──夏休みは終わっても、戦いは続く
夏休みが終わり、大学が再び賑やかさを取り戻した頃。
僕は正直、あの盆踊りの夜のことは、町の思い出として胸の奥にしまっておくつもりだった。
──が、その目論見は開始5分で崩れた。
「おう、〇〇!」
振り向くと松田さん、剣崎さん、高橋が揃って立っていた。
「新学期早々だな」と笑う松田さんの背後、もう一人、見慣れた長身の男がいた。
「……白鳥」
「やあ、〇〇くん。久しぶりだね」
その笑顔は相変わらず涼しげで、目の奥にはあの夜と同じ光が宿っている。
◇
昼休みの学生ラウンジ。
僕は何気なく周りの会話を聞き流していたのだが、妙な単語が耳に入った。
「なあ、『女神』って知ってる?」
「知ってる知ってる。〇〇の母さんだろ? 浴衣の似合う美人の」
「それ! この前白鳥が写真見せてくれた」
──嫌な予感しかしない。
案の定、少し離れたテーブルで、白鳥が数人の女子に囲まれ、楽しそうに話している。
「そう、彼女こそ“女神”。僕が惚れた女性だ」
「惚れたって…!」女子たちが笑い、スマホを覗き込む。
松田さんが低い声で「おい…」と呟く。
剣崎さんは腕を組み、完全に戦闘モードだ。
高橋は「やべーな、これ完全に宣戦布告じゃん」とニヤけている。
◇
放課後、校門の前。
白鳥が僕に歩み寄り、耳元でささやく。
「松田が鳳凰なら、俺は白鳥。どちらが女神に相応しいか…キャンパスでも証明しようじゃないか」
その後ろで松田さんが「……望むところだ」と笑い、剣崎さんが「面白くなってきたな」と続く。
高橋は「勝手に女神争奪戦やってろよ」と呆れつつも、明らかに楽しそうだ。
◇
こうして、母さんを巡る“聖闘士”vs“白鳥”の火花は、夏が終わっても消えることなく、むしろ大学の中でますます燃え広がっていくのだった。
学内での静かな(いや、わりと派手な)火花から数日後。
午後の講義終わりにスマホを開くと、1件のLINEが届いていた。
白鳥:今からお母さんに会いに行く。
……いや、は?
思わず立ち止まった僕の背後で、松田さんと剣崎さんが同時に「なに?」と声を揃える。
高橋はメッセージを覗き込んで「……あ、これ完全に突撃だな」と笑った。
◇
30分後。
僕の家の前。
白鳥は紺のシャツに薄いグレーのスラックスという、妙に小洒落た格好で立っていた。
「やあ、〇〇くん。偶然この辺に用事があってね」
(偶然なわけあるか!)
母さんは家の中で夕飯の支度中。
このままだと、あの涼しい顔で堂々と上がり込む未来しか見えない。
「すみません、母上は今取り込み中でして」
松田さんがすかさず玄関の前に立ちふさがる。
「後日にしてもらえますかね」
剣崎さんは腕を組んで横に陣取り、「訪問はアポを取ってからだ」と低い声。
白鳥は余裕の笑みを浮かべたまま、ふっと視線を僕に向ける。
「松田が鳳凰なら、俺は白鳥。直接お会いして、その美しさをこの目に刻みたい」
「刻まなくていい!」僕は即座に突っ込む。
◇
高橋が小声で「なあ、これ完全に門前バトルだよな」とニヤニヤ。
松田さんは「この場は俺たちが守る」と宣言。
剣崎さんは「侵入許可は下りない」と断言。
白鳥は一歩も引かず、逆にポケットから何かを取り出した。
──花束。
「せめてこれだけでも渡してくれないか。ロシアでは花は尊敬の証だ」
一瞬、僕も含め全員が黙った。
……この人、やっぱり本気だ。
◇
結局、母さんが玄関まで出てきて、笑顔で花束を受け取り、
「まあ、わざわざありがとうね。みんなでお茶でも──」
というところで、松田さんと剣崎さんが同時に「今日は時間がないので!」と声を揃えた。
白鳥は穏やかに礼をし、「また来るよ」とだけ言って去っていった。
その背中を見送りながら、高橋がぼそっと呟く。
「なあ〇〇…これ、来年のお盆まで持たないんじゃないか?」
……僕もそう思う。