サキュバス、あるいはサクブス。
美女の姿で現れ、男性の精力を奪っていくとされる超常的存在。
女型の下級悪魔、女淫魔。
地球とは異なる世界。
魔物が跋扈するその地でも淫魔は存在した。
魔族も存在するその世界において、人々はサキュバスを魔物として扱った。
それはサキュバスが、人に害をなすからに他ならない。
生命力を奪い、その果てにヒトを捕食する様はまさに獣。
人語を介す淫魔もいるが、その殆どが人を誘惑するための手段。
はなからコミュニケーションが破綻している。
獣が意思の疎通などできるはずもないのだ。
ゆえに淫魔は多くの場合、討伐対象となっていた。
だが彼、あるいは彼女と呼ぶべきだろうか。
そのサキュバスは別だった。
彼女は、地球で生きたある男の魂の受け皿となった。
よって今宵、一つの例外が誕生した。
♢
“朝、目が覚めたら、メッチャ犯されていました”
名作の一文を借りるとしたら、これ以上の言葉は見つからないだろう。
小汚い野郎達に輪されている、最悪の光景だ。
それに、ここは俺の部屋じゃあない。
木材剥き出しのボロ小屋。
この野郎共もどこから湧いたんだ。
クッセェし、すっげぇ気色悪い。
俺は男だ、そして断じて同性愛者じゃない!
(男の娘風俗には行ったことあるけど)
だから野郎に襲われる謂れはないのに。
「※※※!!※※※ー!!」
あとコイツら何言ってるか全然分からないし。
どこの国だよ。
あー…意識が朦朧としてきた。
「※!?※※!!※※※!」
なんだぁ?日本語喋れよ。
日本語喋れないなら死ねよ。
そう思った瞬間、あんまりな状況に頭がショートしたのか俺は気を失った。
・
・
・
「んっんん…もう朝かぁ…くっそ…仕事だりぃ…起きたくなぁい…あと、五分…ぁー、ゃっぱ…五時間………っはぁ!!!?」
意識を取り戻した。
どれくらい時間が経っただろう。
いつの間にか野郎共は消えて、ヤツらの所持品らしき物が残るだけだった。
「どこだ…ここは……ってか、んん!?」
なんだか声が高い。
「あーあーあー…アメンホテプすごいな、あいうえおー…」
ソングバードなボイスが喉から出る。
あらまぁ、可愛らし。
というか俺、素っ裸やん。
そのうえ血まみれ。
床は一面血だらけでスプラッター、ここで何があったし。
野郎共の仲間割れか?
まぁ同士討ちで死んでくれたなら嬉しいが。
あ、首から下に毛が無いなぁ。
スネ毛も無いしツルッツル。
ムダ毛処理の必要ないじゃん、最高。
お胸にも立派な山嶺が二つも揺らいでいるし、まん丸の山頂部はキレイなピンク色。
俺の身体エロすぎだろ。
一方で、肝心の我が愛息は行方不明。
あまり憶えていない、お父さん、お母さん、あなた方の長男は立派な娘になりました。
これからは理想的なお嫁さんを目指します。
「角に尻尾…なんだこりゃあ、俺はバケモノ女になった憶えなんてないぞ。ってか俺は誰だ?記憶が朧げだ」
極め付けは側頭部から角が、ケツから尻尾が生えてる、ときたもんだ。
くそ、どうしてこうなったんだ、イマイチ思い出せねえ。
心残りというか、何かを為そうとしていた事は確かなんだが。
“私が当選したアカツキには!まず、日本のアダルトコンテンツから憎きモザイクを撤去します!!”
「うっ、頭が痛い」
“みなさんの清き一票を!性なる一票を!”
「うぉ…なんだかよく分からんが、大義を成そうとしていたような…」
なんとなく記憶が戻ってきた気がする。
やはり俺は何かを成そうとしていたようだ。
それは良いとして、今は状況を確認せねば。
あと出来れば身を清めたい。
身体中が血とアレな液体塗れだし、クッセェ。
「あ、物騒なモノ発見」
抜き身のデッカいナイフ。
「この刃物よく研がれてるな……うぉっ、今の俺こんなんかぁ」
ピカピカの刀身に、美女の顔が映り込む。
美女?というかカワイイ系だな。
汁まみれだけど。
「身体洗いてぇ…風呂場とか洗面所とか、何でもいい。もう便所とかでもいいから、ねぇかな」
とりあえずボロ小屋を出る事にした。
で、部屋を出たらまた部屋だった。
小屋じゃなくて、割と大きな建物らしい。
人っこ一人いないけど。
それはそうと何人もいた野郎共、アイツらどこにいった?
生活の跡は感じるんだけど。
「腹は減ってないんだよなぁ。何も食ってないはずなのに、むしろスゲェ満腹感。とりあえず身体洗ったら、どうしようかな。誰もいないし、服と金目のモノ頂戴するか」
♢
その山賊は戦争で放棄された砦を根城としていた。
構成員も多く、その地域で特に恐れられていた悪名高い賊である。
そんな彼らは、どこからか手に入れてきた極上の女を皆で味わっていた。
次々と女を抱く男達。
全ての男に順番が回るまで、一体どれくらいの時間が要るのだろう。
いつしか女は言葉を発しなくなった。
それでも女は、男達のギラつく欲望に晒された。
男達は鬼気迫る表情で、女に精を注いだ。
まるで己が生命を捧げるように。
そんなある時。
「※※※、※※※ー!!」
女は突如、理解不能な言葉を発した。
それと同時に、彼女に変化が訪れる。
頭から角が、臀部からは黒く長い尻尾が伸びてきた。
「おい!やべぇぞ!そいつ魔物だ!!さっさと殺せ!!」
「オイオイッ!人間が魔物になるなんて聞いた事ねぇぞ!!くっそ!オイ!テメェ腰振るのやめてソイツ殺せ!!!」
そばにいた賊の数人が叫ぶも、彼らにとっては全てが遅かった。
彼女を抱いている最中の男は、急激に精力を搾り取られ乾涸びた。
その傍にいた一人の賊共は、地面に叩き付けられ頭を潰された。
その横で酒を煽っていた男は、顎を開き裂かれた。
逃げようとした賊は、背後から心臓を抉られた。
ヤリ部屋にいた男達が、瞬く間に殺された。
異変に気がついた賊が部屋に入った瞬間、首を捻じ切られた。
彼女は部屋から出て、子虫を潰すように男共を殺して回った。
返り血が見えない暗がりでは男を誘惑し、音を立てずに殺す。
たむろしている賊達は、まとめて捻り潰した。
結果、砦にいる全ての賊が殺された。
女は建物の内部や周辺から、生者の気配が消えたことを感じた。
すると、女に生えた尾の先端が蛇の口のように開かれた。
その尾でもって、死体を丸呑みにしたのだ。
大の男を丸呑みした女の腹部が、臨月の如き様相を呈した。
しかし、それも瞬く間に元の大きさに戻った。
男は彼女の胎内で消化された。
女は賊共の屍を、一つずつ、ゆっくりと、丹念に捕食していった。
結果、賊の悉くは、彼女に食われた。
女は元いたヤリ部屋へ戻って、満足げな表情で倒れ込んだ。
そのしばらく後、賊に対する討伐隊が街から派遣された。
彼らは、賊の根城である旧砦に突入して驚くことになる。
そこは誰一人として居ない、もぬけの殻だった。
しかも夥しい量の血跡が、そこかしこにある。
にも関わらず、死体が何一つ残っていないのだ。
調べるに、何者かが最近まで生活していた痕跡はあったが。
魔物の襲撃として判断するにしては、建物の損傷がほぼ無かった。
後日、討伐隊は賊の仲違いによる自滅として処理したが、その残党も発見出来なかった。