もしもアロナがエロナだったら   作:ゴールドハーブ

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裏側の物語

 先生は目を覚ました。

 

「"今のは……"」

『私もいましたよ。百合園セイアさん。入院中と言っていた、ティーパーティーの一人です』

 

 夢の中に現れ、警告に来たと言っていたセイア。入院中とは聞いていたが、身を隠しているとか、ずっと夢の中にいるとか、それだけで不穏な気配がする。

 

「"一体、トリニティで何が起こっているんだろう……?"」

『結局、肝心な所は聞けませんでしたね』

「"会ったことを口外しないで、か"」

『……どうしましょうか』

 

 先生は、ナギサにそれとなく探りを入れてみることにした。

 

 

「補習授業部は、生徒を退学させるために作った箱です。本来であれば、退学にするには長い長い議論と手続きを経なければなりません。しかし、シャーレの権限を組み込ませていただいたことにより、それが可能となっているのです」

『勝手に使わないでほしいんですけど』

「"……どうして?"」

 

 3回ある特別学力試験。そのどれにも合格できないと、補習授業部は全員が退学になってしまうことを先生は知った。落第ではなく退学。最初からそう決めてあったというが、その理由について、ナギサは覚悟を決めたような顔で言った。

 

「あの中に、トリニティの裏切り者がいるからです」

 

 

「"犯人探しみたいなのは、ちょっとね"」

『おおー、先生っぽいセリフです』

 

 ナギサから裏切り者を探してほしいと言われてしまった先生。しかし、先生としては誰かを疑ってかかるようなことはしたくはなかった。それは、「先生」の役目ではないから。

 

『しかし……いくらシャーレの権限を使えるからといって、ナギサさんの一存で退学にするなんて強権を振るえば、周囲から強烈な反発を招くことは必至です。そうなったとき、ナギサさんは大丈夫なのでしょうか』

「"困ったね……。もう一度、セイアに話を聞きたいんだけど"」

『能力が制御できないみたいなことを言ってましたけど、来てくれますかね……』

 

 いろいろ分からないことはある。けれど、補習授業部のことをおろそかにするわけにはいかない。少なくとも、勉強は見てあげなければ。

 そうして、不安を抱えつつも補習授業部の合宿が始まった。……初日は、合宿所の環境を整えることに終始してしまったのだが。

 

 

「来ましたね」

「……待っていたのかい」

「"私も、セイアと話がしたかったからね"」

 

 合宿初日の夜。セイアを待つため、先生は早めに就寝していた。

 

「前回は……どこまで話しただろうか。気づけばいなくなってしまったような気がするが……」

「"単刀直入に。今、トリニティで何が起こっているの?"」

「……さて。一言で説明するのは難しいし、私からすれば君が今どの段階にいるのか不明瞭なのだが……『トリニティの裏切り者』。……驚いていないね? この言葉には聞き覚えがあったかな。おそらくナギサから、裏切り者を探せと言われたんじゃないかい?」

「"うん、ちょうどその日の夜だよ"」

「なるほど、分かりやすい」

 

 ずっと、何ヶ月も絶えず移り変わる夢の中にいたセイア。時間感覚はとうに失せている。先生の夢の中にいるのだから、今はきっと夜なのだろうと思うくらいだ。

 

「裏切り者の名前を聞くかい。知ってしまえば、その『知っている』ということが仇となるかもしれない。知らないのと全く同じように振る舞おうとしても、それはなかなか難しいことだからね。他ならぬ私自身がそう感じている」

「"……その背景が知りたいかな"」

「裏側にある物語。それを知る、読み解くとすれば、言わずとも必然的にその名前が分かってしまうだろう。君は、それでも知りたいかい」

「"事情を知らなければ、対応することもできないからね"」

 

 犯人探しは本意ではない。しかしそのまま放置していても、良い方向に転がるわけではないだろう。

 セイアは話す覚悟を決め、先生も改めて話を聞く覚悟を決めた。

 

「事の起こりは百合園セイアが何者かに襲撃され、ヘイローを破壊されてしまったことだ。それを知ったナギサは容疑者をまとめて隔離することにした。それが補習授業部。端的に言うならば、そういうあらましだ」

「"……っ!?"」

「ぼ、亡霊の方ですか?」

「私の肉体は生きているとも。最も、ずっと意識が戻らないのを生きていると表現できるかについては議論の余地があるのかもしれないが」

 

 ヘイローが破壊されるということ。キヴォトス特有のその表現は、即ち死ぬことを意味する。

 

「ヘイローが破壊されたと偽装したのだよ」

「"……どうして? 生きていると知っていれば、ナギサだって……"」

「必要だったから。……私のヘイローを破壊しに来た張本人であり、私のヘイローが破壊されたと偽装した者の一人。それは……白洲アズサだ」

「"……!"」

「……破壊に失敗したということでしょうか。ヘイローの耐久はかなりのものですからね」

「いいや。アズサは命じられただけで、ヘイローの破壊なんてしたくなかったんだ。ずっと迷っていた。それで、私のところへとやってきて……私たちは話し合いの末、ヘイローの破壊を偽装することに決めた」

 

 アズサはヘイローを破壊しろという任務を与えられただけ。しかし、いくら任務だといっても、他人を殺すことに対する心理的な抵抗はとても大きい。特にキヴォトスでは、「死」に対する忌避感はあまりに強い。

 

「なるほど……すごく、すごーく面倒な事態の予感がしてきましたが……」

「そうだ。彼女は今、難しい立場に置かれている。単純に裏切り者として突き出せば、トリニティからも、私のヘイローの破壊を目論んだ『アリウス分校』からも居場所はなくなるだろう。……この状況を、君はどうする? 君は何を選択する?」

「"……少なくとも、このまま退学にさせちゃダメだってことは分かったよ"」

「誰かをぶっとばして終わりなら楽なのに……」

「……それで解決するなら苦労はしないよ」

 

 解決が困難である一方、先生はそこに希望を見た。だって、誰も死んでなんかいないし、本当に裏切ろうとしている者がいるわけではないのだから。

 

「"セイアが生きているのなら、きっと何か方法があるはずだ"」

「そもそも、セイアさんの死が理由ならティーパーティーに生存を伝えればいいのでは?」

「今のナギサに信じてもらうのは難しいだろう。例えば先生がそれを言ったとして、『裏切り者に絆された』と解釈されるだけだ。

 自分たちが必死に調べても何があったか分からなかったのに、どうして先生が生存を知っているというのか。それを証明したいのであれば、本人を連れてくるだけでいいのに。明確に証明できる方法を使わず、言葉だけで説得しようとしてくるのは何故か。ただただ言いくるめて、退学を取り消させようとしていると受け取られるだけだ」

「"それは……確かに"」

 

 今までトリニティのことに詳しくなかった先生。エデン条約についても知らず、ナギサに聞いてしまったくらい。突然セイアは生きているなどと言っても、何も信じてもらえないだろう。

 

「"何とかしてセイアをナギサに会わせることができたらいいんだけど……"」

「前回も言ったが、私の体は意識不明、夢からの戻り方も分からない。ついでに私の肉体がどこにあるかも不明だ。探すのも困難だろう。私を匿っている者からすれば、誰がやったか分からないという状況だからね。襲撃犯がティーパーティーの可能性すら考えられたのだよ」

 

 だからこそセイアは隠された。守るために。ひとまず匿い、目覚めたセイアに事情を聞いてから対処しようという考えもそこにはあったが、未だにセイアが目を覚ますことはなかった。

 

「夢に来れるのならば、ナギサさんやミカさんの夢に行くのはどうでしょうか」

「それは……考えないことでもないが。……夢は夢なんだ。私の力を知っている者でも、それは『予知夢を見る』ものだと考えているし、夢で会話ができるとは思ってもいないはずだ。きっとただの夢で終わってしまう。

 そもそもまともな会話が成立することすら稀であり、私に他人を夢に閉じ込めるような力などない。少し驚いただけでも夢から覚めてしまったりするんだ。……どうしてか、君たちの夢はこんなにも安定しているのだが」

「……まあ、そういうこともありますよ」

 

 普通は夢で見たことなどほとんど覚えていられない。けれども、先生とアロナの夢は安定していて、前に会ったときのことなどもしっかり覚えていた。夢の中にずっとひとりぼっちで、他人との会話に飢えていたセイアにとっては、実はそれはとてもありがたいことであった。

 

「でも、それで本当に話ができるのなら、それは嬉しいことだね」

「"行ってみる?"」

「……久しぶりに、顔を見に行ってみようか。夢だけどね」

 

 

「ナギサ」

「あら、セイアさん。お茶にしましょうか」

「私は死んだことになっているが、実は生きているんだ」

「いつもの茶葉で、ロールケーキも用意しましょう」

「……ナギサ?」

「……本当に、セイアさんが生きていてくれたらどんなに良かったことでしょうか」

「私はちゃんと生きているんだ、ナギサ!」

「ええ。そうですね」

 

 ナギサは、これは自分の願望が見せた夢だと思った。

 

 

「……ミカ。私は生きて――」

「せ、セイアちゃん!? うわああああセイアちゃんが化けて出たああああああ!」

 

 ミカは、セイアが自分を恨んで夢枕に立ったのだと思った。

 

 

「……やっぱりダメだったよ。……っと」

「"セイア!"」

「……大丈夫ですか?」

 

 戻ってきたセイアは、ふらついた体を先生に支えられた。ミカやナギサとの対話はうまくいかなかった。だってそれは、夢だから。

 

「やはり……力を能動的に使おうとするのは、負担が大きいね。今日のところは、これで……失礼するよ」

 

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