淫魔がゆく ~転生淫魔の聖女的楽園建国計画~(旧題:転生淫魔による立身出世と楽園都市建設計画) 作:アスタロット
薄暗い廃屋の奥。
かつて山賊の根城だった砦跡に、冷たい風が吹き込んでいた。
不思議な風に乗って運ばれてきた一握りの灰が、静かに床に落ちた。
その瞬間。
灰はゆっくりと渦を巻き始めた。
最初はただの灰だったものが、光を放ち形を成していく。
細い手足、滑らかな肌。
そして、灰の中から黒髪をたたえた女が現れた。
しかし、次の瞬間、その髪が根元から輝き始め、色を変えていく。
黒が、ゆっくりと銀に染まっていく。
まるで月の光が吸い込まれるように髪の一本一本が光を得て、冷たい銀の輝きを放った。
やがて、長い銀髪が、女の背中に優雅に流れ落ちた。
女はゆっくりと目を開けた。
「……ここは……?」
声は掠れ、力がない。
女は上半身を起こし、自分の銀髪を指で掴み、ぼんやりと見つめた。
何も思い出せなかった。
自分の名前すら、ぼんやりとしか浮かばない。
「あれ……私は……誰……?」
女はふらふらと立ち上がり、屋外に向かって歩き始めた。
「私…わたし…ワタシ…」
数日後。
小さな村、ルンビニィの里にある女が辿り着いた。
川辺で倒れていたその女を、水汲みに来た村の女性たちが発見したのだ。
「まあ、可哀想に……銀髪の美しい人……何も分からないの?」
村人たちは、何も知らないと言う彼女を温かく迎え入れた。
粗末だが服を与え、温かい粥を食べさせ、小さな小屋をも貸してくれた。
女はそこで、心安らかな日々を送った。
村での日々は、女にとって平穏そのものだった。
女は細い腕ながら、驚くほど力仕事が得意だった。
朝の仕事では、川から水を汲んだ桶を片手に持ち、軽々と村へと運んだ。
鍬を振るう姿にも、村人たちは目を丸くした。
男衆が疲れ果てても、女は田畑を耕し続けた。
「細いのに、すごい力だねぇ……」
村人に感心されるたび、彼女は穏やかに微笑んだ。
計算も抜群だった。
村の倉庫番が困っていた時、女はわずか数分で在庫の割り出しと効率的な配分を提案した。
村長は驚き、「お前さん、頭がいいなあ」と頭を撫でた。
コミュニケーション能力も抜群だった。
村の人間関係のトラブルを、柔らかい笑顔と的確な言葉で自然に仲裁する。
喧嘩した夫婦を仲直りさせ、孤立しがちな老人に話しかけ、子供たちを笑顔にする。
村の人々は女を心から慕うようになった。
畑仕事の生産性も劇的に向上した。
女は村の土を観察し、「この畑にはこの肥料を、こちらにはこの作物を」と提案。
短期間で収穫量が跳ね上がった。
村人たちは、今年は豊作だと喜んだ。
ある日、村の若者たちが冗談で古い斧を渡してきた。
「姉さん、力持ちなんだから、これでこの木を切ってみてよ!」
女は微笑みながら斧を受け取り、軽く振り下ろす。
斬撃の音は、遅れて若者の耳に届いた。
一刀両断。
太い大木が、まるで豆腐のように真っ二つに割れた。
村人たちは絶句し、若者たちは目を丸くした。
それ以来、女は村の林業でも大きな貢献をするようになった。
魔物が村に近づいた時も、不思議なことが起きた。
森から現れた中型の魔狼が、女の姿を見るなり、耳を伏せて尻尾を巻き、慌てて逃げていった。
村人たちは「姉さんは魔物さえも恐れる存在だ!」とさらに尊敬を深めた。
女は村で過ごす日々に、不思議な安らぎを感じていた。
ある朝、村の子供に名前を聞かれた時だ。
「…あっ…私……名前が……思い出せなくて……」
女は困ったように微笑んだ後、めそめそと泣き始めた。
子供たちは慌てて女を抱きしめ「じゃあ、銀の姉さんって呼んでいい?」と言った。
女は涙を拭きながら、こくりと頷いた。
「!!ぅん……銀の姉さん……うん!!それでいいよ…」
何者でもない女はこの村で、この上ない平穏の時を謳歌する。
ルンビニィの村人達は女にとって、まさに善きサマリア人であった。