『B級最強(ただし縛り中)』 ―防衛任務では本気出す変わり者攻撃手―   作:天使

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9話

倉庫の屋根の夜風が京也の瞳の中で揺れる映像をさらっていく。

画面を通じて見る過去の記録は、いつもより色が薄く、音が遠い。だがその映像の中心には、確かに「黒印」を纏った大型ネイバーがいた──そして、若い一人のアタッカーが全力で斬りかかる姿があった。

──数年前のこと。

 

その日、出動命令は夕暮れに下った。市街地の古い橋梁付近でネイバー反応。規模は不確定、住民の撤退は完了していない可能性が高い。京也はまだ駆け出しに近いB級の一角で、同期数名と共に現場に向かっていた。顔は若く、目はまだ鋭さに慣れていない。

 

橋の上は曇天の下、冷たい風が吹いていた。黒印──通常とは違う暗い発光を放つ個体が、一体、橋の中心に立ちはだかる。周囲に散らばる小型個体が、無差別に車道を掘り起こすように跳ね回る。現場は緊迫していた。

 

「封鎖する。避難を完了させろ」──指揮は慌ただしく入る。だが、避難は遅れていた。橋の付近には、どうしても動けない人間が残っていたという報告が上がる。高齢者のグループ、子ども連れの家族──隊員たちの表情が一瞬で引き締まる。

 

若き日の京也は、画面の中で震える声で叫んでいた。仲間を見れば目に光が宿り、指示を仰ぐ上官は必死の形相だ。だが時間は残酷に少ない。黒印の動きは不穏に加速していた。放置すれば、橋の支柱ごと破壊される可能性が高い。橋が落ちれば、確実に避難できない人々が巻き込まれる──そう直感した京也は、自分の胸の奥にある単純な答えを選んだ。「終わらせる」ための一撃。

 

彼は制限を外した。トリガーを全て同時に叩き込み、刃も弾も、ありったけを黒印に叩きつけた。相手は崩れ、黒い光は一瞬だけ増幅して弾けるように広がった──その瞬間、橋の一部に亀裂が走った。巨大な衝撃が構造に伝わり、支柱が悲鳴のようにきしむ。瓦礫が落ち、悲鳴が上がる。京也はその場に立ち尽くした。目の前で、掴もうとした手がすり抜けていくように、人々の姿が瓦礫の影に消えていった。

 

画面は揺れ、現場は騒然とする。救助が始まるが、手遅れだった。命が失われる音、仲間の叫び、そして彼自身が放った一撃の残響。後から来た報告書には数字と手続きを示す冷たい言葉が並ぶだけだが、京也の記憶は生々しい。掴めなかった手、顔の歪んだ表情、砂埃を浴びた空気の味──それらが彼を深く傷つけた。

 

「全部、俺のせいだ」──若い彼はそう確信した。責任の重みがその肩を押し、胸の中で何かが壊れた。上層部の問い詰めや同僚の慰めは、外側の雑音に過ぎない。彼が抱えたのは、単純でしつこい後悔だった。力で全てを終わらせれば良いと思った結果が、人を奪った。守るはずのものを、壊してしまった。

 

その夜、彼は訓練室の暗闇で膝を抱えたまま、決めた。二度とあの感触を味わいたくない──だから自分に「縛り」を与える。力を制限し、条件を設け、破壊を最小化するための術を磨くのだと。縛りは単なる防御ではなく、贖罪の儀式でもあった。自分を責めるためのルールであり、同時に、誰かを守るために合理的に戦う術を鍛えるための枷でもある。

 

映像はさらに続き、あの夜の後始末の様子が流れる。だがそこには、若い京也が仲間に促され、黙って手を動かしている姿がある。謝罪の言葉は、不器用にしか出せない。仲間の一人が彼の肩を軽く叩き、短く言った。「お前が悪かったわけじゃない。だが、次からは違うやり方を探せ」──その言葉は慰めか、警告か。京也にはまだわからなかった。ただ、彼の中で何かが決定的に変わったのは確かだ。

 

現在に戻った京也は、画面を消して暗闇の中でただ吐息を漏らす。黒印は単なる強敵ではない。あの日の光景を呼び起こす触媒であり、彼の縛りの核心に触れる存在だ。だからこそ、黒印には躊躇なく向かわせない。だが黒印が街と人々を脅かすとき、彼は縛りを外す──短い時間だけでも、本来の力を取り戻す。

 

それが彼の矛盾だ。守るために縛りを設け、守るためにその縛りを破る。どちらも同じ目的に向かうが、どちらも同じ代償を伴う。京也は拳を机に置き、爪先で床を蹴った。痛みと決意が混ざる感覚が、彼を前へ押す。

 

画面の端に小さなメッセージが浮かぶ。綾辻からの短い文面だ。「無理しないで」。京也は微かに笑い、返信を打つことはしなかった。ただ、保存されていた若い自分の顔写真を見つめ、静かに呟いた。

 

「次は、違う方法で終わらせる。」

 

過去は消えない。だが彼は、過去を道標に変えようとしている──壊すことと守ることの境界線を、もう一度引き直すために。

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