もしもアロナがエロナだったら   作:ゴールドハーブ

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Memento mori

 雨で洗濯物が全滅し、着る服がなく、雷で停電した日のこと。暗くて勉強することもできない補習授業部は、水着パーティーを開催していた。

 

「知っていますか、コハルちゃん。下着っていうのは、武器にもなるんです」

「し、下着が武器って……エッチなのはダメ! 禁止!」

「いいえ、コハルちゃん。キヴォトスには、本当にパンツを武器として投げてくる人もいるのだとか。その人が投げたパンツに当たると幻覚を見たりするらしいです」

「なんでよ! 意味わかんない! 卑猥!」

「……試してみますか? せっかくの合宿ですし」

「せ、先生が見てるでしょ! 枕投げみたいなノリで提案しないで!!」

「あはは……流石にパンツは恥ずかしいですね……」

 

 パンツを投げる人の話を聞いてアロナは何かを察したが、しかし同時にニヤリと笑った。

 先生は、パンツを投げ合う光景もすごいが、目の前の水着パーティーもなかなかすごい光景なんだよなと思った。

 

「なるほど……パンツを武器にするのか。考えたこともなかったな」

「ちょっとハナコ! アズサが変なこと覚えちゃうじゃない!」

「……だが、本当に効果があるのか? ただの布にしか見えないけど……」

「待って、こんなところで取り出さないの! 先生がいるで……あんたはこっち見るな!」

「"はいはい……"」

 

 パンツ、それは布でできている。そんなもので攻撃されても何のダメージもないはず。コハルは、ハナコがまた変な冗談を言いだしたのだと思った。

 

「実は私も、興味があったので投げてみたことがあります。しかし相手を幻惑させるどころか、困惑させることしかできませんでした」

「当たり前でしょ!! バカなの!?」

「やってみたことあるんですね……」

「うふふっ。パンツを投げて戦う人の噂を初めて聞いた時は、私も冗談だと思ったんです。その人は与太話も多い人でしたから。……しかしよく調べてみると、どうやら本当にパンツを投げて戦っていたらしいことが分かりました。

 いったい、どういう仕組みなのでしょう? 私が投げたパンツと、何が違うのでしょう? 私も、パンツを投げて戦ってみたいのですが……」

「絶対にやめてよね! そんなことしたら死刑! 猥褻物投かん罪!」

「……それを言うなら猥褻物投擲(とうてき)罪、でしょうか」

「うるさいっ、分かってるならやるな!」

 

 どう考えてもパンツは武器にならないはずなのに、しかし使われたと思しき記録はあって。ハナコはそこの秘密にとても興味があった。

 

「もしかして……なのですが。まさか、使用済みだったとか……? 新品のパンツではいけなかったのでしょうか」

「し、使用済みって……なんか妙に生々しいこと言わないでくれる!? 使用済みかどうかなんて関係ないでしょ、パンツは武器じゃないの! 石でも投げたんでしょ!」

「……本当に、そう思いますか?」

「……え?」

 

 ハナコはコハルに、ずいっと顔を近づけて言った。

 

「その人が投げたものに当たって昏倒する人たちがいました。その投げた『もの』は、被害者の目から見てもパンツに見えました。周りで見ていた人の目から見てもパンツに見えました。……これだけの目撃証言があって、見た目はパンツに見えるそれが、どうしてパンツではないと言えるのでしょうか。

 それに、『使用済み』か『新品』かどうかも、見た目から判別するのは困難ですよね。

 見た目からは分からない、その『真実』かもしれない何かは、どうすれば証明できるのでしょう? 証明できない真実ほど無力なものはない……そうは思いませんか?」

「しょ……証明?? な、なに? 何の話?」

「パンツを投げて戦ってみたいですよね、というお話です♡」

「……それはあんただけよ!!」

 

 パンツを投げて戦っていた者の真実を、証明することはできるのか。

 ハナコの言い回しからアズサは第五の古則を連想し、そしてそのアズサの言葉から、ハナコはセイアの影を感じ取るのであった。

 

 

「Memento mori, 死を忘るることなかれ」

「……なんだい、急に」

「Vanitas vanitatumとか言っていたので。それにゲヘナの救急医学部のセナさんですら死体を見たことがないとのことだったので。私から、キヴォトスの民に言ってみたい言葉です。キヴォトスでは死は見えにくいとはいえ、存在しないわけではないのですから。結構、ハッとさせられる言葉だと思いませんか?」

「……君は、『ヘイローが壊れる』ではなく『死』という言葉を使うのだね」

「キヴォトスではないですけど、ちょっとカチンときただけで殺し合いに発展するような場所を知っていたりしまして」

「……それはどんなディストピアだい」

「まあ、確かに……それはディストピアであり、しかし楽園でもありました」

「そんな楽園があるものか」

 

 アロナはノースティリスの地に想いを馳せた。キヴォトスの地でいろいろなことを知ったけれども、今でもアロナにとってそこは故郷であり、楽園なのである。

 そして、楽園と聞いてセイアが思い浮かべるものは。

 

「楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか」

「……キヴォトスに伝わる七つの古則、その五つ目ですね」

 

 セイアは語る。その言葉、その楽園の存在証明に対するパラドックスを。証明不可能と結論付けた、その問いの解釈を。

 

「――楽園に到達した者が、楽園の外で観測されることはない」

「まあ、楽園なんて追放されるものですし」

「……」

「……」

「"アロナ"」

「あっ、すみません。続きをどうぞ」

 

 セイアはやれやれといった様子でため息をついた。

 

「……存在しない者の真実を証明することはできるのか? この古則は、そういった不可解な問いなのだよ。確かに経典には、我々はその昔、楽園から追放されたのだという記述は存在するがね」

「古則ですからね。どれもふわっとしていて、つかみどころがないものです」

「それでは一体、この文章は何を伝えようとしているのだろうか? 何を問いたいのだろうか? 楽園の存在など証明できない。まるで悪魔の証明にも似て、楽園などどこにも存在しないではないかと突きつけられているかのようにも思える」

 

 悪魔の証明。完全に証明できないからといって、そこに疑いをふっかける常套手段。

 セイアには、この古則がそんな冷たい事実を表す文章であるかのようにも見えた。

 

「エデン。経典に出てくる楽園。その存在しない楽園の名を冠するエデン条約。かの連邦生徒会長は、一体どんな意味を込めてこの名前を付けたのだろうね。どこにも存在しない楽園の名前を付けるなんて、なんとも趣味が悪いと思わないかい。……()()()?」

「え? ……え? わ、私ですか?」

 

 セイアは意味深にアロナを見つめている。アロナは何か、そこに意図を感じた。

 

「そ、そんなに趣味が悪いですかね……?」

「君も分かっただろう? エデン条約に端を発するこの事件を。平和を謳いながら、その実仲の良かった友さえも疑うこの状況を。さらには守りたかった者こそが真犯人という皮肉すら存在する悪辣さを。これで、楽園などどこにあるというのだ」

「あー……」

 

 見方を変えれば地獄のような状況。それが、放置された「エデン条約」の末路ではないかと、セイアは言っている。

 

「……楽園が存在しない。ならば、作ればいいんですよ」

「作る? 簡単に言ってくれるね……出来たのは地獄ではないか」

「あはは……連邦生徒会長さんは少し失敗しちゃったのかもしれません。詳しいことは不明ですが……元々、力が暴れ回るだけだった世界を、かつての神々は永遠の盟約を交わすことにより平定したという話があります。きっと、会長さんも楽園を作りたかったんですよ」

「永遠の盟約……? そんな言葉は聞いたことがないな。一体何の書物の言葉なんだい?」

「うーん……あえて挙げるなら《常闇の眼》でしょうか。でも、キヴォトスには存在しないんじゃないかなあ……」

「存在しない書物……?」

「存在しない書物の真実を証明することはできるのか? ……別に証明しなくてもいいですねこれ」

「……」

「私の、魂の故郷(ふるさと)。今となっては、その実在も疑わしくなってしまいましたが……きっとあるのだと信じています。なぜなら、私がここにいるからです! ……なんちゃって」

 

 アロナはちょっと喋りすぎたとばかりにごまかした。

 

「……はあ。何だか煙に巻かれた気分だよ」

「私としては、夢の中で出会うなんて本当に予想外でしたけどね。まさに寝耳に水!」

「…………」

「狐につままれたような感じ! のほうが好みでしたか?」

「………………やはり、姿が違っても、君は――」

「おおっとぉ! そこまでですよ」

「!? 何を……ぐえっ」

 

 力で黙らされるセイア。そのままアロナは先生から少し距離をとって、ひそひそと内緒話を始めた。あまり先生には聞かせたくない話だった。

 

「今度は私から、セイアさんにお願いがあります。夢から覚めても、()のことは秘密にしておいて下さい。あ、先生にもですよ」

「……どうしてだい。君がいなくなって、いったいどれほどの混乱が起きたことか、分からない訳じゃないだろう?」

「私は、キヴォトスには戻れませんから。戻りたくても戻れないんです。私の存在を明らかにすることは、いらない混乱を生むどころか、キヴォトスにとってマイナスにしかなりません。私は先生をサポートするAIの『アロナ』であり、セイアさんの想像している人物とは別人。そういうことにしておいて下さい。そうでなければいけません」

「……分からないな。先生のサポートはできるのに、他の者には何も伝えずにいなくなるなんて」

「おや? ティーパーティーに何も伝えずにいなくなった人がここにいますね?」

「それは……」

「分かってますって。……私たちが今ここで会えるのも、きっと夢だから許されているだけなんだと思います。そう、これは全部夢ですから」

 

 話はそれで終わりと、様子をうかがっていた先生の方へ、アロナは戻っていった。

 

「"……何だか仲がいいね!"」

「実は以前に会ったことがあるみたいです! ねー、セイアちゃん」

「誰がセイアちゃんだ」

 

 二人とも夢に干渉できるようだし、そういうこともあるかと先生は思った。それよりも、知り合いということで思い出したのは昼間のハナコのほう。

 

「"そういえば、ハナコは知り合いなの?"」

「……友人、だとも。私が夢を彷徨うようになって、長いこと会えてはいないけれど……。妙な奇行も始めてしまって。トリニティに蔓延る権謀術数が、あまりに嫌になってしまったのだろうか。

 私の想像でしかないけれど、きっと、ハナコは色々なものが見えすぎるんだろうね。この辺はナギサとは対照的に見える。補習授業部はハナコにとっても必要な場所なのだと思う。先生、それから……アロナも。ハナコのことを、宜しく頼む」

「"もちろん!"」

 




ハナコの奇行が始まったのは、セイアと会えなくなったことも関係するのかな、なんて。

・常闇の眼
この世の歴史が自動的に書かれる本。台座から離すと魔力を失ってただの本になるらしい。
Elonaではプレイヤーが3年もかけて解読している辺り、非常に難解なのではなかろうか。
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