『B級最強(ただし縛り中)』 ―防衛任務では本気出す変わり者攻撃手― 作:天使
朝の本部はいつもの喧噪を取り戻していた。訓練室からは金属がぶつかる音、遠くの回廊からは指導教官の怒声が断続的に聞こえる。
京也は、相変わらず資料室の隅でタブレットを叩いていた。昨日の夜の会話──綾辻とのやり取り──が、頭のどこかに小さな波紋を残している。縛りは誓いであり、負い目でもある。だが、それが自分を孤立させていると感じることもあるのだと、彼はぼんやり自覚し始めていた。
「氷室、少しいいか?」
声の主は本部管理班の若い隊長だった。綾辻が渡した“加入を検討している隊長”の話は本当に出ていたらしい。だが予想と違い、彼は勧誘めいたことを言いに来たわけではなかった。
「君、最近の動きは防衛任務での対応が多い。だがそれだけじゃない。研修プログラムでの解析結果も見た。面白い視点を持ってる」
隊長は簡潔にそう告げると、資料を差し出した。そこには京也が訓練室で作った解析データの抜粋がまとめられている。自分の手がけた“数値の痕跡”が公式の書類に載っていることに、京也はほんの少しだけ違和感と誇らしさを感じた。
「要は、君の戦術検証を正式に取り入れて、若手の訓練に活かしたいと思っている。指導兼非常時の即応枠として、たまにチームに組み込むことを想定している」
「断る」京也の返事はあまり変わらない。だが隊長は肩をすくめて付け加えた。
「断るのは自由だ。ただ、拒否する前に一つだけ条件を出す。今週末の模擬演習に“観察枠”として参加してほしい。発砲は最小限でいい。君の戦術思考を現場で見てみたいだけだ」
観察──。京也はその言葉をしばらく噛み締めた。訓練に出ることは彼の縛りに反しない。だが“見られる”ことは、いつも彼が避けてきた要素でもあった。表舞台に立つのは得意ではない。だがその観察によって、彼がこれまで封じてきた何かが変わる可能性もある。
「分かった。参加する」
簡潔な了承を出すと、隊長の顔に僅かな笑みが走った。
「期待しているよ、氷室君」
週末、模擬演習が始まった。複数のチームが参加する大規模なものだ。目的は、市街地模擬での防衛・退避ルートの確認と、急襲時の初動対応の訓練。観客席には管理班や調査官が入り、一般隊員も見学に訪れている。
京也は観察枠のタグを胸につけ、リングの端で複数のモニターを見つめていた。彼の役目は、戦況の数値解析と即応対応──必要ならば直接介入する。しかし本来の縛りは維持する。だが彼は密かに、ある実験を組み込んでいた。縛りの範囲内で、どうやってより少ない破壊とより高い制圧を両立させられるか──それを実戦に近い状況で試したいのだ。
演習が進むにつれ、状況は予想よりも厳しくなった。模擬ネイバーの挙動が学習アルゴリズムを上回り、突破口を生み出したのだ。複数のチームが連携して退路を塞ごうとするが、敵の機動力が高く、応戦が遅れがちになる。
「これじゃ、本番ならこの地区全滅もあり得る」京也は低く呟いた。観察席のモニターに表示される被害想定は、確かに赤い領域が広がっていく。彼は立ち上がり、通信を取った。
《氷室、観察枠だからって手は抜くな。指示を出せ》
隊長の声が返る。京也は少しだけ息を吐き、口を開いた。
「南西区画、トラップを二重化。主要通路に誘導弾を設置して、機動を誘導する。第三小隊は側面回収を優先。直接撃破は最小限でコア部位を狙わせる」
指示は冷静で、かつ計算されている。現場の無線が一瞬で息を吹き返し、各チームが動き出す。京也は自分の提案が即座に反応する様子を見て、内心軽い手応えを感じた。
演習の折り返し地点で、模擬ネイバーが意図せぬ突進を始めた。直接衝突は避けられない。京也は状況を見極め、最後の一手を決める。彼の縛りのひとつ──「単一ラウンドで複数コア破壊を狙わない」──を保持しつつ、最小の破壊で制圧する方法を選んだ。具体的には、切断用の双月を最小パワーで運用し、同時に固定位での拘束を徹底させる。破片や崩壊の二次被害を減らすためだ。
その結果、模擬ネイバーは局所的に分解され、想定被害は大幅に低下した。観察席からはささやき声が上がり、管理班の表情にも変化が見えた。京也は拳を緩める。成功――だが、それとは別の感情が胸中に澱のように残る。
戦闘を“最小化”することができた。しかし、そのためには仲間の位置やルートを精密に把握し、指示に従わせる必要があった。人を動かすことは、彼が避けていた“他者の負担”を強いる行為でもある。
演習後、隊長が近づいてきた。
「見事だった。君の手法は、被害軽減の面で非常に有効だ。ただ一つ、気になることがある」
「何だ」京也は問い返す。
「君は自分にルールを課している。その意図は尊重するが、縛りの内容が極端すぎると、未知の状況で躊躇を招く。君のその躊躇が、時に隙を生む可能性がある」
言葉は穏やかだったが、そこには鋭い含意があった。京也は黙って頷く。隊長の指摘は核心を突いていた。縛りは彼を保つ一方で、別の軋みを作る。それを完全に消すには、縛りそのものを再検証するしかない。だが、再検証とは過去の傷にもう一度触れることでもある。
その夜、京也は再び倉庫街の屋根にいた。綾辻、小南、香取──彼らとの接点が微かにだが増えていることを感じる。誰かと関わることで、自分のルールは少しずつ揺らぎつつある。揺れるラインは、時に綻びを生むが、同時に新しい接合点を見せることもある。
彼は携帯端末の画面を眺め、未送信のメッセージを一つだけ残して消した。送り先はない。だが胸の奥に、誰かに本音を言ってみたい気持ちが芽生えているのを認める。
縛りはまだ外さない──だが、その縛りが彼を守るだけでなく、誰かを救うための道具にもなれるのか。京也はその問いを、夜風に預けた。翌朝、また訓練室に籠るだろう。だが少しだけ、その日常は変化している──自分自身が知らぬ方へ動き始めていることを、彼はまだ完全には理解していなかった。