道に迷った、というか遭難した。
もう何日経ったのか、見当もつかない。
旅立って初めてのピンチに陥った。
街道が途中で分かれていたんだよ。
地図は持っていないし、そもそも文字が読めるかも分からん。
感覚に任せて適当に道を選んでたら、進めど進めど一向に人里が見えない。
人ともすれ違わない。
モンスターも、なぜか俺に近寄ってこない。
原因は分からんが、殆ど襲われなくなったんだ。
襲撃が無いのは良いけど、返り討ちにして喰らうこともできない。
林に入れば、鳥獣の鳴き声も静まり返る。
なんだよ、気配ダダ漏れかよ。
お腹も減ってきた。
干し肉とバキバキのパンを食べた。
物理的に腹は膨れたものの、身体の奥底から湧き上がる飢餓感からは一向に解放されない。
身体が疼く。
やはりサキュバスらしく他者から精力を得ろ、と言う事なのか。
男とヤるなんて最悪と思っていたが。
今の身体になってからは、あまり忌避感がない。
もしかしたら、淫魔の本能に思考が引っ張られているのかもしれない。
こうなるなら、いっその事あの建物で限界まで引き篭もるべきだったか。
そのうち誰か戻って来たかもだし。
なんなら、あの小汚い輩共に犯されてた方が食事になったのでは?
いや、でもなぁ…スプラッターな現場には居たくないし。
さりとて、今更引き返すのも無理な事。
道を忘れてしまったから!
困った、人里に着く前に餓死してしまう。
お腹が減った。
肉とパンと酒はとっくに尽きた。
人間、ニンゲン、男…
そう思いながら日光の下、黙々と歩いている時だった。
「…!?これは…」
風に乗って匂いが流れてくる。
とても食欲を刺激する匂いだ。
「人間だ、人間の匂いだ」
なんとなくオスがいる気がする。
道の向こう側から、こっちに近づいてくるのが分かる。
飢餓感が極まって嗅覚も鋭くなっているらしい。
このまま進めば、いずれすれ違う。
逸る気持ちを抑えて、努めて冷静に歩くこと数分。
匂いが濃くなってきた。
ようやく匂いの元を目視できようになった。
やっぱり人間、人影が二つ。
おそらくは向こうも、俺を捉えているだろう。
「どうしよう、道を聞いてから頂こうかな。あー…どうやって道を尋ねたり、精力を貰おう…土下座でもするかな…出来れば穏便に済ませたいし。でも、そもそも言葉が通じない…どないしよ、何も考えてなかったわ。最悪…襲うか」
そんな事をブツブツと独りごちる。
気付けば、いつの間にか顔が見える距離まで接近。
若そうな男女のペアだ。
よく見るとイケメンと美女だな、羨ましい。
目線が合った。
こうなったらジェスチャーで乗り切るしかない、そうケツイした瞬間だった。
「待って、オルト兄さん。その方から強力な魔物の気配がします」
女の子が、俺を指差してそう言った。
「そうか、ならキサマが預言にあった魔物だな」
男の言葉も理解できた。
「まもの…?っていうか言葉、わかる…言葉が分かるぞ!なんだか知らんけど、やった!」
「まさか、人語を介すか。まぁいい、死ね」
「え……」
男は物凄い速さで剣を抜き、俺に斬りかかった。
一瞬何が起きたか分からなかった。
俺を覆っていた外套が吹き飛ぶ。
「角に尻尾と翼…魔族とも思ったが、やはり女悪魔か。人間のフリをするとは洒落臭い。チッ…それに左腕で胴体を庇ったか、初撃で仕損じた」
左腕が熱い。
見れば俺の片腕が無い。
胸からは血が滲んできた。
おれ斬られた?
「あ…あ…あ………ギャァあ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!痛ぃ゛痛ぃ゛い゛だぃ゛いいいいいい゛!!!」
余りの激痛に頭がおかしくなる。
これ以上攻撃されるとまずい。
「なんだこの圧は!?クルト!強化魔術を!!」
「了解よ!兄さん!」
「くそ…なんで…なんでオレが…あんまりだろっ!!ガァ゛ァァァァァァア!!クソがっ!クソがっ!クソがァァァァァァア゛!!!」
無様に泣き叫ぶ。
理不尽が過ぎる。
アンタらには、まだ悪い事してないのに。
怒りから力が溢れてくる。
「まさか…サキュバスの変異体、いや特異個体か!!クルト!強化を急げ!ここで仕留めるぞ!」
「分かっ!?」
泣き叫んだら頭がクリアになって、身体が驚く程軽くなった。
その勢いで、とりあえず補助役っぽい女に接敵し蹴りでブッ飛ばした。
放っておくと面倒な事になりそうだし。
吹っ飛んだ女は、地面に数バウンドして着地した。
倒れた女は動く気配がない、生死は不明。
「クルトっ!!クルトォ!?おのれ妹を!死ね!死ねぇぇ!!!」
男が切り掛かってきたが、容易に動きが読める。
こんなにニブかったか?この男。
「遅い」
体勢を低くすることで横薙ぎの斬撃を掻い潜り、男の懐に潜り込む。
そのままスピードと体重を乗せた肘打ちを、鎧の上から鳩尾に打ち込む。
左腕が無いから不安だったが、何とか打撃の形になった。
「がぁっ!?……がはっ!」
肘がメッチャ痛い。
けれどもアーマーは凹み、男は崩れ落ちた。
その隙は見逃さない。
体勢が崩れた男の首根っこを、右手で掴み持ち上げる。
そのまま地面に叩き付けた。
「ぐふっ」
「ふぅ……気絶、したよな?…死んでないよな?とりあえず危ないし…コイツの両手足折っておくか。そしたら、ゆっくりと食事やな」
♢
教会本部の依頼で魔物を討伐するため、私達兄妹は聖女が預言した地に向かっていた。
そして、運命(ヤツ)に出会った。
一見すると魔族の女性にも見えるけど、溢れている魔力が禍々しい。
兄さんが斬りかかると、負傷した自身を見て女悪魔は絶叫した。
なんとも情けない魔物の姿か、と思ったが違った。
恐ろしいプレッシャーを放ちながら、ヤツは泣き叫ぶ。
空気と地面が振動する。
私達に戦慄が走った。
とても攻撃できるオーラじゃない。
そしてヤツが泣き止んだと思ったら、一瞬だった。
気付けば私は、ヤツに吹き飛ばされて気を失った。
・
・
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次に目覚めた私が目にしたのは、最悪の光景だった。
仰向けに倒れたオルト兄さんに、女悪魔が跨っていた。
ヤツは淫魔だった。
早く助けないと、兄さんの命が危ない!
そう思っても、身体がうまく動かない。
そこでようやく知った。
私の手足が逆に曲がっている。
気絶している間に、やられた。
両手足が折られている。
「うっ…くっ…兄さん!?兄さんっ!!やめろ!やめろ悪魔!」
「あ、目が覚めたぁ?いやぁ、助かったよ。お腹ぺこぺこだったし」
「その汚い身体で兄さんに触るなぁ!!」
「まぁまぁ、もう少し待ちなよ。次は君だから…あ、あー…もう出ないか…ほぼ瀕死だし。痩せ細って可哀想」
ヤツは立ち上がり、尻尾を兄に向けた。
「んじゃ、悪いけど頂くね。後で狙われても怖いし」
「やめて…やめて…お願いだから…兄さん!逃げて!逃げてぇ!!」
私の慟哭も虚しく、ヤツは尻尾の先端から兄さんを飲み込んだ。
尻尾が広がりながら、兄さんをヤツの下腹部へと運んでいく。
ヤツの下腹部が異様に膨れるが、次第に小さくなっていく。
「あ…あぁ…ぁぁぁぁぁあ!!に゛ぃさぁ゛ぁぁぁぁん!」
「あっ…あっ…あっ…これは…あぁ…そうか…これが…俺…いゃ…わたし……思い出した…そうか、そういう事か…」
兄さんを”消化”しきったヤツはしばらくの間、痙攣しながら佇んだ。
すると、失われた筈のヤツの左腕から手が生えてきた。
コイツ…兄を喰って、再生した。
「ふぅ…ごっそさん」
ヤツは器用に兄の装備を、その尻尾から”ひり出し”た。
「アンタら兄妹だったんか…それは本当に、悪い事をしたね…」
「許さない…許さない…殺す…殺してやる!!」
「ありがとう、君のお兄様とヤって色々と分かった。さて、女の子が相手なら、どうなるんかな?」
「は?えっ…ちょ…待って…」
「大丈夫、大丈夫。色々と済んだら、お兄様と一緒にしたげるから」
増大した邪悪なオーラを溢れさせながら、ヤツが私に近寄ってくる。
「あ…あぁ…やめ…」
私は無様に地を這いずり、逃げるしかなかった。
「食事は男だけど…やっぱりこっちは女の子相手が良いよねぇ」
「やだ…やだぁ…死にたくない…まだ死にたくないよぉ…」
「大丈夫さ。”私”も一度死んでいるが、割とあっさりとしたものだよ。さて、生命に感謝して、イタダキマス」
私の目の前は、真っ暗になった。
TIPS:ウォーラン兄妹
兄オルト・ウォーランと妹クルト・ウォーランで構成された、教会お抱えの若き冒険者チーム。
兄は剣術に秀でており、妹の強化魔術により数多くの魔物を屠ってきた。
聖女の預言に従い、任務に向かうも消息不明となる。