かつてワクビスの街は、戦争経済に支えられて大いに栄えた。
しかし争いが終結し平時になって久しい今、その繁栄も陰りつつある。
誇りを持って街の門を警備していた衛兵も、今となっては昔のこと。
衛兵のヴァンとヤミンは同期であり、腐れ縁である。
日々の生活の為に仕方なしに衛兵をしているため、彼らに兵士としての志は無い。
ヴァンはやや遊び人気質であり、ヤミンを酒場に誘うたびに飲み明かしている。
一方のヤミンは、勤務態度は不真面目では無いが、熱心でもないという評価。
二人は良くも悪くも、現状の衛兵を象徴するような性格の持ち主だった。
その日、当番が回ってきた彼らは、門番の業務に悪態をついていた。
「はあぁー!!…だりぃ…はやく終わんねぇかなァ」
「っるせぇぞ、ヴァン。あんまり声を大に愚痴るんじゃねぇ。誰かに聞かれたら、また税金ドロボウって言われんぞ」
「知るか!あのな、ヤミン。俺はこんな衛兵で終わる男じゃねぇんだ」
「じゃあ何になるってんだ」
「そりゃあ、あ、アレだよ…強大な魔物を切った張ったの大活躍よ」
「お前ェそれが出来ねぇから、俺らは仕方なしに衛兵やってんだろが」
「こ、これから鍛えて強くなるに決まってらぁ」
「そうかい、まぁ頑張りな」
「あっ!ヤミンてめぇ信じてねぇな!」
「お…通行人サマがおいでなさったぜ」
「ッチ!はぁー…ったく、ダリぃなぁ!」
しかし、その日来た通行人の一人は彼らの目を釘付けにした。
「お、おい…ヴァン。アイツ、見てみろよ」
ヤミンが驚きながら、近づいてくる人影を指差した。
「あん?」
「すっげぇ別嬪じゃねぇか?」
ヴァンはひとりでに盛り上がった。
彼らにとって刺激の少ない業務では、仕方のないことだろう。
「ん?……おっ…おおぅ…こりゃかなりの上物だ」
ヤミンと人影をみやるに、目を見開く。
「だろ?」
被服はち切れんばかりの豊満な肉体に、容姿端麗な女がやって来た。
稀に通る若い女を見れることくらいが、彼らの楽しみであったからして、その興奮は抑えられまい。
「こんにちわ、守衛さん。こちらがワクビスの街でよろしいですか?」
小鳥が囀るような声で女はヤミンに尋ねた。
美女に話しかけられたヤミンは、ニヤけた顔で姿勢を正す。
「お、おう。ここがワクビスの街だぜ」
「そうですか、なら良かった。では、失礼します」
女はヤミンに一礼し、門を素通りしようとした。
「!?おっと待ちな、お嬢さん。お名前は?それに、悪いが身分証か通行手形が無いと、ここは通せねぇなぁ」
女の自然な所作に一瞬驚いたが、即座に片割れのヴァンが待ったをかけた。
「あら、そうでしたか。わたくし、ええっと………ダキニ…いえ、ダキと申します」
「ダキ?変わった名だな。ワクビスには何の用だ?」
続けてヤミンが質問する。
「冒険者の登録と、商いを」
この瞬間、ヴァンに魔が差した。
「へぇ、そうかい!ならアンタは運が良い。組合なら、俺が渡りを付けてやっても良いぜ?なぁに、ちぃっとばかしのお気持ちをくれれば、快くできるってもんさ。身分証が必要なんだろう?」
「では、よしなに」
「まぁ断ってくれても良いが、少しばかり尋問が厳し…え?」
女はあっさりと贈収賄の誘いを承諾した。
身分証や手形がない通行人が街へ入れない訳ではない。
取り調べや、検査に時間がかかると言うだけ。
有事ならまだしも、平時の今はそこまで厳しくする必要は無くなった。
「よしなに、と申し上げました。少ないですが、どうぞお納め下さい」
それを知らないのか、女は金貨を一枚ずつ、ヴァンとヤミンに差し出した。
「っ!?お、おぅ…話がわかる女は嫌いじゃねぇぜ」
賄賂を強請ると、大概の通行人は苦い顔をしつつも払う。
しかも大体は大した金じゃない。
小銭をちょろまかしているから、大きな問題になっていない、とも言えるが。
しかし、その女は喜んでヴァンとヤミンに金貨を渡した。
大金である。
「衛兵様…それと、ご相談が…」
「俺はヴァン、こいつはヤミンだ」
「では…ヴァン様。実は、わたくし長旅で体調が優れません。どうか一時だけでも、休める処へお連れ下さい」
女はヴァンの身体にもたれかかった。
「お、おぉ!?」
「とても、ツラいのです」
「…ヤミン、ここは頼む。急病だ、仮眠室へ連れて行く」
「お、おぅ…わかった」
ヤミンは呆気に取られたまま、門番として取り残された。
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半刻もせぬ間に、ヴァンが戻ってきた。
しかし、その姿は見違えっていた。
「すまない、ヤミン。待たせたな」
ヴァンは毒気が抜けた、かつての好青年のような表情をしていた。
「お、おおぅ…ど、どうした、ヴァン?やけに顔色が良いが」
「俺は…まぁいい。今度はヤミンに来てくれだとよ。行けば分かるさ」
「はぁ…?なら行くがよ。ちゃんと門番はしろよ!居眠りすんなよ!」
「分かってるさ、仕事はやる」
「なんだぁ?変なヤツだなぁ…」
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ヤミンもまた、半刻せぬ間に戻ってきた。
「なぁ、ヴァン…」
「どうだった、兄弟」
「兄弟って…まぁ、お前も同じなら、そうとも言うか」
「で、どうだったヴァン、お前も口だったか?」
「俺も口だな…ありゃ、女神様だよ」
「だろ?」
「あぁ…しかも、口に出した瞬間、頭にあったモヤモヤが綺麗さっぱり消えたわ。というか、吸い出されたというか」
「なんか毒気抜かれて、若返った気がするよな」
「ついでに金貨も返してきたわ」
「お前もか」
「ありゃ最高の女だ。この街で何度か遊んではいるが…俺ぁ、あんな奉仕知らねえぞ」
「だよな!まるで恋人みたいによ!キスしてくれんのよ!俺の!ココに!かぁー!!」
「また咥えてくんねぇかなぁ…」
「あぁ…忘れられねぇよ」
その後、ダキは冒険者となった。
ヴァンとヤミンの紹介もあり、手続きは極めてスムーズに行われた。
ダキは魔物討伐の為に街を出入りした。
その度、二人は彼女を心から応援した。
その後しばらくヴァンとヤミンは、ダキがマッサージ店を開業すると噂で聞いた。
二人は、彼女にとって最初の客となった。
彼女は大層喜び、二人に価格以上の奉仕をした。
「なぁ、兄弟…」
「ぁんだ?ヴァン」
「俺、他の女もう抱けねぇかも」
「諦めろゃ。あんな女ぁこの街にゃ他にいねぇ。よし、俺は次に最上級コース行くぞ」
「最上級コース!?オイオイ、ヤミン…給料大丈夫か?」
「だから頑張って稼ぐんだよ。皆んなが嫌がる夜警とかすんだよ。手当あるし」
「おぉ!?ヤミンがそう言うんなら、俺も頑張るかな!!」
「おっ!?お前最近やる気出てきたな!よし、やるか!」
二人の瞳は、生への活力に満ちていた。