・チョンユエ
・リィン
・ニェン
・シー
「チョンユエせんせー!」
どたどたばたばた。朝練を終えてさあ解散だ、と撤収の準備をしていたチョンユエの元に、何人もの子供達が駆け寄っていく。チョンユエが膝を折って彼らに目線を合わせると、子供達は口々に言う。
「おや。どうかしたか?」
「ハッピーバレンタイーン!」
子供達は各々ポケットやフードから取り出したチョコレート菓子を手渡していく。器用に一人ずつしっかり受け取ったチョンユエは、両手一杯にチョコレートを抱えたまま合点がいったように呟く。
「ああ…なるほど。今日がバレンタインとやらの日だったか」
「チョンユエせんせー、いつもありがとうございまーす!」
バレンタインデー。
ラテラーノの聖人の名を冠する、人々がチョコレートを贈り合う催し。発祥の地はラテラーノだが、近年クルビアやカジミエーシュの企業によって色々と脚色された上でテラの各地へ広まっている。
龍門から炎国にも広がり始めているが、チョンユエにはまだまだ馴染みが薄い。
「ありがとうな、子供たちよ」
それから成人したオペレーターたちにもチョコレートをいくつも手渡されたチョンユエは、一旦自室へと戻ることにした。
「商人達の営業努力というやつか、なるほど」
上着を一枚脱ぎ、袖を結んで風呂敷のようにしてチョコレートを運ぶチョンユエはカラフルに彩られた購買部のスペースを眺めて納得したように頷く。
「これがチョコレートか……玉門ではあまり馴染みのない菓子だな。良い香りをしている」
割り当てられた自室へと辿り着いたチョンユエは、部屋に備え付けてある電気ポットのボタンを押した。
「さて。甘い菓子に合う茶は残っていたものか。しかし便利なものだな。こうも簡単に茶を入れられるとは」
煎じた茶を大きな魔法瓶へ注ぎ、残りを湯呑みへ。卓上にできたチョコレート菓子の小山に手を合わせ、凛とした声が響いた。
「いただきます」
◇
魔法瓶を片手にロドスを歩くチョンユエは、小さな休憩スペースに座り込んでいた妹と出会う。
「やあ兄さん。ハッピーバレンタイン」
「おおリィン。珍しいな」
リィンの手にあるのはいつもの瓢箪ではなく、中身の満たされた陶器のカップだ。
「兄さんも一杯どうだい?ヴィクトリアの酒にチョコレートを煮溶かしてみたんだけど、五臓六腑が燃え上がるように小気味良い飲み心地でね」
「せっかくだ、いただこう」
普段ならば妹の変わらぬ酒豪ぶりに小言の一つでも漏らしたくなるが、このような日には無粋というもの。
どろりとした茶色い液体を一息に呷ると、ぽかぽかとした浮ついた風味がチョンユエの胸を満たす。
「おお…活力を感じる味だ。冬の荒野でも寒さを忘れられるような力強さだな」
「ご好評でなにより」
リィンも自分の分を飲み干し、そして口の端についたチョコレートを拭う。
「このチョコレートという流行りの菓子はなかなか奥が深いね。豆を包むようにしたものがさっき売っていたけれど、あれはきっと炎国の酒によく合うと思うよ」
「程々にな。茶はいるか?」
「口直しに一杯貰おうかな。甘いものばかりでも飽きるしね。ああ、そうだ、二人の所にも寄ってあげるといいよ。あの子たちもそれぞれのやり方でこのお祭りを楽しんでいるようだから」
◇
道なりに歩いて食堂へ辿り着いたチョンユエは、大きな机を一人で独占しているニェンを見つけた。チョコレートらしき茶色の塊がいくつも並んでいる。
「よお兄貴!これ、一個どうだ?」
「いただこうか。これは自分で作ったのか?」
「勿論!何度も試作を重ねた一品だ!」
半分ほど一口で齧り、飲み込んでにっこり笑う。
「うむ。やはりとびきり辛いな」
「ははは!そりゃあそうだ。私の作るもんだからな。私の舌に合ってて当然ってもんよ」
断面には赤い粒や塊が見え隠れしている。細かく刻まれた唐辛子も入っており、極め付けにチョコレート部分の甘さはかなり控えめだ。苦味と辛味の極めて強いこのチョコレートは分類で言えば薬膳に近いだろう。魔法瓶から注いだ茶で喉を潤すと、いくらか気分がさっぱりした。
「これはこれで独特の旨味があるが、子供に振る舞うには向かないだろうな。気付け薬としては上等だが」
「ラヴァにも似たようなこと言われたよ。『ハイビスの料理と同じくらいのヒドい!』だとさ」
「ほう……そのような料理人がまだロドスにいたとは」
「末のあいつみたいなのを想像してるなら見当違いってやつだぜ、兄貴」
あれはあれで得難い才能かもしれねえけど、とニェンは笑う。
「ま、薬に近いってのは正解だよ。そもそもこりゃあわざと甘ったるくしてるだけで、元を辿れば強壮剤だろうからな。戦の前に兵士や鱗獣に飲ませたり、権力者が世継ぎ作る前に飲んだり、そんな感じだろ」
「そうなのか」
「昔も昔、大昔はそんな用途だった…っていうウンチクが語られてた。それを甘くしたのは革命的だとかなんとか、もう耳にタコが出来そうだ」
「文化に歴史あり、ということか。たくましいことだな」
「まーなー。そうだ、シーのとこにも顔出してやってくれよ。あいつ面白いチョコ作っててさ。見たら驚くぜ?」
「ほう?」
◇
数分歩き、シーの自室の前に立つチョンユエ。この辺りには人気がなく、がらんとしている。
「シー。いるかな」
こんこん、と扉を打つ。
返事が来ないのでまた次の機会にしようか、と思い始めた所で扉が開いた。
「グゥ」
「おお、シーの墨魎か」
身体ごとぶつかるように扉を開けたクヒツムは首の動きで部屋の中へチョンユエを招く。一歩踏み入れたが最後、これまでいたロドスの艦内とは似ても似つかぬ広大な木々と川に埋め尽くされた景色がチョンユエの眼前に広がる。
「うむ。壮観だな」
「三人目よ。今日私の部屋に来たのは」
筆が空を切る音。景色が様変わりし、二人と一匹は炎国の一般的な家屋に立ち尽くす。
「目的はだいたい分かってるわ。どうぞ?」
筆で机を示したシーの指の先には、チョンユエの手のひらよりも大きいチョコレートが鎮座している。いくつも並ぶそれらは、白と黒の二色でクヒツムの姿を形作っていた。
「ほう。精巧な…シーが自分で作ったのか」
「墨を磨るよりも楽よ。溶かし、流し、冷やす。この子に任せきりでも何の問題ないわ」
「グォ」
えっへん、とどこか自慢気に佇むクヒツムと、その立ち姿にそっくりなチョコレート。
「なるほど。一度溶かして型に流してから冷やし固める……このような真似も可能なのか。いただこう」
ばきん、と容赦なく頭から噛み砕いていくチョンユエを見て、自信たっぷりだったクヒツムがこそこそとシーの足元まで逃げていく。
「美味いな」
「食べたら行ってちょうだいね」
「まあ、そう慌てるな」
チョンユエは二人分の湯呑みを並べると、そこに持ち込んだ茶を注いでいく。
「あまりゆっくりと話す機会もなかったろう。茶でもどうだ?」
「……懐かしい匂いね。いいわ、一杯分だけ付き合ってあげる」
久方ぶりの兄妹団欒は、それはそれは素晴らしいものだった。チョンユエは幾度となく、年が巡る毎にこの幸せな祭日を思い出すだろう。
シュウ、ユー実装前に書いた作品でした。そのうち二人も合わせてわちゃわちゃしたものを書きたいところ。