいんだから」彼女はそう言って立ち上がり、ふらりと歩き出した。
京也はその背中を見送る。
夜の風がまた彼の耳元を撫で、過去の残響を消すわけではないが確かに風景を変える。
縛りは彼のやり方であり、彼の誓いの一部だ。だが、それが彼を縛りすぎることのないように――そんなわずかな希望も、胸のどこかに芽生えているのを彼自身、認めていた。
屋根から降りると、京也は通信端末を確認した。未読の報告書、次の任務の連絡、そして短いメッセージ。
それは小南からの軽口交じりの誘いだった。
「今度の練習、観戦席用意しとくよ〜変人さん」
京也は小さく笑い、返信を打つ。「来るな」──と、画面に打ち込んで送信した後で、指を止め、訂正して「来なくていい」と打ち直した。送信するかどうかで躊躇した自分に、少しだけ苦笑が漏れた。
街灯の下を歩き出す。縛りは今日も俺を形作っている。
だが、縛りの内側で彼は静かに研ぎ澄まされていく──いつか、壊すべきものと守るべきものの線引きを完璧にするために。