ダキという女性は私にとって、魅力的で興味深い人間であった。
初めて彼女に会った時の事は、今でもよく憶えている。
我が商会が保有する輸送隊。
その商隊の移動には、護衛が必須だ。
商品を満載した荷車は、道中で魔物や賊に狙われやすい。
馬の体力にも限界があるので、無理に急ぐ事もできない。
常に危険と隣り合わせの移動だ。
そこで、冒険者の出番。
ワクビスの冒険者組合とは長い付き合いだ。
彼らを通せば、ある程度まとまった人数を護衛として融通してくれる。
いつものように商隊の護衛を冒険者組合に依頼した際だ。
ダキが、その護衛任務に参加していた。
男ばかりの護衛集団。
そんな中に聖職者らしき姿の美女がいたので、矢鱈と目立っていたのが印象的だった。
彼女の目付きは鋭く、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
しかしそれを塗り潰す程の美しさに、私も思わず息を呑んだものだ。
「ダキと呼べ。護衛任務は初だが心配ご無用。邪魔になるモノは悉く斬るゆえな。以後、よろしく頼む」
無愛想な挨拶のとおり、ダキは杖ではなく剣を携えていた。
彼女の腕前は凄まじいものだった。
商品の輸送は、何事も無く完了する事の方が少ない。
先に言ったように、魔物や賊に狙われがちだ。
特に、オークやトロールのような大型魔物の集団は大きな脅威である。
そして、そんな魔物達に運悪く捕捉されたキャラバンの末路は悲惨なものだ。
商品はヤツらによって食べられたり奪われたり馬車ごと破壊され、損害も例えようがないほどに酷くなる。
当然、人員にも大勢の犠牲者が出る。
今回我々はその”とても悪い運” を引いてしまったようだ。
隊列の前方から、慌てた様子の冒険者が駆けてきた。
「おい!!前方から大型魔物の群れが来てるぜ!ありゃトロールだ!真っ直ぐこっちに向かってきやがる!」
冒険者は街道の先にある平原を指差しながら、こちらに報告してきた。
「なんだってえ!?先団の護衛は何をしてたんだ!?」
「何でか分からねえが、向こうさんの方が俺らを見つけるのが早かった!面目ねぇ!」
先頭には目の良い冒険者を置いている筈なのに、なぜこちらが先にヤツらを発見できなかった。
「て、敵の数は!?一体か?二体か?」
「じ、十体以上はいる!」
「複数人で一体相手をするのがやっとのトロールが、十体以上!?」
トロールが十体から上となると、かなり厳しいぞ。
もはや商品を放棄して、撤退することも考えねばならん。
商会も傾くかもしれん。
そんな折だ。
護衛の一人であるダキが、私に話しかけてきた。
「クライアント、今よろしいか?」
「くらいあんと?ええい、こんな時に何だ!君も冒険者なら何とかしなさい!」
「今回ヤツらに先手を取られたのは、おそらく私のせいだろう。こちらが風上だったせいで、ヤツらに匂いで気取られた。私が責任を持って対処する」
「匂い…匂い!?アナタからは特にコレといった体臭は…」
「おそらくフェロモンだな。まぁ、人間が知覚できない特殊な匂いみたいなものだ。意識して抑えるのを失念していた。軽率だった、申し訳ない」
「ふぇろもん?何かは知りませんが…ならば、尚更アナタが何とかしたまえ!!」
「無論だ…おーい!リュディ!」
すると、ダキは近くにいた巨漢の冒険者に声をかける。
その男は大斧を抱えており、トロールの出現報告にも何ら動じていない。
「あぁ!?なんだァ冷徹女のダキさんよお!!」
「ヤツらの目的は私だ。私が先行し、まとめて叩く。だが撃ち漏らしがキャラバンを狙うとも限らん!後詰めを頼む!」
「ハッ!メスの匂いで感づかれたかァ?ガッハッハ!!まぁ、お前を一晩抱かせてくれんなら、協力すんのもヤブサカじゃあねえぜ?」
「茶化すなアホ。それとも…大斧のリュディともあろう戦士が、トロールの群れに怖気付いたか?」
「んな訳ねぇだろが!それになあ、オレは勇敢な戦士だ!オンナの残飯処理なんざぁ興味ねぇ。オレも突っ込むに決まってるだろ!!おい、テメェらは馬車の周り固めとけ!」
そう言うと、大男は周囲の冒険者連中に指示を出しはじめた。
「へいへい、オレらはアンタらの残飯処理係ねぇ…あーったよ」
「キッチリ仕留めてこいよー!トロールの相手なんざ俺はゴメンだぜ」
「ダキがいるからって、いつもより張り切ってらぁコイツ」
「ダキにゾッコンだからな、リュディ様はよぉ。日和って、いまだに口説けてねぇみてぇだが?けっけっけっ」
冒険者仲間と思しき面々が、大男の声に応えた。
「は、はぁっ!?!?う、う、う、うるせぇ!!黙りやがれ!このクソ野郎ども!良いからサッサと持ち場に付きやがれ!!」
彼らは文句を言いながらも、大男の指示に従うようだ。
「全く…私に付いてくるのはリュディ、貴様の自由だが、剣撃の巻き添えを食らっても知らんからな」
「ハッ!言っとけ!トロールの素材はブッ殺した数で山分けだぜ?」
「勝手にしろ…よし、先に行くぞ」
ダキはサーベルの柄に手をかけたまま、まだ距離のあるトロールの群れへ駆けて行った。
そして、それを見た大男も大斧を脇に抱えてダキの後に続いて行った。
しばらして、二人は無傷で戻ってきた。
「敵は殲滅した。トロールの素材を回収したいので、進んだ先で暫し止まってもらえるか?迷惑が掛からないよう、早めに済ませる」
「ったくテメェの動き、どうなってやがる。剣筋が全く見えねぇってオカシイだろ」
「ふふっ、どうやら私が圧勝のようだな」
ダキは勝ち誇ったような表情を浮かべている。
一方の大男は悔しそうな態度を隠せない。
「冷徹クソ女が…おっと、ガレントさん。待たせたな、安全は確保しといた。馬車を進めても大丈夫だぜ」
「あ、ああ…分かった」
商隊が進んだ先で我々の目に映ったのは、トロールの死体が転がるばかり。
まさに、死屍累々とした光景だった。
「素晴らしい…」
つい欲が出て、この二人を専任で雇いたくなってしまった。
「二人とも、もし良ければ我が商会に専属で」
「引き抜きとは紳士的ではないな。悪いが断らせてもらう」
「オレも興味ねえなあ」
「む…そうですか、無粋でしたね」
私の提案は、むべもなく断られてしまった。
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その夜、野営地の篝火の傍で一息ついていると、ダキが近づいてきた。
先程までの冷徹な雰囲気は、すっかり消えている。
逆に柔らかい微笑みを浮かべ、声も少し高くなっていた。
「ガレント様…今よろしいですか?」
言葉遣いも丁寧だ。
「んんっ!?あ、ああ…ダキさん、アナタですか。何のご用で?」
「まぁ!ありがとうございます、ガレント様」
その豹変ぶりに驚きつつも、私は頷いた。
本当に同一人物か、疑ってしまったのだ。
「私この世界における、経済の仕組みに興味がありますの」
「経済と言うと、具体的にどのような事で?」
「ではまず…」
その後、ダキは矢継ぎ早に私へ質問してきた。
「この世界の通貨は、どなたが発行されているのですか?王国ですか?それとも教会も関わっていますか?」
「商人組合の皆さまは、税をどれくらい納めていらっしゃるのでしょう?品物によって税率は変わりますか?」
「ここ数年の物価の動きはどうなっていますか? 冒険者の方が大量の素材を持ち込むと、街の物価は上がる傾向がありますか?」
「代官や領主の方々は、商人組合に対してどのような要求をしてくるのですか?」
私は最初、ダキの質問に対して軽く答えた。
しかし、彼女から投げかけられた疑問の的確さに次第に引き込まれていった。
まるでこの国全体の経済構造を俯瞰し、分析しているかのようだった。
「私はいつかワクビスの街で、小さなお店を開きたいと考えています。そのため、商いの仕組みを深く知っておきたいのです。ガレント様のような経験豊富な方に教えていただけると、とても助かります」
なるほど、彼女にもそれなりの野心がある訳だ。
冒険者にしておくには惜しい人材だな。
その視点は商人の私よりも、遥か広範に渡っている。
彼女との問答は、時が過ぎるのを忘れる程に有意義だった。
“この娘は商人組合の相談役として使える”
私は商人組合の会合に、彼女を相談役として同席させる事にした。
まさかその際に「代官との面談を仲介して欲しい」と言われるとは思わなかったがね。
ダキの期待に応え、私はワクビスの代官と一席を設けた。
そこでもダキは、その面談を上手い事こなした。
結果、彼女はワクビスに自らの店を開いた。
…まさかその店が、ダキ自身が身体を張って男性をもてなすための店だとは、夢にも思わなかったがね。
本当に、変わり者で興味の尽きない女性だ。