お母さん、無自覚美人です  お盆帰省編   作:松田義和

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盆踊り無双

今年の夏、お盆。

僕は一人で帰省するつもりだった。

しかしその計画は、あっけなく崩れた。

 

「〇〇、帰るんだろ? じゃあ俺らも行くわ」

松田さんが言い出し、剣崎さんが「そうだな、行こう」と同意、高橋も「俺も!」と即決。

気づけば“聖闘士”3人が当然のように切符を手にしていた。

 

 

実家に着くと、玄関が静かに開いた。

「あらまぁ、〇〇だけじゃなくて、みんなもいらっしゃい」

 

柔らかな声とともに現れた母さんは、蝉の声さえ一瞬遠ざけるような存在感をまとっていた。

肩までの髪が夏の光を受けてつややかに揺れ、涼やかな瞳がまっすぐに客を迎える。

ほんのり色づいた唇が微笑むたび、空気が少しだけ甘くなる気がした。

 

松田さんは、礼を言いながらも視線を落とせず、剣崎さんはわずかに息を飲んだまま固まっている。

高橋に至っては「やべぇ…」と小声で呟き、僕に足を踏まれていた。

 

母さんは台所に立ち、何気ない手つきで野菜を切る。

その横顔は、丁寧に暮らす人だけが持つ静かな美しさに満ちていた。

料理を運ぶたびにふわりと香る石けんの匂い、指先に残るわずかな水滴──どれも目が離せなくなるほど自然で、眩しい。

 

 

夜。

「せっかくだから、みんなで盆踊りに行きましょう」

 

そして襖が開いた瞬間、空気が変わった。

紺地に朝顔の柄が咲く浴衣。

うなじの白さが、灯りに溶けるように浮かび上がる。

帯の結び目が歩くたびにわずかに揺れ、その度に視線が引き寄せられる。

 

「お待たせ。じゃあ、行きましょうか」

 

太鼓の音が遠くに響く中、母さんの歩みはゆったりと、しかし確かに人の視線を集めた。

会場に着くや否や、町の人たちが次々と声をかける。

「まぁ、〇〇ちゃんのお母さん!」「浴衣、とっても似合いますね」

その笑顔は、褒め言葉を受けても驕らず、ただ柔らかく、相手の心まで照らす。

 

踊りの輪に加わる母さんの所作は、ひとつひとつが丁寧で、流れるよう。

手をすっと差し出す指先、わずかに首を傾ける仕草──それらは意図せずして周囲を魅了していく。

まるで夜の灯りに浮かぶ女神。

 

僕はふと、隣に立つ松田さんたちが息を呑んでいるのに気づいた。

その横顔は、憧れと敬意と、少しの嫉妬が混じった複雑な表情だった。

 

 

 

──そして、その場には僕ら以外にも、偶然居合わせた青年がいた。

 

長身、整った顔立ち。

夜店の灯りに照らされる灰色がかった瞳は、少し涼しげで、それでいて底に熱を隠している。

浴衣姿の母さんを見つけた瞬間、彼の視線はぴたりと止まった。

 

紺地に朝顔の浴衣。

歩むたびにわずかに揺れる帯の結び、灯りに透ける白いうなじ。

母さんが微笑むたびに、その灰色の瞳がかすかに揺れる。

 

近くにいた町の人が囁く。

「あれが、〇〇ちゃんのお母さんだよ」

 

青年は短く息を吐き、ふっと笑った。

「……美しい」

その声には、異国の響きがわずかに混じっていた。

 

 

踊りが終わり、帰り道。

僕らが手土産を抱えて会場を後にしようとしたとき、背後から声がかかった。

 

「──君が、〇〇くんだね」

 

振り向くと、さっきの青年が立っていた。

近くで見ると、その彫りの深い顔立ちは一層際立ち、鼻筋は高く、口元には余裕の笑み。

「自己紹介をしよう。白鳥(しらとり)だ。ロシアの血が少し入ってる」

 

松田さんが少し目を細める。

「……お前、何者だ?」

白鳥は涼しい顔で言った。

「君が鳳凰なら、俺は白鳥。女神を守る戦いに、参加させてもらう」

 

その言葉に、高橋が「何その中二名言…」と笑い、剣崎さんは「面白いやつが出てきたな」と腕を組む。

僕は混乱しつつも、大学の学生証を見せられて驚いた。

「……ロシア語学科? 同じ大学だったのか!」

「縁だな、〇〇くん。これからよろしく頼むよ」

 

母さんは状況を知らず、ただ微笑んで言う。

「お友達なら、また家にいらっしゃい」

 

──こうして、“聖闘士”たちの前に新たなライバル、“白鳥”が現れた。

夏の夜は、さらに騒がしくなる予感しかしなかった。

 

 

 

踊りが終わると、手土産の山と共に、町には新しい呼び名が広がっていった。

──“女神を守る聖闘士”。

 

魚屋の兄貴も、八百屋のオジサンも、笑いながらこう言った。

「また女神を守りに来いよ、聖闘士たち」

 

そして僕は悟った。

来年の帰省も、きっと“女神”と“聖闘士”の夏になるのだろうと。

 

 

 

 

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