牙と牙   作:天網 怪怪

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起動

 朝、いつもと同じように訓練が始まる。

グレイルは日の出とともに目を覚ました。顔を洗い、少々伸びた前髪を掻き揚げる。身なりを整えて自室を出、訓練場に足を運ぶ。

 日課の小隊の練兵が始まった。今日は筋力増強を目的とした肉体訓練を行う日であり、隊員達は早くも苦悶の表情を浮かべていた。

「戦場では結局、てめェの力がモノを言う。死にたく無ェなら、必死で喰らい付いてこい!!」

 グレイルの怒号に、隊員達は声を荒げて返事をする。

「Sir! Yes! Sir!!」

 真冬だと言うのに全員汗を掻き、肉体へ負荷をかけて自ら筋繊維を損傷させる。その傷が回復すると、筋肉は以前よりも強くなるのだ。

「使っている部位を意識しろ。この訓練がどこの部位を鍛えてンのか、常に考えろ!!」

 狂犬(クレイジー・ドッグ)の異名が表す通り、グレイルは容赦無く隊員を扱き倒す。

 

 

 

 軍隊の朝は早い。

 太陽が昇り始めると同時に起床して練兵や勉学を行い、肉体と頭脳を苛め抜いた後に多少の事務作業を行って眠りにつく。隊規が多少緩いとはいえ特殊部隊(クリープ・ファング)も規則正しい生活を送る事は必須となっている。訓練は非常に厳しい。特に精鋭が集められた特殊部隊(クリープ・ファング)は帝国軍の中でも指折りの厳しさであり、新たに部隊に配属された隊員は、初めの一か月は血反吐を吐き続ける日々である。

 特にグレイルの持つ第七小隊は群を抜いて苛烈な練兵で知られている。特殊部隊(クリープ・ファング)きっての武闘派である第七小隊では、特に戦闘技術に重きが置かれている。射撃訓練、対人格闘、模擬戦闘、戦術・戦略指導等、戦闘に関するありとあらゆる事が叩き込まれる。戦闘技術以外の基礎知識教育についても身に着けるが、他の小隊よりもそれらに割く時間や労力を削り、戦うことに特化したのがこの特殊部隊第七小隊(ハウンド・フロック)である。

 この隊に軟弱な者は居ない。誰も彼もが屈強な肉体と洗練された戦闘技術・戦術理解、そして燃え盛るような戦意を兼ね備えている。

 そして隊の誰よりも鍛え上げられているのが、軍曹のグレイル(狂犬)である。躰自体はそこまで大きくは無い。軍人の平均的な身長と同じくらいである。しかし、数多の戦場を生き抜いて磨きあげられた彼の肉体は、鋭く尖った小刀(ナイフ)のような斬れ味を感じさせる。

 強靭な肉体、経験値、切れる頭脳、そして戦うという堅い意思を兼ね備えたグレイルは、帝国最強の戦士とも言って良いだろう。

 

 

 

 肉体訓練が終わり、グレイルは隊員に休憩を言い渡した。扱き倒された隊員達の目に途端に光が宿る。

「この後は対人格闘の訓練を行う予定だったが、重要な話があるので予定を変更する。昼飯を喰ったら小隊の作戦室に集合しろ」

 グレイルの言葉に返事をし、隊員達は食堂へと向かう。それを確認してグレイルも食堂に足を向ける。

 

 昼食を早々に済ませたグレイルは他の隊員達が来るより前に第七小隊の作戦室に入り、昨日ブラウン隊長から渡された資料や、今回の任務地であるハザール帝国の全体地図等の準備を始めた。隊員らに提示した集合時間までまだ時間があり、今この部屋にはグレイル以外誰も居ない。

 資料の準備をしながら、昨日の会議を思い返す。

 

 

 

 「奴を見つけ出し、殺せ」

 隊長のブラウンは、グレイルに鋭い視線を向けながら言い放った。困惑した。今までこなしてきた任務とは明らかに毛色が違う。

 グレイルは、隊長に質問した。

「この者は一体何者なンですか」

 このような、個人の殺害を目的とした任務が下ることは本来ならばあり得ない。

 

 個人の殺害を国家が行うことが無い訳では無い。

 例えば、犯罪者の処刑が例として挙げられる。非常に凄惨な事件を引き起こした凶悪犯等の、国家や国民に対して多大な被害を出しそうな者等に対して、命を奪う事で国の未来を守ると言った手法である。

 しかし、それらは軍の役割では無い。警察や検察、裁判所といった司法に委ねられているものであり、死刑執行もそれを行う役割の人間がいる。

 また、戦争を引き起こしうる可能性のある敵国の政治的犯罪者(テロリスト)らを暗殺する事もある。これは軍が行う仕事である。

 だが、間違ってもグレイルと第七小隊に与えられるような任務ではない。今までこの小隊に与えられてきた任務は、戦地に赴く軍隊への従軍や激戦区への援軍が殆どであった。その他には偵察や斥候の為に敵地に侵入する等の任務が多少あったくらいである。この任務の担当に我々が選ばれたのはなぜだろうか。

 

「奴はハザールに潜伏している政治犯(テロリスト)だとの情報だ」

 副隊長のシリウスが答える。

「わかっていることは殆どない。奴の存在を潜入している我々の部隊員が掴むと同時期に「毒蛇(ソー・ヴァーン)という者を殺せ」との命令が大本営から我々に届いた。私や隊長、ジュリア君も驚いたんだが、第五師団長等を通さないで大本営から直接隊長に指令が下されたらしい。内密に動けとのお達しだ」

 ますます不可解だ。

 

 大本営から直接の命令が届くのは前代未聞である。普通は大本営から陸軍元帥や陸軍大将を通じて第五師団長へと指令が下り、師団長から部隊長へと連絡が届く。大本営が元帥らを通さないで命令を発する事はまずない。余程の事情があるのだと考えられる。

 また、潜入している我々が情報を掴んだことをなぜ大本営がそこまで早く知るのだろう。

 

「既に現地に潜入していた第三小隊に探らせていて、奴は毒蛇の入れ墨があることが分かった。だが、それ以外は、まだ報告されていない。そこで、第七小隊には増援の諜報員として現地の第三小隊と協力して探ってほしい。」

 奴はなぜ帝国から命を狙われるのだろう。

 確かにハザールのテロリストというだけで、帝国が追跡しようとするには十分な理由となる。暗殺することも、十分に考えられることだろう。

 

 然し、大本営が出張ってくるとなれば話は変わる。ハザールに潜む対フロスト思想の政治的犯罪者(テロリスト)の数は軍も把握しきれていないが、少なく見積もっても三桁は数えられるだろう。それらを全部大本営の預かりとするのは到底無茶であり、多くは軍の諜報部隊や警察の対外組織で処理する事案である。

 だが、この毒蛇(ソー・ヴァーン)とかいう者を、大本営が名指しで極秘に特殊部隊(クリープ・ファング)に見つけ出させようとしている。相当大きな山であり、奴にはかなり重大な事情があると考えられる。

 

「昨日も話したが、今回はこの毒蛇(ソー・ヴァーン)を最優先して欲しい。ハザールの内部情報の偵察については後日、こちらからまた指示を出す」

 隊長のブラウンの言葉を聞いて、グレイルは多少察しがついた。ハザールの軍の内部情報を探るというのはあくまで表向きの理由であり、真の目的はこの毒蛇(ソー・ヴァーン)を殺す事なのだろう。しかし、大本営から特殊部隊(クリープ・ファング)への極秘任務であり、国民はおろか他の部隊にも知られてはいけない。従って、偽の任務を作り上げることで、対外向けにハザールに諜報員を送り込む理由を作り上げたという訳だ。

 

 グレイルが色々と考えていると、参謀のディアナが話し出す。

「グレイル軍曹と第七小隊は、来月からハザールに潜入してもらいます。人員の配置や準備については軍曹に一任いたしますので、準備をお願いします。何か入用な者があれば、知らせて下さい。できる限りの要望にお応えいたします。現地に潜入中の第三小隊とも連携を取ってください」

 色々と謎に包まれてはいるが、久々にやり応えのありそうな任務だ。腕が鳴る。

 グレイルは獰猛な笑みを浮かべる。

 

 見せてやる 狂犬(クレイジー・ドッグ)の狩りを

 

 

 

 続々と作戦室に隊員達が入ってくる。本来各小隊の会議は濃緑色の詰襟の帝国陸軍制服を着て、黒い外羽式の革靴を履かなければならないが、この第七小隊では軍曹のグレイルの意向で指定の服装はない。表向きには着替えている時間を訓練に充てたい為と言っているが、単にわざわざ制服に着替えるのが面倒だからである。

 そのため隊員は皆、訓練時に着用する白と灰色の迷彩柄の戦闘服で集合しており、グレイルは体に張り付くような丸首の黒い襯衣と緑の太い下衣に黒の編み上げ靴といった姿である。

 

 隊員が全員作戦室に入ったので、グレイルは声をかける。

「来月の頭から、俺ら第七小隊は長期任務に就くことになった!! 期間は半年、死と隣合わせの危険な任務だ」

 隊員達の顔が引き締まる。大規模な戦争中でもない限り、任務期間は一か月程度である事が多い。今回のような半年間もの長期任務は珍しく、詳しい話をする前から隊員達は皆、今回の任務は相当大きいと感じていた。

「今から任務の内容を話す。今回は普段の荒事とは違ェ、ハザールに潜入して行う諜報活動だ。これから資料を配るが、絶対ェこの小隊の外に出すな」

 任務の情報を記載した資料を隊員へと配り、説明する。ハザールの内部情報を探る事、毒蛇(ソー・ヴァーン)と呼ばれるテロリストを探し出して殺害する事、外部に任務の情報を流さないよう徹底する事等の情報を共有する。

 

 「概要は以上だ。各自情報を頭にブチ込んどけ!!」

 大雑把な説明が終わった。隊員達は資料を頭に叩き込もうと必死で読み込んでいる。

「軍曹、質問宜しいでしょうか!!」

 金色の美髪を後ろで束ねた可憐な女性が手を挙げた。

 

 声の主はライカ。グレイルより7歳年下で、現在28歳である。防衛大学を優秀な成績で卒業して陸軍へと配属された。祖国の為に戦いたいという本人の強い希望で、第七小隊に所属している。

 現在ではグレイルに次ぐ地位にあり、グレイルの右腕として辣腕を振るっている。

 

 「どうした。ライカ」

 グレイルは質問を促す。

「我々のような戦闘を得意とする部隊に、なぜ今回のような暗殺任務が拝命されたのでしょうか。明らかに我々の不得手な分野の任務です」

 ライカは鋭い。上からの命令を鵜呑みにせず、考察する癖がついている。

「ブラウン隊長からは何も聞いてねェ。ただ遂行せよとの指令だ」

 グレイルも気になっている所ではあるが、軍隊とはそういう所だ。上意下達を徹底することで組織が成り立っている。下された任務は絶対。下されたら遂行する以外に道は無い。上官が白だと言えば、鴉でさえも白くなる。言外にそのような意思を忍ばせて返答する。ライカもそれを感じ取り、それ以上追及する事はなかった。他の隊員も同様に、任務達成の為に思考を切り替える。

 

 「これから細かい戦略を練る。各自、やるべきことをやれ」

 出来る事は全てやる。グレイルは、力強く隊員達に宣告する。

「今この瞬間から頭を入れ替えろ。今までのヌルい訓練期間は終わりだ。俺達ァ何が起こるかわからねェ敵地へと赴く。だが、何が起ころうと任務を果たす」

 その言葉で、皆の顔付きが変わった。

 

 戦士(猟犬)達が解き放たれる(牙を剥く)

 (狂犬)笑う(牙を剥く)

 

 全ては帝国(俺達)の為に

 

 狩り(戦争)が始まる

 

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