広いハザール王国から、たった一人の男を探し出して殺す。まとめてみると非常に単純であるが、それを遂行することは簡単ではない。
まず標的の男、
フロストでは古来、刺青というのは主に政府や警察によって捕らえられた犯罪者に入れられるという制度があった。その為今でも、一般市民で刺青を彫っている者はほとんどない。最近になって若者達の間で、刺青が多少流行することがあったものの、未だに一般的な文化として受け入れられてはいない。
しかし、ハザールでは刺青は広く受け入れられている。そのため、入れ墨だけで絞るのは困難を極めるであろう。
ハザールで刺青が一般的な理由として、この国の宗教が関係している。
ハザールで信仰されているのは、
グレイルたち第七小隊は、
潜入捜査を行うにあたって、まずはハザール内部に潜入する必要がある。その為、第八小隊はそれぞればらばらに国境を超える事になっていて、既にグレイルとライカ以外の隊員は現地へと足を踏みいれている。ある者は二か国間を行き来する
隊員達が全員ハザールへと送り込まれるのを確認し、グレイルとライカも入国する。二人は、フロストからハザールへと逃れる難民の中に混ざって潜入することを選択した。
フロストからハザールへと亡命する者は後を絶たない。
ハザールは、大陸の三大国の中でも経済的に豊かな国である。その為賃金や経済状況も良い。より良い雇用を求めて祖国を出て新天地へと向かう者も多い。
フロストとハザールは戦争を繰り返すほど険悪な仲である。国境には両国が駐屯軍を配備して牽制しあっている為、伝手が無ければ国境を越える事は困難を極める。
そのような場合、最も多く取られる手が反社会的組織の持つ伝手を使う事だろう。
彼らは両国の政府の網を知り尽くしている。つまり網の穴も把握しているという事だ。亡命を望む者らは、彼らの助けを借りて網を搔い潜る。
当然組織は見返りに莫大な金を要求する。フロストからハザールへと渡る者は巨額の借金を背負うこととなるが、それでも祖国を出たいと思う国民は後を絶たない。
グレイルとライカも彼らに金を渡し、国境を超える事に成功した。
「第七小隊、全員入国完了との知らせが届きました」
特殊部隊隊長のブラウンは、その連絡を司令室で参謀のディアナから聞いた。
「承知した。様々な根回しご苦労だった」
そう返し、太く長い
グレイルとライカをハザールへと侵入させたのは、通称「
彼らはフロスト帝国の南西部に縄張りを持つ勢力で、フロストとハザール間の物品流通が主な稼ぎとしている。違法薬物や武器といった非合法物品から情報や人間そのものに至るまで、ありとあらゆる物を流す運び屋である。
帝国警察は彼らを取り締まり、解体しようとしている。
「隊長、今回の任務に第七小隊を任命したのは何か理由があるのでしょうか。彼らは戦闘を得意としており、今回のような潜入捜査には向かないと思われますが」
他に適任な小隊があったのではないのかとディアナは問いかけた。葉巻から大きく煙を吐き出し、ブラウンは口を開く。
「この任務は第七小隊にしか、いや、ブラウン軍曹にしかできない」
ブラウンの目に影が落ちる。
「すべては帝国の為に」
「国境は超えたが、ここからが本番だ。気ィ引き締めろよ」
「馬まで用意してるとは、奴らもいい仕事しますね。この長い道のりを徒歩で行くのは嫌でしたから」
砂色の頭巾付外套を羽織った二つの影は、敵地の奥へと向かう。
二人が今いるのはフロストとハザールの国境付近に広がる草原地帯。見渡す限りに若草が広がり、所々に疎らに木が生えている。人通りは少なく、馬や羊を引き連れた遊牧民が遠くに数人見える程度である。灼熱の砂の王国であるハザールでも、この辺りは比較的気温が低い。そのため暮らしやすい気候ではあるが、フロストとの戦争では最前線となるために、住人は少ない。
「まずは、ハザールに前から潜入している第三小隊とメディナで合流する」
メディナは、ハザール北西部の都市である。王都のアビブに次ぐ第二の都市と呼ばれている。
グレイルとライカは、メディナへと足を向けた。