ー冒険者組合ー
“リラクゼーションマッサージ木の根”に新しいコースが追加された。
それ以降ダキの生活は、マッサージ店の切り盛りが中心となっていた。
今まで積極的に取り組んでいた、冒険者としての活動が全く無い、と言う程ではないが。
しかしダキが冒険者となった当初に比べ、彼女が受ける任務の数は今となっては減少している。
そんな折に、ダキが珍しく組合に顔を出した。
聖職者の出立ちに、腰にはサーベルを携えている。
彼女が任務の際にする、冒険者としてのいで立ちだ。
「お、ダキじゃねぇか。ここに来るたぁ珍しいなあ。ついに組合で客漁るようになったか?」
組合のロビーで暇そうに駄弁っている男がダキに絡んだ。
「相変わらずうるさいな、ラッセル。その減らず口、縫い合わせてやろうか?」
ダキはつとめて冷酷な表情で男を見下した。
「うっは、いい女が凄むと恐ろしいぜ!…おっと、そういや思い出した。今晩はよろしく頼むぜ。こっちは予約してから待ちに待ってたんだからよ」
「ふん…無論、期待して来る事だな」
「ひひっ!たまんねぇなぁ!この冷徹女が、俺に向かって…エヘヘっ…」
「はあ、まあいい…」
男はダキの冒険者仲間であるとともに、店の常連客でもあった。
ダキはその男を一瞥し、組合のカウンターへ向かった。
カウンター越しでは受付嬢がダキを見つめながら待っている。
組合員からは器量の良い女で通っており、ダキも気に入っている。
目が合った受付嬢は人好きな笑顔を浮かべ、ダキへ声を掛けた。
「お待ちしていました、ダキさん。今日もお綺麗ですね」
「前置きは不要だ、用件は?」
ダキは冒険者組合から呼び出されて来ていた。
「組合長からの言伝なんですが、ダキさんをある任務へ推薦したいとの事で」
「伝言?依頼ならば直接私に会って言えば良いものを、あの組合長め…まぁいい。その任務とは、どんなのだ?」
「こちらです」
受付嬢は、任務の依頼書をダキに差し出した。
“災厄跡調査の同行”
条件:深き森に土地勘のある上位冒険者
「道案内兼護衛か。他にもやれそうな連中がいる中で私を推薦、か…要するに、女である私に依頼主の接待をしろ、と言う事か?」
ダキはじっとりとした視線で受付嬢を睨みつけた。
「いえいえっ!!そこまでは!!ただ、冒険者の方々となると、なかなかに粗野な方が多いものですから。出来れば接客のプロであるダキさんに請けていただけると、組合としても大変助かるんです!」
「組合の事情など私には関係ない。が、私が接客のプロと言うのは間違いないな。ふむ、報酬も悪くないか…よし、承った。それで依頼主はどんなヤツだ?この辺りでは聞かぬ名前だが」
「それなんですけど、実は…」
ー依頼当日ー
ダキは約束の日時に依頼主と合流した。
組合から紹介された依頼主は、若い男の剣士だった。
男が携える剣は、強力な神聖のオーラを帯びている。
「腕の立つ案内人を頼んだ筈だけど…まさか、こんな美人が来るとは驚きだよ。組合長には気を遣わせてしまったかな」
依頼主の青年はダキを爪先から頭まで、まじまじと観察しながら驚きの顔を浮かべた。
「そうですか。”勇者様”は、見た目で他人様の力を判断される方なのですね。ご立派な観察眼で御座います。では、ご希望通りの接待を致しましょうか?」
ダキは皮肉を込めて言葉を返した。
「ご、ごめん!君の実力を疑った訳ではないんだ。それと、俺の事は気安くルティオンと呼んでくれて良いよ。大昔と違って、勇者は唯一の存在でもないんだから」
「はあ、ならば仰せのままに。ルティオン様」
「その”様”付けもいらないよ。即席とはいえ俺たちは仲間なんだ。君にとって楽な話し方で良いよ」
「あい分かった、ルティオン。では、私の事もダキ、と呼べ」
「う、うん。よろしく、ダキ。改めて依頼の説明をするけど、今回は深き森にある災厄跡地の調査の協力。とはいっても、お願いする事は主に道案内だね、俺には森の土地勘が無いから」
「案内人も最低限の意思疎通と身を守る程度の戦力は必要、という事か」
「そういう事。じゃあ、さっそく案内を頼もうかな」
「勇者とはいえ、ルティオンも気をつける事だ。災厄は過ぎ去ったが、森に魔物が生息している事に変わりない。まぁ、勇者様ならば些事だろうが」
「勿論、油断はしないさ。さあ、早速出発しよう」
こうして臨時のパーティーは件の現場へ向かった。
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ー災厄が過ぎ去った深き森ー
森に入った二人は、しばしば魔物に襲われるも悉くを撃退、ないしは返り討ちにしていった。
「む、あの個体は逃げるか…魔物にしては賢明な判断だ」
魔物を撃退してもなお、ダキは剣を構え続けた。
それを見たルティオンは興味深そうに観察した。
「見たことのない剣技だね。師はいるのか?」
「無論!我が師は稀代の剣聖だ」
ダキは破顔してルティオンの問いに応えた。
「その腕前を見る限り、きっと素晴らしい師なんだね。いずれ君とも手合わせ願いたいよ」
「ほう、軟派男かと思ったが…ルティオンも剣を握る一端の武人という事か。さすがは勇者なだけあるな!」
「そう言われると気恥ずかしいけど、美人に褒められるのは悪い気分じゃないかな」
ルティオンは後頭部を掻きながら照れている。
「まったく、調子の良い男だな…そういえば、今回は単独の任務なのか?勇者と言えば、だいたいは冒険者を引き連れているものだろう」
ダキの先入観どおりであるが、勇者を含めて冒険者と呼ばれる者達の多くはチームを組んでいる。
ゆえに単独での行動は珍しい。
その疑問に対して、彼は歩きながら説明を始めた。
「調査隊が災厄の完全消滅を宣言したの知ってる?」
「ああ、そう聞いている」
「調査隊もまあまあ偉い人達が揃ってたらしくてね。その宣言の手前、仲間をゾロゾロと引き連れて、この森に再度調査へ来る事は、彼らの面子を潰しかねないんだ。だから大っぴらにせず俺単独で来た、ってこと」
「まだこの森に何かあると?」
ダキは僅かに顔をこわばらせながらも、真意を勇者に問うた。
「まあね、具体的な事は分からないけど。しかし聖女の預言によれば、このワクビス方面で何か起きている事は間違いないんだ。実際、彼女の預言に従って調査に向かった教会専属の冒険者がいた。彼らはその後、消息を絶っている」
「それは、単にソイツらが弱かっただけだろう?」
「その口ぶりだと、彼らについて何か心当たりがある?」
「いやっ…単なる想像だ。気にするな」
「まあいいけど…ちなみに、その冒険者が弱い事はありえない。彼らは教会に所属している冒険者の中でも、実力のある優秀な兄妹だった。そんな彼らが、忽然と姿を消すとは考えにくい。だから、その調査も兼ねているんだ」
「そ、そうか………あっ、そうだルティオン。そろそろ現地に着くぞ」
会話を挟みながら林道を歩いて行くと、森の景色が変わってきた。
木が切り刻まれたり、薙ぎ倒されているのだ。
「凄まじい光景だ。何となくそんな気はしてたけど…こんなに大きな木が幾つも薙ぎ倒されている…激しい戦闘の痕跡だな。勿体無いから資材にして運び出せば良いのに」
ルティオンは倒された木々の中でも、一際大きい一本を指差してそう言った。
「馬鹿を言うな、魔物に襲われながら切り出しと運搬が出来れば苦労せん。ほら、見えて来たぞ。アレが人喰い沼の跡地だ」
木々を抜けると、盆地に土や岩が露出したエリアに入った。
かつて人喰い沼が存在していた危険区域である。
「あれが跡地か。本当に何も無いな。雑草も生えていないじゃないか」
「沼が侵食した大地は死んでしまったようだ。再生するには、何年もかかるだろうな」
「おかしいな…資料によれば、人喰い沼が消滅する際、残った生命力を大地に還元するとあった。調査隊の報告から時間が経っているのに、草すら生えないなんて…一体、なんで?」
「ゑゑゑっ!?あっ…そ、そうなんだな!」
「やけに驚いているかど、何か知ってるのか?」
「いや………が、何かある事は確かだな。用心した方が良い」
「そうだね、引き続き周辺を調査しよう」
その後もルティオンは沼の跡地を中心に記録を取っていく。
ダキが周囲を警戒したため、彼の調査はスムーズに進んだ。
「ふぅ…今回はこんな所か。日も傾いてきたし、日没までには森を出たいな。いったん明日には街へ戻りたいけど、頼めるかな?」
「あいわかった。では早々に森を出るとしよう。出口近くにキャンプがある。そこで一晩明かしてから、街に戻るぞ」
「すまない、助かるよ」
二人は復路を通り、滞りなく森を出た。
途中魔物に襲われもしたが、往路で多くの魔物を撃退していた。
それゆえ、魔物に出会うことは殆どなかった。
難なく森を出た彼らは出口近くにある、開けたエリアで篝火を灯し暖をとる事にした。
所在なさげに薪を弄くるダキは、焚火を挟んで向かい合うルティオンに問いかける。
「そういえば、預言を賜った聖女様と言うのはどんな存在なんだ?」
「聖女の事が気になるのかい!!」
「えっ、ま、まあ」
「そっかそっかあ!そうだなあ!彼女の事は幼い頃から知っていてね。彼女はとても素晴らしいんだ!美しくて魅力的で、清廉で聡明で素晴らしくて…それに、とても魅力的で慈悲深い人さ!今回の預言だって俺だけに内容を教えてくれた!彼女にとって俺は、最も信頼できる特別な存在に違いない!それに彼女は俺と二人きりになると、俺のことをルティ、ルティって呼んで甘えてくれるんだ!ああ!彼女の事を考えるだけで胸が熱くなるよ!」
「そ、そうか。それは良かったな。ところで、その聖女様をルティオンは好いているのか?」
「ああ!もちろん慕っている!」
「女としてか?」
「へ?」
「その聖女様を抱きたいのか、と聞いているんだ」
「お、おおおお俺たちの関係はそんな、不純なものじゃあない!第一に、俺は勇者で、彼女は聖女だ!」
「ほぅ…悠長にそんな事を抜かしていると、目当ての女を別の男に掻っ攫われるぞ」
「だから違ー
「ん?ルティオンは聖女が別の男と交わる姿を想像して興奮する変態か?」
「違うって!」
「ならばルティオンは童貞か?」
「それは……」
「………ッハハ!すまんすまん冗談が過ぎた、詫びよう。だが、童貞なのは良くないなあ…よし、良い店を紹介してやろう」
「良い店?」
ダキが懐からカードを取り出して、ルティオンに手渡した。
「リラクゼーションマッサージ木の根…なんだいコレは」
「”そういう店”に決まっているだろう。女を抱くには最高の店だ。紹介だから初回サービスだぞ。そこで童貞なんぞさっさと捨ててしまえ。ついでに女の堕とし方でも学んで来るんだな」
「お、俺はそんな店には行かない!君は店の回し者か!?」
「クククッ、どうだろうなぁ…ま、行くか行かないかは自由だ。さて、諸々の詫びで今晩は私が寝ずの番をしよう。ルティオンはゆっくり寝ていいぞ」
「まったく、堅物かと思ったらとんだ女性だよ、君は。ならお言葉に甘えて、今晩はゆっくり寝させてもらおうかな」
「安心しろ。獣避けの香も焚いてやる」
ルティオンはダキの言葉に従い、横になり夜を過ごした。
ダキが焚いた獣避けの香。
それから発せられる甘い匂いが、鼻腔から脳へ届き思考を曖昧にする。
頭から、聖女の事が離れない。
彼女が魅力的な肢体で自らを誘惑する。
ルティオンの腰に顔を寄せる。
下腹部に体中の熱が集まっていく。
すると、かつてない快感がルティオンを襲った。
溜まったものを吸い取られるような快楽だった。
そこから先は記憶にない。
結局、ルティオンは就寝前よりも疲れた状態で目覚めた。
目の前にはルティオンを優しく見守るダキがいる。
「おはよう、ルティオン。昨晩はよく眠れたか?」
「ん?あ、ああ…助かったよ…」
「おいおい目の下に隈ができているぞ、本当に眠れたのか?」
「だ、大丈夫だよ、問題ない。さあ、街へ戻ろう」
ルティオンの街へ向かう足取りは重かった。