もしもアロナがエロナだったら   作:ゴールドハーブ

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セイアとアロナの運命論

「先生。『裏切り者』は、見つかりましたか?」

「"……。補習授業部のみんなは、裏切り者なんかには見えないけれど……"」

「……事の重大さを、理解していただけませんでしたか」

 

 ナギサとの面会。

 先生としては、非常に返答に困る質問だった。

 

「仕方ありません。これは未だに伏せられている極秘情報であり、外部に漏れればトリニティが大混乱に陥ってしまうので、どうかご内密にお願いしたいのですけれど。私たちの仲間である、トリニティの生徒会長の最後の一人、百合園セイアさんは……その裏切り者に、ヘイローを壊されたのです。補習授業部は、その犯人候補を集めたもの……という訳です」

『真の裏切り者が候補から漏れてますけど』

「"……"」

 

 セイアは生きている。しかし、積み重なった疑心暗鬼の前に、それを信じてもらう方法がない。

 ナギサは、ナギサから見た各メンバーの説明を行った。

 

「まず疑わしいのはアズサさん。学力もそうですが、その存在自体が色々と怪しいうえ、他の生徒たちと何度も暴力事件を起こしています。……しかしそれは他の生徒を助けただけ、とする報告もありました」

 

「次にコハルさん。上の学年のテストを受けては落第点を取るという、意味不明な行動を繰り返しています。報告では、いつも何かを警戒しているようだったり、鞄の中を見せないようにしているのではという分析もありました。……しかし彼女は正義実現委員会のメンバーであり、本当に裏切り者なのかという疑問も存在します」

 

「ハナコさん。彼女は本当に優秀な才能を持っていました。次期ティーパーティーとも言われ、私たちとしても大いに期待をしていたのです。……しかし今はわざと試験で本気を出さないばかりか、水着で授業に現れたりと、全く理解できない存在になってしまいました」

 

「そして、ヒフミさんは……。……私はヒフミさんのことを、とても大切に思っています。しかし、その正体は頭のおかしい犯罪集団のリーダーであるという情報がありました。何でも、盗んだお金をばらまくのだとか……。妙な鳥を愛好していて、ブラックマーケットにも出入りしていることが確認されています。……そもそも、カイザーとブラックマーケットの繋がりを報告してきたのは、ヒフミさんでした」

『あっ』

 

 全員に、怪しいとする情報と、怪しくないとする情報が混在していた。しかし、セイアがやられたという事実だけは目の前にあって。誰かを一方的に怪しめれば楽だったのに、ナギサは、何をどう信じればいいのか分からなくなっていた。

 

「"ナギサ。うまく言えないけど、私は君の味方でもあるつもりだよ"」

「でしたら……一刻も早く裏切り者を見つけ出してほしいのですが? こんな、ヘイローを破壊するようなテロリストを前に、どうして何もしていただけないのですか?」

「"……セイアが生きているかもって言ったら、信じる?"」

「……は? 誰からそんなことを……生きているのなら、どうして姿を見せてくださらないのですか。隠れる意味なんてないではないですか。到底、信じるに値しません」

「"……そう、だよね。……でも。夢で会わなかった?"」

「……夢? ……夢なんて、ただの願望です」

 

 事情はあった。けれど、それらは全て、今は言葉でしか説明できないもので。相手を信じる以外に、その事情を認める手段が存在しないのだ。

 

「セイアさんはよく言っていました。古則を持ち出しては、これは証明することができない問いであると。いくら言葉を並べても、心の中で何を考えているかは分かりません。他人の心の内を、いえ、自分の心すら、証明することなんてできないのです」

 

 

 そして臨んだ第2次特別学力試験。

 試験会場はゲヘナに変更され、合格点も90点となり……。

 補習授業部は苦労しながら試験会場にたどり着くも、試験用紙を爆破されて不合格となってしまうのだった。

 

 

「"今日は大変だったよ……"」

「おや、その様子だと……ナギサにしてやられたかな?」

「やっぱり知ってたんですね」

 

 今日の出来事についてもやはり、セイアは先に予知夢で見ていた。

 アロナは何となくそうなんじゃないかと思っていただけだが。

 

「ナギサも必死なのだよ。苦労して作った補習授業部を、何の成果もなく解散されてしまっては意味がないからね」

「まあ、試験がダメだったとしてもゴネる材料ができたと思いましょう。流石に試験すらまともに受けさせてもらえないのはちょっと……」

「"3回目の試験はどうなることやら……"」

 

 2回目の試験でこれだけの妨害があったわけで。3回目がどうなるかなど、先生には全く想像がつかなかった。

 

「もちろん君たちには頑張ってもらうとも」

「詳細は語らないのですか?」

「"及第点のストーリーって言ってたね……"」

「少し迷っているというか……油断されても困る、といったところかな」

「ここで喋っている以上、今さらな気もしますけど」

 

 セイアが予知で見た光景。今さらな話ではあるが、それを軽々しく伝えるというのはためらわれた。未来の情報を扱うことについて、少しばかり心構えのようなものがあってほしいと思ったのである。

 

「君たちは、予知について考えたことはあるかい。数多くの書物や経典の中でさえ扱われる程度には、皆興味があるものだ。予知の内容が外れることのない、完全なる未来予知は存在するだろうか?」

 

 予知というものについて、セイアは語る。自らの能力である未来予知については、当然、何度も考えを巡らせたことがあった。

 

「まずは予知について、最も単純と思われるケースを考えてみるとしよう。

 何か悪い事象を『予知』し、その知識を利用して不運を回避できたといった場合だ。この場合、予知の中にいる自分自身は、その予知の知識を得ていないと解釈できる。知識があったからこそ、その未来を回避できるということなのだからね。

 ……であれば、予知を得た自分と、予知を得ていない自分の二つが存在することになる」

 

 何か悪いことを予知して、それにどう対処するか。それは物語によくある基本のパターン。

 

「『予知』を得た瞬間に、『予知』から外れてしまうということでしょうか」

「その通り。自分自身が最も大きい変数となるといった言説もある。しかしここで思うのは、予知の知識を持っていない自分以外の存在について、世界は本当に同じように進むのだろうかということだ。

 仮に予知を利用してうまく行ったとして。予知と違う結果になった、未来は変えられると喜ぶ一方で、その他の事象が予知と同じように進んでいた世界。予知による干渉の外側では、まるで『決定論』が成り立っているかのようではないか。

 決定論が成立する世界であるのならば……。それは、本当に未来を変えられたのか? 初めから、その『予知』を得ることまで決まっていたんじゃないか?」

「予知さえ織り込み済みの、全てが決定された世界……なんていうか、夢がないですね」

「……ああ」

 

 決定論、それは未来が全て決まっているという考え。たくさん悩んで選択したことであっても、それはあらかじめ決まっていたんだよなんて言われてしまうのは、あまりに夢がないとアロナは思った。

 

「それでは、予知の内容が外れることのない、『予知はしたが、それを変えることはできない』ケースも考えてみよう。

 これは今と同様に、決定論の世界が予知を変えられない世界の候補として挙げられる。それはある意味自然な解釈ではある。しかしこの場合、例えば予知の中に自分がいるのであれば、何故その行動になるのかという理由が必要になってしまうだろう。決定論の世界であっても、その予知で得られた情報に基づいて行動は決定されるはずなのだから。

 そこに矛盾を孕まない解しか、解たり得ない。これは厳しい条件に見える。私たちは自ら考えて行動するのだから、例えば今の理屈と同じことを考えて、何度でも未来を変えることに『挑戦』できてしまう。これで常に予知と同じになるというのは不自然だ」

「……そうですね。そんな状況であれば、私だって興味本位で挑戦してみたくなると思います」

 

 予知は変えられないと言われながらも、悪い未来を必死に変えようとする。これも物語によくあるパターンの一つ。……変えなくていい未来が見えても、それはそれでお話にしづらいとは考えられるのだけれども。

 

「物語では、自分自身を予知することはできないなどとすることもある。それでも、自身が観測できないからといって、未来を変えることに挑戦できないとは限らない」

「まあ、私としては能力の主体は自分自身であると思うので、普通に考えて自分から近しいものを予知するはず……なんて思っちゃいますね」

「ふむ、なるほど……能力の主体は自分自身か。……確かに、自分と全く縁のない者や場所の未来が見えるというのも不自然ではある」

「きっと私たちが出会ったのも、先生がトリニティに来て物理的に距離が近くなったからですよ」

「……案外、近くにいたりするのだろうか」

 

 アロナが持つ様々な能力。それらが他人にはないものであることは、アロナはきちんと認識している。そして、他人にはあって自分にはない能力が存在することも。アロナは、こういった能力は各人固有のものであり、その人自身に属するものだと考えていた。

 

「話を戻そう。決定論でなくとも、予知を変えられないのであれば、このような問題が常につきまとうことになるだろう。未来を観測し、それが変えられないものであると仮定するのであれば、観測した者は必ずそれに沿うように動かなくてはならない。これはやはり不合理に感じる。結局、完全なる未来予知について考えてみると、自己言及のパラドックスのような回避し難い問題が発生してしまう。

 ……それでも予知と同じになるというのであれば。それはもう、どうにも不可解で捉えにくい『運命』とでも呼ぶべき何かが存在するということになる……のかもしれない」

「運命……」

 

 運命。それは後から「こうなる運命だった」などと、過去の出来事を評価するときの言葉である。

 後付けの解釈などではない「運命」など、存在するのだろうか。

 

「幸いなのか、そうではないのか。私の予知夢については、絶対というわけではないようだけれどもね」

「ここまで話してそれですか」

「つまり、だからこそ注意しなければならない、ということだよ」

「"未来を知っているからこその油断……"」

「そういうことだね。……さて。心構えができたところで、どこまで話そうか?」

 

 結局、セイアのここまでの長話は「油断するな」と言いたいだけなのかもしれない。少なくとも、一番伝えたいことはそれだった。

 

 

 セイアはようやく、一週間後の事件のことを先生とアロナに語った。

 

「"ミカ……。やっぱり、やらかすのを分かっていて放置するというのは……"」

「……仕方がない、他に良い手立てがないのだ。この件に関して、後々私からも可能な限りのフォローを行うと誓おう」

「ミカさんによって、正義実現委員会が足止めされる……? ナギサさんはどうしているんですか?」

「アズサとハナコが迎えに行き、気絶させたあとはずっとそのままのようだ」

「それでは気絶させずに拘束して連れていきましょう。サンドバッグに吊るしてもいいですね。自分の目でミカさんがアリウスと共謀しているところを見てもらえば、疑心暗鬼なんて言ってられないでしょう」

「なぜサンドバッグ……それではいざという時逃げられないだろう」

「結構安全ですよ。癖になる人もいます」

「ナギサをハナコのようにしないでもらえるかな」

 

 当日はミカから正義実現委員会に待機命令が出され、動くことができないという。ナギサから命令を出してもらえるのならば、対処はもっと楽になるだろうと思われた。

 

「しかし……変えなくてもいいはずの所だけを変えるというのは、いささか怖いな」

「セイアさん。予知夢ではないですが、実は私も()()()()をしたことがありまして。その予測とは、もう随分と違ってしまっているんです。この世界は、きっと決定論の世界ではないんですよ。だから、予知にとらわれずに、みんなでより良い未来を考えましょう」

 

 決定論ではない世界、絶対ではない予知。

 アロナの言うように考えるとしても、セイアとしては思うところがあった。

 

「……それでは、この予知夢とはいったい何なのだろうか。予知した未来を変えられるとしても、決定論は成立しないという証明にはならない。そして、予知夢で観測した未来の光景は……何もしなければ、それはそのまま現実のものとなるようにも思える。

 運命は存在するのか? 私が予知夢で見ているものは、運命なのか? それではどうして、この予知夢で見た未来は絶対ではないのだろうか」

「理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることができるのか」

「それは……二つ目の古則の……」

 

 七つの古則の二つ目、目的語の抜けた不可解な問い。あまり知る人のいない古則だが、セイアはもちろん知っていた。

 

「この世界は、理解できないものであふれているんです。予知というものを通じて、私たちが得られる理解は何でしょうか。……ま、予知なんて高精度な未来予測ぐらいに思っておけばいいんじゃないですかね。

 それに……きっと、『運命』というものは本当にあるんです。けれど、未来は決まっていなくて、私たちには選択の権利があって。そしてその『選択』こそ、大きく運命を変える分岐点になる……今は、そう考えています」

「……運命。そして選択の権利、か」

 

 ――大事なのは経験ではなく、選択。

 先生はふと、どこかでそんな言葉を聞いたことがあるような気がした。

 

「先ほど、未来のことを聞いておいて何なのですが。セイアさんが現実に戻れないのは、未来を見すぎたせいなのかもしれません。

 未来予知なんて、どう考えても強すぎる力ですからね。自分が知り得ない出来事を知ることができるなんて、ズルもいいとこですよ。力の反動を無視してはいけません。それは、能力からの警告とも言えるのですから」

「……忠告、痛み入るよ」

 




・サンドバッグ
吊るすといくら殴っても死ななくなる。分裂する生物がよく吊られている。
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